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undecided  作者: らきむぼん(raki) &竜司
王里神会篇 破
42/73

エンドゲーム

サブタイトルはチェス用語で、終盤戦の意です。


失礼しました汗


前回、ツークツワンクの-2-が今回の-2-にすり替ってましたw


修正しましたので、よかったら再読してください。

話がつながらなくて変だったかと思います。

申し訳ありませんm(__)m


-1-


 八月十二日


 暁が目を覚ましたのは、既に昼に差し掛かろうという時間だった。あまりの寝苦しさに目を覚ましたのだ。昨夜、涼しい風が窓から吹き込んできていてクーラーを効かせなかったのが裏目に出た。おまけに風でカーテンが半分閉まっているから風の通りは悪かった。カーテンの隙間から差し込む太陽光がやけに眩しく、暁はすぐに起き上がった。

「やべ……寝過ぎた……」

 暁は急いで支度を済ませ、部屋を出た。

 ……高木さん朝食作っちまったかな。悪いことしたな。

 部屋の前に到着すると、暁は大扉を開けた。

「ごめん、遅れ……って、あれ?」

 部屋には神屋と亜美の姿があった。二人ともテーブルの周りの椅子に座っている。しかし、高木の姿は見えない。

「あっ、起きたんだ暁。おはよっ」

 亜美が腕を挙げて挨拶する。

「ああ、おはよう。高木さんは?」

「まだ寝てるよー」

「え? 高木さんも寝てんの?」

「高木さんもって?」

「いや、俺も今まで寝てたからさ……」

 昨日は早く起きて、朝食の準備までしていたので、高木が昼まで寝ているのは不思議だった。

「なあ神屋、トニーは?」

 暁は今度は神屋に訊いた。トニーは昨日ほとんど部屋に居なかったが、一応所在は確認しておいた方がよいだろう。

「今はコンビニに。高木さんが居ないから昼食を買ってきてもらってる。勝手にキッチン弄るのも気が引けたしね」

「あの人がコンビニって、なんかウケるな……」

「『冷ヤシ中華デイイデスカ』とか言ってたよ」

「ははは……」

 暁は神屋の隣に腰掛けた。

 ふとテーブルに目を落とすと、一枚のメモがある。メモにはこう書いてある。


「サイゴノトビラハヨルニシカミエナイ」


 メモの隣には『キリストの哲学』が置いてあった。

「……何だ? このメモは」

 暁はメモを手に取り、まじまじと文面を見つめた。

「僕や篠原さんが起きた時には既にテーブルに置かれていた。何のことだかさっぱり解らないが、トニーさんによると高木さんは早朝までここで何か作業をしていたみたいだ」

「マジか!? じゃあ、コレって……」

「高木さんが何か突き止めたのかもしれない。朝から僕らはそれが何なのかを考えているんだが、よく解らないな。高木さんを無理に起こすのも悪いし、とりあえず保留かな」

「……そうか。しかし……最後の扉は夜にしか見えない……か」

 暁は新たに現れた謎の一文に胸の高鳴りを感じた。しかし、逸る心とは裏腹に、その一文の意味は全く掴めなかった。



 高木が目を覚まし、部屋に訪れたのは、午後二時を少し過ぎた頃だった。

「……ああ? あれ? 暁君に亜美ちゃんに……神屋、トニー……。みんな起きてたのか……?」

 扉を開けた高木は暁たちを見渡して、そんなとぼけたことを言った。

 それを聞くと神屋がすぐに返す。

「何言ってるんですか、高木さん。もう二時ですよ。ずいぶんと長い間寝てましたね」

 神屋の言葉を聞くと、高木は次第に驚きの表情になっていった。

「おいおい……マジか!! スマン! 仮眠のつもりがついつい熟睡しちまってた。飯は? もう食ったか?」

「トニーさんにコンビニで買ってきてもらったんで大丈夫ですよ」

「そっか。ワルいな、俺が生活面はサポートするわけだったんだが……」

