表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
undecided  作者: らきむぼん(raki) &竜司
王里神会篇 序
27/73

bittErsweet festiVal

今回、話が大きく動きます。

‐1‐


 八月九日、夏祭り。この街の夏祭りは、同県にある他の祭りとは異なり、市内に留まらず、他方からも多くの客が来る大規模な祭りである。主な会場は、御宝神社、総合運動場、大通りであり、かなりの数の人がそこで祭りを楽しむ。

 御宝神社は、いわゆる「お参り」の会場で、大昔に災厄を避けるために始まったこの祭りの伝統である。今では、「祭り」というよりも「フェスティバル」といった感じに変わったこの祭りに残る数少ない大昔の名残ともいえるだろう。

 総合運動場は祭りの本部であり、御宝神社から歩いてすぐの所にある。中心には実行委員のテントや巨大な舞台があり、昼にはパフォーマンスが常に場を賑わせ、夜になれば盆踊りなどのお決まりのイベントが行われる。そして、周辺には数多くの屋台店が立ち並ぶ。射的や金魚すくいなどの店もここに集中する。

 そして大通り。暁の通学路にある大通りは大きくカーブを描き、総合運動場の前を通る。その大通りを総合運動場の前の一部だけ封鎖して商店街にある店が屋台店として、この日一斉に躍り出る。祭りが大賑わいになる時間帯には、巨大な神輿と溢れんばかりの人がこの大通りを闊歩する。  しかし、やはり最も盛り上がるのは祭りの最後の花火。花火自体は特に変わった点は無く、いたってシンプルなものであるが、祭りそのものの規模が大きい為、盛り上がり方も自然と盛大なものとなる。

 ……と、ここまでが暁の知るこの街の夏祭りの概要である。もちろん、暁はこの街に引っ越してから祭りには二回程しか行ったことがなく、しかもその経験も「参加」というよりは「観察」に近かったので、それ以上の情報は持ち合わせていない。

 暁と亜美は取りあえず祭りの本部、総合運動場に向かうことにした。最初に至極真面目なお参りをするのは気が引けたし、暁が逃げるように御宝神社階段前から遠ざかり、亜美はその後を追ったので、引き返すのはいささかならず不自然であった。

「ねえ暁、そういえば、小説のネタは浮かんだ?」

 暁に追いついた亜美は笑顔で尋ねた。

 暁はそれを見て、亜美に歩幅を合わせた。

「いや、全然。考えてはいたんだがいろいろ忙しかったからさ」

 実際暁にとっては凄まじい急がしさだった。主に精神的にではあるが。

「何かあったの?」

「図書室の掃除とか、小学校の同級生が急に訪ねて来たのとか……、宿題もあるしな」

「小学校の同級生? でもさ、暁確か先月に実家に帰ったんだよね。そのときに会わなかったの?」

「まあ、そうなんだけど、色々あってコッチで会うことになったんだ」

 暁は、亜美に全てを話すにはまだ早いだろうと考えていた。今はひたすら誤魔化すしかなかった。

「ふうん。……そういえばあたしね、宿題全部終わったんだ♪ 羨ましいでしょ?」

 亜美は自慢げに言い放った。それを受けて、暁は愕然とした。それは二〇一二年に地球が滅ぶとオバマ大統領が真顔で言うくらいの驚きだった。つまりは、瞬間的に否定に近い疑いを持つということでもあるが……。

 実際、そんなはずはなかった。亜美はどちらかというと、というよりも明らかに、夏休み最終日の三日前になって焦って宿題を始め、挙げ句の果てには開き直って諦めるような性格だった。しかも実際に去年はそれをやってみせたのだ。小説を書いていて忙しかったという理由が無かったら停学処分をくらう程にありとあらゆる宿題をサボタージュしていて、各教科の教師に説教されていた時間は合計五時間近くになっていただろう。

 暁の動揺を目にした亜美は、暁の隣で嬉しそうに、そして満足げに子供のように飛び跳ねていた。

 ――こいつ、光とどっちが子供っぽいかわからねーじゃねーか。

「亜美、今日は四月一日だっけ?」

「ん? 八月九日よ。あら、暁君は忙しくて気が変になってしまったの? なんて可哀想な子かしら。悲愴感を感じるわ」

「エイプリルフール以外に嘘を吐くもんじゃないぞ!」

「えいぷりるふうる?」

「April fool!!」

 ――知らないふりをしやがったんで、ネイティブな発音でもう一度言ってやった。

「ああ、エイプリルフールねー。思い出した思い出した。でも失敬じゃない? ホントに終わったんだから」

 暁は信じられないといった表情ですぐさま否定した。

「は、はぁ!? んなわけないだろ! お前が俺より先に、しかも八月頭に宿題を終えてるなんてことがあったら、今頃大雪、雷雨、強風、終いには竜巻辺りまでこの街に到来してるはずだ! つまり、そんな事はあるはずな………………ああっ!!」

 暁は気付いた。簡単な方法があることに。

「亜美……。佐藤静枝を使ったろ……?」

「何のことかなー?」

 亜美はあからさまにとぼけてみせた。

 ……やりやがったな、この女。

 静枝に協力してもらえば、問題演習の類は解答を写しているに等しい。ありがちな間違いすら容易に演出出来る。そして作文、創作の類は亜美にとっては元々何の苦労もない。更に読書感想文に関しては、静枝が同じ本を読んでいれば、必要な文章を本を開かなくとも一字一句間違えずに手軽に引用出来るのだ。

「親友を手軽に使った訳な」

「やっぱり持つべきものは親友だね」

 そんな話をしている間に、二人は祭りの中心部である総合運動場に入っていた。時刻はまだ十時を過ぎた頃であるのに、既に大勢の人がいる。しかし、これはまだほとんど地元住民だけである。夕方になれば更に人の数は増し、今の倍以上にはなるだろう。

