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新展開

 これまでのあらすじ


 月の綺麗な街に、ある二人の高校生がいた。

 初夏の候、大切な友を失うという過去のトラウマにより、鬱屈とした日々を過ごしていた高校生、外崎暁(とざきあきら)は堕落した日常から「脱出」すべく、部屋を飛び出した。

 その夜、暁はクラスメイトの一人である篠原亜美(しのはらあみ)に出くわし、明くる日から彼女が親友から依頼されたある事件の解決に協力することとなる。

 有名推理小説家、鬼頭火山。失意に包まれた彼の残した暗号をめぐり、暁と亜美は陳腐な日常を少しずつ色づけていく。

 そんな中、暁は気付き始めていた。篠原亜美の存在が、自らの運命を開いてくれていることに。円環のように同じ道を歩んできた運命が、徐々に螺旋の如く移り行く運命に変わりつつあった。

 同時に、暁の中で亜美の存在がかけがえのないものへと変わり行く中、事件は急展開を見せる。

 一連の事件が、一度幕を下ろし、終焉を迎える時、暁は運命を切り開くための、確かな一歩を踏み出していた。


 事件の疲れも癒えた頃、夏の長期休暇も始まり、世間はすっかり夏色に染まっていった。暁は七月が終わるまでの間、地元の田舎へ帰省することとなっていた。

 小学生時代を過ごした田舎に帰ると、暁は幼き頃の親友、坂本洋平(さかもとようへい)と再開する。

 満天の星空の下、常識を超えた物語が始まろうとしていた。


‐1‐


 坂本洋平(さかもとようへい)は空を見ていた。

 そこは砂浜、打ち寄せる波の音が心地いい。

 見上げていた洋平の目に、太陽の光の中から現れた大きな鷹の姿が映った。

 その鷹は、大きな羽根を羽ばたかせ、洋平の頭上高くを悠然と過ぎ去っていった。だが、それ以上は目で追おうとしなかった。

 洋平は、青く澄み渡った空を眺めて、その視線の先に在るであろう無限の宇宙を想像していた。風が砂を舞い上げ、洋平の髪をなびかせた。

 …………宇宙の外側には、一体何が在るのだろう。

 風は意外にも長く吹き続いたので、風上に横目で威嚇をした。それが功を成したのか、偶然にも風は止み、一瞬の静けさが訪れた。

 この一瞬にこそ、趣を感じさせる風情があった。

 全ての音が無くなったその時、洋平の思考もまた、停止した。

 止まった思考の中で見る海の風景は、実に、ゆっくりと動いていた。

 ザザーン……――――

 洋平は右を見た。

 波の音に混じり、何者かの足音が、右から自分に近付いてくるのを感じたからだ。

 洋平の目には、見覚えのある男の姿が映っていた。だが、同時に違和感を覚えた。

「……よう、洋平じゃねえか」

 男は洋平に近くで立ち止まり、そのまま右に顔を傾け、海を眺めた。

 洋平は事情を悟り、視線を海の方に戻した。

「帰ってきたのか……」

「まあな。ところでお前、こんなとこで何やってんだ?」

「海を眺めてたんだ」

 外崎暁(とざきあきら)は、洋平のあまりにラフな返答に、声を上げて笑ってしまった。

「よぉ、確かに海は綺麗だが、俺の話を聞かないか? あっちで色々あったんだ」

「……いいよ。俺も色々あったしな」

「そうか、楽しみだな」

 暁は笑ってみせた。



 高校に進学すると、以前とは違った自分を見せる人間が多い。それは、良い意味で違う場合もあれば、悪い意味で違う場合もある。

 洋平の経験上、ほとんどの場合が悪い意味で、なのだが……。しかし、暁と話しているうちに気付いた。暁は良い意味で変わったのだと。それは、小学校時代の暁の親友であった洋平にとっても、喜ばしいことであった。だが、逆に、それが意外であったことから、洋平は暁の話を聞くうちに、暁との距離を感じてもいた。置いてきぼりにされたような感覚に近かった。

 暁は、敢えて、暗い話は話題にしなかった。久しぶりに再会したのだ。テンションの低くなる話は必要ない。必要なのは、ハハハと笑い飛ばせる話であった。ゆえに、鬼頭火山(きとうかざん)佐藤静枝(さとうしずえ)の件については口に出さなかった。勿論、鳴海(なるみ)のことも。

