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love・killer

作中で登場する「スマブラ」は任天堂制作の人気ゲーム「大乱闘スマッシュブラザーズ」シリーズのゲームキューブ版を基に、我々が勝手に登場させた『undecided』の物語内の対戦ゲームとお考え下さいw

‐1‐


 正午前に部活を終えた如月は、家に帰らずそのままバイト先のコンビニへと向かった。

 ……今日は店長もいないし、アタシ一人だから、制服のまんまやっちゃおうかな。

 コンビニに着くと、制服の上から自分で作ったお気に入りのエプロンを着て、鏡の前に立った。ポニーテールをツインテールに変え、たたでさえ短いスカートの丈を更に短くし、エプロンでスカートを隠した。正面から見ると、まるで下を何も履いていないかのように見える。如月は、そんな自分を鏡で見て、顔を赤らめて笑った。

 ……うふふ、アタシって、小悪魔なんだから♪♪

 如月はレジに向かった。



「完璧だな……お前は今、紛うことなきイケメンだ」

洋平は、隣を歩く暁を見て言った。

 暁の髪は真っ直ぐになり、トップは良い感じに立っていた。そして、暁の半径一メートル以内いる人間には、もれなく南国フルーティーの香りが届くよう、身体には洋平お気に入りの香水が振りかけられている。

 暁は、今までにない感覚を味わっていた。確かに、以前よりは格好良くなっただろうが、暁はそれに過剰に反応していた。まるで、自分がとてつもないイケメンになったかのような……。

「よぉし、大丈夫だ。きっと上手くいく」

 洋平の声が力強い。暁は唾を飲み込んだ。ゴクリという音を立てて……。

 そろそろ、目的のコンビニが見えてきた。

「……ふう。着いたか……」

 暁は、大して暑くもないのに喉の渇きを覚えた。恐らく、如月愛に話しかけるという、これから起こるであろうことへの緊張、あるいは恐怖感が原因であろう。暁は頬を叩いた。

「ふっ。気合い入ってるなぁ」

 横を歩く洋平が笑った。

 暁は敢えて、外から中の様子をうかがおうとしなかった。入ってからのお楽しみにしたいという念が強く働いたのだ。暁はドアに手をやった。「頑張れよう」という洋平の声を最後に、暁は店内へと足を踏み入れた。駐車場にいくつか車は止まっていたが、店内に客は暁一人だけであった。レジには誰もいなかった。

「…………」

 まさか、という懸念が暁の脳裏をよぎったそのとき――――

「いらっしゃいませー」

 と言って、商品棚の影からひょこっと姿を現したのは、如月愛であった。

 暁は、昨日の羞恥の事など綺麗さっぱり忘れ去り、しかし、心臓の音は耳に響いたが、声をかけた。

「あの――」

「あっ、外崎クン?」

 ……何っ。

 どうやら、如月は暁の顔にかつての面影を見たようだ。イケメンっぽく加工された暁を、暁だと見抜いた。というか、昨日から気付いていたのではないだろうか――暁は困惑してしまった。言いたいことがあったのに、うまく思い出せない。

「久しぶりだね。いつの間に帰ってきてたんだ」

 如月は、無表情にそう言ってのけた。

「あ……あ~~……えーと」

「??」

 ……ああ、そうだ、思い出した。しかし、待てよ。落ち着け俺。俺は何をしにきたんだ? えーと、確か、最終的な目標としては、この女を救うんだったな。いや、待て、よく考えろ。それって、この女が本当に苦しんでるかどうかってのがポイントだよな。なぁ、洋平。そうだろ? え? てかさ、これでもしこの女別に霊の事とか何とも思ってなかったら俺ただのばかだよな。そもそも今思ったけど、これって俺たちが進んで関わるような問題か?? 救いの手を差し伸べるだあ? うぬぼれすぎじゃねぇのか? もっと、身の程を知るべきなんじゃないのか? 彼女と俺に何の関係があるんだ、なぁ、これはただの身の程知らずのおせっかい的行為ではないのかぁ??

 暁は聞こうとしていたことを完全に忘れ、根本的な行為の意味について考え始めた。如月はみるみるうちに顔を曇らせていった。暁は焦った。さっきまでの自信はどこへ行ったのだろうか。我慢しきれなくなったのか、如月が口を開いた。

「どうかした??」

 …………すまぬ。洋平。作戦は失敗だ。

「あ、ああ、久しぶり。ははは、何でもないよ。いや、声かけてみただけ」

 暁はそう言って、無理な笑顔を作った。如月は更に表情を曇らせたが、すぐに表情を和らげ、「そっか」と言った。

 関わったとは言っても、小学校のとき何度か話しただけ。それだけの関係だった。無論、仲がいいわけでもない……暁は「じゃーな」と言って背を向けた。そして、そのまま店を出た。

「よぉ! おい! 上手くいったみたいだなぁ! 話はついたのか?」

 洋平がニヤニヤしながら暁に近付いてきた。暁は、浮かない顔をして嘘をついた。興味がなくなった――などとは言いたくなかったのだ。せっかく自分をイケメンにしてくれた友人の前で……。

