終熄
1章最終話です。
17話は7月3日から4日までに更新します。
遅れて申し訳ありません!
‐1‐
「ちょっとかっこよかったよ」
静枝を送った駅からの帰り道(何処に帰るのかもわからないが)で、後ろで歩いてた亜美が そんなことを言ってきた。
ちなみに竜司は自転車で来ていたので早々と自宅へ帰ってしまったわけだけれど。
「俺は何もしてないよ。晋也が……あいつが助けてくれたんだ」
「晋也が? へー……。どんな風に?」
「暗号を解いたのもあいつだし、真実を知って落ち込んでた俺に、事情を知らないくせに『やるべきことを考えろ』って活を入れてくれたのもあいつだ」
亜美は驚いた顔でこちらを見た。いや、最初からこちらを見ていたかもしれないけど。
「そうなんだー。そんな偉大な人だっけ、晋也。ただのチャラ男くんとは違う気がしてたけど」
「そうなのか?」
「だって晋也って、皆を楽しませようとしてふざけたりしてるような気がしない?」
「……そっか。あいつ傷害事件とかもないよな」
「傷害事件って……。さすがにそれはそれが普通じゃない?」
変な言い回しだった気がする。
「それもそうだ」
久しぶりに亜美と話した感じがした。久しぶりというほどに時間が空いたわけではないけれど、そう感じた。
「暁が最初に真実を知ってよかった」
それは多分、自分に難しい役割が来なくてよかったという意味ではないだろう。
「何で?」
「晋也がそう言ってくれても、あたしには何も出来なかったと思うから」
「ふーん。亜美、お前はこれからやることがいっぱいあるんだぞ」
「なあに? やることって?」
「そこで何も思い付かないとこがお前の良いところだよ」
「何それー。意味わかんないよ」
いつもの不満そうな表情。やっぱり、久しぶりだな。
「佐藤静枝を支えるってのは、お前にとっては当たり前なんだろ。でも、それがお前がやるべきことであり、お前だから出来ることだ」
「……そっかぁ。そうだね。……アリガト」
「その“アリガト”はどういう意味だ?」
「第一の意味、気付かせてくれて“アリガト”。第二の意味、何も出来ないあたしにやるべきことを与えてくれて“アリガト”」
「フッ、そりゃあ深い言葉だな。……アリガト」
亜美は目を丸くした。
「暁、その“アリガト”はどういう意味?」
「何も出来ない俺を、何かが出来る奴にしてくれて“アリガト”だ」
第二の意味、孤独な俺の傍にいてくれて“アリガト”は恥ずかしくて言えませんが。
「ふうん。感謝されといてあげるわ」
「何でいきなり上から目線?」
「照れ隠し」
「言っちゃ駄目だろ、それ」
「そうだね」
気付くと住宅街を歩いていた。行きも通った道だから、別に特別なことではないけど。
住宅の壁で蝉が鳴いていた。時期はまだ早過ぎるくらいである。仲間は一匹もいない。そんなに鳴いてもメスどころか、オスでさえ一匹もいないのに。フライングだ、お前は。可哀相に、早くに死ぬんじゃねーぞ。晋也も頑張ってんだ。
……逆か。これじゃあ主として蝉を応援してるみたいだな。
「ねぇ暁、他は?」
「は?」
「やるべきことはいっぱいあるって言ってたじゃん。まだ一つしか聞いてないよ」
「ああ、それね。晋也に会いに行ってやってくれよ」
「ええっ! 何で?」
「総合病院にいるんだ、あいつ。お見舞いに行ってやってくれ」
お見舞いというか、告白の答えを言いにというか……。
「何で!? 何かあったの!?」
「詳しくは本人から聞いてくれ。で、これが手紙な」
俺は、晋也に託されたラブレターを亜美に渡した。
