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undecided  作者: らきむぼん(raki) &竜司
王里神会篇 破
43/73

小さな亀裂

王里神会編も終盤に差し掛かりそうですね。


‐1‐


 パソコン画面に表示された最後の道標。突き付けられしは、十七のキーワード。

「十七……十七……」

 暁は、眼球を激しく動かし、思考した。この暗号を解くまでの過程で導き出した、十七という数字から連想できる材料は、どこかに存在したか。

「…………十七か」

 神屋もまた、自ら暗号を解いた過程を思い起こし、十七に関連しそうなものを探った。コンコンと、指で軽く机を叩いて。

「十七、じゅうなな、じゅーなな……、えー、わかんなーい」

 亜美は、わざとらしくかぶりを振った。

「…………」

 トニーは、パソコンから少し離れた場所で、その様子を静かに眺めていた。その表情には、微かに笑みがこぼれている。

「待てよ。十七……だろ?」

 閃きを得たのは、高木だった。高木はメモを手に取り、はっきりとした発音で、読み上げた。

「最後の扉は夜にしか見えない」

 その言葉を聞いた神屋が、「あっ」と漏らした。若干遅れて暁が、そして、亜美も気付いた。実際に、この暗号文を導き出した高木だからこそ、すぐに気付いたのだろう。


 サイゴノトビラハヨルニシカミエナイ


 この暗号文の文字数は十七。暁の鼓動が高鳴った。

「これだ!! 上から一文字ずつ、『サイゴノトビラハヨルニシカミエナイ』と入力して送信するんだ」

 暁は早口にまくし立てた。が、パソコンの前に座る神屋はピクリとも動く気配がない。「おい」と暁が迫ると、神屋は手でそれを制した。黙ったまま、暁に手のひらを向けている。暁は眉をひそめた。

「冷静になるんだ。ここまできて全てが台無しになるのは困るだろ?」

 神屋は、パソコン画面を見つめたまま、流暢にそう言った。

「何が? どういうこと?」

 暁の代わりに亜美が尋ねた。

「まだ、考えれば他にも出てくるかもしれない。もう少し考えよう」

 神屋は、椅子から立ち上がった。

「おい、どこ行くんだよ」

暁は、神屋の後ろ姿に声を投げかけた。

「ちょっとトイレ」

 そう言い残し、神屋は、部屋から出て行ってしまった。部屋を出る直前、神屋の目が捉えたのは、不気味な笑みを隠すように、顔を手のひらで覆うトニーの姿だった。

「……つうかさ、他にもあるかもしれないけど、とりあえずは『サイゴノトビラハヨルニシカミエナイ』でやってみない? 俺はこれで絶対合ってると思うんだけどなぁ」

 言いながら、暁はパソコンの前の椅子に座った。すると高木が近寄ってきた。

「まぁ、俺もそれで合ってる可能性は高いと思うが、まだやらない方がいいな」

 高木はパソコン画面を横目に言った。

「どうしてっすか」

「うん。恐らく神屋は、一回で成功させたいと思ってんだろう」

「……一回?」

 高木は腕を組んだ。

「さっきは、こちら解く側は優遇されてると踏んだが、万が一のことを考えたんだ。もし、一回で正解しなければ、もう二度と送信できなくなる仕組みがないとは言い切れない。神崎さんだって、簡単には自分の居場所を明かさない。あくまで隠れていなければならない立場の人間なんだからな」