「なんか、気にしてなんかないってよ。全然、余裕だってさ。霊なんか知るかッて感じだった」

「…………え?」

「だからさ、俺たちの出る幕は無いみたいだわ。ま、そゆこと……家に戻ってゲームでもしようぜ?」

 帰ろうとする暁の腕を、洋平がグッとつかんだ。その力強さに、暁は固い意志のようなものを感じた。

 洋平はいつになく真剣な表情で、暁の顔を一瞥した。

「何があった? お前らしくねぇ……まさか、冷たい待遇を受けたのかい?」

 ……そうじゃない。

「もういいよ、帰ろう」

「あんなに乗り気だったじゃねぇか、どうしたんだよ!?」

「……洋平。お前、わからねぇのか??」

「は??」

「ここまで協力してもらって言うのはなんだが、俺は今目が覚めた」

 洋平は、何が何だかわからない、という風である。

「何が言いたい?」

「……如月がよ、どんな思いをしていようが、やはり俺には何の関係もないんだ。それに、告ったら死ぬんだろ? そんな危険な女に恋愛感情など、もはや、ない」

 そこまで言うと、暁は洋平の表情をうかがった。洋平は至って普通の表情をしていた。部屋に転がっている参考書を見るかのような目つきである。暁は、申し訳なさそうに顔をうつむけた。自分が勝手を言っていることは、重々承知の上である。

「わかったよ。そうゆうことか…………つまりお前は、どうでもよくなったってことか。まぁいいぜ?? 元はと言えば、お前がアイツを救うとか言い出したのが始まりだもんな。興味がなくなったんなら、それでいいよ。確かに、よく考えれば、俺らが関与するような問題じゃねぇし……」

 洋平はそう言って、ようやく腕を離した。そしてコンビニに背を向け、スタスタと歩いていった。暁もそれについていった。

 ……俺らは関係ないんだ。何をヒーローごっこ紛いなことを……。

 暁は呆れた表情で、とても、とても小さく笑った――――そのときだった。

「ねぇ、ちょっと!」

「…………んん?」

「待って!!」

「おお?」

 洋平が先に振り返り、次に暁が振り返った。

 そこには、制服にエプロン姿の如月愛が立っていた。暁は目を丸くした。

 如月は、暁の腹の辺りを指差し、こう言い放った。

「それ、アタシのだから、返して!!」

「…………????」

 暁は戸惑った。下を見ても、どれも暁の装備品に他ならない……ベルト、ジーパン、Tシャツ、全部、暁が着てきたものだ。

「後ろ後ろ、ズボンのポケットよ! ペンがあるでしょ」

 暁は後ろのポケットに手をはわせた。すると、何かある。抜き取って顔の前に持っていく……シルバーの細いボールペンだった。こんなもの、入れた覚えはない。

「それ、アタシの。返して」

 そう言って、ピッとボールペンを奪い取ると、如月は不振な表情で暁と洋平を交互に眺め始めた。暁は尋ねた。

「そのペン、なに?」

 如月は考え込むようなフリをしたあと、すぐに表情をほころばせ、先ほどのペンを顔の前にやって、こう答えた。

「これはペン型盗聴器……あんたたちのさっきの会話、ぜーんぶ聞かせてもらったわ?」

「…………な」

「色々と面白いことを言っていたわね。幽霊がどうの、告白したら死ぬだの、アタシを救うだのなんだのって……」

 ……驚いた。全部、盗聴されている。

「外崎クン、アタシのこと好きなの? うふふ、ごめんなさいね。アタシはあなたに興味ないわ……ところで、あんたたち何? あら、坂本クンまで! おひさ」

「あ……久しぶり」

 暁は率直に思った。この娘、こんなよく喋る娘だったのか?

「あんたたち、何を企んでたわけ? 教えて」

 洋平が暁の横に歩み出た。

「俺たちは、君が霊に呪われているんじゃないかと思って直接話をしにきた」

「…………霊?」

「君に告白した人間は四日後に死んだ……交通事故で」

「…………」

「しかし、よく考えたら、関係はない。君は呪われてはいない。偶然にすぎないんだ」

「…………アハッ」

「……!?」

 如月は、口元に手をやり、笑い出した。笑う意味がわからない。暁と洋平は、如月が被害妄想に苦しんでいるのではと疑っていたが、先ほどからの言動で、それが違うということが証明されている。彼女は、予想以上に明るいようである。

「何で笑ってんだよ」

 暁が聞いた。

 …………何か、俺たちは大きなミスを犯している。暁にはそう思えてならなかった。

「アハッ……面白い、だって、ここまでうまく騙されてるなんてね、笑っちゃうわよ」

「だ……ま……??」

「あんたたちもみんなと一緒。大馬鹿……てゆーか、何で今頃そんな話題出すのよ。まぁいいけど、とにかく、まんまと騙されてるわよ、アハハハハ」

 洋平は眉間にシワを寄せて、更に一歩前に出た。

「何だ……何が言いたい?」

 如月は笑顔のまま答える。

「幽霊話も、あのテディベア好きの少女の話も、まるで単なる作り話。久しぶりに笑えたから教えてあげる……アタシが全部仕組んだのよ、何もかも」

 …………何を言っているんだ、この女は……理解できない!

