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undecided  作者: らきむぼん(raki) &竜司
王里神会篇 序
28/73

閉ざされしパンドラの箱 ~真実~

遅くなって申し訳ありません!

受験生って嫌ですね・・・。




‐1‐


 ホテルへ向かう道中も、ホテルに着いてからも、暁の首筋から冷や汗が引く気配はなかった。

「どうした? 死人みたいな顔して」

 神屋は笑った。

 暁の顔色があまりに悪く見えたためだ。

「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。ちゃんと手は打ってある」

 神屋が何を言っても、暁の耳には届いていなかった。目の前で人が殺されたことにより発覚した王里神会の想像以上の危険性、その悪の組織に自身が狙われているという恐怖感、そして、神屋の口から出た「鬼頭火山」という名前……。それら全てが濃厚に暁の心中で混ざり合い、得体の知れない混沌的な恐怖を生み出していた。肩の力と足の力が抜け、胸の辺りが無性に苦しい。ホテルに向かう途中、何度もつまずいて転びかけた。



 高級ホテル『Renaissance』は、中に入ると外から見るより広く感じ、安定感のある落ち着きが介在するその空間に、暁は耳掻き一杯分ほどの安心感を得た。

「今日からしばらくはここに泊まってもらうわけだけど……、聞いてる??」

「…………あ、ああ」

 三階の十四号室、そこが暁たちの部屋となった。

 部屋に入ると、暁はすぐに椅子に腰掛けた。背筋をピンと伸ばし、目をつむる。本当は、今すぐにでも、誰かにすがりつきたい思いだった。怖くて怖くてたまらなかったのだ。

「……暁」

 神屋の目から見ても、暁の心中は容易く伺えた。ピクリとも動かず、両の手のひらを太ももに添え、悲壮的な表情を浮かべる暁は、目撃した者に「哀れ」という語彙をあからさまに連想させる雰囲気を漂わせる。

 ……すまないね、暁。

 自分が悪い訳ではない。それはわかっていたが、心の中で謝らずにはいられない。罪悪感とはまた少し違う感情である。

「……今日はゆっくり休んでてくれ。僕はちょっと行かなくちゃならない」

 神屋の「行かなくちゃならない」という言葉に、暁は激しく動揺した。

「い、く……ッて!!  どこ行くんだよ!?」

 一人にしないで欲しい、その思いが露骨に表れた言い方だった。

「王里神会の会議があって、こればかりは外せないッてヤツなんだ。明日の朝には戻るからさ」

 そう言うと、神屋は暁に背を向けて玄関へ歩き出した。暁は立ち上がり、目をカッと見開いた。暁の尋常ならざる動揺を感じ取ったのか、神屋は振り返った。暁は、震える声で言う。

「も……もし奴らが来たら、どうすんだよぉ!? 頼むからいてくれよお!!」

「はは、いつものクールな暁君はどこへ行ったんだい」

「おッお前ぇ!!」

「ははは、大丈夫だってば。尾行はない。何のために、あのタクシーのおじさんに、あんなに走り回ってもらったと思っているんだい」

「そんなんわかんねぇだろぉ……!! 警察呼んだ方がいいんじゃねぇのかぁ!? なあ!」

 暁の目は、すがるようであった。しかし、神屋は相変わらず冷静だ。

「警察ねぇ……。あんなの頼りにならないと思うけどね」

「……何故だ!?」

「うん、ひとつだけ、面白い話をしておこう」

 と言って、神屋はリビングに向かって歩き出した。さっきまで暁が座っていた椅子に座り、暁をじっと見据える。

「何だよ……」

「言っておくが、王里神会は君を殺すつもりはない……、今はね」

 今はね……、その言葉の意味することに、暁は半ば絶望を隠しきれない。一歩二歩と後退し、壁に背を預け、そのままゆっくりと潰れていった。

「もし僕たちの位置が割れていたとしても、君が殺されることはない。あっても、連行されるだけ。まぁ、僕は間違いなく、抹殺されるだろうけど」

「抹殺? 何故??」

 暁が小さく尋ねた。

「質問は無しだ。約束したろう。いいかい、王里神会は目的のためなら手段を選ばない。警察がいようがなんだろうが、やると決めたことはどんなことをしてでもやる。そのために、彼らを雇っているんだよ」

 彼らが何のことを指しているのか、暁にはわからない。

「彼らはプロだ。警察など、相手にもならない。そう……、殺し屋だよ」

 暁の眼球が、一瞬だけ微動した。一人の女子高生を思い出した。

「警察はあてにならないよ」

 まるで諭すかのような口調だった。

「……何で俺が」

「とにかく、警察を呼ぶなんて馬鹿なこと、しないでくれよ。王里神会には、警察関係者の中にも抱き込んだ上役が何人かいるんだ。外崎暁からの通報だと知れれば、王里神会も動く」

 神屋はベッドが二つある寝室の入口に顔を向けた。しばらく顔を向けたまま、視線を逸らそうとしない。寝室に特に変わったものはなかったはずだと、暁には神屋の視線の意味がわからなかった。

「……神屋。警察には連絡しないと約束するよ」

 ――けど、と暁は続けた。

「もし、もしも、この場所が奴らに知られたら、どうするんだ」

 それは、強く、ハッキリとした口調だった。抗う術はあるのかと、神屋に迫るように。

 しかし依然として、神屋は寝室から目を離さない。「聞いているのか」と暁が口を開こうとしたちょうどその時、神屋の見つめる寝室から『ガタガタッ』という音が鳴り響いた。暁は血の気が引くのを覚えた。

 神屋はその音について、敢えて触れず、

「言ったでしょ。手は打ってあるって」

 と言い残して部屋を出て行った。

 ガチッというドアの閉まる音がぐったりとした暁の耳に余韻を残し、さらなる静けさを醸し出した。力なくドアの方を見てみると、ドアに微かな隙間があるかのように見えたが、正直、そんなことはどうでもよく感じられた。暁は冷蔵庫を開け、中に入っていた炭酸飲料を何杯も飲んだ。

 自分の置かれた状況の深刻さは想像以上のものだった。最初は何かの冗談だと思い込むことで精神の安定を図ることができたが、あの映像が脳裏にこびりつき離れず、もう冗談では済まされない状況に立たされているということを理解してしまった。突如、夏の夜空に打ち上げられた花火、そして銃声……、鮎川の死。美しく開いた火薬の華は、まるで鮎川暗殺の成功を祝っているかのように感じられた。



‐2‐


 暁は部屋を見回した。

 見たところ、物に困ることはなさそうだ。高級ホテルだけあって、充実している。部屋はリビングと寝室の二部屋構造だが、どちらも広い。神屋と二人で生活するにしても、窮屈に感じることはないだろう。

 壁に掛けられた時計を見ると、既に夜の十一時を過ぎようとしていた。いつの間にそんなに経ったのだろう。時間感覚が麻痺している。過度のストレスを感じているせいなのか。

 部屋は静まり返っている。

 気が付くと、飲みかけのグラスを片手に、焦点の合わない視線を部屋の辺りに彷徨わせていた。深い深い、底なしの闇に突き落とされた気分がした。

 一旦、横になろうと、隣のベッドルームに入った。先程、不吉な音をこの部屋から聞いたばかりであったが、今の精神状態を鑑みれば、恐怖に負けて目をつむらないよりかは、横になって休んだ方が賢明に思える。もとより、王里神会に拉致、または殺害される恐怖に比べれば、誰も居ないはずの寝室から物音がしたくらいの恐怖など、恐怖と呼ぶに値しない。

