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undecided  作者: らきむぼん(raki) &竜司
王里神会篇 破
41/73

ツーク・ツワンク

サブタイトルはチェス用語で、「相手から直接の狙いはないにもかかわらず、自ら状況が悪化する手を指さざるを得ない状況」の意です。


-1-


 暁たち三人が部屋に戻ると、神屋は第三の暗号文を再び確認した。


①「新・上・満・下」を一度に掲げる場所


 これはそれぞれ月の形を表していた。「新月、上弦、満月、下弦」を示し、それを校章として使っている月代学園が答である。


②「日没する向」 ビブリオテカ


 日が落ちる方角は西。西はスペインの漢字表記の頭文字である。そして、ビブリオテカはスペイン語であり、意味は「図書館」。これが答である。


③孤ドクなエイ君

「猫」「注意」「隣人」「オペラ」「自然」


 この問のポイントは「ドク」と「エイ」がカタカナ表記である点だ。これは「独」と「英」の強調であり、それぞれが「ドイツ語」と「英語」を意味している。後に続く五つの単語をドイツ語と英語に変換し、頭文字を順に読む。そうやって導かれた単語「カノン」が答だった。


④PXTHRBR

あ う え う え う


 これは、まずは下段の母音をローマ字に直す。次にそれらのローマ字を一文字ずつ上段のアルファベットの適切なところに挟み込む。導かれたのは人名、「パッヘルベル」だった。


⑤「陰になり日向にならず」


 これは「陰日向になる」という言い回しを改変したものである。「陰日向になる」の意味は「裏で支えたりして、援助すること」である。「陰になり日向にならず」とは、ここではパッヘルベル作曲の『ジーグ』を指した。有名で人気の高い『カノン』に対して、ほとんど知名度がないにも関わらず、どちらも同一の作品『カノンとジーグ・二長調』の一部であるからだ。


⑥50=L 100=「1」 500=「2」 1000=M


 数字は基本的に「Ⅱ・Ⅲ・Ⅳ」のようなローマ数字に直すことが可能である。そして、このローマ数字にはアルファベットと同じような形を持つものが存在する。例えば、「1」を表すアローマ数字「Ⅰ」は、アルファベットの「I」、「5」を表すローマ数字「Ⅴ」はアルファベットの「V」、「10」を表すアラビア数字「Ⅹ」はアルファベットの「X」というように、ローマ数字の一部はアルファベットに酷似しているのだ。同じ要領で問題文の四つの数字はアルファベットに似た形に変換出来る。その結果、「1」は「C」、「2」は「D」となる。続けて読むと「CD」つまり、コンパクトディスクである。


「暁、第三の暗号を解いた。十中八九答えは合ってると思うよ」

 神屋は戻ってきた暁に向かって言った。

 神屋は暗号の答えには自信があった。しかし、第三の暗号は完全解答が出来ない類の暗号だということも彼には分かっていた。

「神屋、第三の暗号の答を出したのか?」

「暗号の答は……ね。だが、残念ながら第四の暗号が何なのかは明確には分からなかった。とはいえ、君からあらかじめCDだと知らされていた分、そこは問題なかったかもしれないけれど。暗号の答を繋ぎ合わせると、月代学園の図書室にあるパッヘルベル作曲のジーグのCDじゃないかとは思うが……」

「ああ、正解だ。正確にはパッヘルベル作曲のジーグを単独で収録しているCDだけどな」

「ふうん……なるほどね。しかし……僕も君たちからのヒントがなければもっと時間を使っていただろう。この手の暗号も子供じみているとはいえ、厄介だね。……さて、第四の暗号に取り掛かろうかな」

「その前に一つ良いか? 現段階で、何か手掛かりになりそうなことは掴んだか?」

「……そうだな、暁もさっき話していたと思うけれど、僕も第一、第二の暗号は切り捨てて構わないと思う。僕に送られてきたメールが真実を述べているならば、暗号の制作は今回僕らが探しているものと同時に作られたのだろう。しかしその割には第一、第二の暗号にはあまりに付け入る隙がなさ過ぎる」