二宮(にのみや)って奴がいるんさ。やべーんさ。女なんだけどさ、頭おかしいッつうか、天然なのかバカなのかわかんない感じの」

「ハハハ」

「くしゃみがサイレンサー付きの銃の音だし」

「ハハハハ、すげえな」

 時刻が昼過ぎになってきた。洋平は腕時計を見た。

「なぁ、これから暇か?」

 暁には、洋平が昼食を誘っているかのように感じた。断る理由もない。

「暇だな」

「じゃあ、もう昼過ぎだし、飯でもどうだ」

「ああ、どっか、新しくできたとことかあんのか?」

「あるよ。長座(ちょうざ)ラーメンッてゆう、結構評判のが」

 ラーメンと聞くと、暁の口の中で唾液が分泌された。キラキラと光るラーメンが目に浮かんできた。

「おお……ラーメン食いてぇ」

「よし、決まりだな」

 二人は浜辺を出た。

 暁は懐かしい町並みを眺めて、洋平に聞いた。

「お前、高校どこ?」

「外国語専門第二高等学校」

「え」

「ビビったか? この辺じゃあ一番難関とされる高校だ。偏差値ボーダーは七〇……」

「えぇ? ……すげえな、偏差値七〇!? てか、外国語ッて」

「……勿論、専門学校。外国語を専門的に学習するんだよ。普通の高校とはちょっと違うよ」

「ちょっと待て……何? 外国語ッて? 何語?」

「選択制なんだけどさ、一年生のときに全員必修で、英語、ドイツ語、ロシア語、中国語の4ヶ国語を習う。んで、二年生になったら、選択制になるんだけど、俺は英語コースッてのを選択した」

「??? 英語コース? 数学とか国語は?」

「勿論やるさ。進学高校より質は落ちるけどね」

「…………どんな学習すんの?」

「やっぱ将来性を見込んだ学習ばっかだなあ。通訳の資格とか、語学の教師とか……資格を取るための勉強が主」

「……へぇー、なんか、すごいな。お前、何になるんだ?」

「……通訳かな。まだ決めてないけど」

「ふーん……」

 そこで会話は途切れた。

 入り組んだ道を抜け、車の行き交う道路を渡り、静かな商店街を横切ッたところに、目的のラーメン屋があった。

 店内は賑わっていた。知った顔がいないかと、暁は店内を見回したが、いないようであった。店員に案内され、四人用の席に二人で座った。あまり大きな店ではないので、店内にいる客の顔がよく見える。やはり、知り合いはいないようだ、と暁は安堵した。キョロキョロして落ち着きのない暁を見て、洋平が、

「どうした? 知り合いでもいたか」

 とにやけながら。暁は、洋平に心の中を見透かされたような感じがして、少し腹の心地が良くなかった。暁が、水をグビッと一口飲むと、洋平が静かに口を開いた。

「この前よぉ、俺、心霊体験したんさ。怖いモノ知らずの俺もさすがにビビったぜ」

 洋平が怖いモノ知らずなのは、暁もよく知っている。この街の廃虚と化したビルに夜中に1人で入り込み、屋上で花火を上げたというのは有名な話だ。今では覚えている人間も極少数であろうが。

「何があった」

「……ちょうど、一ヶ月くらい前の話だ。その日の俺はなかなか寝付けず、夜中の三時だというのに外に出た。親にバレないようにそうッとな。夜中の空気は湿っぽくて、まるで肌にまとわりつくかのようだった。俺は補導を覚悟で、夜中の静かな街をひたすら歩いた。俺以外に外を出歩く人間はいなかった。聞こえるのは虫の鳴く音くらいだ。俺は、高い所に行きたくてあの廃ビルに入り込んだんだ」