 ベッドに身体を預けると、自分が認識していた以上の疲れが、どっと溢れて出た。肉体的な疲労より、精神的疲労の方が大きい。仰向けの状態で目を閉じる。このまま目を開けることなく、心ゆくまで眠りたい……。

「…………」

 しかし、思い出さずにはいられなかった。神屋のあの言葉。

 ……鬼頭火山。

 鼻の奥、ちょうど大脳の下辺りと言えばよいのか、その辺りに、黒くて重いモノの存在を感じる。悪夢が現実となって、目の前に突きつけられた感覚に近い。取り返しのつかない、重大なミスを犯してしまった時も、これと同じモノを感じていたことを、暁はぼんやりと思い返した。確か、化学の成績で赤点を取ってしまった時も、これと同じ感覚を味わった。

 ……自分の心臓の音が聞こえる。

 十四号室は完全に静まり返っていた。こうしている今も、世界のどこかでは、大声を張り上げ、その生を横臥せし者がいる。たったそれだけの事実が、嘘に思えてくる程の静けさ。外を走っているであろう車の音すら聴こえてこない。単に、このホテルの部屋の壁は、防音性に優れているだけとも考えられるが、それだけがこの静けさの原因でないことはわかっている。暁は感づいていた。すぐ側で息づく、自分以外の生命の存在に……。

「――――」

 頭の中で、ゴォーンという音を聴き、目を開けた。それは外部で鳴った音では有り得なかった。頭の中で聴こえた音だった。

 暁は、できるだけ静かに、音を立てず、ゆっくりと体を起こした。そして、目をつむり、極限にまで耳を済ませてみた。すると……、確かに聴こえてくる。何者かが、息を吸い、吐く音。かなり微かだが、聴こえる。だが、どこから聴こえてくるのかわからない。幻聴なのだろうか。

 ベッドから立ち上がり、部屋をゆっくりと見回した。隣のリビング、二つのベッド、カーテン、テレビ、物置棚、クローゼット……。それらの物が、暁を包囲している。そんな感じがした。やはり、あれは幻聴ではなかったようだ。確実に、何者かが、物陰からじっとこちらを伺っている。背中に痛い程の視線が突き刺さってくる。間違いない。それは今、背後にいる。

 暁は、すっと、振り返った。遅くもなく、速くもなく、かなり自然なスピードで振り返った。そこに何がいてもいいように、心の準備は整えてあった。いずれにせよ、そこに何かがいるのはわかっていた。気配が濃厚過ぎるのだ。妄想では有り得ない気配。否応なしに迫ってくる圧迫感。もう覚悟はできている――しかし、それにしても、心臓の音は穏やかだった。

 そういえば、本物の幽霊を見たのは、ごく最近のことだ。暁は、止まった時間の中で、あの時のことを思い出していた。あの時は、すぐ側に頼りになる仲間がいたからいいが、今は一人きりだ。助けは来ない。思い出しただけでもぞっとする、あの女霊の歪んだ形相。結局は、如月愛の活躍により、幕を下ろした。暁は、それをぼんやりと眺めて、こう思った。あの経験がなかったら、今、クローゼットの隙間から覗く、冷徹な眼を前に、こうして立ってはいられなかっただろうな……。その眼は、ただただ、じっと、暁を見つめていた。

 動けない。足が動かなければ、口も開かない。頭の中は空白だ。あらゆる思考がシャットダウンされ、その目に映る事象に圧倒される。

 ……それは……、ないですよ。いやいや……、そんなことはない。

 本能が事実を拒否しようとしている。

 ……なんで? そこに……ある。おかしい……いや、おかしい。有り得……ない。

 暁の意志とは裏腹に、皮肉にも、クローゼットは開き始めた。ギギギと音を立て、部屋の電気が不気味な眼の主を光にさらす……。徐々に、徐々に、陰影と光のコントラストをその表情に再現させて、それは姿を現した。

「……………………っ!!」

 暁はよろけて、そのまま床にひざまずいた。

 誰もいるはずのないクローゼットの中から出てきたのは…………、人間だった。

 背はそこまで高くない。暁とそう変わらない背丈。ベージュのズボンに、チェックの上着。ボタンを閉めていないので、上着の下に白のTシャツを着ているのがわかる。

 顔は日本人のそれではなかった。

 欧米人……。

「ハジメマシテー。トニーデス」



 そこは一様に美しかった。

 テレビ、棚、冷蔵庫、キッチン、床、天井、電気……、あらゆる小物、それら全てが、静かに呼吸をしているかのような静寂さが、そこには介在した。

 恐怖から安堵までの、一切の感情が消えていた。在るのは、現実という名の虚無を冷静に眺める、いわば、無心の心だった。何もかもが、非常にどうでもよく思えてくる、一種の諦めのような感情に近い。己に降りかかるであろう運命が、喜劇であろうと悲劇であろうと、逆らうつもりはない。もっとも、喜劇を忌み嫌い、逆らおうとする人間もそういないはずだが。

 暁は、椅子に座り、視線を少し落として前だけを見ていた。頭の中では、何も考えていない。いや、何も考えたくなかった、と言った方が適切だろう。

 しかし、考えなくてはいけないことは幾つかあった。暁は、机を挟んで目の前に座る男を睨んだ。

 ……こいつは、何者なのか。

 赤紫と白黒のチェックの柄の上着を羽織り、その下には白いTシャツを着ている。下はベージュのズボン。顔つきは明らかに日本人ではなく、アメリカ人。どう見ても怪しかった。見た感じの年齢は、二十三といったところか。しかし、それにしては背が低い。自分とそう変わらない背丈……。髪型は、一風変わっていた。額が異常に広く感じるほど、あるはずの前髪は、そこに面影すら感じさせない。かといって、他の部位は正常に髪が生えているし、見た目が若く見える禿げた年長者、というわけではなさそうだ。顔については、特に目が特徴的だ。奥目になっていて、角度によっては目もとに黒い影ができるほどだ。そして、何よりも、その瞳。冷たく、恐ろしい目だ。「悪魔的な目」というタイトルの絵画のモデルを務められそうな気さえしてくる。悪魔、この言葉が嫌に似合う瞳の持ち主だ。

 しかし、何故だろうか。その目を見つめていると、妙に落ち着いてくる。

「座ッテ……、話デモシマショウ」

 その言葉に素直に従ったのも、そのおかげと言えよう。

 長い時間が経った。いつの間にか、暁の前にコーヒーが置かれていた。暁がうつむいている間に、男が入れたものだった。

 いつまで待っても、男は口を開こうとしない。我慢できなくなり、暁は口を開いた。

「あの……。どなた……、ですか?」

 男は、答える。

「トニートイウ者デス。神屋サンニアナタヲ守ルヨウ言ワレマシタ」

「…………!!」

 ……神屋の言っていた「手」とはこのことか。

 暁は唾を飲んで尋ねた。

「…………と、いうことは………………、やっぱり……」

 男は、暁の危惧していることがその顔色からうかがえた。ニヤリと笑みを作り、暁に言い放った。

「アナタワ……、王里神会ニ狙ワレテイマス」

「……ですよ…………、ね」

 暁は、苦笑いを浮かべながら頭を掻いた。もう、この事実は動かないらしい。諦めるしかないようだ。

 沈黙が訪れた。十分ほどの間、会話はなかった。暁は、ただただ、コーヒーを飲んだ。男は、感情を持ち合わせないロボットのように、微動だにせず、暁を眺めていた。暁は、度々、男と目が合って困惑した。こういう空気が、一番苦手な暁であった。