「アタシ、告白してくる男ッて、嫌いなの。大ッ嫌いよ……『愛』のアの字も知らねーヒヨッコが、舐めた真似してくれるのよね……覚悟もないくせにさ」

「何なんだ?」

「全て、うまい辻褄合わせのためなのよ? ふふ……」

「はっきり言え」

 洋平が迫った。如月の顔から笑みが消えた。そして、無表情に彼女は言い放った……。

「アタシがあの二人を、殺したのよ」



‐2‐


 洋平の部屋には、奇妙な雰囲気が漂っていた。つい先ほどの会話を、真摯に受け止められない。一見して、荒唐無稽だと思われる如月の話は、一概には嘘だとは断定できなかった。

 テディベア好きも、少女の話も、全て、如月が呪われていると思わせるために彼女が流したデマであった……と、いきなり言われても、容易には信じられないのだった。

 洋平は麦茶が入ったコップを横から眺めながら言った。

「もしも、如月の言うことが真実なら、如月を救う必要などない……」

 そんなことは、二人にとっては今更どうでもいいことだった。しかし、敢えて洋平はそれを確認したのだ。彼にも、他意はなかった。暁が口を開く。

「考えるべきは、如月の言うことが本当か嘘かだ」

 二人は、先ほどの如月との会話を思い出していた……――――


『……殺したって、お前が?』

 暁は、半信半疑で尋ねた。この女が醸し出す異様な雰囲気……嘘を言ってるようには思えないが……。

『そう、アタシが殺ったの』

『…………』

『嘘はついてないわ。うふふ、でも、信じられないわよね? 信じなくていいわよ。だって、こんなの、どうだっていい話……』

『なぁおい』

 暁は携帯電話を取り出した。

『殺したのなら、君は殺人犯ってことだろ? 警察に言ったのか?』

 如月はまた笑い出した。

『アハッ……何言ってんの? そんなことしたら、アタシ捕まっちゃうじゃない??』

『落ち着けよ……殺しただと? 嘘臭ぇにもほどがあるな。ウケ狙いか?』

 洋平が威勢良く言い放った。

『そんなことアタシに聞いてどうするの? アタシが何を喋ろうが、証拠なんかどこにも無いんだから、ただの絵空事にしかならない……この会話自体がさ……違う?』

 如月は、面白そうなものを見る目つきで暁と洋平を見つめながら言った。暁は、それでも聞いた。

『それでもいい。嘘かホントかもどうでもいい。あの二人ッて、君に告って死んだ二人のことだろ? 死因は交通事故だ。君が交通事故に見せかけて殺したッてのか?』

 暁は一気にまくし立てた。如月は会話に飽きたのか、その場で携帯をいじりながら答えた。

『そーそ。交通事故に見せかけた、ただの殺人。朝飯前よ、警察の目をかいくぐることなんて』

 如月は、携帯画面に夢中、といった風だ。洋平も暁も、何も言えなかった。如月の頭がおかしいとしか考えられなかったのだ。如月は、そんな二人の視線に気付いたのか、顔を上げ弁解しだした。

『ちょっと! 何その目? 頭おかしいと思ってんでしょ。や~ね、もう……アタシはまともだから! 本当にアタシが殺ッたの!』

 笑顔でそんなことを言ってくる。

『証拠は?』

 という洋平の言葉に、またも如月は吹いた。

『だーかーら! そんなの存在するわけないでしょーが? 坂本クン、自分の存在証明できる? 無理でしょ、自分の存在すら証明できないくせに、他のことに……』

『どう殺したんだ!?』

 暁が如月をさえぎった。如月はジッと暁を睨んだあと、こう答えた。

『…………それは言えない』

『…………何故?』

『暁、もういい。帰ろう、帰ってスマブラでも……』

 呆れた表情の洋平を、暁は腕だけで制した。暁は、真剣な表情で如月の返答を待った。

『話してくれ、君が苦しんでいるなら、救いたい』

 そんなことを真剣に言う自分を客観視すると恥ずかしくなってくるが、今の暁には関係のないことだった。如月は、ニヤニヤするのを止め、至って平凡な表情で暁を見つめていた。そして、彼女は口を開いた。

『何も苦しんでないから。バイバイ。アタシバイトだし』

 そう言って、彼女は行ってしまった。…………少なくとも、彼女は苦しんでいるようには見えなかった。むしろ、人生を満喫しているような、そんな愉快さすら感じとれた。だから、自分たちが出る幕なんてない。もう、おとなしく引き下がるしか……。

『あの、待って!!』

『…………え?』

 コンビニのドアに手をかけたちょうどそのとき、背後から声がした。如月は、ムスッとした表情で振り返った。

『なんかよう?』

 目の前には、にやけた暁が立っていた。携帯を差し出し、こんなことを言った。

『メアド教えてくれない?』

『…………』

『いや、なんつうか、もっと君と話してみたくて』

『…………』

『だ……ダメ?』

 如月は、ほんのちょっぴり顔を赤らめ、まんざらでもなさそうに携帯を取り出した。

 二人は赤外線でプロフィールを交換し終え、普通に別れた。その様子を見て洋平が、『おいおい』などと言っていたが、結果的には作戦は成功したのだ。まずは、コンタクトを取ること、それは成功した。

 それから口数も少なく、暁と洋平は帰路についたのだった。



「どうなんだろう」

 暁が漏らした。

「何が??」

 と洋平が。

 暁はスマブラの用意をしながら、

「決まってんだろ。彼女の話が本当か嘘かだよ」

 と言った。

 洋平は、もう麦茶を三杯も飲んでいた。そんな洋平を見て、暁が「飲みすぎだぞ」と注意した。しかし、それでも洋平は、四杯目を注ぎ足した。

「どうかしたのか?」

 ゲームキューブの電源を押しながら、暁が心配した。洋平はすぐに飲み干し、五杯目を飲みにかかった。

「おい?」

 洋平の様子がおかしい。おちゃらけたオープニングムービーが流れる中、暁は洋平の異常を察知した。息遣いが荒く、彼の両目は赤く充血していた。その目は、先ほどから一点に集中されていた……何を見ているのだ?