「やっぱりこの街の夏祭りは違うね!」

 亜美が華やかに装飾された矢倉を見て言った。

「そうだな。いつもの運動場とは別世界だ……」

「チョウ……」

 亜美が呟いた。

「チョウ?」

 暁は反射的に聞き返していた。

「鬼頭火山の推理小説の『蝶』だよ。暁読んだでしょ?」

「あー。お前から借りたんだったな、確か」

「あの作品で夏祭りの描写があったよね。多分、この祭りがモデルだと思うんだ」

「そうかもな。読んだときは気が付かなかったけど、今から思えばそんな気がする」

「密室トリックが難しくて……あたしなんか見事に騙されてたな~」

「枯れ葉そっくりの数百の蝶を麻酔で眠らせ、その下に死体を隠す。麻酔が切れたら蝶は飛び立ってそこに死体が出現する。……そんな感じだっけ?」

「そう。大がかりなトリックだけど、自然になるように条件を配置出来るところがスゴいよね」

 まだ一年以内に読んだ本の話であるが、亜美は懐かしそうに話した。それは、もう帰っては来ない一人の天才小説家を悼んでいるようであった。

「……残念だ。もう、あの人の書く小説を読めないなんて」

 暁は晴れ渡る空に向かって言った。

「あたしも」

 亜美も空を見上げた。その刹那、暁は亜美の表情に浮かんだ曇りを横目に捉えた。

 暁は初めて気が付いた。亜美も深く悲しんでいたということに。格は違うかもしれないが、同じように小説を愛する、尊敬できる人間が消えてしまったのだ。亜美だって静枝と同じように悲しんでいたのだ。しかし、それでも亜美は静枝を支え続けた。堪え難い苦しみを必死に抑えつけて。

「なあ亜美」

「ん?」

「よく……頑張ったな」

「えっ?」

 亜美は暁の突然の言葉に、固まってしまった。

「さて、今度は大通りに行くか」

 暁は亜美の肩をポンと叩いて大通りの方へ歩き出した。

「…………あ、うん」

 亜美は五メートル程前方の暁の後を追った。

 何のことかな……。

「………………あっ。もしかして…………」

 亜美は立ち止まった。ゆっくりと先に進む暁の背中が、亜美にはいつもより頼もしく見えた。

「……そっか。ふふっ。暁、…………ありがと」

 亜美は笑みをこぼしながら、暁に聴こえないような小さな声でそう言った。

「どうかしたか?」

 少しだけ離れた所から暁が尋ねる。

「別に~」

 暁へ駆け寄る亜美の表情には以前にも増して明るい笑顔が戻っていた。



‐2‐


 太陽が沈む頃、外崎暁の部屋の前には一人の男が立っていた。

 しかし、その部屋には外崎暁はいない。年に一度の夏祭りに出掛けてしまったからだ。

「朝から出っぱなしか…………。暁、張り切り過ぎじゃないかい……?」

 男、神屋聖孝は不満そうに呟いた。

 神屋は半ば諦めていた。それは暁と会うことではなく、暁が協力するということにだ。

 暁に答えを聞きに来た神屋であったが、会うことすら困難なようだった。チェス盤のギミックにより隠されたメッセージには「すぐに再会する」と書いたが、さすがに祭りに出掛けられては接触のしようがない。

 一旦帰るか……。

 暁の住むアパートの敷地を出口に向かって歩いていると、神屋はふと思った。もし暁が祭りに出掛けるとあらかじめ知っていたら呼び止めていただろうか、と。

 ……いや、止めなかっただろう。協力を拒まれたとしても、友は友だ。

 それに、神屋は最初から祭りの日などに、暁に会うつもりはなかった。昨夜に届いた王里神会からのメールが神屋を焦らせているに過ぎないのだ。

 神屋はアパートの出口の前で立ち止まり、暁の行動を推測した。暁が出掛けてしまったというのは、チェス盤の仕掛けに気付かなかったということだろうか。それとも、ただ避けられているのか、もしくは翌日に来ることはないだろうと踏んでいたのか。いや、単に篠原亜美が暁にとって友人以上の存在なのかもしれない。だから祭りを優先した。

 考えられるパターンのどれもあり得ることだった。

 しかし、神屋の分析では、暁が夏祭りに出掛けるなどということは完全に予想外であった。暁の性格はもっと浮き世離れしているものであるはずだったが、どうやらそうでもないようだった。それもやはり、篠原亜美が関与しているのだろうか。

 神屋には篠原亜美に関する情報が足りなかった。神屋は先日、暁のクラスメートの女子生徒に暁と篠原亜美の関係について聞込みをしていた。しかし、大した情報は入手出来なかった。かなり親密な仲であるようだが、付き合っているかは微妙だということだ。神屋にはそのはっきりとしない関係性が理解できなかった。

 とにかく、完全な手詰まりだった。急いでいる時に限って計画通りにいかないものだ。

 次第に街は目映さを増していく。あくまでも確率論ではあるが、これから陽が落ちるというこんな時間帯に、まさか暁を探しに祭りに赴いても、あの大勢の中から一人を見つけ出すのは困難だろう。神屋はアパートを立ち去ることにした。