「あっカワイイ! ハートのシール」
こけた。漫画みたく。
着眼点おかしいだろ!! ヘテロドックス極まりない。
「あのな……。男の手紙にハートのシールだぞ。なんつうか、意味が違うだろ」
「ええっ!!!! じゃあこれって……」
「いわゆる、ラブレターってやつだ」
「まじですか…………。晋也が? あたしに?」
亜美って意外に天然っぽいところがあるよな……。
「じゃ、確かに渡したからな。お見舞いは今日中な、絶対」
絶対を強調した。手術のことは一応言わなかった。晋也が隠すつもりなのかは知らないけど、一応。
「今日? まあ……わかった」
驚きが隠しきれない様子だった。困惑といった方が近いか。
そこで俺たちは丁度、総合病院に行く道と自宅に帰るための道とで分かれるT字路に着いた。
「じゃあ、あたしは晋也のとこ行ってくるね」
「ああ、それじゃあ晋也によろしく」
「……うん。バイバイ」
意識的に(少なくとも俺は)、イエスかノーかという話はしなかった。
亜美がどうするかはわからない。だけど、俺にとってはそんなことは今は関係なかった。
助かってほしい。手術が成功してほしい。それが俺の願いだった。
‐2‐
亜美は晋也の病室のドアを二回ノックした。病室から「どうぞ」という声がする。晋也の声だった。病室に入ると、ほのかに薬品の臭いがした。
木原晋也は目をぱちくりさせている。
「あ、亜美ちゃん!?」
「よっ、晋也。元気? ……じゃ、ないか……」
「いやいや、元気元気! 来てくれたんだ?」
「うん。暁に言われたんだ、晋也がここにいるって」
亜美は椅子に腰掛けて持って来たお見舞いの花を花瓶にさした。
「暁が言ってたよ。晋也が助けてくれたって」
「助けた? ああ昨日の電話か」
「ありがとう。結果的にあたしもあたしの親友も晋也の言葉に救われたから」
晋也は恥ずかしそうにしていた。
「そうか。暁一人が悲しんでいたわけじゃなかったか。そりゃあ、何と言うか、励みになるな。俺が人の役に立つとか、キャラ違うし」
「でもあたしはね、わかってたよ。晋也がそういうやつだって」
「そうなんだ……。それが俺の本性だって言うなら、ちょっと嬉しいな。……でも、違うんだ。俺はそんなにいい人じゃない。俺はきっと、暁には及ばない」
「どういうこと?」
晋也は窓の外を見渡した。
「いつかわかるよ」
「ふーん……。……ねえ晋也、なんで入院してるの?」
「あれ? 知らないんだ? ……なるほど、暁のやつ、気を遣いやがったな」
いいやつだな、と晋也は笑った。
「悪い病気なの?」
亜美は心配だった。暁の言動の裏に、何か恐怖を感じていたからだ。
「まあ……。白血病やら癌やらよりはずっとマシだけどよ。生きるか死ぬかは五分五分だ。心臓がおかしくて、明日には手術がある」
「……! うそっ……。全然知らなかった。……五分五分……」
「そんなに心配しないでよ。俺はまだまだ死なねーからさ」
「頑張ってね、告白して死ぬなんて映画みたいな展開、絶対許さないからね」
亜美は強い眼でそう言った。
「俺の手紙、読んでくれた?」
「……うん。漢字間違ってたよ」
「えっ、マジ?」
「嘘。照れ隠し」
「亜美ちゃん、それ言っちゃダメじゃん」
「そうだね」
しばしの沈黙の後、亜美が口を開いた。
「私の出した答え、言うね、晋也」
「えっ、ああ……うん」
「…………私は――――――」
‐3‐
午後五時、総合病院のエレベーターにはサザンを口ずさむ十六歳の男しかいなかった。まあ、俺だけど。
十五階はこれまた人っ子一人いなかった。偶然ではない……?