 暁は洋平の視線の先を見やった。そこには……窓があった。晴れやかな空を映している。

「おい、どうした」

 洋平は、六杯目を飲み干すと、ようやく窓から目を離し、暁と目を合わせた。そして、洋平は震える声で言ったのだ。

「やべえ……見ちまった」

「……見た? 何を」

「白い服の女だよ……!! 俺、呪われてんのかな?」

「え? 窓に?」

「ああ」

 暁は窓に近付いた。洋平がブツブツとこんなことを言う。

「……じーっとうかがっていやがった…………そこから……あぁ……」

 暁は窓を開けて確かめたが、白い服を着た女など、当然いなかった。何故ならここは、二階だからだ。

「…………」

 暁は学習机に寄りかかり、肩の力を抜いた。色々と整理したいことがあった。一方、洋平は「ううう」とうなりながら、頭を掻いている。どうやら、幻覚の女に怯えてるようだ。暁はしばらく考え込んだあと、スマブラをやりだした。それにつられ、洋平もうなりながらコントローラーを手にした。九時になった辺りで、二人はようやく満身創痍、コントローラーを手放した。ゲームのやりすぎで妙なテンションになっていることに暁はまったく気にも掛けなかった。窓からは綺麗な夜空が見えた。洋平はテレビの前で倒れ込み、ピクリとも動かない。暁は如月にメールをした。

「……きさ……ら……ぎぃ」

 暁は黄昏た。脳内麻薬の分泌量がハンパではなかった。まるでドラッグを使用したかのごとく脳内は異常をきたしていた。暁はまどろみ状態の中、メールの受信音を聞いた。

 如月がメールを返してきたらしい。


 明日は無理

 今から朝方にかけてなら

 暇だけど

 十時までに今日の

 コンビニに来て


 暁はこの文字列を見て、騒いだ。「イエイ、ヨオ」と、何度も繰り返した。しかし、どうにも足取りが覚束ない。それに少し頭痛もした。暁は踊るのを止め、ベッドにドスンと腰を下ろした。脳内麻薬のせいで、正常な思考判断ができなくなっていた。気付けば、ボ~ッとしていた。何気なく時計に目をやると……しまった。もうこんな時間かよ!!

 暁は急いで身支度をし、一足先に眠りについた洋平を部屋に残し、坂本宅を出た。外は真っ暗だった。暁は走った。



 十時十五分――――暁は息を切らしてコンビニに着いた。駐車場には、如月が待っていた。

「十五分遅刻」

「ご、ゴメン」

「いいわ。じゃあ来て」

 如月は歩き出した。暁が後ろから声をかける。

「ま、待て!! どこ行くの?」

 如月は振り返り、事も無げに

「ん、アタシんち」

 と言った。よく見るとツインテールがポニーテールになっている。

「こんな外で話すのヤダから。外崎クンちもヤダから、うち」

「…………」

 こんな夜遅くに、大した親交もない若い男を家に上がらせる娘がいるだろうか? それとも、何か企んでいるのか――

「心配しなくていいよ」

「……え?」

「アタシ……強いから、外崎クンが変な気を起こしても、全然余裕だから」

「…………変な気?」

「アタシみたいな可愛い娘と部屋で二人きりになったら、大抵の男は我慢できなくなっちゃうでしょ? でもアタシ強いから……結構武闘派なの」

「…………はぁ」

「まぁいいわ。ところで話ってなに?」

 さっきから、一度も後ろを見ずに如月は喋っている。後ろを歩く暁には、彼女がどんな表情でいるかわからない。

「電話すればいいものを、わざわざ会ってまでしなきゃいけない話って……なに?」

 含みのある聞き方だった。

 暁は思い切って尋ねた。

「君が何者か知りたい」

「…………」

 前を歩く如月は、振り返らない。暁は続けた。

「ただのほら吹きか……」

「………………」

「謎のベールに包まれた女なのか……」

 如月が立ち止まった。しかし、振り返らない。暁も立ち止まる。暁は如月が喋り出すのを待っていたが、一向に喋る気配がないので、自分が口を開くことにした。

「君が……ただのほら吹きなら、そう言ってくれよ。もしそうなら、もう興味はない。だが、違うなら……」

「知りたい? アタシの実態」

「!!」

 如月が僅かに首をひねらせた。首のラインが際立って美しい。

 真っ暗な歩道……さっきから、車は一台も通らない。不気味な静けさが辺りを包んだ。

「………………俺はただ、知りたいだけ……お前からは……今までとは違うモノを感じる」

 暁は、ありのままの感想を述べた。何故、この女に惹かれたのか、どうしてなのか。それがわかったとき、暁の脳内にある言葉が浮かび上がった…………今、目の前にいる女、昔から秘めた魅力を持っていた女……初めて会ったときに得たインスピレーション……この女は!

「一体……お前……!!」

「ふふふふ」

「!?」

 如月は、ゆっくりと振り返った。暗くて表情は見えないが、笑っているのはわかった。如月は、一歩、暁に近付いた。コツ――と音がした。

「アタシが何者か……面白いわね、外崎クン、感じちゃうなんて」

「……」

「アタシは……――――」

暁の額に、黒光りする銃口が突き立てられた。

「なっ!?」

「アタシは、殺し屋なの」

 カチ――という音を、暁は聞いた。



‐3‐


「ちょ…………」

「サヨウナラ、外崎クン」

「ちょ、まっ…………!!!!」

 ――ガァアン!!