 カップのコーヒーも底を尽き、ちょうど日付も変わった頃、男は突然にこう言った。

「怖イ……デスカ?」

 暁は、頭をむしり掻いてから、「そ、そうですね」と答えた。

「コチラワ、コレカラアナタヲ護衛スル立場ニアリマス。デキレバ、オ互イノコトヲ深ク知リ合イ、仲良クナリタイデス」

 それもそうだ。護衛の前に、まずは信頼が欲しい。

「……そうですよね。すいません。さっきから、なんか……、焦っちゃって。えと、じゃあ、自己紹介しますね……」

 こうして、暁と謎の外国人との、真夜中の対談が始まった。



‐3‐


 王里神会本部ビルの六十七階。

 エレベーターランプが指している階は、ちょうどそこだ。

「六十七階でございます」

 若いエレベーターガールの声。同乗していた一人の男が、降りる間際に、こう言った。

「近いうちに白いニット帽を被った男が、このエレベーターに乗るだろう……。その男には、十分、警戒しておくことだ」

 個性的なギザギザとした髪型の美形の男は、そう言い残して去っていった。歩いていくその後ろ姿に、女は深く礼をして、

「有り難き幸せ」

 と微笑ましい笑顔で囁いた。

 男の行く先は、上司の部屋。足取りは異様に落ち着いていて、漠然たる静寂がその身を包んでいた。見る者に神々しささえ感じさせる。

 コンコン――、不意に叩かれたノックに、王里神会幹部、藤原は、回していたペンを落としてしまった。

「どうぞ」

「失礼します」

 藤原は、入室してきた部下の表情を見て、口元をにやつかせた。部下を見つめるブラウンの瞳は、信頼に満ちている。

「セシルか。ところで、あの神屋によく気取られなかったな」

「当然です」

 答えながら、絨毯に落ちたペンを拾い上げ、セシルはこう続けた。

「案外、簡単でした。神屋はまるで気づかなった様子です」

 セシルはペンを机に置き、藤原の言葉を静かに待った。

「ふん……。いくら変装していたとはいえ、神屋が君の出す独特な雰囲気を感じ取れなかったとは……。どうやら、相当、焦っていたようだな」

 藤原は、言い終えて窓を見やった。星ひとつ見えない、藤原の好きな真っ暗な空だった。

「あなたの手の者が、外崎を拉致することを案じていたと思われます。あなたが事前に神屋と接触してくれたおかげで、神屋を焦らせることができた……」

 セシルは、椅子に座る藤原の横に立ち、一緒になって空を見始めた。それを見て、鼻で笑ってから、藤原は独り言のように呟いた。

「……外崎暁……か」

「作戦通りなら、今頃、二人きりでしょう」

「………………」

「――――我らが主と」



 ホテル『Renaissance』三階十四号室。鳴り響いたのは黄色い笑い声だ。

「ひひははははっ!! そ……、それはないですって~~」

 暁は、トニーのジョークに腹を抱えて笑っている。つい先ほどまでの、気の落胆ぶりが嘘のようだ。

 トニーも笑顔だ。

「……暁サン……。布団ガ吹ッ飛ンダミタイデス」

「ははははッ」

「サテ……。コノクライニシテオキマショウ。ジャパニーズジョークハ下ラナイ」

 トニーの顔から笑顔が去った。それを見て、暁も表情を沈めていった。

「暁サン……。ワタシワ暁サンガ見セル……、ソノ顔ガ……、気ニナリマス」

「え??」

「タマ~ニ、暁サン、悲シイ?? 辛イ……?? ミタイナ顔ニナリマス」

「…………」

「隠サナイデ話シテ下サイ。気持チヲ……、全部」

「……トニーさん。こんなダメな俺のことを……。わかりました。じゃあ……、話します」

 暁は親身になって、色々なことを語り出した。トニーは、うなずきながら、暁の話を聞いた。

「やっぱり、将来が不安です」「よく……」「学校って、色々と面倒くさいんですよ」「しかし、勉強がなぁ」「この前、高山っていう友人が、ゆかりんっていう」「努力はしたいけど、難しい」「生きることに意味なんて、見いだそうとすること自体、どこかナンセンスであって……」「ニーチェが」「どうしよう」「……もうダメかも」

「…………ソンナコトハナイデス」

「……え」

 暁は、伏せていた顔を上げた。

「希望ヲ捨テテワイケマセン。マダマダ、人生ワ長イデショ」

 トニーは、限りなくにこやかな表情だった。暁は、トニーの言葉に勇気づけられた。他人に思っていることをとにかく話す、聞いてもらうということが、ここまで心を晴れ晴れとさせるものだとは暁も知らなかった。暁は、新しいものを発見したかのような心地を味わっていた。

「前ヲ見テ頑張ルシカナイ……ソウデショ」

「……と、とにーさん」

「辛イノハワカリマス。宿題ガ面倒ナノモ、痛イホド。暁サンワ学生ダカラ受験ガ怖イ。デモ逃ゲチャダメデス!! 不得意ダカラコソ挑戦スル。人間ニ課セラレタ運命。人生ワ挑戦デス」

「……あ、あ、ありがとう……」

 トニーはテレビをつけた。

 暁もなんとなくテレビに見入った。

 結構な時間が経った。目をこすり、暁は時計を見た。

 ……午前二時。

 暁の頭がまどろんできた。だんだんまぶたも重くなり、気を付けていなければ、眠ってしまうだろう。

 ……あー、ねみ。

 ……――キラサン、――――……サ……アキ――……。

「…………」

 ……誰かが、呼んでる?

「暁サン」

「…………おう」

「起キテ下サイ」

 暁は、机に預けていた体を起こし、トニーを見た。いつの間にか、テレビが消えている。今は何時なのか。

 暁は時計を見ようとしたが、眠気がそれを邪魔した。暁は、もう一度、トニーを見た。最初とまるで変わらない姿勢のまま、じっと暁をうかがっている。

 ……ずっと俺を見ていたのか?

 暁の背中に悪寒が走った。急にトニーが怖くなった。思えば、トニーとは今日、会ったばかり。どんな人物なのか、本性はまだわかっていない。

「…………」

「……暁サン。話ガアリマス」

 …………落ち着け。この男は神屋が選んだ王里神会の護衛役。危険はない。危険はないはず……。

 ここで暁は、数時間前のことを思い出した。

 ……そうだ!! この部屋から音が鳴った時、神屋も気づいてたじゃないか!! 大丈夫だ。危険はなくなった。コイツがホントは王里神会の神屋側じゃない側の奴ってことは、なくなった。良かった良かった……。

 トニーは立ち上がった。

 冷徹な視線を、上から暁に投げかける。奇妙な雰囲気を纏って。

 …………トニー?

「暁……サン」

「…………」

 ……なんだ? 何が起こる。もしかして、怒らせたか……?? 寝ちゃったのがいけなかった?? いやいや……、まさか。そんな、嘘だろ……。まさか……まさか!?