「な~……るほど」

「別に時間制限があるわけではないし。まぁ早い方が良いに決まってるが、とにかくもう少し考えてからにしようと神屋は言いたいんだわな」

 高木の話を聞き、「確かに」と亜美はうなずいた。

「早まる気持ちはまだ胸の奥にしまっときな。とりあえず疲れたから、一旦、休憩したいなぁ」

 そう言うと、高木は大きくあくびをして、ソファに向かって歩き出した。その様子を見て、亜美は大きく伸びをした。

「あたしもなんか疲れたなぁ。ここ最近、頑張り続けた気がするしぃ」

 伸びをする亜美の体は大きくそれ、浮いた服の隙間から、小さなへそが覗いていた。暁は、すぐにへそから目を逸らし、パソコン画面を睨んだ。

「他に何か入るのか」

「それを今から考えるんでしょ。馬鹿暁」

「きっ……貴様! 馬鹿とは何だ、馬鹿とはぁ」

「馬鹿トハ、役ニ立タナイ」

「うるせっ! いきなり入ってくんな!」

 暁がトニーに怒声を浴びせた、ちょうどそのとき、神屋がトイレを済ませ戻ってきた。

「……え? あ、入っ……ちゃったん……だけど……」

神屋は、暁の怒声にたじろいだ。何故、自分が入ってはならないのか、必死に考えながら。

「あ、あ……いや、うん、そうじゃなくて、うん……」

 暁の表情は、どこまでも曇っていた。



 各々は、各部屋に戻り、休憩を取った。

 ベッドもソファもないので、座布団だけを敷き、その上に頭を乗せて直に床に寝転んでいた暁は、気付けばふと、亜美のことを考えていた。

 先程見た亜美のへそが、脳裏に浮き上がっては消え、暁を惑わした。

 ……俺は何を考えているんだ。

 ここ最近は、常に一緒にいるものだから、思い描こうとすれば、亜美の全体像など容易く想像できた。

 越えてはいけない一線を踏み越えようとする脳を、暁は、左右から拳で叩きつけた。しかし、如何せん、脳は頭蓋骨によって守られている。加速する脳の悪戯は、暁に呻き声を上げさせた。

 ――――その時。


 カチャカチャ


 暁の部屋のドアが開き始めた。

「――――うっ!?」

「よっ」

 笑顔で入室してきたのは、亜美だった。

「ど、どうかしたか、亜美ぃ」

「え? どしたの? アハハ」

 亜美は座り込むと、十七のキーワードについての話題を振った。しかし、暁はそれどころではない。頭の先から足の先まで、亜美を舐めるように眺め、血走った目で「あぁ」とか「うん」とだけ返していた。

「ねぇ……どうかしたの」

 まじまじと見つめると、とても整った顔立ちであるのがわかる。目は大きい方だ。鼻も高い。肌の色は、どちらかと言えば白っぽい。全体的に細く、痩せ型だが、その割に胸は大きい。

「あっ!!」

「?」

 亜美は何かを見つけたようで、スッと立ち上がった。その拍子に前のめりになり、目の前にいた暁には、一瞬だけ見えてしまった。小さな谷間と、それを隠すように被ったブラジャー。白いレースが、大人っぽさを感じさせた。