 その時だった。いや、厳密には神屋がアパートに背を向けて一歩踏み出したその時。

「神屋君ではないか」

 後方に自分を呼ぶ男の声を確認した。神屋は声の主を知っている。

「神屋君だろう?」

 神屋が背を向けたままでいた為、男はもう一度確認した。

 神屋は黒の帽子を脱ぎながら、ゆっくりと振り返った。

「ええ。お久しぶりですね、藤原さん」

 振り返った神屋の前にはタキシードを軽く崩した風に着こなす初老の男性が立っていた。身長は神屋よりも十センチ程低いが、威圧感は穏やかな神屋よりも、遥かに強い。

 藤原と呼ばれるこの男は王里神会の幹部である。政界に通ずる男であり、神屋は何度か顔を合わせたことがあった。非常に頭のキレる男だ。

「ひと月程前に本部で会ったきりだったかね」

 藤原はブラウンの鋭い瞳を神屋に向けて、そう言った。

 ひと月前。王里神会が初めて誤魔化しようの無い法に触れる作戦を執行することを決定した会議があった。

「そう記憶しております。あのときはご苦労様でした。ところで、この街に何か用事が?」

「君は出席していなかったが、昨夜の会議でついに例の作戦の実行が決定したのだよ。メールを見なかったのかね?」

「いえ、既に確認済みですが、あなたは実行係ではないと思ったので」

「その通りだ。例の件の結末を見届けたくてね。私自ら観察役を買って出たのだよ。実行するのはプロだ、彼らは仮に捕まっても足は付かない」

「なるほど」

 白々しい会話だった。神屋にはそんな事は予想できていた。形だけの挨拶に過ぎない。

「神屋君、君こそ何故ここにいるのかね?」

「ここに……ですか? 特に理由はありませんよ」

「V事件の重要関係者の捜索をしているのではなかったかな?」

「ええ、仰るとおりです。が、捜索範囲は『この街』であって『ここ』ではないということです」

「ほう……。しかし神屋君。君程の実力者が未だにたった二人の高校生の住居を特定できていないというのはいささか不可解ではあるな」

 藤原は疑いを持っていた。しかし、それは当たり前であるともいえた。十七歳という若さで幹部にまで上り詰めた神屋が高校生二人の住居の特定に時間をかけ過ぎているのだから。

 藤原も馬鹿ではない。神屋が意図的に任務を引き伸ばしていると読んでいるのだ。やはり彼は教祖に心酔しているタイプではない。王里神会を利用して地位を手に入れるつもりだろう。

「入会の勧誘も同時に行っているので……。しかし今週中には結果は出せるでしょう」

「そうか……しかしね、その必要はないよ、神屋君」

「…………捜索はもう必要ないと? 何故でしょうか?」

「今日の結果次第では、人手が余るのだよ。明日には私の部下が重要関係者との接触を完了する。場合によっては『接触』以上の段階に踏み込む可能性もあるがな」

「つまり、僕が直々に接触する必要がなくなった…………と」

 藤原は煙草を取り出しながら「そういうことだ」と答えた。

 神屋は藤原の発言に妙な違和感を感じていた。しかし、その違和感の正体を神屋が認識する前に藤原は攻めの一手を指した。

「そうそう、知っているかね? このアパート、君の探していた重要関係者の一人、『外崎暁』の住むアパートなんだよ」

「…………!!」

 ――この男、それを知った上で……!!

 藤原は口にくわえた煙草にライターで火を付けた。

「なるほど、住居をご存知でしたか……。それでは僕の出る幕はないですね……」

 神屋はそう応えるしかなかった。藤原の狙いは神屋を担当から外すことで、神屋と暁の接触を防ぐことだったのだ。そうなると、藤原は神屋と暁が旧友だということまで調べ上げていたのだろうか。それどころか、神屋の王里神会への裏切り行為に気付きかけている可能性がある。

「結果として私たちに任務を委任してもらうことになっただけだ。全て偶然だよ、神屋君」

 全て偶然。そんな事を言うこと自体がそうでないことの証明だった。

 神屋には状況を逆転させる術はなかった。序盤戦は素直に負けを認めるしかなかった。

「……それでは、V事件重要関係者の調査に関しては藤原さんに全てを委任しましょう。情報の引き渡しは必要でしょうか?」

「いや、必要ない。君が重要なことを知っているなら別だが、住居の前に重要情報を入手するなんてことは有り得ないだろう」

 藤原は不敵に笑いながら空々しい文句を言ってのけた。

 神屋は静かな苛立ちを覚えたが、穏やかな表情を崩さなかった。

「了解しました。それでは、健闘を祈ります」

「それでは神屋君、私はそろそろ行くよ。くれぐれも悪手は打たないようにな」

「ええ。……しかし藤原さんも、思わぬ反撃が無いとも限りませんので、ご注意を」

「ほう……。因みに、誰からの反撃かな?」

「それはもちろん、王里神会の邪魔をする者の……ですよ。すでに予想はついているのでしょう?」

「フハハハハ! ……そうだな。心に留めておこう」

 言い終えて藤原は祭りの会場のある方角へと去っていった。

 神屋は藤原の背を見ながら、既に次に打つべき手を決めていた。

「…………確率論か」

 神屋は口に出して呟いた。少し前に捨てた方針が再び神屋の脳内に浮上してきた。

 藤原は昨夜の会議で決まった作戦の実行とその後の報告で明日の早朝近くまでは身動きが取れない。

 しかし相手は頭のキレる藤原だ。彼が神屋を敵として見ているならば、明日まで待たず、作戦執行後すぐに暁に接触しようとするかもしれない。

 そうなると、神屋に選択の余地はなかった。


 ――祭りの会場で暁と接触する――


 それしかなかった。篠原亜美には母親がいるので拉致は困難、つまりは神屋としては明日になってからでも手は打てる。しかし、一人暮らしの暁は無防備過ぎる。本部に拉致される可能性は大いにある。

 危険性を考えると、暁を自宅に帰らせるべきではない。

 それが、神屋の結論だった。

「藤原……簡単に暁たちと接触出来ると思ったら大間違いだ」

 神屋は夏祭りの会場へ向かって歩き出した。

 まだ逆転のチャンスはいくらでもある。今、神屋に出来ることは早く暁が見つかり、そして彼が自分に協力してくれることを祈ることしかない。



 夕陽の赤い光が、神屋の影を際立たせる。

 夏祭りが盛り上がりを見せる中、作戦執行の時が徐々に近付いていた。



‐3‐


 明るく灯る提灯は、二百段の階段の両端に規則的に吊られていた。

 御宝神社は本会場と違って、幾分閑静であった。人も数十人程度、いつもなら多く感じる人数も、本会場の雑踏と比べたら大したことはない。リズミカルな太鼓の音も、殷賑な屋台道の楽しげな人声も、ほんの少し距離を離すだけで心地良い響きとして聞こえてくる。

