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undecided  作者: らきむぼん(raki) &竜司
王里神会篇 急ノ前
57/73

ブラック


 亜美は宮澤睦との待ち合わせ場所に足を運んだ。

 暁たちと別れ、ひとり人ごみの中にいるとどうにも落ち着かなかった。というより、それは恐怖以外の何物でもなかった。謎の宗教団体に狙われているというのに、外出するのも出来れば避けたい。それがたったひとり、孤独に、一体自分は……何をしているのだろう。

 これから死んだはずの鬼頭火山に会いに行く。

 これぞ非日常。

 何ヶ月か前に会ったときの鬼頭の顔をぼうっと思い出す。彼が妙な失意をその表情に浮かべていた理由が、今は判らないでもない。

 人間には第六感というものがある。亜美はハッと顔を上げた。それを間近にしたとき、一番に抱いた印象は、確かな堅実さ。そしてどす黒い力強さだ。

 宮澤と思しき男は、その余りある存在感を全く出し惜しみすることなく近付いてくる。

 互いに初対面であるが、シックスセンスが互いを引き寄せ、互いを認めさせた。

「君が篠原亜美か」

 どこか冷たい、抉り取ってくるかのような視線が、亜美を圧倒した。

 二人は軽い自己紹介の後、あらかじめ鬼頭に指示されていた場所へと向かうため、電車に乗った。ほぼ満員だったため、二人はドアの近くで向かい合った。

 背が高い。体格も良い。六十八とは思えぬ力強さだ。その辺のヒョロヒョロした若造など、拳一発で沈められそうである。いや、そもそもこの眼光に恐れをなして、潰れてしまうかもしれない。

 亜美には知りたいことがあった。果たして宮澤の心中は如何なものか。気が気でないだろうことはうかがい知れる。それを察したかのように、宮澤は静かに口を開いた。

「俺はな、責任を感じている」

 電車は動き出した。組んだ腕をそのままに、宮澤は続ける。

「あいつがこんなことになったのは、元はと言えば、俺のせいなのかもしれん……」

「え?」

 亜美はまじまじと宮澤の顔を見つめた。七十近い割にはしわの数は少ないように思える。その顔をよく見れば見るほどに、不思議な気分になった。

「因果、というものがある。一見無関係に思える事柄も、その結果には深いところで間接的に影響を及ぼすものだ。年を取れば取るほどに、それが身に染みて解るようになる。あいつとは二十年以上の交流がある。様々なことを教えてきた。あいつをこんな事態の渦中に置かせたことに、俺が無関係とは言えないんだ」

 亜美は宮澤の言いたいことを、少しだけ理解した。

 宮澤の目は、激しく移り変わる窓の向こうの、どこか遠くへと……

「もしものときは、おれが重荷を引き受けるつもりだ」

 宮澤の顔は、ちょっとだけ日本人離れしていた。クォーターか。ロシア人の血が混じっているように亜美には見えていた。

「重荷……ですか」

「でなきゃ、ここにはいない」

 重荷とはなんだろうか。そんなことを考えていると、遂に目的の駅へと着いてしまった。電車という乗り物が如何に速いかを再認識させられる。

 人の群れに流されるようにホーム降り立つと、途端に鼓動が激しくなった。これから、鬼頭火山に直接会うのだ。変な汗が流れてきそうである。

「あの」

 亜美は動揺し、突飛なことを尋ねた。

「鬼頭火山……いや、神崎冬也さんは、本当に生きているんですかね?」

 こんな質問が出てきたことに、自分でも驚きながら、ホームの喧騒は、あぁ、鳴りやまない。宮澤は少しの間を置いて、そっと、

「ああ」

 それだけ言って、先陣を切って歩き出す。

 暑い。

 駅の外は、地獄の暑さだった。額、脇、二の腕、股下、つま先。至る所が汗で不快だ。日差しは憤慨したくなるほどにギラついている。下着が蒸れる感触がどうにも不快だ。人の群れの中、突っ立っているのがやけに不快だ。

極度の緊張と暑さからか「冷房の効いた部屋に行きたいですね」などど、状況にそぐわない発言をしている自分に、数秒経って気が付く始末。宮澤の背中を、目を細めて見つめる。