 暁は口の端から涎を垂らし、「何も考えるな」と連呼している。既に、人の目つきではない。亜美が動く度に流動する空気の中に、女の子特有の良い香りが漂った。

 戻ってきた亜美の手にぶら下がっていたのは、赤色のペンダントだ。

「これ、凄い綺麗だね。これってさぁ、暁に似合うの? 女の子がつけた方が可愛いでしょ。でも、ちょっと派手過ぎかも」

「……ほ、欲しいの?」

「ん? いや、アタシには暁がくれた宝石があるからいーよ! あれ? 宝石だったっけ」

「あぁ、そっか」

 亜美は物珍しげにペンダントを眺めた。

「どこで買ったの?」

「あ? いや……」

「あっ! そっか! 買ったんじゃないんだよね。貰ったの?」

「まぁ、な」

「へー、竜司くん? ………………なわけないか」

「もしそうだったら、悲しいな。色んな意味で」

「……こんなのくれる友達、いるんだね」

 それは、短く切った言い方だった。亜美は暁と目を合わせる。その表情は、どこか意味深だ。

「うん、まぁ、ね」

 きまり悪そうに、暁は誤魔化した。

「如月愛ってゆう女友達がくれたんだよ」

 とは言い出せないのは何故なのか。

 暁は金髪を弄り始めた。

「……ぁ……」

「……」

 言葉がうまく出て来ない。

 …………俺は……恐れているのか。

「どしたの」

「いや、なんでも」

 亜美の目を見つめた。つぶらで、優しそうな印象を受ける目だ。暁は、何故か申し訳ない気持ちになった。

 ……こんなペンダントを持ってきて、俺は馬鹿じゃないのか。

 ただ、なんとなく亜美とか神屋に、それとなく自慢したかっただけだ。俺だって、こんな俺だって、女の子からペンダントとか、貰えるんだぞって………………。

「……いや、何でもないよ」

「ふーん、そう」

 亜美は、ペンダントを床に置いて、立ち上がった。そして、何も言い残さず部屋を出て行った。ドアが閉まる音が無性に虚しい。

「………………」

 暁が最後に見た亜美の目は、どこか寂しげであった。

 ……きっと、亜美は気付いたに違いない。

 ――――このペンダント、女の子に貰ったんだね――――

 言葉は無かったが、亜美はそう言っているのではないか。

 暁にはそう思えてならなかった。



‐2‐


「なぁ、最高幹部団って知ってるか?」

「さぁ、何だそれ?」

 男は、ペットボトル片手にジェスチャーしてみせた。

「それがさぁ、すげぇ秘匿性らしいんだよ」

「はぁ?」

「話によれば、公式には認められていないらしいんさ」

「何が? どゆこと?」

 人々が行き交う交差点で、二人は立ち止まった。信号が赤になったからだ。慌ただしい都市の喧騒。

「だからよぉ、ようするに、アメリカ軍でいうところの、デルタフォース?」

「知らねーよ。何だよ」

 男は、怪訝な顔をして、腕時計を見た。

「構成人数も、その人材内容も、誰一人として知らないんだってさ」

「ふーん」

「王里神会最高幹部団、めっちゃ格好良いよな」

「要するに、エリートだろ?」

「バーカ。エリートはタダの幹部止まりさ。最高幹部団は、エリートの中のエリート。超スーパーエリートだよっ」

「何、憧れてんだ。おめえみてぇなザコがなれるわけねぇだろ」

 言い捨てると、もう一度、時計に目を落とした。

「いつかなってやるぜっ」

「なぁ、そんなことよりさぁ、もうすぐ映画始まるぞ」

「ええ!?」

 信号が青に変わると、二人は走ってその場を去っていった。



 王里神会本部ビル。

 藤原は、若干の不安を覚えながらも、目の前のドアを開けた。

 部屋の中は真っ暗だ。

 明かりひとつ点いていない。

「…………」

 そして、静かだ。

 部屋に足を踏み入れると、いやに足音が響いた。ここだけ別世界のように感じる。普段、同じビルで過ごしているというのに。

 ドアを閉めると、光は一切の姿を消し、闇だけが残った。どこか、うら寒い室内だ。冷房が作動する音はしないのに、肌寒い。

 このままでは歩くのも容易ではない。藤原は、部屋の主に断りを入れることなく、電気を点けた。

「よしてくれよ。電気を消してくれ」

 オレンジ色の光に照らされた氷鳥は、両目を腕で覆うようにした。長い間、暗い所にいた彼にとって、光は害となりつつあった。

 藤原は、電気を消さず、訝しい視線だけを送っていた。

 すると氷鳥は、ニヤリと笑い、奥の部屋に招き入れた。肩まで伸びた髪が揺れる。

「初めまして。藤原君」

 ソファに座る藤原の前には、氷の入ったグラスが、隣室の光を浴びて、闇とオレンジの美しきコントラストを奏でている。

「私に会ったということが何を意味するかわかるか?」

「…………ええ」

「数日前、君はKに、最高幹部団所属の命を受けた……だから、こうして今、ここにいる」

「…………」

「君は晴れて、今日から、最高幹部団の一員だ。恐らくは、功績を讃えられたのだろう。君が王里神会にもたらした利益は多大なものだ。政界に通じるその権力は、我々を常に社会的優位な立場に固定させてくれた」