 そう言うと神屋は高木の方を見た。高木は『キリストの哲学』を調べていた。神屋は暁に視線を戻すと、続ける。

「第一、第二関連で何かあるとしたら、高木さんの調べているアレだろう」

 高木の手にしている『キリストの哲学』は、言わば第一の暗号と第二の暗号の楔である。そこに別の意味が存在する余地は十分にあった。

「……そうか。……そんじゃあ、俺は亜美と第三の暗号を調べる」

「ああ。それと、これを使うといい。さっき作っておいた」

 神屋は一枚の紙を暁に手渡した。それは第四の暗号文の複製だった。

「おっ、サンキュー。そんじゃ、俺らは第三と第四を片付ける」

「ああ。僕は第四の暗号に挑戦してみよう」



 高木が図書館を出てから数分が経った頃、晴れ晴れしい表情で図書館へ訪れた男がいた。

「……よし、完璧だ。俺なら出来る」

 三冊の入門書を抱え、高山竜司は読書スペースにどっしりと座った。

 竜司は自らが厳選した三冊の本を順に眺めた。


『小説家入門』


『文学賞に入選するには』


『キミもベストセラー作家になれる! ~七つの法則で読み解くデビューへの道~』


 竜司はニヤリと笑い、ジーンズのポケットから数時間前にプリントアウトしたばかりのプリントを取り出した。



○第5回 NEW GENERATION NET 文学賞


●応募要項のお知らせ●


対象:未発表の自作小説。ジャンルは問わない。


テーマ:「人間」


原稿規定:文字数‐6000~8000字。


応募資格:15歳以上30歳以下のアマチュアに限る。


応募受付開始:2009年8月20日


応募締切:2009年9月20日


賞と賞金:

・NEW GENERATION NET賞1名 賞金50万円

・選考委員特別賞1名 賞金50万円

・ノミネート作品中、特に優秀な作品3作品に優秀賞 賞金10万円



 竜司が「NEW GENERATION NET 文学賞」の存在を知ったのは数時間前のことだった。大型検索サイト「NEW GENERATION NET」のユーザーの一人である竜司は、サイトのトップページで大々的に宣伝されていた「第5回 NEW GENERATION NET 文学賞」に目を留めた。

 そして彼は閃いた。今の停滞した状況を打破するには、これしかない……と。

 竜司にとって篠原亜美のイメージは「文学部」だった。そして、恋敵である暁が亜美と仲良くなり始めたのも、文学部がきっかけである。

 亜美を自分に振り向かせるためには一体何が必要か。答えはパソコンの液晶にはっきりと映し出されていたのだ。

「……たかだか数千の文字列だぜ。神よ、これが無理だと思うか? 否、こんな簡単なお話はありませんよ。これが笑わずにいられるか? くくくく……」

 ぶつぶつと独り言を洩らしながら竜司は入門書の一冊を手に取った。

 ……亜美ちゃんは元文学部だ。この文学賞もきっと知っているはず。これで俺が入選でもしたら、絶対に俺に振り向いてくれる! 恋の方程式は解くんじゃねえ、自ら作るんだ!

 竜司は知らなかった。亜美が同じ文学賞を狙っているということを。しかも、それは恋敵だと思っている暁との合作であるということを――



 ――午後六時を過ぎた頃、暁たちは再び休憩することとなった。気付くと四人は六時間以上も何かしらを考え続けていたのだ。

 暁は精神的に疲弊していた。今回の暗号は今までとは種類が根本的に異なっているからだ。先月までの鬼頭火山との暗号勝負では、思考が停滞してもヒントは豊富にあることが多かったし、やるべき作業が明確で先の展開がある程度は読めるものだった。しかし、今回はあまりに不明瞭な点が多すぎる。

 亜美は十数分前からソファで眠っていた。どうやら暗号文を調べながら寝てしまったようだ。それを見て暁は神屋と高木に休憩を提案した。まだ初日である。早々に決着を着けたい問題ではあるが、現時点で体力と精神力を使い果たしてしまうのはあまりに早計だった。

 神屋と高木は、少し前に部屋に戻ってきたトニーと談笑している。

 そのトニーはというと、昼過ぎからずっと二階には居なかった。

 ……トニーは一体今までの間どこに居たのだろうか?