 暁と亜美は御宝神社の二百段階段の五十段程の所に腰掛けていた。

「やっぱり浴衣が良かったかな~」

 屋台で買った食べかけの焼きそばを片手に、亜美はそんなことを言った。

 午後八時、今夜の夕食タイムだった。

「持ってんの?」

 暁も亜美と同じ店の焼きそばを片手に、言った。

「一応ねー。でも、似合わないだよね、あたし」

「似合うと思うけどな」

 お世辞ではなかった。暁には何故自信なさげなのか分からなかった。

「あたしだけ浴衣って、冷めるじゃん」

「そりゃ……そうかもな」

 暁は焼きそばを食べ終えて、意味なく空を見上げた。

 一分経って亜美も食べ終えた。

「あー美味しかった」

「喉乾いたな。一緒に買うべきだったかな」

「じゃあ、買いに行こっ! 休憩終わり」

 亜美は楽しげに階段を下っていった。

 ……ホント、元気だな。

 暁も亜美に遅れながらも階段を下っていった。 ずっとこうしていたいと思った。広大な世界の中の、小さな世界。永遠なんて有り得ない、だけど永遠にこの世界に居たかった。

 もうすぐ終わるんだな……。

 小さな寂しさが心に染み渡った。しかし、次の幸せまで頑張れる、そんな気がした。



 総合運動場に立ち並ぶ屋台には意外に人が少なかった。

 暁はその様子が気になって、先程買ったラムネを一気に飲み干し、亜美に聞いた。

「なんでこの時間帯に人が減ってんの?」

「ああ、これね。皆、抽選会に行ったのよ。受付で100円でスーパーボールが売っててね、そこに数字が書いてあって、今の時間帯はその数字を使った抽選会。景品にヨーロッパ旅行とかあるから、参加率が高いの。でも、地元の人はこの時間帯の客の少なさを利用して祭りを楽しむわけ。結局当たらないことが多いしね」