 そこで、洋平は一旦話すのを止めて、暁の目を覗き込んだ。覚えているか? という疑問を投げかける視線であった。

「あの廃ビルッて、花火の?」

「そう、俺がガキの頃、花火を上げた、あの廃ビルだ……。何故、そもそも、何故、俺は外に出たのか、ハッキリとは覚えていない。ただなぁ、なんとなく、不思議な気分ではあった。気付くと、何にも考えてない自分がいたんだよ。ぼーっとしてるというか、無意識にというか。俺はあの廃ビルの階段を音を立てて登っていったんだ。もともと怖いとは思っていなかったからな、あんな所、怖くはなかった。……しかし、三階に着いた辺りでな、聞いたんだよ。廊下の奥の方で、女が低~く笑う、笑い声を! 心臓が少し痛んだな、あの瞬間だけは…………マジでビビったぜ。だが、だが俺は戻らなかった。さらに上に上がっていった。言っとくがな、勿論、光なんてどこにも無いんだぜ。三六〇度、視界は暗闇だ。真っ暗よ。だが目は徐々に慣れていくもんだからな、なんとか、見ようとすれば見えるもんだ。……俺は屋上に出てな、とりあえずビルの端まで行ったんだ。その時、背後で音がした。振り返ると、いやがったんだ。思わず声を上げちまったぜ……。白い服を着た女がよぉ!」

 暁は、そこまで聞くと笑った。暁は、洋平の話を信じていなかった。すると、洋平もつられて笑い出した。初めは小さく、徐々にオーバーに。

「ウソくせぇなぁ! オイ」

「ハハハハ! 騙されたか? なぁ、オイ」

「……はぁーあ、全然怖くねぇ」

「………………」

 洋平は、いつの間にか無表情で暁の顔を覗き込んでいた。

「…………え」

「…………フフ。お前さん、どうやら信じてないようだなぁ。この話、嘘偽りはどこにもないと、俺に証明することはできないが、全部、真実だよ」

「…………」

「続きを聞きたいだろ」

 洋平は暁の返答を待つことなく話を再開した。

「……実はな、白い服の女、俺は以前にも見たことがあったんだ。これはまだ誰にも言ってないことだ。そう、ガキの頃、花火を上げて戻ろうとしたとき、あの女はいたんだよ。全く同じ場所にな。そんときは、幻覚だと思い込んでたんだが、最近になってあれは幽霊じゃねぇかと疑うようになった。んで、眠れぬ夜がきて、偶然にも俺は高い所に登りたくなり、あのときと同じ場所に行ったんだ。……なぁ、偶然にしちゃあ出来過ぎてると思わないか? 俺は、あのとき、あの女に呼ばれていた……そう思うとしっくりくるんだな、これが」

 洋平の前にトンコツラーメンが運ばれてきた。暁は、自分が何も注文していないことに気付いた。「ら、ラーメン下さい」と慌てて店員に頼んだ。

 洋平は、ズズズーッとラーメンをすすった。実に美味そうな食べ方であった。暁の口の中に唾液がはびこった。

 洋平は、麺を飲み込むと、スープを口に運び、口の中を満足させた。暁は、洋平が話し出すのを待った。

「操られていたのではないか、と思うんだわ。俺は、尋常でない恐怖心を払いのけ、女に近付いていった。その女の顔は真っ青だった。俺は、腰が抜けそうになるのをこらえて立っていた。女と目を合わせてな。女の近くには、得体の知れない冷気が立ちこめていた。寒気さえ感じたほどだ。いつの間にか体は膠着して、全く動かなかった。逃げようにも逃げられない。女はだんだんと俺に近付いてきた。目は真っ黒で、思い出しただけで飯が食えなくなりそうなくらい気味が悪い……。突如、女は限界まで口をひきつらせた、身の毛もよだつほどの笑顔を作った。俺は、一瞬意識を失いかけたが、なんとか、声を出した。ただ、大きな声で呻いた。そして、手を動かした。あの女の顔を殴ったんだ。……豆腐を殴ったかのような、生々し過ぎる感触だったのを覚えてる。気付いたら、朝になってて、俺は廃ビルの屋上に仰向けに倒れていたんだ」

「……マジかよ」

「本当だよ。全て。まぁ、信じろとは言わない。どうだっていい話だからな」

 洋平は、チャーシューをひとつ箸で取って、口に頬張った。確かに、そんな話はどうでもよかった……――――暁は、洋平の言葉を、脳裏に何度も反芻させていた。



‐2‐


 洋平と別れたあと、実家に戻った暁は、学校の数学の課題に手をつけていた。

 これと言って、課題を急ぐ理由はなかったが、余りに暇を持て余していたためでもある。

 小一時間もすると、勉強にも飽きが差し、暁はベッドの上に転がった。懐かしの感触が、皮膚を通して暁を包んだ。実家に戻るのは、約一年振りだ。暁は、長い休暇の取れる夏休みにしか、実家に顔を出さない。