 必然的に三階に居たということになるのではあるが、暁はまだこの家の三階は見ていない。彼がどの部屋に居たのかは見当もつかなかった。

 対象的に、神屋と高木に関しては常に暁の近くにいた。時々退室することはあったが、この部屋はトイレが隣接しているわけではない故に、それは他の人間にも言えることだ。

 休憩前、高木は相変わらず『キリストの哲学』を調べていた。否、調べていたというよりは読んでいたという方が正しい。高木は初め、落丁を調べるかのように本自体をくまなく注視していた。しかし、途中からは内容も併せて調べているようだった。

 一方、神屋は第四の暗号の解読に思いのほか苦戦していた。休憩に入った今もなお、答にはたどり着いていないようだった。



 結局、この休憩はしばらく続くことになった。亜美が起きて、全員で夕食を食べ始めた午後九時まで、何も進展がなく時は過ぎていった。



-2-


 亜美はバスルームから出て脱衣所で髪を乾かしていた。

 夕食を終えると、それぞれ湯にでも浸かり、疲れを取ることになった。

 この家にはバスルームは二部屋あった。一階のエントランスホールを挟んだ北と南に一つずつだ。高木は亜美が女性ということ配慮して普段は使っていないバスルームを掃除しておいたのだ。

 高木の家は外見よりも遥かに広い感じがした。

 ……本当に三千万で買えたのだろうか?

 亜美にはそんな大金の価値など、見当もつかなかった。

 数分の後、亜美がエントランスホールに出ると、向かいに神屋の姿が見えた。どうやら神屋はもう一つのバスルームを使っていたようだ。改めて神屋の容姿を見ると、かなり端正な顔立ちであるのが判る。少々幼さが残っているような気もしなくはなかったが。しかし、長身であるが故か、まるでモデルのようである。佐藤静枝と並んで歩いていたら、さぞ絵になる光景だろう。

 声を掛けようと亜美が手を挙げると、丁度神屋も亜美に気付いた。

「やあ、疲れは取れたかい?」

「うん。早く鬼頭火山の居場所を突き止めないとね」

「鬼頭火山は死んでいるかもしれないよ。どちらにせよ、僕らが見つけようとしている人物は自らを『鬼頭火山』と名乗っているわけだけれど」

「そうね。あるいは、誰も居なかったりして」

「誰も居ない?」

 神屋は亜美の言葉に目をしばたたいた。

「つまり、アンチなんたらって人たちが鬼頭火山という幻を抑止力に使ってるってことはないかしら」

「……面白いことを言うね、篠原さんは。僕は佐藤静枝に確認を取ったんだ、神崎冬也本人の死体を見たかって。どうやら死に姿が酷かったとかで、奥さんに止められたらしいけど。つまり、現段階ではどれが真実か判らない。ただ、鬼頭火山の親族はほとんどこぞって行方をくらましているっていうのも事実なんだけどね」

「ふーん。宮澤さんは? 鬼頭火山の先生の。連絡取れないの?」

「ああ。行方知れずだ。メールによると、あの人が最後に鬼頭火山に会った可能性がある上に、どうやら王里神会の情報を少しは入手出来る立場にあるみたいなんだけど」

「使えないオジサマね。協力してくれてもいいじゃん、まったく」

 亜美は頬を僅かに膨らました。

 メールが真実ならば、確かに宮澤睦は夜光公園にて、暁に虚偽のシナリオを話した人物である。そうなれば、この事件に一枚噛んでいることになる。

「ところで、篠原さん。第四の暗号なんだけれど、僕なりに答は出したんだが、合ってるか確認していいかい?」

「あれ? もう解いてたんだ?」

「ああ。暁も疲れてるようだし……」

 神屋は服のポケットから第四の暗号の書かれた紙を取り出し、亜美に見せた。



Saar

ablation

gauche

unbeliever

oak

Bahama

Janus

Saccharin


◎不信仰者のオークはザール川にて言った。『二分の一とその半分、それの半分、これまたそれの半分……てな具合に、極限までそれらの数を足していくと答えは何になる?』


 解答「1」


◎風化した未熟なヤヌスは言った。『騙されるなよ。リンゴが二個ある。そこへ猫がやってきてリンゴを一つくわえていった。さていくつ?』


 解答「3」


◎バハマは言った。『日本の福徳の神とユダヤの神が一緒に旅をした。道中、三人殺された……』


 解答「5」


◎ある化学者が言った。『ある物質をいじくった。すると炭素56水素40窒素8酸素24硫黄8という組合せになっちまった。元に比べてどれだけのパワーがあるのか……』


 解答「8」


篠原亜美へ

よくぞここまでたどり着いたね。約束の日にちまで、もう残りわずかではないのか?