「なるほどな。確かにこれくらいの数の方が祭りっぽい雰囲気は出るよな」

「だよねー。そういえば、ウチら全然祭りっぽいことやってないじゃん!! もっと遊ぼうよ。……あっ、早速発見」

 亜美は金魚すくいの店を指差した。

「金魚すくいかぁ、懐かしいな」

 暁は小学生の頃を思い出して言った。

「おじさん、2つね」

 暁たちは露店のおじさんからそれぞれ1つずつポイを受け取り、浅い水槽に向き合った。

「亜美、勝負な」

「いいよ、負けたらかき氷一杯奢りね」

「慎重な俺の方がこういうのは向いてるんだ」

「場数が違うのよ。なんせ、あたしの前世は金魚ですからね」

「穫られる側じゃねーか!」

「因みにあなたが子供の頃祭りですくい上げて次の日にすぐ死んだ金魚があたしよ」

「気味悪いこと言うなよ! ていうか、同い年だろーが」

 亜美は下らないことを言いながらも既に5匹の金魚を捕獲していた。一方、ツッコミを入れていた暁は一匹も穫れず、挙げ句、紙が完全に破れてしまった。

「暁下手すぎ……!!」

 亜美が口を押さえて大爆笑している。

「……二セット先取三セットマッチ……な」

「いいよ、じゃあ次は……あれ」

 亜美が指差した先には射的の露店。

 亜美は金魚を店に返して小走りで射的の露店へ向かった。暁もそれに続く。

「あのお菓子の詰め合わせを落としたら勝ちだよっ」

 1回につき2発、当たっても台から落ちなければ賞品は貰えないルールだ。暁と亜美はお菓子の詰め合わせを狙って銃を構えた。

「暁からどーぞ」

 亜美は、標準を合わせながら言った。

「完全にナメてんな。言っておくが、射的は得意だぞ」

「へぇ……。じゃっ、当たるよね」

「まあ、見てろって」

 暁は狙いを定め、引き金を引いた。

 弾は真っ直ぐ飛んでお菓子の詰め合わせに見事命中した。お菓子の詰め合わせは前後に大きく揺れた。だが、一発では落とせないようだ。

「よし、次こそは……」 暁が銃に2発目をセットする。

 しかしその瞬間、誰かの撃った弾がお菓子の詰め合わせを台から落とした。

「やった! ご苦労様、あたしの勝ちね」

 賞品を取ったのは亜美だった。

「ちょ、ちょっと待て。お前、今何をした?」

 暁には目の前で何が起こったのか理解しかねた。

「言ったじゃん、場数が違うって。ああいう重そうな賞品は一発じゃ落とせないのよ。だから暁が当ててバランスが崩れたところを……バーン!」

「うわっ……。なんて姑息な……! 正々堂々勝負しろ!」

「さあ、かき氷屋は向かいの店だから」

「…………」

 ストレート負けした、暁だった。



「まもなく、今年の夏祭りの最後を締めくくる、花火大会が始まります。今年の花火の数は……」

 花火大会の案内アナウンスがステージのスピーカーから流れてきた。

 時刻は八時五十七分、花火の打ち上げ開始まで残り三分だった。

 暁と亜美は、再び戻ってきた雑踏から逃げるように、円形の総合運動場の周りを歩いていた。

「終わっちゃうね、夏祭り」

 亜美は、物足りなげに言った。

「ああ。でも楽しいもんだな、夏祭りも」

「あたしが一緒だったからねっ」

「そうかもな。お前で良かった。竜司だったら、やること分かんなくて一日中ファミレスに缶詰めだった気がする。不慣れだからな、俺もアイツも」

「はは、やってそう」

 亜美は立ち止まってステージを見た。暁も同じようにそうした。

「あの人……」

 亜美がスッと腕を伸ばし、ステージの方を指差した。

「ん? 誰?」

 暁は訊きながら、亜美の指差す方に視線を向けた。ステージの横の数人の団体を指差しているようだった。

「ほら、誰だっけ? あの知事の隣のオジサン」

 暁は印となる知事の姿すらなかなか見つからなかったが、数秒してやっと見つけた。隣には近時メディアを賑わしている文部科学大臣の鮎川哲郎あゆかわてつろうが立っていた。

「文科相の鮎川哲郎だな、あれは」

「そうそう鮎川さんだ、ド忘れしちゃってた。暁はよく判ったね」

「最近よくテレビに出るからな。今の総理大臣が辞任したら次はあの人が総理だろうな」

 実際、ニュース解説者達はそんな事を言っていた。低迷する日本経済をいつになっても救い出せない今の内閣を非難して、次の総裁選の話題が近頃よく聞かれるようになっていたのだ。

「分からないよ。官房長官の鈴木学すずきまなぶも総裁選に出るはずだし、互角の一騎打ちじゃない?」

「いたなぁ、そんなやつも。まぁでも、俺は鮎川を応援するね。地元出身だしな」

「鮎川さんって、ここの生まれなの?」

「ああ、だから祭りに顔出しに来たんだろ。さしずめ、庶民的な姿をメディアに取り上げてもらう為って感じだろうけど」

 暁は応援すると言いながらも辛口な評価を下した。

 慣れない政治の話をしていると、花火大会の開始まで残り1分程となっていた。

 2人は何も考えずに、ぼーっと遠くを見た。花火大会直前の会場はいやに静かに思えた。街中が花火が打ち上がるのを、じっと待っているかのようだ。

「……あのね、あたしも見たんだよ」

 亜美が数十秒後花火が上がるであろう夜空を見ながらふとそんな事を言った。

「何を?」

 暁も同じく空を見上げて、尋ねた。

「何だと思う?」

「うーん……分かんねーな」

「知りたい?」

「まあ……気になるな」

「今朝ね、ビックリしたんだよ」

 亜美は笑顔で言う。

「…………?」

「今朝、あたしも見たんだ、暁に初めて話し掛けた時の夢」

「……!」

 ――ドーン!

 一発目の花火が上がった。

 亜美の言葉に暁は何も言えなかった。二人とも顔を真っ赤にして、ただ花火を見ていた。

 速まった心臓の鼓動と花火の振動が胸を響いた。

 その日、花火の輝きがいつもよりずっと優美だった。



‐4‐


「あたし、ちょっと飲み物買ってくるよ。またラムネで良いでしょ?」

 花火大会が終わると、亜美は何事もなかったかの様に言った。

「……あ、ああ。っていうか、俺も行くよ」

 余韻嫋々たる花火の音に誘われ、暁は一瞬まどろみの中にいるような錯覚を感じた。そのせいか、暁は亜美の言葉にワンテンポ遅れて返事をした。

「いいよ、ここにいて。花火終わったから帰り道が凄い混むから、はぐれちゃうよ」

「そっか。じゃあ、任せる。お前がはぐれんなよ」

「りょーかい」

 亜美は屋台に向かって歩いて行った。

 暁は亜美を待つ間、ステージの方を見ていた。ステージの中央にはこの街出身の文部科学大臣、鮎川哲郎が立っていた。

 一言挨拶ってわけか……。

 案の定、鮎川はマイクを片手に自己紹介を始めた。予期せぬ有名人の登場に夏祭りの客たちは足を止め、ステージに視線を向けた。

 一方、暁は客たちとは逆にステージから目を背けた。

「祭りに政治家ね……。ったく、興ざめだ」

 暁は小さくぼやいた。

「全くだね、暁」

「…………!?」

 背後から声がした。暁の知っている声。

「……神屋か」

 暁が振り返ると、眼前には神屋聖孝が立っていた。真夏の夜に、薄手の黒コート。その姿は闇に溶け込みながらも異彩を放っているような、不思議さを感じさせる。

「やっと見つけたよ。ちょっと急用があってね。話を聞いて欲しい」

 神屋は珍しく焦った様子で言った。

「神屋、その前にお前に答えを言わなくちゃいけない。お前に協力するか否か……」

「君の答えは分かってるよ。誰でも、危険な目に遭いたくはないさ」

「違う。……俺はお前に協力する。そう……決めた」

「……!?」

 神屋は意外そうな顔をした。

「昨日は悪かった。お前は俺に危険を知らせてくれたのに、俺は自分が逃げることしか考えてなかった」

 暁は友人を見捨てようとしたことへの罪悪感を感じていた。次に会ったら謝ると決めていたのだった。

「……ありがとう。しかし、僕は危険を知らせたわけじゃない。利用しようとしたんだよ」

「それでいい。俺を利用するには、同時に俺を守らなければならないはずだ」

 信頼関係があればこその契約だったが、暁は神屋を信じていた。

「……分かった。君の身は僕が守ろう。……それで、早速だが暁、今日は自宅に帰らないでほしい」

「えっ……はぁ!? な、なんでだよ?」

 暁は神屋の急な指示に戸惑いを隠せなかった。

「急用があると言っただろう。今夜もしくは明日の朝、王里神会は君を本部に連行しようとするはずだ。それが昨夜急に決まった」

「もう動き出したのか? 王里神会は……」

「正確には『動き出す』だ。今からね」

「……マジかよ」

 暁は状況を整理する様に黙り込んでしまった。

「駅前のホテルに部屋を用意した。今のところは危険はないはずだから、しばらくはそこに寝泊まりしてほしい。僕も同じフロアに部屋を用意したから、君に全てを話すのにも適している」

