日常打破
遅れて申し訳ありませんでした。
この小説は携帯で執筆し、Eメールを利用してラリー形式にしていますので、PCに送った後にワードにコピペして加筆修正をするのですが、その作業に時間がかかってしまいました。
現在、書き溜めた分は約20話ですが、作者は大学受験のため、連載を一時的にストップせざるを得ませんので、この先更新が遅れるだけでなく、連載自体が数ヶ月間ストップしてしまうことになるでしょう。
しかし、打ち切りはありえませんので、どうか最後までお付き合いいただければ幸いです。
‐1‐
自宅アパートに戻った俺は、さっそく亜美に電話した。
「よーっす! 戻ってきたぜぇ。さっそくだけど、一緒に祭行こうなッ」
「え? 暁? 戻ってきたの。そう……ッて、ムリムリ。アタシ彼氏いるし。てか電話とかしないでくんない?」
ツーツーツーツーツー。
「………………」
なんということだろうか。亜美は俺がいない間に男とくっついてしまったらしい。ああ、悲しい。悲しいなぁ…………ん? それって、俺がアイツのこと好きってことか?? え? そういう問題じゃないってば。
ピンポーン。
…………誰か来たなあ。
あれ? 君は……。
「暁ッ。ウチね、竜司と付き合ったから。じゃ」
バタン。
「いやいやいやいやそれはないでしょ静枝さん佐藤~」
俺は洗面所に行って自分の顔を見た。うわ、誰だこれ……。そこには、七十過ぎの爺がいた。俺はいつの間にか爺になっていた。髪の毛が全部白い。目の上の肉がただれて黒い影を作っているし。もう駄目だな……俺。
「いや、君はまだ大丈夫だよ」
鬼頭火山だった。俺のベッドに腰掛けている。ついでに彼はプルプルと細かく振るえていた。かわいそうになってきたので、暖かいコーヒーをあげた。
「すまないね……」
…………いや、いいんすよ。
ところで、今は何時ですかね? てゆうか、お互い年ですな。いや、ボクの方が年上ってゆうね。はい。
……あ、しまった。声に出していなかった。
「ふぅ~~」
ふぅじゃないよ鬼頭さん。てか神崎てめえ。
「この大量殺人鬼めっ」
俺は鬼頭を殴った。そしたら手の骨が折れた。
「暴力はよくねえだろ」
……うるせぇな。宮澤ぁ……。
鬼頭さん。人のベッドの上で小便を漏らさないで下さい。
「はぁ~?」
……もうダメだな。この人…………――――。
――――!!!!
「…………」
暁は目を覚ました。
全て夢だった。
暁はベッドから起き上がり、部屋の電気を点けた。紛うことない自宅アパート。そう、暁は戻ってきたのだ。
……それにしても、なんて夢を見てんだ。俺は……。
携帯を開いて時刻を確認した。まだ昼間の四時だった。
特にすることもなく、ただ時間だけが過ぎていった。いつの間にか外は真っ暗になり、寝る時間が近付いてきた。
「…………あー暇だ」
暁はベッドに横たわった。次第に意識が遠のいていく……暁は眠りについた。
目が覚めると、昼間の一時だった。喉に渇きを覚えたので、冷蔵庫に入っていたファンタグレープを一杯飲んだ。それからまたベッドに横たわり、ぼおっと物思いに耽っていた。宿題がほとんど手付かずであることに、暁はある種の危機感を多少覚えていたが、しかし体は動かなかった。こうやって永遠にのんびりしていたい。暁にはその類の願望が常にその身を脅かしていた。たまに死にたくなるのは、きっと些細な理由なのだ。暁の場合は、恐らく宿題が終わりそうもないことが原因である。だが、それを素直に認めるのも癪なのだ。暁は目をつむった。明日に希望が持てなかった。理由は分からない。しかし、たまに訪れる鬱は、そうそう簡単には解消されるものではない。経験上、暁はそれを知っていた。だから、暁には眠るしかなかった。全てを忘れて眠るしかなかった。
目が覚めたのは、夜の八時のことだった。暁はカーテンを閉めて、部屋の明かりを点けた。それからファンタグレープを飲み、携帯を開いた。Eメールが一件……。
「…………あ」
送り主は竜司だった。内容は、グラビアアイドル由佳里の百冊限定販売された伝説の写真集『ゆかりん』を至急譲渡せよとのことだ。暁は引き出しの鍵を取り出し、鍵穴に差し込んだ。確か、この中に『ゆかりん』はあるはず……。
「お……ゆかりん」
暁は『ゆかりん』を取り出すと、それを机の上に置いた。
……サヨナラだな。
暁は写真集と心の中で別れを告げて、再度ベッドに寝転んだ。竜司とニ、三のメールのやり取りをした後、またも眠りについた。暁は思った。このままでは恐らく廃人になるだろうと。だが、仕方がなかった。こうしてグダグダと眠る他、手立てがない。なんだか、またも逆戻りした心地だった。『脱出』のスタート地点に戻されたかのような気分…………こんな虚しい気持ちになるなら、初めから何もしなけりゃ良かったな、などと一瞬、思いもした。