 暁も立ち上がった。トニーが敵側の王里神会である可能性も否めない。今までのは、警戒心を解くための芝居、そう考えれば納得がいく。

 ……コイツ、敵か? ……………………いや、しかし、神屋はあの音に気づいていた。しかし……、このヤバそうな雰囲気は。顔もなんか、恐いですし……、どうする??

 暁は、じりじりと限りなく少しずつ後退した。玄関に続く廊下に目をやった。

 ……確か、この部屋、鍵はオートロックだったよな。落ち着けよ。左に突っ走れば、すぐに玄関だ。それに対しトニーは、俺とテーブルひとつはさんでる。断然有利。一気に逃げるか……、どうする。今のうちに逃げた方がいいんじゃねえか?? いや、まだ、様子を見てから……。

「…………暁サン。立ッテドウシタンデスカ?」

 不気味な笑顔を浮かべて、トニーはそう言った。

 暁は、トニーを威嚇するように睨み、「……なんでもない」とかすれた声で返した。

「……それより、話ってなんだ?」

「…………」

「……………………」

「アル人物ニツイテデス……」

 ……ある人物?

「……思エバ、コレワ予言ノ通リダッタ。アナタト彼ガ出会ウコト、ソシテ、ワタシガアナタト出会ウコト……」

 ……予言? 彼??

 暁には、トニーの言っている言葉の意味がまるでわからない。

「全テハ運命トイウ名ノ歯車ヲ軸ニ回ッテイタ」

 真剣に、尚且つ、力強く言い放たれたトニーの言葉に、暁は圧された。

「……ま、待て。何のことだか……、さっぱり……」

「ワカラナイノカ?」

「…………」

「クックック……」



‐4‐


「クックック……。コチラヘドウゾ」

 トニーと暁は寝室に移動した。この時、暁は初めて、鼻をつんざく臭いをこの部屋のどこかからか感じ取った。

 ……何の臭いだ?

「暁サン。暁サンハ、ギリシア神話ハ好キデスカ」

「あ、まぁ……、ほんの少しかじってる程度」

「そうですか……。ワタシハネ、コレガ結構、好キナ方デ」

「…………トニー」

「何デス?」

「さっき言ってた……、彼とか、運命とか予言って……」

「マァ……、落チ着イテ下サイ」

 トニーが一瞬だけ、棚に置かれた目覚まし時計を見るのを、暁は見逃さなかった。

「ギリシア神話ハ、面白イデス」

 言いながら、クローゼットの方を見るトニー。この部屋には、クローゼットがニつあり、トニーが見ているのは、自分が入っていなかった方である。

 暁もクローゼットを見た。特に変わった様子もなく、それは閉まっている。ただ、そこから妙な威圧感が感じられるのは、気のせいなのかどうなのか、暁にはわからない。

「暁サン。突然デスガ、コノ部屋ニハ、今、何人ノ人間ガイルト思イマスカ」

「……変な質問するなよ、トニー。まるで、俺とトニーだけじゃないみたいな言い方だしさ……。いや~~、まさか、そこのクローゼットに、入っているとか、ね……」

「……ドウデショウ」

「……はは」

 トニーは一旦、クローゼットから目を離し、ベッドの端に腰をかけた。

「コノ世ノ生ト死。ソノ謎ヲ解キ明カシタノハ、二年前ノコトデス」

「…………??」

 トニーの目は、どこか悲しそうに見える。

「暁サンハ、生キル意味ヲ考エルコト自体ガナンセンスダト……。マァ、考エヨウニヨレバソウナルノカモシレマセン。シカシ、暁サンハマダマダ若イ。何色ニモ簡単ニ染マッテシマウ。ダカラ、本当ノ答ニハタドリ着カナイ。実ハ、アナタガ見テイル世界ハ、想像以上ニ単純ナモノナノデス。数学ノ問題ヲ解イテイテ、コンナ簡単ダッタノニ見落トシテイタ……ナンテ経験ハアリマセンカ? ヨク見エテイナイダケナンデスヨ。答ハ…………、案外、近場ニ在ルモノデス」

「………………やけに抽象的なことばっかりですねー。何が言いたいのか、よくわかりません……」

「……ソウデスカ? 森羅万象ハ繋ガッテイル……、ナンテ言ッタラ??」

「……?? 余計……、わからないかな」

「暁サンハバカデスネー」

「えっ……。何だよ、突然」

「ノー。ソンナコトヲ言ッテイルノデハアリマセンヨ。ヤハリ、アナタハマダ若イ」

「若い若いって、トニーさん、あなたは何歳なんですか??」

「ニジュウサンデス」

「充分……、あなたも若い方」

「ハハハハ」

「はは」

 会話は途切れ、続いたのは三十分以上の沈黙だった。

 暁は、気づいていた。

 ……これは。

「トニー」

 暁の声は、半ば震えている。

「何デスカ」

「…………王里神会がテロを起こすってのは、神屋から聞いてる」

「!」

 トニーの眉間が微かにシワを作った。

「……どうするつもりなんだ? 王里神会は」

 暁が敢えて言おうとしていたことを言わず、別の話題を振ったのは、直前でその真偽を知るのが怖かったからだ。だが、それはそろそろ晒されるだろう。

「暁サン、アナタ……」

「!?」

「何故、アナタガ王里神会ニ狙ワレテイルノカ……」

 ……まさか、コイツ。

「ワタシニハワカラナイ」

「……なんだよ、知ってるのかと」

「王里神会幹部ニシカ、V事件ノ詳シイ内容ハ知ラサレテイマセン。ワタシハ生憎下ッ端ナノデ」

「そうだったんだ。え?? てか、トニーって、王里神会のどんな立場?」

「タダノ戦闘要員デス」

「え? 意外だな。あ、まぁ、そうか……、じゃなきゃ護衛に選ばれないよねー……。なんか、ホント、強ーのかっていう……、見た目、そんな強そうぢゃ……、いや、はい」

「…………マァ、コウミエテ武闘派デス」

「うん。まぁ……、うん。てゆうかさ、疑問なんだけど。殺し屋とかに勝てるんですか? ……トニーさん」

「……」

「お願いです。黙らないで下さい……せめてそこは」

「ソコソコ渡リ合エルト思イマス」

「そっ……すか。わざわざ僕を拉致するのに殺し屋を使う王里神会に、トニーさんみたいな戦闘要員がいたとは……。少し意外です」

「王里神会モバカジャアアリマセン。独自の暴力要素ハ流石ニ揃エテキマス。暴力無クシテ、宗教団体ガアソコマデ大キクハナリマセンヨ」

「そんな規模でかかったの??」

「世間ニハ知ラレテイナイ裏ノ部分ガ広大デス。カナリノ規模デス」

「へー……。やっぱ………さ、トニーも今の王里神会には否定的なわけ?」

 先ほどまで、度々、薄ら笑いを浮かべて話していたトニーの表情が一瞬だけ冷徹なものに見えたのは、彼がこの質問を受けた直後だ。

「エェ……、勿論」

「はぁ、そっか……。あ! 今、思ったんだけど、神屋側の王里神会の人って、トニーの他にもいるんだろ? いますよね……」

 トニーは笑みをこぼして、

「ワカリマセン」

 とだけ答えた。

「……怪しいですね」

「……ソウデスカ」

 トニーがそう答えた直後のことだ。暁が見つめていたクローゼットから、ガタッという音が響いたのは。

「……………………」

 暁は、言葉を失った。

 ……誰かいるのか!?