いや、ただのくだらない深読みだった。廊下の奥の病室からお見舞いに来たらしい老夫婦が出て来たのだ。
一〇〇号室だったよな……。晋也のやつ、どうなったかな……。何がかといえば勿論、告白の件についてである。
手術に影響がなきゃいいけど……。
「入るぞ、晋也?」
そう言うと同時に病室に入った。
晋也はこちらを見て驚いていた。
「あ、暁? また来てくれたのかよ。お前ってやつはよぉ」
今日は来ないだろうと思っていたのだろう。俺からしたらお礼も出来ずに死なれては困るし、そもそもこいつが消えるなんて、想像がつかない。当たり前のことだった。
「明日だろ、手術」
「ああ、今さっき親が来てさ。また七時くらいに来るってよ。やっぱ心配なのかねぇ」
「まあな。そりゃあ、心配だろ」
俺はいつかと同じようにフルーツの詰め合わせを取り出して、机に置いた。
「おっ、わりいな。マジでありがとう」
「気にするな。感謝してんのは、俺なんだ。まだまだ足りねーよ。お前には死なれては困る。もっと、俺はお前に……」
「そっか……。亜美ちゃんにも言われたよ。俺って感謝されてんだなぁ」
晋也はまだ明るい空を眺めていた。あるいは、晋也には他のものが見えていたのかもしれないけど。
「絶対に戻って来いよ。生活指導の高村が淋しそうだぜ」
「そうだな、心臓が弱ってんだし、あいつもへたなことは出来ねーしな」
病室に二人の笑い声が響いた。
それから、ほんの僅かだけ、沈黙が続いた。
「暁、俺な、死にたくねーよ」
静かな声だった。泣いていた。初めて晋也が恐怖の感情を見せた瞬間であった。
「……大丈夫だ、お前が死ぬはずない」
「…………なあ」
「何だ?」
「俺、亜美ちゃんになんて言われたと思う?」
「…………さあ」
晋也は泣きながら笑った。いや、笑いながら泣いたのかな。
「今は、晋也は友達にしか見えない。でも、親友にはなれると思うんだ。晋也がそれでもあたしを好きでいてくれるなら、今度は元気な姿であたしに晋也の良いところを見せてみなさい、って」
つまり答えはノーだった。それが、亜美が出した答えだった。
「そっか……。ちなみに最後の方が命令口調なのはなんでだ?」
「照れ隠し……らしい」
「……亜美らしいな」
「ホント、亜美ちゃんらしいよ」
亜美は晋也を理解していた、俺以上に。亜美は強い人間だ。
「なあ暁、亜美ちゃんのこと大切にしろよ」
「俺に言われてもな……でもそうだな、あいつは大切にしなきゃいけないやつだ。だけどな晋也、お前も大切な友達だ」
晋也は口を中途半端に開けたまま、黙ってこちらを見ていた。
「ありがとう……ありがとう……暁……」
病室は太陽の黄金の香りに満たされていた。
それから二日が経った。
なんでもない、当たり前の事実、一〇〇号室には、心からの笑顔で語らう晋也、俺、亜美の三人の姿があったのだった。
窓からは、変わらない光の雫が、溢れんばかりにこぼれていた。
‐4‐
七月二十一日火曜日、学校がまた始まった。新型インフルエンザもある程度は収まりがついたようだ。
俺が事件の真実を知ってから一週間、事件が終幕を迎えてから五日間、晋也の手術が成功してから四日間が経った。時の流れるのは早いものだ。いろいろなものを得た気がした。言うまでもなく失ったものも計り知れないけれど。
十九日の日曜日には、亜美と一緒に晋也に会いにいった。元気そうだった。退院もかなり近いそうだ。激しい運動は出来ないらしいけど、晋也は「肉体労働が無理じゃニート決定だ」とか言って、俺たちを笑わせていた。
晋也のクラスでも、晋也の事はしっかり伝えられたらしい。お見舞いも増えることだろう。
ところで、今日は終業式である。期末テストは延期。中止ではないと聞いたときの生徒の様子は凄まじく、クーデターを起こす勢いだったが、俺にとってはどうでもよいことだった。
終業式が終わり、放課後になったのは、昼下がり。今日は暗号も委員会もないので、他の生徒と同じように玄関を出た。
「あ?」
俺は、玄関から五歩歩いたところで、体に異常を感じ、口を広く開き、舌を低く下げ、その先端を下歯の歯ぐきに触れる程度の位置におき、声帯を振るわせて出る音をクエスチョンマークを添えて発した。
つまり、誰かに右腕を掴まれているわけだが、もはや主体を確認するまでもなかった。
二宮光は、携帯を片手に満面の笑み、である。いや、それ以前にいつもは縛っている髪がストレート化していて、誰だコイツと本気で思ってしまったのが最初の印象なのだが。
しかし、思いの外、可愛かった。
「似合ってるな、見た目は」
「何ですかぁ、見た目って?」
「いや、何でもない」
性格と見た目が激しく懸け離れているとは言わない方がいいだろう。
「イメチェンです、カワイイですかぁ?」
「イメチェンって、教室じゃまだ変わってなかったろ」
「そうですけど、今からイメチェンなんです」
ものすごく変わったタイミングでイメチェンをするなぁ……。コイツ、天然ならまだ救いようがあるが、ただの変な子なんじゃないか?