 高木は申し訳なさそうに頭を掻きながら、椅子に座った。

「高木サンノ分モアリマス」

 トニーは一つ残った冷やし中華をコンビニの袋に入ったまま高木に手渡した。

「お、冷やし中華か、美味そうだな。サンキュー」

 礼を言いながら高木はバリバリと音を立ててプラスチックの容器に被さったフィルムを剥がした。

「ねえ高木さん、徹夜で何やってたの?」

 亜美が半分身を乗り出して言った。

「……ん。ああ、そうだ! 話すことがあったんだ! 暢気に飯食ってる場合じゃないな。みんな、メモは見たか」

 場の皆が同時に頷く。

「俺は日付が変わる頃、宮澤睦著の『キリストの哲学』にある細工が施されていることに気が付いた」

「……細工?」

「ああ。四百ページを読み終えたぐらいだったか……『カトリック』という単語の『カ』の文字の隣に一ミリにも満たない直径の極小さな穴があったんだ」

「穴……ですか」

 暁は高木の言葉を繰り返した。それが何を意味するのか、おおよそ見当がついてきた。

「俺も偶然発見したんだ。ページをめくるとき、電気スタンドの光がその穴の部分に小さな陰を作り出した。俺は最初、製本段階で出来た穴かと推理したが、意図的に穴を作ったという線もあった。そもそも本に穴があるなんてことは、ありそうでいてほとんど有り得ないんじゃないかと思ったんだ。そして一ページ目から集中して調べていくと、『サクリファイス』という単語の『サ』の文字の横に同じような穴を見つけ出した。同じ要領で全ページを調べると、合計十七箇所に穴があった。示された文字を順に抜き出すと一つの文が完成した」

「……最後の扉は夜にしか見えない」

 暁は高木の言葉を先回りして言った。

「そういうことだ」

 高木は暁の言葉を肯定すると、何もなかったかのように遅めの昼食を摂り始めた。

 神屋はしばし何かを考えた後、おもむろに話し出す。

「しかし高木さん、よく見つけましたよね。インクの点とかならともかく、穴なんて。お手柄じゃないですか、大きく前進しましたよ」

「ああ、サンキュー。……でもな、神屋。お前、その先まで悟っちまったんだろ」

「……まあ、そうですね。でも、ゼロとイチではやはり違いますよ」

「何にしろ、役に立って嬉しいね」

 高木はズルズルと音を立てて黄色い細麺をすすり、神屋と話す。

「えっ!? 神屋君、その先って?」

 亜美は二人の会話の意味が解らず、思わず訊ねていた。しかし、暁もまたこのとき高木の言った「その先」の意味を解ってはいなかった。

「この発見だけど、僕たちが見つけるべき答の要素ではないと思う」

「ええ!?」

 亜美は声を上げて驚いた。彼女は高木の見つけた文が鬼頭火山の居場所を示す暗号文であると期待していたのだ。

「あまりに判りづらいと思わないかい? それに、もし暗号の中身まで王里神会が知っていたら、この本は王里神会に回収されていた可能性があった。……つまり、僕が何を言いたいのかというと、『サイゴノトビラハヨルニシカミエナイ』というこの文は、言うならば『ボーナスアイテム』なんだと思う」

「ボーナスアイテム?」

「うん。真の答を見つけるためのヒント。無くても真の答にたどり着けるが、あった方が楽になる代物ってことさ」

「……これが、この文が道標になるかもしれないってこと?」

「なるさ、間違いなく。高木さんの見つけた情報は、既に幾つかのヒント的要素を与えてる」

 そう言うと、神屋はメモを全員が見える位置に置く。

「この一文が暗喩だと仮定する。そして文節に分ける。すると雰囲気くらいは掴める。『最後の』は鬼頭火山の居場所を示す情報、『扉は』は対象が内と外を繋ぐものであること、『夜にしか』は対象を記録している媒体が夜を表すような状態になりうるものであること、『見えない』は不可視性であること。……もちろん、全て仮定と一例だ。他にも理解の仕方と組み合わせはいくらでもある」