「と、トニーさん」

 トニーは、立ち上がってクローゼットに近づいた。

「あ、おい……」

「平気デスヨ」

 ――――ソレヨリ、暁サン。

 トニーは、唐突に、暁に背を向けたまま話し出した。

「……運命ヲ信ジマスカ?」

 それは、非道く改まった声の質だった。

 暁は、この状況にそぐわない唐突な質問にも、なるべく冷静に答えようとした。出した答えは、

「わからない……」

 それは、本心からの声である。十分な間を置いて、トニーは返した。

「ソウデスカ……。確カニ、ヨクヨク考エテミレバ、ワタシニモソノ答ハ出セナイカモシレナイ。人生トイウノハ、イツモ突然ニ、思ワヌ方向ニ転ガッテイクモノ。運命……、ソンナモノハ、モシカスレバ、初メカラナカッタノカモシレナイ」

「……何言ってんだよ」

「一瞬デシタ。ホボ」

「?」

「アマリニモアッケノナイ儚サ。彼ラノ辿ッテキタ人生ガドンナモノダッタノカ、ワタシニハ知ル由モアリマセンガ、結果的ニハ……」

「お……おい、おい!! さっきから何を言ってんの? ワケがわからない」

「……ハハハ。暁サン、驚カナイデ下サイ。実ハ……」

「…………」

 暁は唾を飲んだ。

 ……実は……!?

「コノクローゼットノ中ニハ……」

「………………!!」

「ビックリガ在リマス」

「……」

 呆けにとられる暁をよそに、とうとうトニーはクローゼットのノブに手をかけた。

「……彼ラハ、コノ部屋ニ入ッタソノトキカラ、運命ヲ位置付ケラレテイタノダロウカ」

「もう前置きはいいから、さっさと開けろ」

「今際ノ際ダッタノダロウカ」

「開けろよ!」

「イズレニセヨ、ワタシトイウ名ノ運命ノ歯車ニ巻キ込マレタコトニ違イハナイ」

 ギギギッと音を立て、驚愕の扉は開かれた。その中に在る存在は、暁に声にならない悲鳴を上げさせ、だらしなく腰を抜かさせた。

 トニーは、中の存在を、限りなく冷静に眺めていた。

「あ……かっ……ぁ…………う……っ」

「クールナ暁サンハドコヘ行ッタンデスカ?」

 皮肉を込めた言い方で、笑顔を見せた。

「……なん……なん」

 ……なん…………だ。

「暁サント神屋サンガ来ル三十分クライ前ノコトデシタ」

 トニーは、敢えてなのか、それしか言わない。

 暁が必死で声を出そうとして、やっとのことで聞けた質問は、

「……これ…………、死んでる?」

 であった。



‐5‐


 寝室に移動したときから鼻についた、血なまぐさい香り。トニーの抽象的すぎる発言の数々。それらの原因は、まさに今、暁の目前に展開されている。

 不気味な音を軋ませ、開け放たれたクローゼットの中に暁が見ているもの……、それは、

「……死体?」

 年寄りともう一人、若い男。ハンガー掛けに両腕を開くように吊されたその光景は、あたかも二人のキリストを体現しているかのようだ。

 暁は尻を床に付けたまま、立ち上がれずにいる。驚愕の場面にもかかわらず、不思議とパニックは起こらない。呆けているというより、言葉を失ったと言った方が正確だろう。

 トニーは静かに説明を始めた。

「彼ラハ、神屋サント暁サンガココニ到着スル三十分ホド前ニ、コノ部屋ニ現レマシタ。ワタシハ寝室ノ物陰ニ隠レテ彼ラヲ待チ伏セシマシタ」

「……それで?」

「見テノ通リデス。殺シマシタ」

 二つの屍から、赤黒い血が滴り落ちる。ポタポタという音が嫌に重く聴こえる。

「……殺したって……」

「身元ハ不明デス。王里神会デハナイデショウ」

「……!? どういうことだ? 王里神会の手先が俺を狩りに来たわけではないのか?」

 トニーは少し考える仕草を見せた。

「ウーン、コウ見エテワタシハ王里神会創設期ノ頃カライルベテランデス。組織ノ人間ノ顔ノ大概ハ頭ニ入ッテマス。オジイチャンノ少ナイ組織ナノデ、コンナ方ガイタラワカリマス。コノ若者モ見タコトアリマセンガ、組織ニ見ナイオジイチャント一緒ニイルコトヲ見レバ、恐ラク王里神会デハアリマセン」

 言い終えると、トニーは脇腹を左手で痛そうにさすり出した。

「……じゃあ、こいつらは一体……」

「ワカリマセン。吐カセテカラ始末スルツモリデシタガ、ソウモイキマセンデシタ」

 暁はトニーの脇腹を見やった。

「どういうことだ?」

「コノ若者ガナカナカノ曲者デシテ、捕虜ニスルノハ困難ニ思エマシタ。オ陰デコノザマデス」

 トニーは、脇腹を抑えながら参ったのポーズを苦笑いを添えてとった。

「一度、拳ヲ交エタトキ、若者ノ拘束ハ不可能ダト判断シ、逃ゲヨウトシタ年寄リニ狙イヲ変エマシタ。年寄リヲ拘束スル暇ヲ与エレバ若者ニワタシガ殺サレテイマシタシ、カト言ッテ若者ヲ相手ニスレバ年寄リニ逃ゲラレテイマシタカラ、仕方ナク年寄リヲ殺シ、ソノアトスグニ若者ヲ殺シマシタ」

「それで……これからどうするんだ? ここにいて大丈夫なのか? こいつらに仲間がいたらヤバいんじゃないか? こいつらだって、行き先くらい仲間に伝えてここに来ているはずだろ? 連絡が途絶えれば、仲間だって怪しんでここに向かって来るんじゃないか?」

 自身が危機的な状況に立たされていると思いつつも、暁はなるべく冷静を保った。気を抜けば、パニックに陥っているだろう。

「今ハココデ大人シクシテイマショウ。彼ラノ目的ガハッキリシナイ以上、大キナ動キハ禁物デス」

 暁はそれを聞くと、勢い良く立ち上がった。堪えきれない様子で怒鳴り声を上げた。

「――目的? そんなのわかってんだろ!? 俺なんだろ!? なぁッ!! ……クッソ!! 何なんだよV事件て……!!」

 暁は力一杯ベッドを蹴り上げたが、焦りは増すばかりであった。

「……暁サン。人生ハ災害デス。諦メル他ナイノダ」

「うるさい。とりあえずクローゼット閉めてくれ。気味が悪い。あと、水をいれてくれ」

 トニーはクローゼットを閉めながら、

「水クライハ自分デイレテクダサイヨ」

 とぼやいた。

 暁は早足に寝室を出て、キッチンで冷蔵庫から出したコーラを勢い良く飲んだ。しかし、芽生えていた吐き気は引かず、結局、トイレに駆け込んだ。

 ――――うぉぇえ!