 神屋は文科相がスピーチをしているステージの方を見ながらそう言った。駅前のホテル……おそらくは暁が帰省する際に使用した駅の前のホテルだろう。

「神屋、一ついいか?」

 暁にはどうしても確かめなくてはならないことがあった。

「なんだい?」

「連行されるのは、亜美もか?」

「……いや、篠原亜美は母親と暮らしている。娘が急に消えたらすぐに怪しむだろう。面倒を起こさない為にも篠原亜美の連行は無いだろう」

「そうか。出来れば亜美を巻き込みたくないんだ。この事は亜美には話さないようにしたい」

「…………」

 暁の意思を聞いた神屋は何かを考えるように静かになった。

「それは無理だよ、暁」

「無理? ……どうしてだよ」

「君は大きな勘違いをしている。君か僕が彼女に事情を話した時点で彼女が巻き込まれるというのは違う。……いいかい、君たちは既に巻き込まれているんだ。リストに名前が載った時点でね。君にしたって、僕の同級生だから巻き込まれているわけじゃない。巻き込まれた君が偶然僕の同級生だっただけなんだ」

「…………そうか、そうだよな。そんな簡単にはいかないってわけだ。つまり、亜美に話さないことの方がかえって危険なのか……」

 暁はその現実に気付いていなかったわけではなかった。ただ、全てを話すことが、亜美を巻き込むことを確定させるようで怖かったのだ。

「ああ、話すべきだね。僕としては今日は無理でも、明日以降に出来る限り早く、彼女にも部活の合宿とでも親に嘘を言って、僕が用意した場所に寝泊まりしてもらうべきだと思ってる。僕が全てを話すにしてもその方が良い」

「そうか……分かった。もうすぐ亜美が帰ってくる。王里神会のことも、俺たちが危険に巻き込まれていることも、簡単に話すつもりだ。だが神屋、その前に俺たちがリストに載った理由を……!!」

 暁は言葉を止めた。

 左目の端に、亜美の姿を捉えたからだ。話に集中するあまり、亜美が帰ったことに気付かなかった。その距離は暁と神屋の会話を聞き取るには十分な距離であった。

「亜美……! お前、いつからそこに居た?」

 暁が亜美にそう尋ねると、亜美は暁のすぐ前まで近づいて答えた。

「あたしが連行されるとかナンとかって辺りかな」

「…………はぁ……」

 暁は、頭を抱えて溜息をついた。

「それで、あたしと暁が何に巻き込まれてるって?」

 亜美は落ち着いた様子で言った。

「……亜美、落ち着いて聴けよ」

「……うん」

「まず、王里神会を知ってるか?」

「危ないことをしてる新興宗教でしょ」

 亜美は横目に神屋を睨みながら応えた。

 それを聞いて神屋はつい感想を述べてしまった。

「世間ではそんなに評判悪いんだね、僕ら」

「ちょっと黙っててくれないか、神屋。話がややこしくなるだろ」

 暁は急いで神屋を止めた。「僕ら」などという表現で亜美の神屋に対する懐疑の念を喚起させるのは、明らかな神屋の癖だった。無論、アクティブフェーズという一種の挑発による性格の特定である。

「あー……ゴメンゴメン。続けて」

 そう言って神屋は一歩下がった。

 亜美は「それで?」と暁に説明を促した。

「その王里神会が俺たちを何らかの事件に関わる重要人物としているらしい。詳しいことは俺もまだ聞いてないが、かなり危険な連中だ。何をされるか分からない」

「……それで、暁が今夜王里神会に連れて行かれちゃうからどこかに隠れるってこと?」

「ああ、そうだ。そして、次にお前が狙われる。だから亜美、お前も出来れば隠れてほしいんだ。隠れる場所はコイツが用意してくれる」

 暁は目線で神屋を示してみせた。

「…………ふーん。なるほどね。……で、この人はどなた?」

 亜美は一歩下がって黙っている神屋を指差して尋ねる。

「言ってなかったな。コイツは――」

 暁が説明しようとすると、それを神屋が止めた。

「自己紹介くらい自分で出来るよ。僕は神屋聖孝。暁の小学校の同級生だ。僕は王里神会の幹部だけど、今はその立場を利用して連中を壊滅させようとしてる。君と暁にはその協力者になってほしい。その代わり、王里神会に狙われている君たちの身は僕が守る」

「お断りします」

 亜美は神屋が話し終えるやいなや、言い放った。

「……あれ……? 暁? 予定と違うんだが……」

 神屋は暁に助けを求めるように言った。

 暁はただ額に手のひらを置いて溜息をついた。神屋が一瞬で封殺されたので、やむなく暁は助け舟を出した。

「亜美、俺たちはどっちにしろ既に巻き込まれてる。神屋に頼るしかないだろ?」

 亜美は暁の言葉を受けて、数秒間考え込んだ。

「それもそうね。……じゃあ、条件二つ。まず、あなたが信頼できると納得できる証明をすること。次に、王里神会が妄想集団じゃなくて、ホントに危険な連中だという証明をすること」