 ここは、暁や亜美にとって、さすがだと思うばかりだった。まだその場の誰もが、新たに得た文の解読方法を思い付いていなかった中、ただ一人神屋聖孝だけは解決策を見出していたのである。

 神屋の言葉を聞くと、亜美の表情はぱっと明るくなった。

「その理解の仕方と組み合わせをあたしたちで次々に提案していけば、答は見つかるかもしれないね」

「そういうこと。パターンは相当数あるけど、無限ではない。あくまでも有限の範囲なんだ。しかも、この文は『条件』をはっきり指定している」

「夜……?」

「そうだ。『見えない』ものを見るには『夜』を作らなければいけない……おそらくそういう意味だ。篠原さん、夜といえば何だろうか」

「暗い。太陽が沈んでいる間が夜なら、夜はきっと暗い」

「そう。夜の最大の性格はその闇にある。それを暗示している可能性は……高いはずだ」

 停滞していた雰囲気が今日、高木の発見と神屋の指針によってゆっくりと動き出した。



-2-


 八月十三日


 時刻は午後一時。新たな方針が決定してから、もうすぐ二十四時間が経とうとしていた。高木の発見で動き出した流れも、いまだに有力な情報を得られないことから、再び停滞しようとしていた。

「うーん……」

 誰かが低く唸る。昨日の晩辺りから今まで、部屋に響くのは誰かしらの苦悩の唸り声のみである。

 誰もが暗号文と一見して不毛な睨めっこを続け、無限に思えるような思考の一本道を走っていた。

 暁はテーブルに向かって突っ伏し、頭を抱えている。ヒントを得たことが焦燥感をより濃厚にしていたのだ。

 神屋と高木はノートパソコンを使って、答に関係しそうなワードをひたすら検索し、情報をかき集めている。しかし、それによりもたらされた効果はあまりに希薄である。


 そんな中、久方振りに亜美が快活な声を上げた。

「ねえ、夜の特徴といえばやっぱりどう考えても真っ暗ってことよね? 単に部屋を暗くしたって、私たちの持っている暗号はなんの変化も見せなかった。じゃあさ、ブラックライトでも当てるってのはどお?」

 亜美は右手の人差し指を立てている。

「ばーか」

 暁は気だるそうな声で亜美の新案を却下した。

「えー!? 何でー?」

「いやいや、集中しろや。初歩的なミスだろーが」

「……ん? どこが?」

「まず、特殊な塗料や印刷が行えるのは第一と第三の暗号の原盤だ。第三は複製前のものが手元に無い。第三の原盤が必要ならば既に俺たちは詰んでいる。第一の暗号は鬼頭火山がお前の目の前で書いた。つまり、俺たちが持っている暗号には、特殊な塗料やインクで細工をする隙はなかったんだ」

「あっ、そっか。……ん~? いやいや暁、第一の暗号はトリック次第では特殊な塗料や印刷は可能じゃない? 暗号を書く前に、つまり白紙のメモ用紙に何かを書く前に、塗料を使うなり印刷をするなりして、その上から暗号文を書くとかさ」

「んん~? ああ、なるほど。それなら可能なのか……いや、でも、なんか引っかかんだよなぁ」

 会話が途切れると、またも沈黙がやってきた。

 ……やけに静かだ。

 暁は部屋の静寂に一種の寒気のようなものを感じた。まるで雪山にただ一人漂っているかのような、感覚。

 ……キーボードをタイプする音が消えたんだ。

 暁が神屋に目をやると、彼はノートパソコンのキーボードを叩くのを止めて、何やら深刻な顔で思考を巡らせていた。高木もパソコンの画面を眺めていて、手は止まっている。

 今まで断続的に、カチカチというキーボードの音が部屋に響いていたので、その音が消えると静寂は深くなる。この空間からは、音が消滅したのだ。

 そしてその刹那、静寂が暁に、一つの閃きを運んできた。

 ……そうか! 俺たちは迷宮を漂っていたんだ! 何故、「あの場所」を調べなかった!?