 氷が僅かに動いているのが、反射する僅かな光の歪みで確認できる。少しずつ溶けているのだろうか。

「最高幹部団に入るということは、表向きに『いなくなる』ことと同義だ。具体的にどうするのかというと、絶対に最高幹部団に所属していることを口外しない。最高幹部団の存在を示唆するような発言はしない。大きくはこの二つで十分だ。ちなみに、それが守れないと、もれなく殺される。以前、こんな簡単なことができないで死んだ馬鹿がいたせいで、都市伝説的に我々の存在はほのめかされているみたいだが、そこまで深刻に秘匿性が破られているわけではない。今のところ、我々は『存在しない』で通っている。どういうことか、わかるだろう。我々は最後の切り札なんだよ。Kが振りかざす最後の武器だ。我々のおかげでこの王里神会は成り立っているといっても過言ではない。ところで、君はこの最高幹部団の存在に気付いていたか?」

「いえ……、噂程度で耳にしていたくらいで」

「ふん。では不思議に思っていただろう。こんなビルを有する資金元は何なのか……、そう、全て、我々だよ。この王里神会を根元からささえているのは、我々だ。殺し屋を雇う金も、テロの為に用意した爆弾やら銃やらも、資金提供は我々なのだ」

「そうだったのですか……」

「まぁ、今回、君に来てもらったのは、こんなつまらない話をするためではない。これからのことについて、話合いたかったからだ。さっそくだが、V事件について、君の意見を聞かせて欲しい」

 藤原は、「V事件」という単語に反応し、肩を僅かに揺らした。

「V事件……ですか」

「活躍したそうじゃないか。機密データが盗まれたとき、警報を鳴らしたんだろう?」

「ええ」

「言うまでもなく、このV事件は、我々の目的の前に立ちはだかる最大の壁と言ってもいい。早急に対処する必要がある」

「……V事件の重要人物として、高校生二人が挙がっていましたが、正直、私はあまり期待していませんでした」

「…………? どういうことだ? 藤原君」

「いえ、今は大いに期待しています。彼ら二人が鍵を握っていると……」

 ここで一口、藤原は水を飲んだ。年下の者に敬語で話すのは、それも面と向かってでは、いささか言葉が続かない。藤原より二十歳程は若い氷鳥だが、今、この場で立場的に上なのは氷鳥の方だ。

「なるほど。わからないでもないな………………、神屋聖孝だろう?」

「!」

「最近、彼が顔を見せないという話は小耳に挟んでいる。そして、彼は、重要人物の外崎暁の知り合いだ……、仲の良い友達という可能性もある。そんな彼が最近になって姿を消し、外崎も自宅アパートから姿を消した……、このことが意味するのは、神屋の裏切りだ」

「そういうことです。恐らくは、篠原も交えて、どこかに隠れているのかと」

「……初めは期待していなかったと言っていたが…………」

 藤原は無言でうなずいた。氷鳥は続ける。

「それは何も君だけに限った話ではない。情報元が何なのかを知る者たちは、あまり期待していなかった。なんせ、情報を提供したのがただの女子高生だ。それも、その内容はとても踏み切れるようなものではなかった。初めは、忘れかけられていたくらいだからな」

「ですが、我々にはそれしかあてもなく、結局はその情報を頼りに動くハメになった……が、結果としては、万々歳でしょう。やぶをつついて出て来たのが目当てのお宝だった……」

「そう。あの女子高生のおかげだ。私は顔を見ていないがな……、確か、親戚が我が王里神会だったとかなんとか。あの女子高生の名は何だったか」

「……忘れてしまいましたな」

「そうだ! 今、良いことを思い付いた。現在、足取りが掴めていない外崎と篠原を見つける為に、その女子高生をまた利用するんだ。うまく扱えればの話だが」

「ふむ……名案ですな」

「よし、ではさっそく、動いてくれ。女子高生の親戚に話をつけ、女子高生を操るんだ」

 命令を受けた藤原は立ち上がった。

 すると、思い出したかのような表情でハッとした氷鳥が言った。

「言い忘れていた。自己紹介が遅れた。名は氷鳥。今回のV事件の最高責任者として動いている。君はその補佐役だ」

 藤原は軽く返事をすると、足早に部屋を出た。

 黒い陰謀が、事件を取り巻く……。



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