「鬼頭……」

「え? ……いたんですか? 神崎、さんが」

 ここはどこだ。人々が歩き回って、まるで取り囲まれているかのような。

 亜美は風を感じた。

 スカートが少しだけ浮いた。涼しい。その快感が――正気を取り戻させた。

「あ、あの、どうして立ち止まっているんですか?」

 宮澤は亜美に背を向けたまま動かない。

「あの」

「後ろだ」

「えっ」

 バッ――髪がさらさらと、そして奇麗に舞った。

 丸く開いたその目に映るは、縦横無尽に歩き回る人間たち。その隙間で、チラチラと見え隠れする黒い何か。

「まさか……」

 ドクン、と胸が高鳴った。

 食い入るように見つめる亜美は、呼吸を忘れている。

「くそッ」

 宮澤は吐き捨てるように、誰に向けてなのか、悪態をついた。

 亜美は冷静を保つのに精一杯だった。

 黒い何かは、少しずつこちらに歩み寄ってくるようだった。

「宮澤さん。神崎さんが来てます。もしかしたら、違うかもしれないけど」

 そして亜美は、遂に見た。

 真っ黒なフードの陰に隠れた、顔を。

「うッ」

 思わずうめき声が漏れてしまった。黒フードの男の第一印象は、悪人・・だった。

 あまりにもどす黒い顔に見えたのは、影になっているから――だけではなさそうだ。

 一瞬遅れて、亜美の脳裏に電流が走る。

 やはり神崎冬也は……

 いやだがしかし。

喧騒でよく聞こえなかったが、宮澤の声は亜美を脅かした。

「囲まれて……るな」

「!?」

 混乱が脳内を這いずりまわる。

 宮澤が歩き始めた。人々の中に混じり、消えてゆく。

「宮――澤ッさん――」

 喉がからからに乾き、それでも声を絞り出し、何とかそのあとを追った。軽い眩暈がする。

 指示された場所は、とある飲食店の前である。そこに着くころには、何だか逆に落ち着いていた。

 宮澤の顔色が若干悪くなっていた。彼は黙して話さない。

 亜美は歩いただけで息が上がってしまっていた。

「ハァ……ハァ……」

 先ほどの宮澤の言葉が気にかかる。囲まれているとは一体どういうことか。亜美は辺りを見回した。こちらを監視するような者は見受けられない。しかし恐怖が引くことはなかった。

 しばらくすると、黒いフードを被った男が、よろよろと姿を現した。

 亜美はその顔を覗き込んだ。

 間違いない。

 前に見たときよりやつれているが、

「神崎さん」

 息は上がったままだが、亜美は声をかけた。

 黒フードの男は、至って無表情だ。なんだか、現実味がない。本当に神崎冬也か?

 宮澤はじっと男を見据えている。

 突然男は喋った。

「こっちだ」

 もはや亜美も宮澤も、男の指示に従うほかない。

 男のあとを、ふらつく足取りで付いて行く。

 確認しなければいけないことが山ほどある。質問したいことが溢れるくらいにある。それでも、この状況で口を開くことは、何故かはばかられた。気が付いたころには、人気のない寂れた道に出ていた。戻りたい。暁――

「乗れ」

 黒フードは抑揚のない声で言う。

 目の前には、あらかじめ用意されていたかのような怪しい車。

「神崎。待て。どういうことだ」

「あなたならこの状況がどういうことか判るはずだ」

 声も間違いなく、鬼頭火山だ。亜美はもう、絶望していた。

 数人の男たちが徐々に集まってきた。

 考えなくても判る。

 はめられたのだ。

 車に乗り、沈黙していた。どこへ行くかも判らない。ただ揺れている。フードの男は乗らなかった。亜美は思った。これは夢なんじゃないのかと。こんな現実はおかしい。何故、どうして。

 神崎冬也は敵だったのか!?

 馬鹿な。

 これでは――終わりだ。

「すいません。宮澤さん。こんなことに、なるなんて、わたし」

「謝るな。君のせいではない。これは想定外というべき事態だ。今は様子を見るしかない」

 隣にいた見知らぬ男が「おい」と割って入ってきた。

「お前ら、これからどうなるか知ってるか? お前らはな、死ぬんだよ」

 真夏だというのに、亜美の背筋に悪寒が走った。


undecidedの更新としては約ひと月ぶりですね。

『セシルs・メモリー』の更新が前編の終わりを迎えたので、こちらの更新に戻りました。

・・・が、更新速度には自信が無いので、申し訳ありませんが最長3週間ほどの間隔になるかと思いますが、王里神会篇完結までは承知していただけるとありがたいです。

今後もよろしくおねがいします。

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