「大丈夫デスカー? 暁サン」

「大丈夫なわけねぇだろ!」

 ……はぁ、なんか、もうどうでもいいや。

 暁は椅子に座り、深呼吸を一回二回。気持ちをある程度整えることに成功した。

「考えろ……考えるんだ」

 今、何が大切なのか。

 暁は、今なら自身を客観的に眺めることができる。ここまで生に執着している自分は久しぶりだなと、故郷で知り合いの女子に銃口を向けられたことを思い出していた。

 ……あの時は、弾が入っていなくて良かったな。

 もっとも、二度目には実際に発砲されたのだが。

「……はははは……」

 暁は望んでいた。玄関のドアが開かれ、神屋が現れ、これはタチ悪い悪戯なんだと言って肩を叩いてくれたら、今どんなに幸せか。寝室からあの二人がやってきて、ドッキリと書かれたカンペを持って背後で笑みを浮かべていたら、どれだけ幸福なことか。

「……は……はは…………」

 しかし、それはない。起こり得ない。暁は、念のため背後の寝室に振り返った。トニーがベッドに腰掛けているのが見えただけで、クローゼットから彼らが這い出てくる気配はまるでない。何故なら、彼らは死んでいるからだ。

「…………」

 暁は、自身が逃れられない不幸な運命を背負った大層な不幸者であると、鼻で笑った。

 ……もういい。もういいよ……。

 目をつむり、机に突っ伏そうとした暁の肩が叩かれた。

 ――――え?

 振り返ったその先にあったのは、トニーの穏やかな表情だ。

「とにぃ……」

「暁サン、チョット来テ下サイ。話シタイコトガアリマス」

 二人が向かったのは、玄関だ。

「サッキハ言イソビレテシマイマシタガ、今ハ暁サンモ落チ着イテイルミタイデスシネ」

「落ち着いてるというか、落ち込んでいる……、色んな意味で」

「ワタシガ話ソウト思ッテイタノハ、アル人物ニツイテデス」

「ああ、そういや言ってたな」

「誰ダト思イマス?」

「誰かな」

「ワカリマセンカ」

「じゃあ、鬼頭火山」

「正解デス」

「…………」

 それで? と暁は促した。

「今回ノV事件ニツイテ、彼ガ深ク関係シテイルノハ知ッテマスヨネ」

「ああ、神屋がそう言ってたな」

「……神屋サンハドコマデ言ッテマシタカ?」

 ……どこまで? どういうことだ?

「ドウナンデスカ?」

「いや……、V事件に関わっているとしか」

 それを聞くと、トニーは口の端を吊り上げた。

「鬼頭火山……、暗号の勝負をしただけで、他に接点は……!」

 ……いや、ある! それ以外にも接点が!

「……? 何デス? 接点ガ……?」

「あ……いや、何でもない」

「……マァ、トニカクデスネ、暁サンニハ予メ言ッテオキマス。コノママデハ不安デ夜モ眠レナイデショウ。特別ニ教エテアゲマス」

「な、何を?」

「モシカシタラ、既ニナントナク気付イテイルカモシレマセンネ。勘ノ鋭イ暁サンナラバ」

「もったいぶるなよ」

「心臓ニ酷ク悪イコトヲ言ッテシマウカモシレマセン。デモ、イズレハ知ルコトデスカラ」

「何だよ。早く」

「鬼頭火山ハ――」

「待て!」

 暁がトニーを止めた。

「ナンデス?」

 トニーは不機嫌な顔になった。

「いや、それを言う前に俺の質問に答えてもらいたい。大した質問じゃあないんだ」

「何デスカ?」

「何故、俺たちは今、玄関にいる? わざわざここでお話しをする必要があるのか? 鬼頭の話しなら、リビングでもいいだろ」

「ハイハイ、ソレハデスネ、鬼頭サントハ別ノ話ヲシヨウト思ッテココニイルノデス。我々ハ」

「そっちを先にできないか?」

「構イマセンガ、ソレハマタドウシテ」

「いや、あの……、まぁ、特に理由はない。敢えて言うなら…………、そうだな。怖いからか……、多分」

「ソンナタマデスカ? 別ニイインデスケド」

「よし、じゃあ話してくれ」



‐6‐


 禁断の行為に無自覚なまま手を染めてしまうことを、俗に「パンドラの箱を開ける」という。パンドラとは、ギリシア神話における人類最初の女性の名だ。彼女はゼウスの人類に対する悪意の結晶だった……――――。


 ギリシア神話の最高神、天神ゼウスは人類を嫌っていた。対して、人類をこよなく愛していたのが、ゼウスによって滅ぼされたティタン神族の生き残り、プロメテウスだ。実は人類を創造したのは彼だという説もある。

 プロメテウスは、同胞を滅ぼしたゼウスを恨んでいた。彼はゼウスの意に逆らい、天上の火を盗み、人類に火を与えた。人類への深い愛情とゼウスへの敵意からの行為である。

 怒ったゼウスは、プロメテウスに三千年もの間コーカサス山頂で拷問を受けるという罰を与えたが、腹の虫はおさまらない。そこでゼウスが目を向けたのは、プロメテウスが愛した人類だった。人類にも罰を与えるべく、ゼウスが鍛治の神ヘパイストスに創らせたのが、人類初の美女たるパンドラであった。

「――ザット、ココマデ飲ミ込メマシタカ?」

「あ、あぁ」

 トニーの分かりにくい喋り方と日本語を自分なりに脳内で再構築、文章化してからその内容を消化するという作業のせいで、暁にはロクに返事もままならない。

「続キヲ話シテイイデスカ?」

「いや、ちょっと待って。ここまで聞いといてナンだけど、話が読めない。何でギリシア神話の話をするの?」

「セッカチデスネ。最後マデ聞イテイレバ、ワタシガ何ヲ言イタイノカガワカリマス」

「……正直に言っていいかい? 俺はかなり疲れている。今すぐベッドに横になりたいくらいなんだよ」

「アンナ死体ガアルヨウナ部屋デ眠レルンデスカ?」

「あなたがやったんでしょうがよ。まぁ、とにかくさっさと話してよ」

 暁の精神的疲労は限界に達していた。今は全てを忘れて眠りたかったのだ。

「暁サンノ顔ヲ見レバワカリマス。絶望シテイルノデショウ」

「……そーだよ」

「未来ニ希望ヲ見イダセテイナイノデショウ? 暁サント同ジ立場ナラ、誰ダッテ、ゲンナリシマス」

「…………同情してるのか? よせよ。あなたに俺の気持ちが分かるわけがない」

「ソウ怒ラナイデ。続キヲ聞イテクレマスカ?」

「……ああ」

 ……――――ゼウスの命を受けて、美の女神アフロディテはパンドラに女の魅力を注ぎ込み、神々の伝令ヘルメスはずる賢さを与えた。さらにゼウスは、病気や貧困や争いなど、ありとあらゆる災いがつまった箱を彼女に持たせ、地上へと送り出した。たちまち彼女の虜となったのは、皮肉にもプロメテウスの弟、エピメテウスだった。賢明な兄とは対照的に愚か者だった彼は、前もって兄から「ゼウスからの贈り物を受け取ってはならない」と警告されていたにもかかわらず、「贈り物」を意味するパンドラの名を持つ彼女を妻としてしまう。

「パンドラの箱……か。こんな由来があったのか」

「マダ続キガアリマス。……パンドラハ好奇心ヲオサエラレズ、ヤガテハ例ノ箱ヲ開ケテシマイマス」

 それが原因で、災いは人類社会に拡散した。驚いた彼女が、慌てて箱を閉じたとき、残ったのは唯一……――――。

「唯一……何だ?」

「…………何ダト思イマス?」

「何だろ……? わからないな」

「ソレハデスネ、暁サン。コレヲ見テ下サイ」

 トニーが指差したのは、ドアだった。見るとある異変に気付く。

 ……ドアが完全に閉まっていない……?