 窓の外を見ると、緑が美しかった。今日の天気は、晴れ晴れとしていて、風も穏やかに吹いている。こういった自然を垣間見ると、実家に戻るのも悪くないな、と思えた。

 暁は、何も考えないで、しばらくベッドに横たわっていた。こうしてぼーっとしているのも、なかなか悪くない。心地が良い。しかし、だんだんとそれは迫ってきた。ジワジワと暁の身体を蝕んだ。

「…………」

 暑さである。暁の部屋には、クーラーが存在しない。扇風機は、別の部屋にあるので、わざわざ持ってくるのも面倒だった。暁は、うなだれ始めた。仕方がないので、クーラーが効いたリビングに移動するしかない。暁は、ベッドから起き上がり、階段を下りた。そして、クーラーが効いたリビングに入ると同時に、表情をほころばせた――――涼しい! リビングには、暁の両親がいた。暁は、コップを取り出して、三ツ矢サイダーを並々と注いだ。それを一気に飲み干し、また注いだ。暁は、無類の炭酸好きだった。朝一番も炭酸なのだ。

「あー……暇だ」

 暁は家を出た。行くアテもなく、ただ、ぶらぶらと外を歩いた。しばらくすると、懐かしのコンビニが目に入ってきた。小学生の頃、よく洋平と行ったものだ。

「いらっしゃいませー」

 欲しいものはなかったが、とりあえず入ってみた。

 雑誌が置かれたコーナーを眺めていると、見覚えのある名前があった。


 鬼頭火山 自殺の真相


 水着アイドルが表紙の雑誌の隅に、そう書かれている。暁は手に取り、目的のページを探した。…………あった。

「…………!?」

 暁は、見出しの文字を見て、目を疑った。


 師 宮澤睦(みやざわあつし)のコメント


 ……まさか、言ったんじゃないだろうな!?

 暁は記事に目を走らせた。万が一ということもあり得る。自ら警察に言うなと口止めしてきた手前、真相を明かすとは思えないが……。

「………………」

 暁の心配は杞憂だった。宮澤は、暁に話したこととは全く関係のないことをコメントしたようだ。鬼頭の死を残念がるコメントが、全体の半分を占めていた。暁は、雑誌を棚に戻した。宮澤は、あくまでも真実を伏せる気でいるらしい。きっと面倒事が嫌いなのだろう。暁は、適当な少年コミックを手に取り、レジへと向かった。レジには、自分と同世代くらいの女がいた。よく見れば、なんとまぁ、小学生の頃の、暁の意中の相手ではないか。暁は、気付かないフリをして、目を伏せた。さっさとコンビニを出たい一心である。まさか、こんな所でバイトをしているとは……。

 暁は、千円札を持ったまま相手の顔色をうかがった。上目遣いで、こっそりと。女は「四五〇円です」と言って、暁と目を合わせた。髪は伸び、より大人の体になっていた。暁は、その瞳を直視できず、千円札を置いて、コミックをわし掴みにして、お釣りももらわず店を小走りに出た。暁は、外に出ると走って逃げた。

「……ハァハァ。なんてことをしちまったんだぁ~!! ハッハハ」

 心臓の音がうるさい。暁は振り返り、立ち止まった。

「ハァハァ……クッソ! なんであの女……ハア」

 今更ながら、自分の犯した行為を後悔した。俺はなんて恥ずかしい奴なのか、と暁は自分を戒めた。仕方なく、コンビニに歩いて戻る。なんて言えばいいのか?