 このとき暁は、世にキエティズム、いわゆる静寂主義が生まれた理由を悟ったような心地がした。

 ――静寂が騒々しい。矛盾した感覚が脳内を掻き回した。円が螺旋に、渦が一つの流れに変わる。冷えきった部屋に暖かな空気が舞った。――否、体が熱を放っているのだ。

 部屋の雰囲気が一転していた。

 ……俺だけじゃない。他にも気付いた人間が――!

 暁は部屋の中をぐるりと見渡した。亜美、高木、トニー、そして……神屋。

 暁は神屋を見た。神屋は既に暁を見ていた。

「……よお神屋、どうやら俺たちは感覚を共通したみてえだな」

 暁は薄ら笑いを浮かべた。

「そうみたいだ。僕たちが何を間違えていたか……解ったのは僕ら二人だけか」

 神屋も笑みを返す。

 驚いたのは、亜美だった。

「え!! な、何!?」

 亜美は二人を交互に見る。説明を促すようにして。

「亜美、俺たちは早い段階で『夜にしか』という文節に重きを置いた。文脈から鑑みて、答を見つける条件のように思えたからだ。それはおそらく正解だろう。高木さんの見つけた文の最重要ポイントは『夜』だ。そして、俺たちは『夜』の最大の性質である『暗さ』にも着目していた。ここまでは、多分模範解答だった」

「じゃあ、何を間違えていたのさ?」

「『暗い』の意味をよ~く考えなかったことだ」

「はぁ?」

 亜美は目をしばたたいて、呆然とする。そしてすぐさま反論する。

「他より光量が少ない様子……とかじゃないの? コノテーションを引っ張り出してくればもっと多層的かも知んないけどさ」

「亜美、昼にとって夕方は暗い。夕方にとって夜は暗い。暗さは対象によって程度が違う」

「それで?」

 亜美はもう訳が分からないという様子だった。

「暗号文に何らかのの薬品を使って文字を書いたとする。それを見るためには『暗さ』を作る必要がある。それらしい方法は幾つか思い付く。まず部屋を暗くすること。こんなんで見つかるならハナから悩まない。次に亜美が言ったブラックライト説。これは、鬼頭火山があらかじめ細工をしたなら、案外答かもしれない。だが、ブラックライトを用意するのに時間がかかる。もし、俺と神屋の案でダメなら明日辺りに試そう。そして、もう一つの方法。第一と第三の暗号を暗い色で塗りつぶすんだ。第三は無いから第一だけになるけど」

 暁は淡々と説明する。ここまで、神屋が口を出してこない。つまり、暁と神屋は、ここまでで見解が相違していないのだ。

「塗りつぶしなら試したよ、鉛筆で」

「鉛筆じゃ駄目だったら? 何で塗りつぶす?」

「サインペンとか、絵の具とか……?」

「何色の?」

「何色って、黒でしょ。暗いんだから」

「黒か。じゃあ、紺や灰色や焦げ茶色じゃ、暗いとは言えないのか?」

「……そっか! 対象によって、それは変わる! 対象は……暗号のメモだから……白! 紺も灰色も焦げ茶色も暗いと言えない色ではない! ……でも、それがどうしたの?」

「もし、インクの色が関係していたら、『暗い』という表現は抽象的だ。もし、間違った色で塗りつぶしてしまったら、その下の薬品は機能しなくなるかもしれない。何故、そんなミスを招きかねないリスキーなヒントを作ったんだ? 考えてもみろよ、鬼頭火山は自分の居場所を俺たちから隠したいのか? いや違う、見つけて欲しいんだ。だったらメモを塗りつぶすという方法は間違っている。ミスを誘発しうる媒体は最初からスカだったんだろう」

