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undecided  作者: らきむぼん(raki) &竜司
王里神会篇 破
35/73

生命の足跡

 王宮の神秘


 ディランはリザベラに恋をしていた……――――

 ――――リザベラは美しかった。彼女を知る男達は皆彼女に優しい。その美貌故だ。ある日のこと。ポルノという騎士が彼女に愛を告げた。リザベラは迷う様子もなくポルノと会うようになった。

 それを知ったディランの悲しみといったらなかった。王宮に仕えていたディランは、王にこの悲しみを訴えた。王は深く頷くだけで、彼に言葉はひとつも送らなかった……。

 リザベラがポルノの女になってからというもの、ディランは変わってしまった。日に日に彼を蝕んだのは果てしなき絶望感。人生への大いなる諦め。ディランの髪は伸びていった。伸びた髪を切るのももどかしい。その長さに比例するかのように彼の絶望は深みを増していった。

 だが数カ月もするとディランの心に変化があった。

 底無しの絶望感はいつの間にか甚大なる虚無感へと変貌した。その感情は長くに渡り絶望し続けた彼にとっては、ある意味心地の良いものでもあったという。

 しかし、その心地のよさはすぐに消えた。虚しさだけが彼を襲い始めた。

 ……リザベラ。

 心の中でその名を呼んでもディランの目から涙が零れることはもうなかった。感情が無くなっていく感覚……。ディランは全てを悟ったかのような眼差しをただただ空に向けて生き続けた。

 彼が生きる意味はなかったが死ぬ意味もなかった。彼は無意味を恐れなかった。むしろ、無意味と共存した。リザベラへの想いがどんなものであるのか、よくわからなくなっていた。

 ある夜のこと、ポルノと共にリザベラがディランの勤める王宮に訪れた。王に用があったようだ。二人は腕を組み、さも仲良さげだ。

 仲間にリザベラが来たことを教えてもらったディランだったが、ついに彼女の前には姿を現さなかった。

 今更何を話すというのか。彼女に語る言葉などこの胸のどこぞにも存在し得てはいない。

 ディランは王宮の門が見える位置に付き彼女が帰る姿を見ることにした。

 その時に見上げた夜空を彼は死ぬまで忘れなかったはずだ。

 ――――何ひとつ不思議のない平坦で普遍的すぎるつまらない夜空。星は薄い輝きを纏い、ぼんやりと浮くだけだ。月などない。

 長く笑みをこぼさなかった彼の表情がほんの少し、このときばかりは微々たる笑みをこぼしていた。頭がおかしくなったのだろうか。

 ……究極の虚無ここに極まり。

 ディランはそう呟いた。

 門の側をポルノとリザベラが一緒に歩いているのが目に映った。

 暗い夜。二人はほんの少しの間隔を開けながら共に帰っていった。その光景を黙ってディランは見つめた。どうとも表現しようのない感情が湧き上がるのを必死にこらえ、ディランは泣いた。

 ……おお、愛する人よ、リザベラよ。あなたと話したことを私は忘れはしない。忘れることはできない。

 ディランは走り王の元に急いだ。

 涙ぐみながら王にその心情を打ち明けた。複雑すぎて単純すぎるその心の内を。要するにディランはリザベラを諦めきれていなかっただけだった。

 王は頷く。

 それから数カ月が経った。同じく王宮に仕えるカエハンという女がディランに声をかけた。

 彼女との会話でディランは驚くべき事実を知った。

 どうやらポルノとリザベラが離れたらしい。

 ディランは一人部屋で喜んだ。無性に嬉しい。しかし彼は疑問に思った。何故自分は喜んでいるのか……。

 あの絶望をもたらしたのは、あの虚無感の理由は何だったのか?

 付き合うという言葉に惑わされて、本当のリザベラの気持ちなどには目が向いていなかったのでは?

 自身にある感情がリザベラへの単なる下心だったとしたら?

 ディラン己の精神の情けなさに半ば絶望した。そんな日が何日も続いたが、彼の精神はある日一筋の希望を捉えた。

 リザベラと話すことができたからだ。リザベラとは天気のことや家のことなどで他愛のない会話を楽しんだ。それといったことはなかったが、彼女と話せたこと自体が彼にとっては無性に幸せなことであった。

 それから一年ばかりが経ったがディランはリザベラに心の内を明かせてはいなかった。好きだということを告白できていなかった。

 悶々とした日々はディランを苦しめた。恋愛に苦痛はつきもの。カエハンが言っていた言葉は本当だったとディランはこのとき強く理解した。

 ディランは己の容姿に自信がなかった。リザベラに悪く思われたくない。だから告白には勇気がいるのだった。

 ついにディランは王宮の役割をごまかし始めた。だらしないディランを王が然りつけたが彼は目をつむっているだけだった。憂鬱は人を狂わせるのだろう。

 そしてある朝、ディランは衝撃の事実を知ることになる。

 それを教えてくれたのはまたしてもカエハンだった。

 彼女の話によると、リザベラはマントスという王族の男と付き合い始めたというのだ。リザベラの美貌に惚れ込んだマントスはリザベラを前々から狙っていたらしい。リザベラとポルノが別れた頃から時を見計らっていたという。王族であるマントスからの告白をリザベラは快く承諾した。