これが最後の暗号だよ。

待ってるよ。では

鬼頭より



「えっと……ここまでが各々の問の解答。これを分類した単語群に照らし合わせて……」



 unbeliever

 oak     1

 Saar


 ablation

 gauche   3

 Janus


 Bahama   5


 Saccharin  8



「この数字がそれぞれの英単語の『~番目』を示すとすると、数字の示すアルファベットだけを抜き出すと……」


 u

 o

 s

  l

  u

  n

   m

    i



「さらに、これを意味のある単語に並び替える。すると、一つの単語が導けた。『luminous』意味は『夜光性の』かな」

 神屋は自分の解読手順を事細かに亜美に伝えた。

 それを聞くと、亜美は驚嘆の表情を見せた。

「スッゴーイ! あたしたちが何日も考えて解らなかった暗号をたった一日で解読しちゃったんだ!」

「いや、君たちは状況が状況だっただけに時間が掛かったんだろう。タイムリミットもあれば、雷で停電だとか、それに鬼頭火山が死んだというショックもあった。対して、僕の場合障害がない上にヒントだらけだったからね。……それで、この『luminous』という単語、僕にはさっぱり意味が解らないんだが、君たちならピンとくるものなの?」

 神屋としてはここまで時間が掛かったのはまさに単語の意味付けのせいだった。「luminous」がどこを示すのか解らない神屋にとって、単語群と数字の関係を導くのは厳しかった。

「ああー……それは『夜光公園』のことだよ。あたしんちの近くにある地味~な公園。綺麗な場所だけどね」

「……なるほど。そこで暁は宮澤睦にあったわけか。会ったのは暁と……?」

「暁だけ」

「…………そうか。よし、ありがとう。これでとりあえず、明日からは君たちに協力出来そうだよ。僕が解き直したのが役に立てば良いが……」

「そうだね、早く手掛かりが掴めれば良いね。……というよりも、進展がないと退屈だし」

 亜美はそう話すと、伸びをしながらリビングに向かって歩いていった。

「確かに……そろそろ刺激が欲しい頃合いだね」

 後に続く神屋は聞こえるか分からないくらいの声で、そう返した。



 この後、暁、亜美、神屋、そして高木、トニーを加えた五人はそれぞれ意見しながら、暗号と向かい合い続けた。しかし、結局この日に彼らが成果を上げることはなかった。

 翌日に備え、五人はそれぞれの部屋に帰っていく。そして彼らは次々と微睡みに身を沈めていった。

 ――しかし、高木海だけは熱いコーヒーを片手に、リビングの大部屋に戻ってきていた。

 彼はテーブルの前に腰掛ける。テーブルには読書用の電気スタンドと巨大な本が一冊。宮澤睦著『キリストの哲学』だ。

 高木は左手に持ったコーヒーカップを口元に持っていくと同時に、栞を挟んだページを開く。

「……しかし、宮澤睦ってのは、なんてやつだ」

 高木は呟くと、コーヒーを一口飲む。

 ……こんなとんでもない文量を書いているのに内容は決して希薄にならない。これが神崎さんの師、宮澤睦の知識の深さか。

 高木は宮澤睦の膨大な知識に驚愕しながらも、『キリストの哲学』を読み進めていった。

 彼はこの本を明日までに読み終えておきたかった。彼は決して文字を読むのが遅いわけではないが、さすがに内容を細かく確認しながら読むのには相当の時間を要する。何かあってからでは遅い。自分の出来ることくらいは全力で取り組むつもりだった。

「……ん?」

 ようやく集中し始めると、高木は読んでいたページにある異変を感じ取った。

「…………」

 ……何だ? 今何かあったような……。

「…………あ、何だこれ」

 高木は自分の視界で起きた小さな異変に気が付いた。それは、普通に本を読んでいれば全く気付かないであろうものだった。

「これって……まさか」

 ……待て。神経質になりすぎか? こんなごく些細なものが、何かヒントにでもなるのか? いや、冷静になれ。あまりに些細であるとはいえ、こんなものが普通、本に存在するのか?

「まさか、今までのページで俺は『コレ』と同様のものを見逃していたのか」

 高木は一ページ目に戻り、最初から順にページを調べ直し始めた。

 ……あれと同じものがもう一つあれば、間違いない。

 高木は電気スタンドの向きを直し、神経を集中させた。

 胸の奥の早鐘が体中に響いていた。






次話は25日を予定しています。

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