「何だこりゃ。いつからだ?」

 閉める力が弱かったのか、完全に閉まる一歩手前で縁につっかかっている。

「あ……、思い出した。そういや、神屋が出てったときに」

「ソノヨウデスネ。ワタシモサッキ気付イタンデス。オートロックダカラトイッテ、神屋サンハ油断シタヨウデスネ」

「そっか……、で? これが何?」

 トニーはドアノブに手を掛けた状態で言った。

「暁サン。悪インデスガ、ワタシハチョット用事ガアッテ、ホンノ少シ部屋ヲ離レマス」

「……な」

「スグニ戻リマス。……トコロデ、サッキノ質問ノ答ハ出マシタカ?」

「……あ、あれは多分……、確か、聞いたことはある。ちょっと待って、今思い出せそ……あ! 思い出した!! 『予兆』だ!!」

「正解デス。デスガ、モウヒトツ説ガアリマス。箱ノ中ニ唯一残ッタノハ『希望』ダトイウ説デス。コノ話ハ有名デスヨ」

「……あ! そういや本で読んだことがあるな。残ったのが『予兆』であるから人類は未来を知ることができないが、だからこそ『希望』を持つことができるという理屈だったはず。まぁ実際に人類は未来を知ることができないわけだから、パンドラの箱に唯一残ったのは『予兆』だと考えるのが妥当じゃないかな」

「ナルホド……。ワタシハ違ウト思イマス」

「?」

「……全ク、チャント閉メナキャダメジャナイカ。ネェ?」

 トニーはわざとらしく芝居でもするかのようにそういや言った。

 ドアを開け、外に出たトニーは、閉める間際にこう言い残した。

「――――希望ヲ捨テナイデ下サイ。暁サン、あなたは――――わたしたちの希望なのですから」

 …………え?

「閉めの甘いパンドラの箱は、わたしがきっちりと閉めておきます。あなたという希望が逃げないように」

「…………おい!?」

 閉まりゆく扉のほんの小さな隙間から片目だけを覗かせ、トニーは言った。暁には半ば信じられない一言を。

「――――鬼頭ハ生キテイル」

「…………!!」

 ガチャン!

 ドアは閉ざされ、暁はただただ絶句していた。

 何も考えることはできなかった。

 廊下を歩きながらトニーは呟いていた。

「暁……。人類は未来を知ることができる……」

 その表情は、不気味の一言に尽きるものであった。



 八月十日、午前七時。

「ふぅ~~。やっと解放されたあ」

 王里神会本部ビル前。一夜通しの会議を終え、清々しい朝日を浴びて声を漏らしたのは神屋聖孝だ。

「はぁ……。また一日が始まった。忙しい毎日だな」

「何ぼやいてやがる」

「ん! おはよう、上條誠也」

 神屋の横には上條誠也が立っていた。

「何がおはようだ。さっきまでずーーっと会議で一緒だったろうが」

 神屋と上條は同じ会議に昨夜から出席していた。

「なに、朝を迎えたっていう実感が欲しくてさ」

「はっ! それよりお前これから暇か?」

「いんや、悪いけど」

 ……これから外崎暁の元へ行くなんて言ったらどうなることやら。

「そうか。まぁいい。俺はこれから平沼と会ってくる」

「約束したのかい」

「ああ……、なんとかこぎつけた」

「うん……、また昔のようになれたらいいね」

「……今は、よくわからない」

「……? 何が?」

「俺が俺自身、どうしたいのか」

「そうかい……。君は君のできることをやったらいい。そうだろ? 努力する志を忘れるなよ」

「……努力? お前の嫌いな言葉じゃなかったか? それって」

「そうだっけ? はは」

 神屋はわざとらしく笑った。

 タクシーを拾い、乗り込んだ神屋に上條が声を掛けた。

「ん、何?」

「……気になってたんだがよ。会議中ずっと」

「?」

「ソレ、何だ?」

 上條が指を差したと同時にドアが閉まった。上條を置いて、タクシーは走り去った。

「…………」

 神屋は、上條が指差した辺りの肩を見た。左肩に、小さくて黒いものが付いているのがわかる。服の装飾でないのは確かだ。手で取ってみると、どうやらプラスチックのようなものが外殻の小型精密機器であるように見える。

 ……まさかね。

 その構造の大まかな仕組みを神屋は見たことがある。

「……早めに帰った方がいいかな。にしても、誰が、いつ……」

 神屋が指でつまむものは、小型盗聴器。何者かに会話が聞かれていた可能性が高い。

「運転手さん、ちょっと急いで下さい」

「はいよ」



「…………」

 鏡に映る自身の姿が滑稽かつ哀れだ。

 窓からは朝日が差し込み、小鳥のさえずりがしてくる。

 結局、一睡もできなかった暁の目には隈ができている。

 部屋には血の臭いが充満していた。

 すぐに戻ると言っていたトニーはまだ戻ってきていない。

「神屋~~。早く来てくれ」

 暁は死体のあるベッドルームで横になった。酷い頭痛が彼を襲っていた。

 暁の意識が遠のいてきた頃、玄関のドアが開かれる音が響いた。誰が訪問したのかさえ確認する気にならない暁は、まどろみゆく世界をぼんやりと眺めていた。

「…………何やってるんだい? 暁」

「寝てる……眠い」

 神屋は荷物を置くと、上着を脱いで椅子に掛けた。夏らしい黒のTシャツ姿になった清々しい神屋を暁が見るのは、二人が再会してこれが初めてである。

「帽子とか上着とか……お前は暑くないのか?」

「紫外線対策だよ。そんなことより、この部屋臭いね。なんか血みたいな臭いがするけど……。もしかして僕がいない間に何かあったのかな?」

 神屋は暁の顔を覗き込む。

「……血ねぇ。ま、ご察しの通り。何かあったよ」

 暁は弱々しくそう答えた。

「何があった?」

「……そこのクローゼットに…………、あるんだよ」

「何?」

 神屋はクローゼットを見た。

「いいか。聞いて驚くなよ。ビビると思うが」

 神屋はクローゼットの前に立った。

「……この臭いからして、まさか……」

「死体だ」

「……え? 本当かい?」

「…………マジだ」

 神屋はクローゼットを勢い良く開いた。血を滴らせる二人の死人を見た神屋は、数秒間動きを止めたあと、ゆっくりと暁の方に振り返った。

「…………どういうことだい」

 暁は起き上がり、頭をかきながら、

「トニーが殺したらしい。俺たちの来る三十分前にそいつらは来た。目的を吐かせることはできなかったってよ。捕虜にできるような相手じゃなかったんだ」

 とだるそうに言った。

「そうか。それより聞きたかったんだけど、トニーさんとは打ち解けたかい?」

「…………」

 暁は苦い顔をするだけである。

「あれ……? その様子だと仲良くは……、まぁいいか。ところでトニーはどこ? トイレにも入ってないみたいだし」

「なんか、三時間くらい前に出てったぞ。用事があるとか言って」

「本当かい。僕に何の連絡もせず勝手によくそんな……。自分の仕事わかってるんだろうな、トニーさん。暁の護衛だってのにほったらかすとはね……」

「それより、この死体をどうにかしねぇと」

「トニーのことも気になるが、まずはこっちか。……一体何者なんだ? こいつらは」

「……わからん。でも、どうせ俺絡みだろ」

「断言はできない。けど、可能性は高いね」



‐7‐


「失礼します」

「……どういうことなんだ」

 王里神会本部ビル六十七階。藤原の顔色は優れない。

「セシル……。連絡は?」

「音信不通です。携帯の電源が切れたのか、故障したのか、手がかりがつかめていません」

「……どこかで水を売っているにしては長すぎる。やはり、何か問題でもあったんじゃ……」

「考え過ぎでは……。主は寄り道が大変お好きな方です」

「それにしたって携帯に出ないのはおかしい。今までもこういったことは何度かあったが、必ず携帯には出た。しかし、昨夜出かけてから、今の今まで電話もメールも何のひとつもない」