 暁は倒れた。如月は暁に向けて、発砲した。しかし、それは――

「何寝っ転がってんの? 空砲よ」

「…………………………え」

 暁は額の辺りに指をはわせた。穴は開いていなかった。無論、出血もない。生きている。

 暁は、自分が助かったことを知ると、ふぅーと安堵の息を漏らした……が、すぐにパニックに陥った。暁は手足をばたつかせ、なるべく如月から離れようと体を動かした。動悸も激しく、逃げること以外に脳は思考しない――暁の『生』への欲求が大胆に露出された瞬間だった。何か言おうとしたが、言葉にならない。

「わっい……ぅあぁ!!」

「なあにぃ? 何て言ってるのかしらぁ? あははっ」

 如月は銃を暁に向けて、ヘラヘラと笑っていた。如月は暁との距離を一気に詰め、暁の上に馬乗りになり、暁の口の中に銃を突き刺した。

「ああ…………ああああ!!」

「アハハハハハ」

「ああアあああッ!!」

「可愛いそうな外崎クン……もう逃げられない」

「あえぉーーッあぇおッ」

「ん? やめろって言ってるの? わかったやめるわ」

 如月は暁の口から銃を抜き出し、立ち上がった。暁は、それと同時にバッと立ち上がり、息を切らして如月を睨んだ。それが精一杯の威嚇だった。如月は銃を腰にしまい、そのまま暁に背を向け歩いていってしまった。暁はその場にへたれ込み、息を整えた。

 …………落ち着いて考えるんだ。今、俺がすべきことは…………。

 しかし、先ほど殺人の被害者になり損ねたのがショックで、考えようにも脳がうまく作動しない。断片的な映像が、脳内で展開されては、思考は途切れた。

「ハァ……ハァ……」

 暁は立ち上がった。見ると、如月が小さく見えた。車がライトをビカビカ光らせ、暁の横を通り過ぎた。

 …………あの銃、ホンモノか!?

 遠くから、如月の声が小さく聞こえてきた。

「……おーい、うちこないのー??……」

 …………行けるか!! あんなことされてッ!!

 如月が遠くで手を振っているのが見えた。暁は決断しなくてはいけない。これから闇の世界に足を踏み入れるのか、戻って洋平とゲームキューブで遊ぶのか。だが、既に暁の答えは決まっていた。

「てめぇこのッ如月ッまちやがれコノッ」

 暁は再び走った。如月の元へ――…………。



「ここがうち」

 あれから結構な距離を歩きたどり着いたのは、人気のない場所にたたずむひっそりとした一軒家であった。これといって特徴のない、二階建ての普通の家。もうすぐ夜の十一時になるというときに、JKの住む家へ上がるのは初めてであった。暁はそれなりの緊張を覚えた。

 家の中は真っ暗だった。どこにも電気が付いていないかのような、そんな感じがした。

 暁は尋ねた。

「親は?」

 如月は暗闇の中階段を上っていった。

「今仕事で海外だから、アタシ一人だよ」

 海外で仕事をするとは、きっとそこそこの職には就いているんだろう。

「Martin Max (マーチン・マックス)だっけな?」

「ん?」

「父さんのターゲット」

 なるほど、そういうことか。そこそこどころじゃねぇな。親子揃って殺し屋か。

「き、如月」

「何?」

「教えてくれ。俺はどうなる」

 階段を上り終えると、長い廊下に出た。両側にいくつものドアがあるのを、薄暗い中確認できた。その中でも一番奥、廊下の突き当たりの部屋が父の部屋であると如月は教えた。如月の部屋は父の部屋に向かって左側の奥から三番目のドアの向こうにあった。ドアが開かれると、溢れんばかりの光が漏れた。初めから点いていたのだろうか。

 入ると、そこはさっきまでとは打って変わっての別世界――――滅茶苦茶ファンシーな、女の子ッて感じの部屋だった。壁紙が薄いピンク色である。暁は意味もなくドキドキした。

「何そわそわしてんの? やめときなさい。死ぬわよ」

 ただ突っ立っていただけなのに死ぬとは、タダ事ではない。暁は更にそわそわし出した。

「――あ、そーだ、確かこの辺にぃ~!!」

「……ん?」

 如月は、様々なモノとモノで形成されたゴチャゴチャの層の中をあさり始めた。とゆうか、今気付いた……この部屋は、多少いや、かなり、汚い。この女、典型的なモノが片付けられない女なのか?

 辺りを見回していると、本やらCDやら、丸められたゴミクズやら、様々なモノが散乱している。よく見れば足場などほどんど、いや、ない。気付けばもう、何かを壊した音が足下から聞こえてくるではないか……。しかし、それにしても、部屋が汚い割りには、清潔な香りがする部屋だった。

 暁は笑った。どんな恐ろしい兵器の立ち並ぶ部屋かと思いきや、よく有りがちな(あまりないが)ただの汚い部屋であった。暁は、不意に母の言っていたことを思い出した。「部屋が汚い女の子とは結婚しちゃだめだからね」……この女とは、部屋が汚いとかゆう以前の問題で無いと思うが……。

 そんなどうでもいいことを考えていると、ふとある物に目がいった。それは『殺人術』と書かれた本の上に寝そべっていた。黒光りするそれは、先ほど口の中に入れられたモノと同じモノだった。そう、ピストルだ。暁は、何かを探す如月に目をやった。

 ……この女、マジで……。

 バキキ

 しまった。カセットを踏んで壊してしまった。暁は焦り、もう一度如月の方を見た。まだ、しゃがみ込んで何かを探している。今のうちにどこか安全な…………あった! あそこなら安全だッ!!

