キズナ
今回で暁の帰郷編は終わりです。
‐1‐
如月の入院する小さな病院に着いた暁は、不意に鳴る携帯電話に指を這わせた。病院の冷たい階段をカツカツと音を立て上りながら、メールの送り主を確認した。登録外の人からだ。暁は眉をひそめ、本文を表示した。
二宮 光(^∀^)ノです
登録よろしくっ
「………………」
…………ああ、よろしくな……………………。
暁は携帯を閉じ、ため息をついた。その理由は自分でもよくわからない。
いつの間にか、如月の個室の前まで来ていた。真っ白なスライドドアをスライドさせ、部屋に如月がいないか確認した。如月はいた。真っ白なベッドに横たわっている。如月は暁に気付くと、目をキッとさせ、
「ノックくらいしなさいよ」
と一言。
暁はハッとしてから、
「悪い!」
と謝る。如月は上半身を起こして窓を見やった。窓の外には綺麗な自然が在った。
ベッドの近くにある椅子に腰掛け、暁はバックの中からリンゴの詰め合わせを取り出した。病院に行く途中にあったスーパーで買ってきた物だ。リンゴが五つで七百円とちょっと高めだが、美少女戦士如月のためなら、その程度は出費にもならない。
「わぁー! リンゴだぁ~! ありがとう、暁っ」
如月はそれを受け取ると、窓際に置いた。きっとあとで食べるのだろう。如月は笑顔で鼻歌を歌い出した。
暁は携帯を開いて時間を確認した。あと少ししたら、ここに洋平が来る筈なのだ。暁のお別れ会に参加するために。
「ねぇ」
いつの間にか如月は鼻歌を止めていた。穏やかな表情で暁を見つめている。暁は無駄にドキドキしてきたが、だからといって焦らなかった。
「……なに?」
如月はもう一度窓をチラ見してから、暁と目を合わせた。
「……色々あったね」
「……うん」
「……ありがとう」
「……は?」
暁は思わず漏らしてしまった。如月の「ありがとう」がやけにこもっていたからだ。恥ずかしくなり、暁は顔を赤らめた。如月は平然とにこやかに暁を見つめているいるが、暁はうまく如月と目を合わせられないでいた。頭を掻いたりして、挙動不審もいいとこである。
「……ねぇ、知ってた?」
「……え?」
如月の唐突な質問は、あまりに抽象的過ぎた。暁から目を逸らし、自分が乗っているベッドの中央辺りに目を落として――その表情はやけに平静としていた。
如月が何かを言おうと口を開きかけた瞬間、スライドドアがスライドした。洋平が入室してきた。
「よぉ」
「よお」
「よっ」
如月の最後の会釈から数秒の沈黙があり、三人は笑った。
洋平は何気なく口を開いた。
「ケガ……どうなん?」
暁は改めて如月をよく見てみた。パジャマみたいな格好で、左腕には包帯が巻き付いている。他に外見的に変わったところは無かった。下半身は毛布の下になっていて、よく分からないが多分骨折しているだろう。
「左腕と右足とあばら骨が二本いったくらい。すぐ治るって言ってた」
「なら良かった…………ところで……さ」
「!!」
……洋平、もう切り出すのか。
「暁が明日の朝にはあっちに戻るんだよ、な?? だからさ……写メでも撮ろうぜ」
暁は口を半分開けて洋平を見つめていた。何かサプライズを送ってやるとは聞いていたが、まさか写メとは……暁は頭をボリボリと掻いた。
「えーっ? アタシこの格好でえ? まぁいいけどっ」
如月はなんだかんだいって嬉しそうだった。ヤダと言われないだけ断然良い。洋平はちょうどいい高さの棚を勝手にズラし、その上に携帯を置いてセットを完了させた。
如月が小さな声で尋ねた。
「行っちゃうの?」
「……ああ」
「…………」
二人の間に沈黙が流れた。暁は困った様子で額に手をあてがった。如月は携帯の方を見た。
「あと五秒だ」
洋平に言われて、暁も少し椅子をベッドに寄せた。
「そんなんじゃ入んねーぞ暁ッ」
そう言って洋平はベッドに乗った。そして如月と肩を密着させてピースをした。暁はある種の怒りを感じつつも、どうしたらいいか迷った。洋平と同じようにベッドに乗るなんて自分にはできない。暁は慌てふためいた。すると、如月が自ら暁に手招きし、
「早く早く、上がって!」
と言った。暁は端に腰を下ろし、上半身だけ如月の方に傾けた――――なんとか入るか。はいるよな!?
刹那、如月は言った。そして、そのタイミングは完璧だった。
「はい! チーズ!」
パシャッ
‐2‐
――ねぇ、知ってた?
洋平の後を追って病室を出ようとする暁に、如月が声をかけた。
『ん?』
暁は振り返った。
如月の目は優しく、前だけを見つめている。
『何を?』
『……きっと、全部、嘘だよ。何もかも』
『…………』
『アタシ、ビルから落ちたとき、落下の衝撃を少しでも和らげようとして、ビルのつかめそうなところを必死になって……』
如月は、ここで一旦話を区切り、窓の外を見た。
『…………それで?』
『アタシね、死んでなんか、なかった。これでも一端の殺し屋。うまく受け身をとったの。骨折したけどね』
『…………』
『外崎クン……アタシが生き返るようにお願いしたでしょ』
『うん』
『……ほら、多分、嘘だったのよ。だって、アタシは生きてたし、家族は戻らなかったし』
『…………』
『願いが三つ叶うなんて嘘よ。うん……そうに決まってる』
『…………』
『あの幽霊も、多分、関係ないでしょ』
『……かもな』
『わかんないよね』
『ああ』
『世の中って難しいね』
『……うん』
如月は、ポケットに手を入れた。ゴソゴソしていた。そして、赤い宝石のついたペンダントを取り出した。
『おい……』
『これ、外崎クンにあげる』
如月はブンと腕を振り、それを暁に向かって投げ飛ばした。暁は慌てて受け止める。
『……え?』
『信じられないことが多い……けど、外崎クンがいなかったらアタシは変わらなかったと思うの。それだけは間違いない』
如月はニヤッと笑った。
『それは、絆の証。アタシと外崎クンを繋ぐモノ……。たまにでいいから、それを見て思い出してね。アタシがいたこと』
暁は何も言えなかった。ただ、如月の言葉を待つしかなかった。
『……もう行って』
如月は窓の方を見て言った。暁は背を向けると同時に、
『じゃあな』
と言った。その手に赤の宝石を握り締めて……――
――ガタンゴトン……ガタンゴトン……
「………………」
暁は電車に揺られながら、窓の外で流れゆく風景に目を傾けながら、昨日の如月とのやり取りを思い出していた。ハンドバックの中には、如月から貰ったペンダントが入っている。
暁はバックの中に手を突っ込み、ペンダントを探した。それを手に掴んだとき、何故かほっとした。嬉しさが込み上げてくる。絆……――如月の声が頭の中で繰り返された。
……それにしても、爽やかな朝だな。
――――ガタンゴトン…………ガタンゴトン……ガタン――――…………
読んでいただいた方々、感謝します。
まだまだ物語は続きます。
いままでで最高の大伏線回収が待ってます。
読んでいただいている方を驚かせることが出来ると思います。
受験が迫っている時期なので、そのうち一時的に連載休止になるかと思いますが、ぜひ今後もお付き合いいただければ幸いです。