端的に言って、暁は不満を感じていたのだ。せっかく帰ってきたのに、何故、亜美はメールやらをよこさないのか。暁は、様々な不安に駆られていた。恐らくその不安は、亜美と数日間の間会っていなかったことが原因だろう。数日前に見た夢からも判断できる通り、暁は亜美に彼氏の類ができたことを心配していたのだ。もう明らかに自身の心が亜美に寄っているのは言うまでもないが、暁はそれを認めたくなかった。言葉ではうまく表せないが、とにかく亜美を気に留める自分の存在は認めたくなかった。
「…………」
…………まさか、俺は、亜美が……。
暁は、一旦、亜美のことを頭から追い払い、眠ることに専念した。暇で暇で仕方がない暁は、明日、竜司に写真集を渡すのも兼ねて一緒に外で遊ぶことを約束してしまったのだ。ちょっと早めだが、グッスリ眠るのに越したことはない。
だんだんと意識が薄まる中、暁は思った。俺には目標がない、目に力がない……と。次の瞬間、 暁は完全に眠りに落ちた…………――。
目覚めは朝の九時だった。まだ寝足りない気もしたが、あと一時間もすれば、部屋に竜司がくる。眠っている訳にはいかない。
……風の強い朝だ。
暁は朝食にカップヌードルを選んだ。なかなかおいしかった。竜司は、十時ピッタリに暁の部屋のドアをノックした。『ゆかりん』を見せてやると、竜司は壊れたように騒いだ。まぁいい、お前のおかげで暗号は解けたんだからな。
二人は自転車で駅へと向かった。暁が竜司の横に行くと、竜司は何度も並列運転を注意した。十分もすれば、あの洋風で洒落た駅に到着した。あとは、ここでイオン行きのバスを待つだけである。竜司は段差に腰掛け、人目も気にせず『ゆかりん』に見入っていた。暁は竜司からなるべく離れた所で、『ゆかりん』を読む男との無関係を装っていたが、時折、竜司が話しかけてくることによって、その努力は無に帰した。
ようやく来たバスに乗り込み、それでも竜司は暁の隣で『ゆかりん』に没頭していた。
「なぁ、暁……お前がこれを手に入れた経緯を覚えているか?」
そう言って、竜司は暁の返答も待たずに、その経緯をベチャクチャと非難がましく語り出した。
高校一年の時のことだ。竜司も暁も、なかなか友達ができず、悲しい思いをしていた時期。同じクラスだった竜司と暁は、席替えで隣同士になり、それからというもの、気が合ったのか、よく話す仲になった。そして暁が竜司との親睦を深める最大の要因となったのが、まさしく『ゆかりん』であった。
『俺さ……由佳里好きなんだよね』
竜司の突然の告白。だが、暁は目を見開いた。
『それって、グラビアアイドルの由佳里!?』
……そう、暁も由佳里のファンだったのだ。互いの本心を互いに理解した二人は、唯一無二の親友となった。ちょうどその頃と相まってか、当時、爆発的人気を誇っていた由佳里の写真集『ゆかりん』が発売されたのだ……。しかも、百冊限定。暁も竜司も血眼になった。しかし……その値は張った。一冊なんと一万円。
だが奇跡は舞い降りた。ある週刊誌がプレゼント企画で抽選一名に『ゆかりん』を贈呈するという噂が流れたのだ。『ゆかりん』の発売場所は暁たちの住む所からも離れており、もうこれに賭けるしかなかった。竜司は三百二十円するその週刊誌を三冊買った。暁は二冊買った。当たる確率などゼロに等しかったが、なんと暁は当てた。
『……あの情報を教えてやったのは俺だってのによ』
と言わんばかりの憤怒の形相で竜司は天狗になった暁を影から睨みつけていた……。
「――――ま、最後はちゃーんと、俺の手元に戻ってきたがな」
竜司は『ゆかりん』をバックにしまうと、満面の笑みでそう言ったのだ。よほど嬉しいらしい。
「戻るもなにも、お前が持っていたものではない」
「確かにな……おい」
竜司が暁の顔を見て表情を変えた。
「その傷…………何だよ」
暁の頬には、如月が撃った弾丸のかすり傷がまだ残っていた。
「銃で撃たれたところを……」
「ははっ……転んだのか??」
暁は本当のことを言ったのに信じてもらえなかった。
イオンに着いた。
‐2‐
イオンではたくさんの物を買った。数学の参考書や、新しいシャーペン、Tシャツやズボン。
「おい、なんだそれ?」
「アイロンだよ」
暁はアイロンも購入した。四千九百八十円の最高温度百七十度の水蒸気噴出型のアイロンである。洋平に勧められた物だ。
「よし、次はワックスだ」
「ワックス?」
暁はウーノのコーナーに行き、洋平いちおしの『ウーノ フォグバーBL』を探した。新発売というだけあって、すぐに見つかった。スプレータイプなので、初心者には使い勝手が良い。