 暁は、部屋に唯一置かれた三脚椅子に向かって恐る恐る歩を進めていった。背後で「あれーどこー?」という声が聞こえた――そのときだった。何かが足に絡まり、暁は大きな破壊音を響かせ、大転倒した。彼女に殺されないことを祈りながら、暁は自分の足に絡まったモノに対し、怒りの感情を露わにした。そんなことをしても意味はない。しかし、他に怒る対象はない――――暁は足に絡みついたモノを手でつかみ、顔の前にぶら下げた。……布? いや ……これは! 暁は上半身だけ起こし、それの端と端を指でつまんで顔の前に展開した。

 ……おう、まい、ゴッド。

 それは、ピンクと白のシマシマの、可愛げのある小さな赤いリボンが正面に装飾された、そう、如月のパンティだった。

「どうしたの?」

 と如月は振り返り、パンティを眺める暁を見た。暁は如月の視線に気付き、そのパンツを放り投げた――そのとき、既に暁は死を覚悟していたが、このあと更なる悲劇に襲われるとは……。悲しいことに、放り投げられた如月のパンツは、暁の頭上を舞い、重力によって下降した――暁の頭部目掛け!

「なんてプレイしてんのよ!」

 と言って、如月のパンツを頭から被った暁に、如月はサッカーボールを投げ飛ばし裁きの鉄槌を下した。「ままま待て誤解だばぁ」と言って、暁は顔面に飛んできたサッカーボールを食い込ませ、その場に倒れた。「しかもそれ今日アタシがさっきまで履いてたやつ!」という恥ずかしそうな声と共に暁の元に届いたのは、宙を舞う二冊の百科辞典だった――このままでは致命傷を負うだろうことを理解した暁はまず頭に装着された如月曰わく今日さっきまで履いてたやつを乱暴にむしり取り、顔面をボクサーみたいにガードした。そのお陰で、腕に多少のダメージは負ったものの、顔面へのダメージは避けることができた。暁は敢えて何も喋らず、気絶しているように見せかける作戦に出た。それが最も安全だと思ったからだ。

 しばらく倒れたままでいると、暁の視界に如月の顔が映った。――次は何だ!? と身構えたとき、暁の顔の前にペットボトルが差し出された。

「はいこれ、飲めば?」

 如月のその笑顔からは、危険は感じなかったため、暁は上半身を起こしてペットボトルを受け取った。

「…………まさか、さっきから探してたの、コレ?」

「うん! この前買ったやつ、それおいしいよ! 飲んでみて」

 暁は見たことないラベルに多少の不安を感じながらも、中の透明の液体を飲んだ。

「……あ、うめえ」

「でしょ?」

 如月は立ち上がり、歩く度にバキバキという破壊音を立てながら、ベッドに向かっていった。そういえば、昼間は制服だったが、今は私服である。私服もなかなかおしゃれだ。膝下までのジーンズに、可愛いロゴ入りの半袖Tシャツ。暁は如月に見とれた。やはり、可愛い。

 ……こんな娘が、殺し屋だなんて。

 しかし、暁にとっては、それで良かった。暁はこのつまらない毎日から抜け出したいといつも思っていた。何か特別な、他と違う体験をしたかった。それを叶えてくれそうな人間が、目の前にいる。

「…………アタシってさ、こんなんだから、友達いないんだよね」

 如月は浮かない顔をしてそんなことを言った。暁は敢えて反応しなかった。

「ううん、ウソ。ホントはいるけどね、でも、なんてゆーか、形だけの友達ってゆーかさ、親友ってゆうの? そういう人、いないんだよね」

 暁はジュースを飲んだ。わざとらしく。

「でもしょうがないよね。だってアタシは……殺し屋の娘。アタシ自身も殺し屋……アタシのこと理解してくれる人なんて、いないの」

 暁は聞いた。別に興味があったわけではない。相槌代わりである。

「親は? お父さんも……」

「じゃあ、外崎クンは親の愛情だけで満足できる?」

「…………」

「母さんはもういないし……兄さんももういないし……」

 暁は、まるで別世界の話を聞かされているような気分だった。母も兄も死んだというのか。暁は如月を気の毒に思った。

「だけどね、父さんからね、殺し屋はそういうもんだって教わってきた……だから、今更……」

 如月が悲しい表情を見せた。暁は言葉に窮した。

「アタシからすれば、そっちの世界が特別……わかる? ねぇ……」

「……わ……かる……よ」

 如月は立ち上がり、落ちていた銃を拾った。それを暁に向けて言った。

「はあ? おいっ!」

「外崎クン……あなたなら、仲良くなれるかも……でもね、母さんも兄さんも、それで死んだ」

「ハァ!? 待て待て!!」

「本当はあのとき……弾が入ってるかどうかなんて確認しなかったの。入ってたら入ってたでいいと思ってた……」

 暁はもう、何も言うことができなかった。

「アタシが告白してきた人間を殺してきた理由わかった? まさに今とおんなじ……」

 暁は必死に説得しようとした。

「待て……違うぞ。人を愛するのに、理由なんかいらないんだ!! 好きになっていいんだ!! 殺し屋なんて止めて……」

「もう遅いの!! 何もかも……これで本当にサヨウナラ……弾は入ってる」

「待てッ」

「アタシに人を好きにさせないで!!!!」

 ――――――

 ――――……パァン――!!!!