「……おまけに護衛を担当したロンにも連絡がつかない。どうされます? これが単なる杞憂ならいいのですが、捜索隊を出動しますか?」

「…………」

 藤原はしばらく黙ったまま、肘を机に立てて座ったまま動かない。

「いかがいたしますか」

「……捜索隊を出せ。何もなければいいが」

「わかりました。それとひとつ……」 

「なんだ?」

「――――先ほど、Kが藤原様に話があるとおっしゃっていました」

「Kか……。わかった」

「では」

 用件を済ませ立ち去ろうとするセシルに藤原は言った。

「わかっていると思うが、捜索隊出動の際、うっかり口を滑らせるようなことはするなよ。うまい口実を作って、主とロンを探させるんだ」

「わかっていますよ。信頼できる同胞も何人か捜索隊に編入させ、指揮をとらせます。我らの秘密がバレることはありません」

「ふ……、信頼しているぞ。セシル……」



 ジリリリリリリリ!

「……ん、ん……わわわ!」

 予想外に大きな音で鳴る携帯のアラームは、近隣住民の朝を妨害しかねないと焦って携帯を開いたのは、篠原亜美だった。

「はぁ。毎朝心臓に悪いなー。この新しい携帯。あれ?」

 隣に敷かれた布団を見ると、いつもなら寝ているはずの母がいなかった。亜美の母は夜仕事に行き、朝に帰ってくるので、ちょうど亜美が起きる頃には眠っているのが常であった。しかし、今日いないのは何故なのか亜美には何も母から知らされていなかった。

 携帯を見てみると、メールが届いていた。送り主は母で、今日は仕事が長引くという内容であった。

 亜美は洗面所で顔を洗ったあと、適当な朝食をとった。テレビを見ながら、パジャマを脱ぎ捨て普段着に着替えた。

 …………あ!

 ……そういえば、わたし、変なカルト宗教に狙われてんだっけ。

「……えー。どうしよ……やだ」

 亜美は頭を両手で抱えたままの姿勢でしばらく立って考えた。これから何をすればいいのかを。

「なんか、ホテル行くんだっけ。うわー。あたし、あのイケメン君ともしかしてもしかすると期間限定同棲?? うそー。マジでー。やばーい、まじやばーい!! えー……マジどうしよ。……って、暁もいるんだっけ? ちょっとぉ~!! ヤバすぎでしょ、色んな意味でさ……うん」

 亜美は荷造りを始めた。今日中にここを離れることになるかもしれない。準備しておく必要がある。

「これで一通りはオッケーかな? 上着三着、ズボンみっつ、スカートひとつ、下着に帽子、傘に靴下、アイロン、化粧水、あとは……、あとは、お金も必要かぁ。あ、勉強道具も!! ……で、このくらいか」

 スーツケースに詰め込みを終えた亜美は、暁たちの連絡を待った。

 ……ちょっとの間、サヨナラだね。お母さん。

「はぁ。狙われるとか、最悪。でも、合宿みたいでちょっと楽しそうかも。……大丈夫!! すぐこんなこと終わる。終わるよ……」

 そのときだった。亜美の携帯が鳴った。

 緊張を胸に携帯を開くと、意外な名が目に飛び込んだ。

 ……高山竜司?

「竜司クン……、何だろ。こんな朝早く」


 篠原さん

 お久しぶりです

 本格的に暑い季節になりましたね

 学校の課題の方は順調ですか?

 もしかして優秀な篠原さんのことだからもう終わってたりして笑

 ところで今度一緒に

 食事でもどうでしょうか

 篠原さんが時間を取れる日で構わないので

 もしよかったらメール下さい

 待ってます


「……………………………………………………へ…………????」

 亜美はピクリとも動くことができなくなってしまった。



「やべえ……。送っちゃったよ」

 高山竜司がアプローチメールの送信を決心したのは一週間前のことだった。

 とりわけ竜司に恋愛に対する強い執着などはなく、どちらかと言えば恋愛は邪道とする道を歩んできた男である。

 しかし、屈強なはずの竜司でも、己の中に抱いた恋心には打ち勝つことができなかった。

 世の中にはロクな女がいないと謳っていた竜司であるが、女性に対するその偏見は、篠原亜美との出会いによって変化を見せた。

 ……日本にはまだこんな女の子がいたのか。

 鬼頭火山の一件で見え始めた亜美の人間性。竜司は亜美の外見以上に、彼女の中身に惚れ込んだ。

 今まで好きになった女性は何人もいたが、最終的には自分から見限る形で全て終わっている。

 それから長い間眠っていた恋愛への情熱がこの時期に復活を遂げたのだ。

「……あ」

 亜美からの返信に竜司は鼓動を高鳴らせた。

「……ふー。落ち着け……」

 そこにはこうあった。


 久しぶり(^∀^)ノ

 宿題終わった(^O^)

 凄いでしょ☆笑

 悪いけどあたししばらく暇ないんだ(T_T)ゴメンね


「……………………ふ、うああああ」

 竜司はこれを見てただうめいた。言葉に形容するのが難しいほど、彼の心はかき乱された。竜司は深い羞恥を感じ、いても立ってもいられなくなった。

 ……フ、フラれたっ!!

「……く、くそぉ!! コレが……コレが現実なのか!? 俺の人生ってこんなんだったのかぁ!!」

 崩れ込み、床を叩いた。

「わざわざ『恋の恋愛方程式』買ったのに、俺の場合の計算式かなり複雑だったのに、解いたのにぃ!! ダメだったかぁ!!」

 しばらく感傷に浸ったあと、竜司はベッドに倒れ込んだ。

 ……ま、所詮俺なんてモテるわけねえよな。わかってたよ。唯一の同類だと思っていたお前は、亜美ちゃんと仲が良い。何故だろうなぁ……、凄く悔しいぜ。これを嫉妬というんだよな。知ってるよ。ああ、最悪だ。お前は親友だと思ってるが、今はどうしてなのか、死ぬほど憎い。今もお前が亜美ちゃんと一緒にいるかもしれないと思うと、はらわたが煮え立つのがわかる。俺としたことが、こんな思いに振り回されるとはな。だが、それだけ亜美ちゃんのことが、俺は……。

「……暁」

 竜司はベッドから起き上がり、敵と対峙するように前を睨む。その目はある決意に満ちていた。

 ……ぜぇぇぇってぇ、負けねえ。俺は勝つ。勝つまで諦めねぇ。

「……暁。亜美ちゃんは、俺のモンだ」

 竜司は、自身に誓った。必ず、篠原亜美にこの想いを伝えることを。











竜司ww

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