「おい、お前どうしたんだ?」
「ちょっとは外見に気を遣おうと思ってな」
「イメチェンかよ」
その後、適当に昼食をとってから映画に興じ、あっという間に夕刻近くになってしまった。
「あー、帰るか、じゃあ」
「そうだな」
二人は買い物袋をぶら下げ、バスに乗り込んだ。
「あー疲れた」
「…………同感だ」
駅に着き、二人はそれぞれの帰路についた。
自転車を漕ぎながら見る夕焼けの空は、生きていて良かったと思えるくらい綺麗だった。
数日後。
「ヤバイ。暇過ぎる」
暁は部活をしていない。だから夏休みは暇である。それはしょうがないことだ。暇つぶしに宿題に手を付けようと、ベッドから起き上がろうとしたが、無念、その気力すら湧かなかった。時間が重なる度に自分がダメ人間化していくこの感覚……。この言いようのない気だるさ。
……もうダメだ。
「…………」
窓から差し込む日差しがポカポカ暖かく、良い感じにそよ風もそよ吹いている。陽気な午後に響き渡る子供の愉しげな声……暁は宿題を含めた全てを忘れ眠ることを決意した。
だが、ドアがノックされていることに気付き、暁はガバッと目を覚ました。
……誰だよ。
のそのそとドアに近付き、鍵を開けた。すると、向こうがドアを開いた。
「……久しぶりっ」
「…………亜美?」
ドアの前に立っていたのは、篠原亜美であった。髪型が以前と微妙に異なった。
「髪……短くなったな」
「夏は暑いからね」
亜美はショートヘアーになっていた。何故か新鮮である。
「入っていい?」
「あ、どうぞ」
亜美のファッションはいつもに似合わず大胆だった。ショートパンツに黒のニーハイ、上はお洒落な柄のノースリーブだ。さらに頭にはカウボーイが被りそうな羽付きのハットが装着されているではないか。どうしちゃったんでしょう……。しかも肩にブラヒモが見えない。まさか!? いやいや、何を考えているんだ俺は……そんなはずはない。よな? それにだよ、もしそうだとしたら、その強調された双方の胸の中央にあるべき突起がみつからないではなかろうかよ……肩なしのブラだよ、そうに決まってる。
「ちょっと、どこ見てんのよ? さっきからブツブツ言って」
亜美は入室するやいなや、部屋の中央に設置された四角いテーブルの側に腰掛けた。
亜美の派手な格好に対し、暁はパジャマである。自分の住処なのに何故か身の置き場に困る。
「ど、どっか行ってきたのか??」
「ん? うん、シズと遊びに行ってきたんだよ」
「へえ」
「……帰宅部って暇だよね」
「え??」
「暇じゃない? 特に夏休みとかの長期休業って」
「……あ、ああ」
「でね、あたし、いいこと考えたの」
「ん?」
……いいこと??
「……あ、喉渇いちゃった。何かない? 飲むもの」
暁は冷蔵庫を開けてアクエリアスを取り出した。コップと一緒に亜美の前に置いた。
「いいことって何だよ……」
暁もコップを持って亜美の真正面に座った。
亜美は一杯、二杯と飲み干すと、
「ちょっと待って」
と小さな声で言った。暁は頭をボリボリと掻きながら、お菓子を探しに台所に消えた。暁がいない間に、亜美は勝手にゲームキューブを起動させ、大乱闘を始めてしまった。
ポテトチップスを片手に戻ってきた暁に、
「スマブラやらない?」
と亜美が。暁は特に反論もせずにその誘いに乗った。二人でポテトチップスをバリバリと食いながら、約一時間乱闘を繰り広げた。一人は寝起きで、一人は遊んできた帰りである。なんと奇妙な光景だろうか。闘い疲れた暁はその場で倒れ込んだ。強烈な睡魔が彼を襲う。一方、亜美は依然としてゲームを続けていた。今度はPS2でバイオハザード4である。暁は最後の力を振り絞って、台所にあるじゃがりこを二つ持ってきた。ドシャッと音を立て倒れ込み、ひとつを亜美に渡し、ひとつをガリガリと頬張った。
――……五時頃になっただろうか。亜美はバイオハザード4をやめて、机に顔を伏せてウトウトし始めた。暁は完全に覚醒し、今からだったら宿題をやってもいい気分にすら達していた。
「おい、亜美…………そろそろ教えろ。いいこととは何だ? そして、それは本当にいいことなのだろうか??」
最終的に自問している自分に、暁は気付いていない。脳内麻薬が分泌されているのだろう。
「いいことよ……とっても」
亜美は顔を伏せたまま言った。暁はゴクッと音を立てて唾を飲んだ。何か、ただ事でない何かが起こりそうな気配だ。
「言ってくれ……その内容を…………」
暁は額の汗を拭いた。
亜美は顔を上げた。その顔はどこまでも澄んでいた。
「もし、成功すれば……………………いいことだらけ」
「…………」
「まさしく……」
亜美は暁を指差した。
――――まさしく??
「金儲けっっ」
暁の顔が青くなった。