 その話を聞いたディランの心にはとても大きな穴が開いたという。そして彼は絶望し……


 ……とここまでが私が彼から聞いた彼の恋の物語だ。この先彼がどうなったかは、話すまでもない。さて、そろそろ筆を折ろう……私にもその時がきたようだ。さらばだ。またいつか逢おう。



 ――――ディラン物語。それがこの本のタイトルだ。

 本を棚に戻すと、亜美はベッドの端に座った。

 時計の針を眺める。

 ……零時。

 全ての針が真上を差し、今、日付が変わった。

 新しい一日が始まる。

 ……――――暁と亜美、神屋と高木を乗せた車が辿り着いた場所は、真夜中の住宅街だった。

「ここが俺のマイホーム。この歳にして家を持ってるなんて……と思う? 実は宝クジが当たってさ……俺って何かと運の良い人間で」

 約三千万円で購入したという。眠気に負けた暁と亜美は大して反応ができなかった。

 一見、普通の家である。木は森の中に隠せば見つからない。結果的には普通の家で良かった。普通じゃないのはやや大きいということだけか。

 家の中は広い。ホテル「Renaissance」よりも快適そうに見える。三人にはそれぞれ部屋が与えられた。暁はほとんど物が置いていない部屋を選んだ。亜美は本がたくさんある部屋、神屋はごく普通の部屋に入っていった。部屋はたくさんあった。他にも色々な部屋がありそうだ。

「何か用があったら言って。自分の家のように使ってくれていいよ。この闘いが終わるまでは」

 高木はそう言い残しベッドのある部屋に消えていった。

 暁も自分の部屋に入るとすぐに眠ってしまった。

 神屋も眠った。ただ一人、亜美だけが起きていた。ずらりと本が並ぶ本棚から一冊を取り出した。


 ディラン物語


 作者 Y.K.


 表紙は真っ黒の下地に白い文字でタイトルと作者名。

 聞いたことのないペンネームだった。

 亜美は本を開いた。サブタイトル「王宮の神秘」。


 ディランはリザベラに恋をしていた……――――


 亜美は眠りについた。



 八月十一日


 暁の目が開いたのは朝八時のことだった。突然目に入った映像がいつもと違うことに多少混乱はしたが、すぐに自身の境遇を思い出し納得した。

 ……ここは高木さんの家だったか。

 上半身だけを起こして部屋を見渡した。暁はこのとき、自分が床で寝ていたことに気がついた。この部屋にはベッドがない。それどころか、あるのは空白だかりだ。物があまり置いていない。何故こんな部屋を選んだのか。覚えていない。ざっと見渡して目に入るのは、床に散らばった紙が数枚、空気清浄機のような小さな装置、そして壁際には背丈の高いルームスタンドがひとつ。

 他にも細々とした物が床に散らばってはいるが、あまり目立つような物は他にはなさそうだ。テレビもないとは驚いた。

 暁は起き上がり部屋のドアを開けた。

「……うわぁ!!!」

 ドアを開けた目の前には、男が一人。背丈は暁とあまり変わらない。顔は日本人のそれではない。特徴的なのは髪型と目だ。前髪が見当たらない。一般にこの頭部の状況のことをおでこが広いというのだろうが、それとは何かニュアンスが違う気がする。

「オハヨウゴザイマス。暁サン」

 目のくぼみは特徴的だ。角度を変えて見ると黒い影が彼の目を隠してしまうほど……。

 暁を至近距離で捉えるその瞳は冷たい。かなり悪魔的である。

「おはよう。いつの間に来たんだ……」

 トニーは微笑んだ。

「夜中デス。タクサン荷物ガアッテ重カッタデスヨ」

「……荷物? てか昨日…………大丈夫だったのか?」

「武器デス。銃トカ。昨日ハ危ナカッタデス。敵ガイッパイイマシタ。デモ全部倒シマシタ」

「さ、さすがトニー! やるな」

「ソロソロ下ニ行キマショウ。神屋サンガ今後ノ予定ニツイテ皆ト話シマス」

「ああ、わかった」

 暁は部屋を出た。とても爽やかな朝だ。知らず知らずのうちに胸が希望に満ちてゆくかのような感覚。手すりに手を添えて、広い空間を照らす太陽の光に目を向けた。階段は半螺旋状になっていて、その頭上には開放的な空間が三階の天井まで突き抜けている。暁がいる階は二階だ。三階には何があるのだろう。行ってみたい。

 暁が階段を下りようと近づくと亜美が廊下の奥から姿を現したした。寝起きから亜美の姿を見たことに暁はびっくりした。

 ……女子高生とひとつの屋根の下で眠っちゃってるよ……俺……。

 わかってはいたことだが暁は半ば動揺を隠しきれない。

「……ヒュウ」

「ヒュウッテ何デスカ、暁サン」

「おはよう」

 暁は亜美に挨拶をした。

 亜美も何だかパッとしない様子だ。

「おはよう」

「………………」

 暁は頬を叩いた。夢を見ているのではないかと錯覚したからだ。どうやら現実らしい。

 ……何やってんだ、俺。

 三人は階段を下りていった。自分たちが立てる足音を、確かに自分たちはそこにいると認識しつつ、階段を下りていった。



更新速度ですが、受験の関係で書き溜めておいた分に頼ってきたので、しばらく貯蓄が増えるまでこのままで行かせてくださいm(_ _;)m

溜まり次第、早めます。

次回は、遅くとも3月26日までには更新します。

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