 暁は言い終えると神屋一瞥した。神屋は深く頷く。

「ねえ、じゃあ、後で『失敗した』ってならないものが答ってこと?」

「そうだ。俺たちの犯した最大のミスは、見つける側が不利な立場にいると早とちりしてしまったことだ。だが、実際は見つける側は優遇されている。『間違った色で塗りつぶして詰みました』なんて馬鹿げた顛末になることは始めから有り得なかった。何故なら、そんなことをしたら、出題者の鬼頭火山が困るからだ。……何度でも、様々な色で塗りつぶしても……いやハナから一発で結果を得られるであろう隠し場所を俺たちはまだ確認していない」

 暁はじりじりと追い詰めるように論理を展開していった。その様子は、さながら探偵小説の推理ショーのようだった。

「僕らは意味を見出すことに躍起になりすぎた。答は足下に転がっていたようだ」

 神屋が暁に続いて語った。そして、遂に暁は結論を呈した。

「おそらく……答は第四の暗号だ。CD-Rの中、テキストデータに隠されている。印刷という手段をとると、そいつは消滅してしまう」

「!!」

 亜美は言葉を失っていた。つまり、CDに答が隠されているならば、暗号文の内容は関係なかったということなのだ。

 高木は一連の会話を聞き、ニヤリと笑い、言った。

「……亜美ちゃん、CDを持って来るんだ。遂に、鬼頭火山の居場所が判るかもしれないぞ」

「は、はい!」

 亜美は、CDの入ったバッグが置かれている自室に駆け出した。



-3-


 カチャ。

 音を立てて、ノートパソコンの右側面の開閉部が開いた。

「これで答が見つかったら、僕が一から暗号を解き直した意味がなくなるな」

 パソコンが唸りを上げてCDを読み込む中、神屋は自嘲した。

「そうでもない。今までの行為が悪手続きだったことに気が付いたのも、お前が暗号を解き直しても何も発見出来なかったからだ。士気を下げると思ったから言わなかったが、正直俺は暗号文自体には何もないんじゃないかと感じてた。お前だってそうだろ?」

「……フッ、まあね。……さあ、テキストデータをワードに表示してみたよ」

 神屋はマイクロソフトオフィスからワープロソフトのWordを呼び出し、第四の暗号文を表示させた。

 亜美が画面を覗き込みながら言う。

「それで暁、これをどうするの?」

「俺と神屋の推理では、文字の色を『白』にして文字が書かれているはずなんだ。一般的にテキストデータを表示出来るようなソフトの背景色は白だろ? だから文字が白色だと、普通には読めないんだ」

「なるほど! だから『夜』……つまり、暗い色全般に背景色を変えれば文字が現れるってことね!」

「そういうこと。神屋、背景色の設定を暗い色に……」

 神屋は背景色をグレーに変更した。画面に映し出された暗号文は途端に見にくくなった。しかし、画面内に見える範囲ではそれ以外に変化はない。

「下にスクロールだ、脈絡のない場所に何かを隠すとは思えない。何かあるなら一番下だと思う」

 暁は緊張を押し殺し、神屋に指示をする。

 ……頼む。何かあってくれ。

 その場の全員が、神屋のパソコンの画面に釘付けになった。



Saar

ablation

gauche

unbeliever

oak

Bahama

Janus

Saccharin


◎不信仰者のオークはザール川にて言った。『二分の一とその半分、それの半分、これまたそれの半分……てな具合に、極限までそれらの数を足していくと答えは何になる?』


◎風化した未熟なヤヌスは言った。『騙されるなよ。リンゴが二個ある。そこへ猫がやってきてリンゴを一つくわえていった。さていくつ?』


◎バハマは言った。『日本の福徳の神とユダヤの神が一緒に旅をした。道中、三人殺された……』


◎ある化学者が言った。『ある物質をいじくった。すると炭素56水素40窒素8酸素24硫黄8という組合せになっちまった。元に比べてどれだけのパワーがあるのか……』


篠原亜美へ

よくぞここまでたどり着いたね。約束の日にちまで、もう残りわずかではないのか?