 亜美は神屋に向かって二つの証明を要求した。

「面白い条件だね。幸い、僕は君が納得のいくような証明が出来ると思うよ。証明の材料は偶然にも昨日揃ったからね」

 神屋は安心したようにそう言った。

 暁は亜美の出した条件を厳しい条件だと感じていたが、神屋は自信がある様子だった。

 暁と亜美から等しい距離の場所に立ち、神屋は再びステージの方を眺めた。

 突然風が吹いた。神屋のコートが不気味に靡く。木々が枝葉を揺らす。

 風が止む。いよいよ神屋が口を開いた。

「じゃ、始めようか」

 暁には、真実の一端が明かされるような気がしていた。



‐5‐


「さて、まず僕の安全性を証明する。篠原さんに何故僕がここに来れたかを考えてほしい」

 神屋は穏やかな口調で言った。

「どういう意味?」

 亜美は首を傾げた。

「僕は暁がアパートに戻るのを止める必要があった。そして今実際に祭りの会場で暁と会っている。そこで、何故僕が暁の居場所を突き止めることが出来たのか……」

「暁に祭りに出掛けるって聞いてたんじゃないの?」

「いや、僕は暁から何も聞いていない。暁、一応復唱してくれ」

 暁は、昨日の出来事を思い返した。確かに祭りに行くことは誰にも伝えていないはずだ。

「確かに俺は神屋に祭りのことは話していない」

 暁には神屋が何を話そうとしているのか分からなかったが、言われた通りにした。

「自宅に戻るのを止めたいのに、居るかも分からない祭りに暁を探しに行くのは危険だよね。……となると、僕は暁が祭りに出掛けたのを知っていたことになる。篠原さん、君は祭りに暁と出掛けることを誰に話した?」

「うーん……。お母さんと、友達かな。でも、今日はお母さんは出掛けてたはずだけど……」

「つまり、僕がその情報を入手したとすれば、君の友人が僕に話したことになる」

「…………それで?」

 亜美は一瞬戸惑った様に見えた。

「君が信頼する友人が、僕に暁の居場所を教えたということは、僕が信頼できる人間だという証明になるんじゃないかい?」

「……それじゃあ、その『あたしの友人』の名前は?」

「佐藤静枝」

「!!」

 亜美は神屋の前で初めて驚きの表情を出した。 暁もまた、同じ様に驚いた。神屋の口から静枝の名が出されることは想定外だったのだ。

「おい聖孝……。お前、静枝まで巻き込んだのか」

 暁は静枝の名前が出たことに戸惑いながらも、神屋に糾弾した。

「そのことに関しても僕の意思は関係ないよ。別件で彼女の高校に行ったら、たまたま少し話すことになってね。話しているうちに君たちと友人関係であることを知った。それも偶然ではあるけどね」

「静枝が俺たちの情報を話したのか?」

「ああ、そうだよ。彼女は話すしかなかった。彼女の境遇からしてね。君たちが王里神会に狙われている理由を少しだけ話したら、彼女は僕を信用したよ。なんなら、電話でもして確かめてみたらいい」

 そう言って神屋は亜美を見た。感想を求めるかの様に、もしくは信頼を求める様に。

「……分かった。あたしもとりあえず今はあなたを信用する」

 亜美は迷い無く言った。親友である静枝が信用したならば、亜美も同じ様に信用する。それだけ亜美は静枝を信じていた。

「確認しなくていいのかい?」

 無論、確認とは亜美による静枝への確認である。

「それは後でいいわ。そんなに自信満々で言うんだから、嘘偽りではないでしょ? むしろ、あのシズを信用させるだけの理由の方に興味が沸いたし」

「もちろん、明日以降君が僕の指示する場所に来てくれるならそれも話すよ」

 神屋は、亜美がもう一つの証明を無しにしてはくれないと思いつつもそんなことを言ってみた。出来ることなら次の証明はしたくなかったのだ。

「あたしは王里神会が本当に危険だって分かったら指示に従う。さーて、どうやって証明する気?」

 一度は驚かされた亜美であったが、また挑発的な態度に戻っていた。

 どうやら亜美は神屋の雰囲気が気に食わないようだ。

「僕からは証明することは無いよ」

「……パードゥン?」

 亜美はあからさまに嫌な顔をしてみせた。

「僕は王里神会を裏切ってるのだから、僕自身が王里神会の危険性を証明するのは無理だろう?」

「……ああああああああ!!!! 遠回しな表現は止めなさいよ!! 結局何だっていうの!?」

 亜美はもう耐えられないといった様子で苛ついていたが、怒れば怒るほどに先程食したかき氷ブルーハワイ味によって染められた青い舌が見え隠れして、迫力が全く感じられなかった。

「落ち着きなよ。僕は君を怒らせるつもりは無いんだから。……それより彼のスピーチ、終わるみたいだよ」

 神屋はそう言ってステージを指差した。ステージでは文科相鮎川哲郎がスピーチを終えようとしていた。

『……れることを心から誇りに思います。最後に、このようなスピーチの場と、時間を与えて下さいましたことを感謝します。これからも応援の方を御願いします』

 鮎川がスピーチを終え、祭りの客たちの拍手の音が響いた。

「まだ話してたのか、あの人」

 暁は客たちに向かってお辞儀をする鮎川を見て言った。

「篠原さん、それに暁、今から証明をしよう。何があってもステージから目を離さないでほしい」

 神屋は更に強調するようにステージを指差した。

 それに釣られて暁と亜美はステージを見た。

 鮎川は三方向にそれぞれ小さくお辞儀をした。

 そして、鮎川がステージから降りようとしたその瞬間、突然ステージの上空に花火が上がった。

「何だ?」

「……花火?」

 暁と亜美は突然上がった花火を目で追った。その謎の花火に、ステージ周辺の客たちも一斉に空を見上げた。

 そんな一瞬だった。誰もが花火に目を奪われたほんの数秒間。その間に事件は起こった。

 ――パァンッ!!!!

 会場に大きくな発砲音が響いた。

「!!!!」

「!!!!」

 暁と亜美は音が鳴った方向――――ステージに視線を戻す。

「なっ!!」

「ウソっ!!」

 ステージには大量の血を流して、鮎川哲郎が仰向けに倒れていた。

 SPらしき男が数人側にいたが、花火の音に敏感になるあまり、鮎川を護れなかったようだ。

 知事を始め、数人が鮎川を取り囲んで必死に声を掛けている。

 辺りにざわめきが広がる。暁も亜美も、何が起きたのか理解できずにいた。

 しかし、ステージ近くにいた女性が悲鳴をあげた刹那、暁と亜美は全てを理解した。

 ……鮎川が何者かに狙撃された!?