‐4‐


 時計の針は、十一時四十五分を差していた。寝起きの頭を抱えて、洋平は出しっぱなしだった麦茶をコップに注ぎ、喉を潤した……もう一度時計に目をやる。外の暗さから考えて、夜であることは間違いない。洋平は、暁がいないことに関して、さほど疑問に思わなかった。どうせトイレにでも行っているんだろうくらいにしか、考えていなかった。

 そういえば、と洋平はあることを思い出した。今日の夜は、両親が法事関係で家にいないのである。つまり、この家には今二人の人間しかいないということ……洋平はそう思うと、かえって息苦しくなった。家全体が静止しているかのように、そこは静かだった。空気が重く、湿っていた。

「………………」

 ……暁はどうしたんだ?

 洋平は妙な胸騒ぎを覚えながらも、部屋のドアを開け、廊下の突き当たりにあるトイレを見た。トイレのドアはほんの少しだけ開いていた。人が入っていれば、隙間から光が漏れてもいいはずだが、そこには暗闇しか存在しなかった。

「お~い! 暁!」

 洋平は無理に大きな声を出した。暁がこの家のどこにもいないことは薄々感じ取れていた……だがそれを事実として認めてしまえば、同時にもう一つの不気味な存在を認めることになってしまう。洋平はさっきよりも更に大きな声で暁の名を呼んだが、無論、返答はない。洋平は部屋のドアを閉めた。クーラーは寝る前から点いていたはずだが、今は止まっている……暁がけしたのだろうか?

 ガタン

 と階下で音がした。洋平はビクッと身体を浮かせ、部屋のドアの方を見た。自分以外の誰かが息衝く音が、どこからともなく聞こえてきた。洋平は唾を飲み込み、耳を更に澄ました。確かに聞こえてくる、人間では決して有り得ない、息遣い。

 洋平は、数ヶ月前と同じ冷気を右の頬辺りに感じた。その瞬間、全身に鳥肌が立ち、洋平は息をするのも忘れてソレの存在を認めた。

 ……オーケイ。来るなら来い。

 洋平は深呼吸をしてから、三六〇度部屋を見回した。階下での音が激しさを増したが、お構いなしに携帯を探した。それが命綱だった。

 徐々に音は近付いてきた。それと同時に、低いうなり声が抑揚を利かせて響いてきた。洋平は携帯を見つけると、すぐに暁の番号をプッシュした。

 バタン

 と部屋のドアが開かれた。誰もいない。しかし、奴がすぐ近くにいるのはわかった。暁の番号をプッシュし終えたそのときだった……部屋の電気が消えてしまった。そして、音という音が全くしなくなり、聞こえるのは、携帯のコールだけだ。洋平は、窓際に行き、夜空を見渡した。他に明るいものがなかったからだ。しかし、背後で「ふふふ」という笑い声を聞いたとき、洋平の思考は一点に絞られた。

 ……如何にして、恐怖を捨て去り、奴と対峙するか。

 洋平は、数ヶ月前に自分がやったことを思い出しながら、振り返った。案の定、暗くて何も見えなかったが、関係なかった。奴が触れてきたら、腕をつかみ、また殴り飛ばすつもりだった。十回コールしても暁が出ないため、洋平は電話を切って携帯を投げ捨てた。

 ……ほら、こいよ、決着つけにきたんだろ?

 洋平は、闇の中を蠢く白い影を、その目でかすかに捉えていた……。



 暁の頬から、薄くナイフで切ったかのように、血が流れ出た。発砲音を間近で聴いたため、耳の中でキィーンという音がする…………暁は、ただただ、真摯な眼差しで如月の目を見つめていた。彼女は、発砲する直前、わざと銃口をズラした。暁に当たらないように……。

 如月は泣きそうな表情でその場にへたり込み「ううう」と声を漏らした。

 暁は理解していた。彼女に自分がかけてやれる言葉などないということを。如月は小さな声で「ゴメンサナイ」と繰り返している。その手には、暁に向けて放たれた銃が握られていた。暁は立ち上がり、時計を探した。しかし、この部屋には、残念なことに時計はないようだった。暁はポケットから携帯を取り出し、時間を確認するため、画面を開いた。

「…………着信? 洋平?」

 何故か、洋平という文字を見たとき、暁は妙な胸騒ぎを覚えた。彼の身に何か良くないことが起こった……予感がした。

「あの、如月」

「ぅ……う……う」

 如月は顔を伏せて泣いていた。暁はしかし、行かなくてはならない。嫌な予感がする。

「如月……俺、もう行くわ」

「…………うう」

「じゃあな……」

 暁は部屋のドアに手をかけたが、そこからしばらく動かなかった。如月を見ては手に力を込めようとし、ためらう。それを三回くらい繰り返して、ようやく決心がついた。

 暁はドアノブから手を離し、如月の元に歩み寄った。そしてしゃがむ。

「…………如月」

「…………何?」

 如月は顔を伏せたまま返答した。

「頼みがある……」

「…………何?」

「一緒に来てくれないか」

「…………え?」

「嫌な予感がするんだ……洋平に何かあったかのような」

 それから三十秒間程の沈黙があったが、遂に如月は顔を上げて言った。

「わかった。行くよ」

 暁は笑顔で礼を言い、立ち上がった。

「行こう」

「うん」

 二人は家を出た。



 洋平の家に着いたとき、既にそこはもぬけの殻だった。

「クッソ! やはりか! 遅かった……」

 暁は床に投げ捨てられた洋平の携帯を見て、怒りを感じた。洋平のコールにどうして気付かなかったのか、今更悔いても仕方がないが、他にどうしようもない。こんな時間に、しかも家に携帯を置いてどこかに出掛けるわけがない。考えられるのは……。