これが最後の暗号だよ。

待ってるよ。では

鬼頭より


http:// www.×××.jp



「あった!!」

 亜美が大声で叫んだ。

「……これは……URLか。どこかのWebページのアドレスみたいだね」

 神屋はすぐにクリップボードにURLをコピーした。

 高木は意外そうな表情で、暁を見た。

「しかし暁君、地名とか電話番号が書いてあるわけではなかったのか?」

「そんな甘くはないっすよ。前提として、俺らが王里神会関係の事件についてまったく知らない時に見つけても大丈夫なようになっているはずですから」

「そうだったな。つまりこの先にはまだ、薄いか厚いかはともかく、何かしらの壁があるってことだな」

「はい。少なくとも、俺たちが神屋と逢っていなければ先に進めないような仕掛けが存在するはずです」

 暁が言い終わると、同時に神屋のノートパソコンから音楽が流れ出した。

「……!!」

 皆が一斉に神屋の方を向く。

「アドレスに従ってWebページを開いたんだが、アクセスすると音楽が鳴るように設定されたページらしい。この曲は……」

 パソコンから聴こえる曲は、クラシックの名曲。そして、暁や亜美が幾度となく聴いた曲。

「パッヘルベルのカノン!」

 亜美は嬉しそうに言い放った。『カノン』は第三の暗号のテーマである。この曲が流れたということは、正解を引き当てたことと等しかった。

「それで神屋、そのページには一体何が……」

 暁はパソコンのディスプレイを覗き込んだ。

「何だ……これは……!」

 そのWebページは至って簡素な造りだった。模様も文字も無い背景に、インターネットの検索フォームのような、文字を入力出来る長方形のスペースが縦に一定の間隔で十七個、そしてその下に「送信」と書かれたボタンがある。

「神屋、これは……?」

「……多分、ページの上部から続く入力スペースに、決められたキーワードを一つずつ入れて、全て入力したら送信ボタンでどこかに送るんだ。キーワードがあっていれば、次のページに進む。そしてそのページに、鬼頭火山の居場所を示す何かが在る……」

 神屋は説明しながら十七個全ての入力欄を入念に調べた。しかし、ヒントになる選択肢などは表示されない。

「神屋君、もしかして……問題文とか、ヒントとか、そういうのは無いの?」

「無いようだ。……どういうことだろう? いきなり十七ものキーワードを訊かれても、分かるはずがない……。僕らは何かミスをしたのか?」

「……もう一つ、ヒントがあるのかな。本に隠された文みたいな何かが」

 亜美はテーブルに置かれた『キリストの哲学』を横目に見た。

 亜美の言葉で、暁たち一斉に考えを巡らせた。

 そして、最初に持論を固めたのは暁だった。

「……いや、何かがおかしい。Webページを見つける前のヒントと見つけた後のヒントを同時に配置したら、あまりに複雑すぎる。俺たちのやったことは、多分間違っちゃいない」

 何かミスをしたのか、それともミスではないのか、部屋中に混乱が渦巻く。

 次に話し出したのは高木だった。

「少なくとも、あの本にはヒントはもう無いだろう。別のヒントがあると仮定して、それは他の媒体に存在する。だがCDも既に調べたし、暗号文に意味があるなら、この二日間で見つかっていないのも少し不自然だ」

 高木の意見はかなり的を射たものだった。しかし、状況は依然として謎に包まれていた。

「あたしも、二人の意見を聞いたら、別のヒントは無いって気がしてきた。でもさ、事実としてノーヒントの課題が出されてしまったわけなのね。これって、問題文の無いクロスワードみたいなものでしょ。一体、どの欄にどんなワードを入力すればいいのか、ヒントが存在しなければ、まったく分からないんだよ?」