「…………」

 亜美はあまりの衝撃に言葉を失っていた。

 暁は混乱する頭を無理に働かせ、神屋の方を見た。

 神屋は全てを冷静に眺めていた。

「心臓を撃たれている。この混雑のしようじゃ、救急車も中には入れない。長くはないだろうな」

 落ち着き過ぎているくらいの口調で神屋は鮎川の死を宣告した。

 暁は神屋の言葉を聞いて確信した。これは王里神会の仕業であると。

「神屋……お前知ってたんだな? 鮎川が撃たれるということを!」

「ああ。だけど僕には何も出来ない。今の僕じゃ止めることなんて不可能だ。分かっていながら見逃す、そうせざるを得なかったんだ。鮎川は秘密裏に王里神会の裏の部分を探り、教会の目論見に気付き始めていた。鮎川が総理になったら王里神会は動きづらくなる。だから彼は撃たれたんだ」

「警察に話せば、こんなことにはならずに済んだんじゃないのか?」

「情報元をどう説明する。王里神会はプロを雇ってる。警察も情報不足で王里神会までたどり着かない。結果的に王里神会を潰すことは出来なくなる。それに僕がリークしたとバレて僕は処分される。そうなれば王里神会を壊滅させようという作戦は失敗だ」

「…………くそっ!! どうしようもなかったっていうのかよ……」

 騒然とする中、暁は鮎川が担架で運ばれるのを見ながら言った。

 暁を言い含めた神屋は、亜美のすぐ前まで近づいた。

「やり方が美しくないが、僕は王里神会の危険性を証明した。納得いったかな?」

「……あたしもやり方が気に食わない。だけど、王里神会の危険性は十分に理解した」

「王里神会の仕業だという証拠は見せられないが、それはいいのかい?」

「何言ってんのよ。第一の証明であたしはあなたが信頼できると認めたんだから、それで十分でしょ」

 亜美は神屋の目を見て、はっきりと言った。

「…………そうか。ありがとう」

「あたしたちを守ってくれるんでしょ?」

「全力は尽くすよ」

「それじゃ、あたしも暁と一緒にあなたに協力するわ」

 亜美は神屋に始めて笑顔を見せた。笑顔といっても微笑みに近かったが、それでも神屋は安心することが出来たのだった。

「しかし、間に合って良かった。暁が祭りの会場にいるのは知っていたが、見つかるかどうかは賭けだったんだ。暁が自宅に戻っていたら、アウトだった」

「携帯アドレスを交換すべきだったな」

 暁は亜美が神屋を信用したことに安心しつつ、神屋に言った。

「そうだね。ホテルで各々の連絡先を交換しておこう」

「それはいいけど、あたしはいつ、どこに行けばいいの?」

 亜美は先々から気になっていたことを神屋に尋ねた。

「君はとりあえず今日は自宅に帰ってもらうよ。一応警戒はしておいてほしいけどね。暁はこの後僕と駅前のホテルに来てもらう。それで明日になったら、暁がメールで篠原さんをどこかに呼び出して、そこから僕か暁が尾行に注意を払いながら同じホテルに連れて行く……という感じかな。それでいいかい?」

「了解。明日から文芸部の合宿に参加するって、お母さんには言っておくね」

「篠原さんが来たら君たちが王里神会に狙われている理由を話すよ。それから、王里神会の更に詳しい裏情報も……ね」

 神屋はそう言って微笑した。

「ねぇ。あなたは何でそんなにホテルで全てを話すことに拘ってるの? 別に概要くらいここでも話せるでしょ?」

 亜美は神屋の態度に違和感を感じていた。そして、それは暁も同じだった。

「落ち着いた場所で話したいんだ。佐藤静枝が君たちに何も話さなかったのも僕が口止めしたからだしね」

「明日まで待てっていうの? ふざけないで。何に巻き込まれたのかも知らないで何を警戒しろというの?」

「…………確かにそうかもしれないけれど……」

 神屋は真剣に悩んでいる様だった。

「神屋、話してくれよ。俺は二日も待たされてんだぞ」

 暁にも神屋がもったいぶる理由が解らなかった。それに、得体の知れない恐怖に心を支配されているようで、これ以上耐えられそうになかった。

 神屋はその場でじっと考えていた。一分ほどして、ようやく神屋は口を開いた。

「……分かったよ。しかし、質問は明日までしないと約束してほしい。明日まで僕は何も答えない。……いいね?」

 暁と亜美は息を呑んだ。

「分かった、約束しよう。質問は全部明日だ」

「あたしもオッケー。それくらいは我慢するわ」

 神屋は辺りを見渡した。静かに息を吐いて、二人の顔を順に見た。

「君たちが狙われていることに深く、直接的に関わっている人物がいる。」

 暁は亜美と顔を見合わせた。

 妙な胸騒ぎがする。身体が悪寒を感じた。

 神屋の次の一言は暁と亜美を驚かせはしなかった。それは、あまりに突然だったのだ。あるいは無意識に恐れていたのかもしれない。神屋がその一言を口にすることを。


「その人物は……鬼頭火山。君たちが一度、その結末を見た人物だ」


 その一言で、閉じたはずの運命の輪は再び螺旋を描き始めた。



ここまで読んでくださった方々、本当に感謝します!

実は、鬼頭火山のお話はまだまだ先があったんです。

1章は、その全てが2章のための伏線だったといっていいでしょう。

キーワードに「サスペンス」があるのもそのせいですね。

1章の鬼頭火山に関する事件はまだ氷山の一角です。

今後の展開をお楽しみに!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