「俺はもうダメだ。死んだ方がマシだ! ……なんてダサい奴なんだ………………ぜってーキモがられてる……」

「あのう」

「…………!!??」

 事もあろうか、バイト女子はお釣りを持って暁の前に現れた。暁は驚き、2センチばかり飛び跳ねた。

「あ、あ……あ、ありがとう」

「……ハイ」

 暁は、バイト女子が自分の正体に気付かないことを切に祈りつつ、お釣りを受け取った。バイト女子は、お釣りを受け渡すとそのままコンビニに戻っていった。

 暁は、クルリと体を回転させ、ふぅ~と一息。胸に手を当て、歩き出した。



 暁は鏡を見ていた。理由は簡単だ。己の容姿を再確認するためである。今までルックスに気を使うことはなかったが、このとき暁の心を何かが支配していた。いつかのときと同じ感覚……これは……。

「……これは……恋?」

 己の吐いたセリフに、苦笑いした。バカげてる。だが、何だろうか、この感情は……高校生になって、少しオープンになったとでも言うのだろうか。

 ……そう、暁は間違いなく、一目惚れしたのだ。近くのコンビニで働くバイト女子に恋をしたのだ。昔好きだった女子に再度恋愛感情を沸騰させたのだ。暁はノリノリだった。故郷に戻ったというアクションも引き金となり、暁はいつになくテンションが高かった。

「ようし…………ようしようしよう~~~~~~し」

 暁の恋愛経験は薄っぺらい紙の如くである。今までに付き合った女性の数は、ゼロ。たが、暁は決心してしまった。どこからともなく彼の心を高揚とさせるのは、まさしく予感。暁は一時のテンションに全てを委ね、ある目標を掲げ上げた。勇ましき目標だった。心踊る目標だった。暁は鏡の前で、両親に聞こえないように、小さく吠えた。

「俺は、如月愛(きさらぎあい)を彼女にするぜ!!」



 翌日、暁の部屋には坂本洋平と暁の二人がいた。

 洋平は、しどろもどろな暁の説明を聞き、何とかあることを理解した。

「……要するに、お前は、如月愛が好きなんだな?」

 回りくどい暁の説明の仕方に、若干腹を立てた確認だった。だが、言いたいことは伝わった。

「そうだ。だから協力してくれ」

 暁の冷静な表情を見て、洋平は呆れた。

「あのなぁ、暁」

「なんだ」

「目を覚ませ」

「え」

「お前な、アホか? 女なんかにうつつを抜かそうなどと……お前は何がしたいんだ?」

「言ってるだろ、さっきから。如月愛と………………付き合いたい……」

「何故?」

「知らん! 人を好きになるのに理由なんかいらないだろッ…………ハハハハ」

「ハハハハじゃねぇ。なぁ、お前はよく昔言ってたじゃねぇか。世の中下らないと、調子に乗ればロクなことがないと」

 洋平の口調は、まるで暁を諭すようであった。

 こんなことを真面目に話せるのは、暁と洋平が親友同士だからである。暁は、笑い混じりに、しかし、目だけは真剣な表情で言った。

「その通りだ。世の中は下らねー。何をしたって退屈なことばかりだ。俺はそう思って今まで毎日過ごしてきた。でもなぁ、そろそろここらでひとつ、バカをしてみてえという気持ちが、徐々に沸いて出てくんだわ。まるで、抑えてたもう一人の自分が、目覚めるように」

 暁はそこまで言うと、サイダーをグビッと飲み込んだ。

 洋平は頭をポリポリと掻いていた。

「わかるか、わかるはずだ。なぁ、そうやってよお、いずれ目が覚める。あー下らねーとな。こんなこと止めようッてな。それまでの退屈しのぎさ……俺が何を言いたいか、わかるか?」

「…………」

「つまり、本気じゃないってことよ。考えてもみろ。俺が正気を失うほど女に惑わされるわけがねぇじゃねぇか、な」

「………………あくまでお遊びか」

 多少皮肉の入った言い方だった。暁は、自分の発言が、男として最低であったことをきちんと認識していた。

「……まぁ、でもよ。付き合えたら、それはそれで、きちんとやってくつもりだ」

「ふっ。おい……わかってねぇな。そんな中途半端な野郎が、長続きするか」

「言ったろ。あくまでお遊びだ」

 洋平は立ち上がった。暁を見ないで、そのまま部屋のドアの方に向かって行った。

「おい!!」

「……俺んちに来い。お前のお遊びに付き合ってやるよ」

「え!! マジか!!」

 洋平の横顔は笑っていた。どうやら、暁の無謀な挑戦の手助けを勝って出る決意をしてくれたらしい。

「俺んちに行けば、クーラーもある。パソコンもある……ヘアーアイロンもある。ワックスもある。お前を改造できる。あの女がプロフをやってりゃ、色々わかる。まぁとにかく来い。そっからだ」

「洋平!!」

 二人は家を出た。



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