 亜美は現実を見ていた。理論的にはヒントは存在しない可能性が高いが、現実問題としてヒントが無ければこの謎は解けそうにもない。

「クソ、どうしろって言うんだよ!」

 暁は声を荒らげた。このままでは何を考えるべきかさえ不安定だった。

「ステイルメイトか……?」

 不意に神屋が呟く。

「ステイルメイト……? 将棋で言うところの千日手か……?」

「厳密には少し違う。チェス用語で互いに手詰まりになって引き分けることだ。鬼頭火山……アンチマターがこの勝負にけりをつけられるだけの手筈を整えることが出来て、僕らと合流する意味がなくなったとか……。だから解けない問を出した」

「待てよ神屋、『お互い』って誰だよ。俺たちとアンチマターなら、実質負けるのはこっちサイドじゃねえか。さらに俺たちと王里神会なら……」

「分かってるよ。ステイルメイトは実際は至極不自然だ。だが、第三勢力の存在が見え隠れしている以上何かやむを得ない理由があったのかもしれないと言いたいんだ。解けない問を出したいならWebページを削除した方が早いしね……」

「…………ダメだ……情報量がゼロとか、無茶すぎる」

 暁はうなだれた。あらゆる論理が見えざる神に弄ばれている。この蒼天のチェスゲームを支配するプレイヤーは、何を考えているのか。誰もがその答を欲していた。

 暁はいつの間にか背後に佇んでいたトニーに視線を投げた。無表情の立ち姿が、暁の勘に障る。

「トニー……あんたよぉ……いくら俺たちの護衛が仕事だからっつっても、少しは考えてくれよ。あんた、一度も意見とか提案とかしてねーだろ」

「皆サンノ邪魔ヲシテハイケナイト……シカシ、考エテハイマス」

「……そうは見えないんだが?」

「デハ、コノヨウナ解釈ハデキナイダロウカ。情報量ハ決シテ、ゼロデハナイ。ソノWebページソノモノガ、情報ナノダ……ト」

「……何だって? このページのどこに情……」

 暁の言葉は途中で途切れてしまった。暁は、自らの非を認めざるを得ないことをたった今悟ったのだ。トニーの言っていることは真実だった。情報量は決してゼロではない。

「トニーの言う通りだ。情報はWebページに存在する」

 暁はそう言うと、その場の全員の顔を順に見た。トニーの発言の真意を理解した者はいない。

 しばしの沈黙が訪れた。亜美、神屋、高木はWebページを凝視している。それでも、誰もが首を傾げる。

 堪えかねて神屋が静寂を破った。

「トニーさん、その情報とは?」

「ページニハ上部カラ下部ニカケテ十七個ノ入力欄ガアリマス。何故、十七ナノカ。意味ガアルトハ考エラレマセンカ?」

「そうか! 十六でも十八でもなく、十七……。そこに意味があるのか!」

 十七個の入力欄、そしてそこに一つずつ入るキーワード。その数こそが唯一最大のヒントであると、トニーは語ったのだ。

「そ、それってつまり、十七個のキーワードが互いに関係しているってことよね。例えば『七つ』だったら『月、火、水、木、金、土、日』、『八つ』なら『水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星』みたいに、その数が表す共通の範囲のキーワードを入力する……」

 亜美が口早に話す。

「だったら……『十七』って……何だ?」

 暁は考えた。「十七」という数の示すものとは何か。

 それに続き亜美、神屋、高木も思索する。

 カノンが響く室内。最後の一手を打つ闘いが始まった。


次回は7月9日になるかと思います。

一応大学生になったので、休載はないですw

王里神会篇は序破急の三部構成にしました。

現在急の執筆に取りかかるところです。

公開の方はまもなく破が終わります。


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