「で、何か用?」
「なんか暁くん私に対して素っ気なくないですかぁ?」
「何かご用ですか、お嬢さん?」
「暁くんキモチワルイですよぉ」
「ぶっとばすぞ、お前」
ホントに救いようがない。
「それで、暁くん。何の用ですか?」
「こっちがその質問をしていたんだがな」
「あっ、そうでした。暁くん、メールアドレス教えてくれませんかぁ?」
あれ……、そういえば教えてなかったか?
「ああ構わないけど、お前ってメールとかすんのか?」
「しますよぉ。現代っ子ですから、私」
「メール=現代ってのがお前の考えなら、お前は確実に現代っ子じゃないけどな」
「そうなんですかぁ?」
ああ、不毛な会話だ。……でも、たまにはこんなのもいいかもしれない。
俺は携帯を取り出して赤外線でプロフィールを光の携帯へ送った。プロフィールといってもアドレスと電話番号しか登録されていない簡素なものだ。
それにしても、メールが最先端である光が、赤外線が使えるのはどういうことだろうか。全くもってこの女もヘテロドックス極まりない。
「ありがとうございました、後ほどメールしますね!」
「ああ。それじゃあ、また後で」
「はい! さようなら、暁くん」
嵐が去った。
へんてこな嵐が。
そういえば、今日はあまり、亜美や竜司と話していなかった。今、何処にいるんだろう……?
「なあなあ、そこの兄ちゃん」
後ろから聞き覚えのある声がした。
竜司だった。どうやらまだ学校にいたらしい。
「何だその意味不明なノリは?」
「忘れてんだよ! 何もかもな! 頭大丈夫か、暁クン」
「はぁ?」
「今度は二宮といちゃつきやがったな、テメエ。もっとやるべき何かがあんだろーが!」
………………あ。
「忘れてた」
「やっと思い出したか。ったくよ、待たせやがって」
「家に」
「は?」
「家に忘れた」
竜司は呆れた表情でこちらを眺めた。
「わかったよ。お前を信じた俺が馬鹿だった。取りに行くからいいよ。今日は用があるから、明日な」
竜司は諦めた口調で言った。可哀相な事実がまだあるのだけれど。
「あの……さ。落ち着いて聞いてくれ、うん。俺さ、今日の夜から実家に帰っちゃうんだよねー……。帰って来るのは八月一日で……」
「…………呆れた」
「ゴメン! 後でなんかおごるから、それで勘弁してくれ、な?」
「しょうがねえな。それじゃあそれで勘弁してやるよ。次忘れたらキレるぞ、マジで」
「本当にゴメン! じゃあ、八月一日に……な」
「ああ、またな」
そう言って、竜司は駐輪場に向かって歩いて行った。
そうこうしている内に校内の生徒も減ってきたようだ。遅くなってしまった。結局、亜美とは会わなかった。どうやら帰ってしまったみたいだ。
「帰る……か」
この後、簡単に荷造りもしなくてはいけないので、寄り道せずに帰ることにした。たまにはそんな普通の日もあっていいだろう。
俺はアパートに到着するとすぐに異変に気が付いた。階段の前に誰かが座っている。
…………!!!!
近付くと正体がはっきりとわかった。
――――佐藤静枝だった。
何故、俺のアパートにいるんだ?
俺が驚きのあまり立ちすくんでいると、静枝は俺の存在に気が付いた。
「あーきらっ!! 元気??」
ええ……!? スゴイにこやかに話し掛けられたんですけど。というかまず、この人俺のこと名前で呼んでたっけ?