「ねぇ……鍵も開きっぱなしだし、家中どこにもいないし……これッて、誘拐?」

 そう言ったのは、不安げな表情を見せる如月だった。

「……嫌な予感がしたんだ」

 暁は、座り込みながら独り言のようにそう言った。

「警察呼ばないの?」

 と如月が。

 暁は言った。

「いや……目星は付いてる」

 暁は立ち上がった。

「何なの?」

「こっちだ」

 暁と如月は家を出て、駐車場にある洋平の自転車を車道に出した。

「あ!鍵がかかってやがる」

 すると、如月はナイフを取り出して、鍵穴にそれを突っ込んだ。暗くて良く見えないが、ガチャガチャという音は聞こえてくる。三十秒もしないで鍵は外れた。

「サンキュー如月! 後ろ乗れ!」

「え?」

「早く!」

 言われるままに如月は後ろに乗った。暁には、暗くて如月の表情は見えないが、彼女が恥ずかしそうにしているのがわかった。恐らく、こんな体験初めてなのだろう。男と自転車を二人乗りするなんて……だが、それは暁にも言えることだった。女子を後ろに乗せて走るのは、これが人生初なのだ。

 暁は一気に自転車を飛ばした。夜中であるため、車もほとんど通らない。風が二人の髪を巻き上げた。如月は、振り落とされないように、しっかりと暁の両肩をつかんでいた。暁は夢中で自転車を漕いだ。目的地は……

「ねえ! どこ向かってるの?」

「廃ビルだ!」

「…………ねぇ」

「ああ?」

「もしさ、もしアタシが殺し屋でもなんでもない、単なる妄想おバカ女だったら、アタシについてこなかった?」

 暁は少し考えた。でもすぐに答えた。

「多分なぁ!」

「…………ふーん」

「どうして!?」

 如月は少し考えた。しかしすぐに返答した。

「別にぃ~~!!」

「…………あーそうかよ!」

 次の突き当たりを曲がると、廃ビルが見えてくる。

 暁は一応聞いた。

「なぁ!!」

「んん?」

「如月ッてさぁ! どんくらい強いわけ?」

 これから如月に戦ってもらう相手は、よもやすれば幽霊なのだ。弱かったら困る。

「んー……。父さんはどこに出しても恥ずかしくない一流なんだけど……アタシも今まで何度も仕事こなしてきたし、かなり強い方だと思うけど」

 最後の方は、声が少し小さかった。暁はだんだんと不安になってきた……。

「不良三十人くらいなら、素手でも勝てるわ」

 とても心強い言葉だ。暁は安堵した。

 気付けば、もう廃ビルの前まで来ていた。如月が叫んだ。

「あっ! 上!」

「え……」

 屋上には、白い服を着た何かがぼんやりと見えた……アレが洋平の言っていた霊か。

 暁と如月は自転車を降りると、すぐに中へと入った。暁は入ったことがないため、階段がどこかすらわからない。そもそも、周りは三六〇度暗闇なのだ。

「こっち!」

「――――え」

 暁の手を如月がつかんで走り出した。JKと手を繋いだのも、人生初である。

「何度か肝試しに来たから」

 そう言って、更に如月はスピードを上げた。それにしても、こんな恐ろしい所にたったひとりで入り込み、花火まで上げた洋平は最強だな……と感心していると、あっという間に屋上に出る扉の前に着いた。背後から低いうなり声が響く――如月が扉を開けた。

 ビュウー……――――

 と強い風が吹いていた。如月は「スカート履いて来なくて良かった」などと漏らしながら、辺りを見回している。良く見れば、中心に誰か倒れているではないか。

 ――――あれは!

「洋平!」

 暁が走った。風が強い。昔、誰かに聞いた。霊が出る前は、風が強いと……。

「洋平!」

 洋平は、肩を揺すっても目を覚まさない。呼吸もしていれば、ちゃんと心臓も動いていた。

「どう?」

 如月が心配そうに聞いた。

「どうやら……気絶してるみたいだ」

「ふふふふふふふ」

「!????」

 暁と如月は一斉に振り返った。一人……そこには白い服を着た女が立っていた。

 …………なんなんだ? コイツは!!

「ふふふふふふふ……ふ」

 強風が吹く中、女は、一歩一歩、こちらに近付いてきた。如月はナイフを取り出し、女に向かっていった。

「き、如月ッ」

 如月と女は相対した。

 如月は口の端をほんの少し釣り上げて、ナイフを構え――――一言。

「容赦しないわよ」

 如月が動いた――!!



この小説『undecided』の作者、僕(raki)と竜司は中学時代の友人同士なのですが、高校生になった今でも、時々僕のウチに集まります。

そこで、よくゲームをするのですが、いつもは勉強なんかで忙しい僕らがたまにゲームなんてやるものですから、1時間を越えた辺りで、妙なテンションになるんですよね(笑)

この小説は、打ち合わせなしでリレーをする形式なので、僕らにしか判らないある種のネタが練りこまれていたりするんです。

今回の作中で暁と洋平がまるで狂ったようにゲームをやっているのはそんな背景があったり・・・。

今回の話がメールで送られて来た時は、あの妙なテンションをうまく再現しているな、と事情を知っている僕は密かに楽しんでいましたw

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