「何でここにいんの?」
「アミに聞いちゃった。ここに住んでるんだー」
若干キャラが変わってる気がした……。
しかし静枝の美しさは相変わらずだ。
「驚いた。あまりに急過ぎて」
「ゴメンゴメン! 今日はちょっとお礼が言いたくてさ」
「お礼なんて……。俺だって人に助けてもらった側なんだ。気にすることはないよ」
「それでも、ウチが立ち直れたのはアキラのお陰だから。本当にありがとうございました!」
静枝は深々とお辞儀をした。
「こちらこそ、ありがとう。わざわざ俺なんかを訪ねてさ。上がってく? お茶ぐらい出すけど」
「そうしたいところなんだけど、いろいろと忙しくてね。もう、行かなきゃ」
「ふーん。大変だな。じゃあ、また機会があったらな」
「うん! ホントにアリガトね。……それから、好きだよ、アキラ」
そう言って、頬を赤らめながら、静枝は走り去った。
「………………」
告られてしまった。
俺はしばらくの間、その場でただ呆然としていた。
竜司君、どうやら俺は賞味期限切れのパンから高級フランスパン辺りに昇格したみたいだ。
‐5‐
駅前の広場は噴水を囲む形で、円形に広がっている。まるでヨーロッパにある洒落た街のような風景で、高級ホテルとか一風変わった雑貨屋なんかが建ち並んでいる。
この駅は、静枝を送った駅とは違う駅で、街の中心に近い位置にある。俺はタクシーでここまで来たけれど、実際の話、家に近いあの駅からでも乗り換え無しで実家のある町には帰ることが出来た。ただ、たまに帰るときくらいブランドのちょっと高めのお菓子の一つや二つ買って行ってやろうと思い、この辺りまでやって来たのだ。田舎には、田舎らしく、洒落た店なんて一つも存在しないから。
俺が乗る予定の電車は三十分後に到着する。そもそももっと早い電車に今すぐ乗ることも出来るのだけど、まだこの街にいたい気分だったこともあり、駅前で店を眺めているわけである。
いろいろなことがあったな、そう思った。実際は暗号と格闘し、真実を知って、晋也の手術があって……といった感じだけど、今まで塞ぎ込んでいた俺からしたら大冒険だった。
少しは変われたかな、俺。
「はぁ……」
「幸せ逃げちゃうよ」
「うわっ!!!!」
後ろに亜美がいた。
突然の登場にア然としてしまうばかりだった。
「な、何でここに?」
見送りに来たわけじゃないのは明らかだ。
「え? よく来るのよ、あたし」
「どこにでも現れるんだな、お前は。どこでもドアとか持ってんじゃないのか?」
「惜しいな、暁クン。どこでもドアじゃなくて猫型ロボットの方を持ってるのよ」
「そりゃあ愉快だな」
くだらねぇ……と、俺は心の中で呟いた。
「何よ、その素っ気無い感じは」
「いや、お前らしいな……と思ってさ」
「あたしらしいって?」
「後で教えてやる」
「……そ。じゃあ、楽しみに待ってる」
亜美は珍しく満足げな表情を見せた。
そんな亜美は買い物に来たらしく、手には商品が入った紙袋があった。
「帰省ってやつ?」
「まあな、七月中だけ。八月には戻って来る」
「ふうん。それじゃあ夏祭りには間に合うんだ。行くんでしょ、祭」
「伝統あるからな、ここの祭。高校入ってからは行ってないけど……」
「そうなの? じゃあ、一緒に行かない?」
「静枝と行かなくていいのかよ?」
「あらら? いつから静枝だなんて名前で呼ぶ仲になったのかな? 美人だもんねーシズは。何かあったのかな? んん??」
女の勘は怖いな、ホント。一方的に言われただけだけど。
「俺は割と名前で呼んでるだろ!? 亜美だって光だってさ」
「二宮さん? モテモテだね~、あきらくんは」
遊ばれている……。
「ついこの間告られたやつにからかわれても困るなぁ、んん?」
「うっ……。おのれそう来たか……。うん、今回は引き分けておきましょう」
「感謝します」
晋也、心の友よ。お陰で助かった。
「じゃああたし、お母さん待たせてるから。今度竜司君と三人で遊びに行こうね」
「ああ、そうだな」
夏祭りの話は何処へ行ったのやら……。亜美はそんなことは忘れて、すたすたと歩いて行った。
「あっ。暁っ」
亜美は急に振り返って俺を呼んだ。
「ん?」
「……お土産、よろしくね」
「……ったく、何もねーけどな、田舎だし。期待すんなよ」
「やったあ! ありがとう!」
亜美はそう言って、二十メートル程先のぬいぐるみ屋に消えていった。
そろそろ時間だな。
駅に向かって歩き出した俺は、どこか晴れ晴れしい表情だったと思う。
脱出の序章は、終始普通とはかけ離れていた。
噴水の水が高く上がった。輝く月の引力に、哘われるようにして。
俺は夏の始まるこの街で、小さくて、でも大きくて、そして大切な、そんな一歩を確かに踏み出したんだ。
読んでいただいた方々、本当にありがとうございます!
次回からは2章になります。
読んでいただける嬉しいです。
次回以降の配信は、ブログとの同時公開になりますので、しばらく続きは出せないかもしれません。
しかし、遅くとも来月の初めには17話を公開したいと考えております。
今後ともよろしくお願いします。
私のブログに関しては「哲学のプロムナード」または「鬼頭火山」と検索していただければ簡単に見つかると思います。