暗雲の到来
次の更新は今週末以降になるかも・・・です。
‐1‐
それはあまりにも衝撃的で、にわかには信じがたい事実。
静枝は亜美の腕に抱かれて涙を流している……
この世界は理不尽だ。
何故、こんなにも美しい人が悲しむ必要がある?
暁は静枝を見て思った。
せめて、俺みたいな奴だけにして欲しい。
親しい者が消えて無くなる悲しみを若くして背負うのは。
暁は、学校の廊下で崩れ落ちた静枝に過去の自分を重ね合わせていた。
今、静枝の心中がどんなものであるか、暁には痛いほどわかる。
「……う……うぅ……ううううう」
「……シズ」
亜美にはしゃがんだままの静枝を優しく抱くことしか出来なかった。その表情は、ただただ、辛さ。
「……なん…………」
竜司は口元に手を添え、驚きと困惑の混じった表情で静枝を見つめる。ひとつの露出した悲しみを目の当たりにして、平静を保てる高校生はそういない。竜司は無言で目をつむり、静枝に同情の念を捧げた。
暁は携帯を取り出した。
既にニューステロップにも流れていた。
「……マジ…………かよ……」
有名小説家 鬼頭火山さん死去 死因は自殺か
あの鬼頭火山が死んだ。
暗号だけを残しこの世を去った。
「うううううっ!」
静枝のあえぎが廊下に響き渡るのを、暁はただただ、聞き入るしかなかった……
数十分後、四人は学校から一番近いファミレスに向かっていた。
「……ごめんね。もう大丈夫だから」
静枝はそう言うと後ろに振り向き立ち止まった。そして後ろを歩いていた竜司と暁の顔をまじまじと見つめた。
そのとき、歩道の横を行く車が起こす風で静枝の艶やかな金髪がなびいた。
その一瞬を暁と竜司は見逃さなかった。
まさしく、美女。露わになったその容姿は見る者を魅了する奇跡の美しさ。顔だけではない。浮き上がった腰のラインに服の上からでもわかる豊満な胸。そしてそのファッションセンスもモデル並み。言うこと無しの絶世の美女である。
これだけ魅力的な女を、暁も竜司も目にしたことがなかった。見ていると自分の容姿が恥ずかしいほどの低ランクだと思い知らされる。それくらい、佐藤静枝は可愛かった。
突如として、沈黙を破り口を開いたのは冷や汗を浮かべる竜司であった。
「あ、あの。モ……モデルかなんかを、おやりで?」
……この阿呆は何を言い出すのか? 先ほど、おじさんが死んだばかりだと聞かなかったのだろうか?
暁はため息をつき額を手のひらであてがった。
静枝は、先ほどとは一転して表情を和らげ「アハッ」と竜司のスットコを笑い飛ばした。一瞬、彼女が元気になった気がして暁は安心した。竜司のスットコも馬鹿にはならないようだ。
「あんたたちが亜美の協力者?」
いきなり初対面であんたたちとは、なかなか度胸のある女だ。肝っ玉も座っているらしい。
「……あ、はい……」
暁はなるべく丁寧に返答した。まだ会ったばかり。どんな性格か不明な以上、慎重に接するのがベストである。
「ふーん……」
と、まるで賞味期間切れのパンを見るかのような目つきで二人を眺め回した静枝は、再び前に向き直り歩き始めた。
「さ、早く行きましょ。アミリン♪」
「うん! ほら、二人も早くっ」
亜美がスカートを揺らし走り出し、その後ろを静枝が追っかけて行った。男二人は取り残され、その内の数学がデキるほうがこんなことを呆然と言い放った。
「……なんかさ、俺たちさっき、まるで賞味期間切れのパンを見るかのような目つきで眺め回されなかったか? あの金髪女に」
すると、特に取り柄がなくしがないほうの男は、特に反論もせずそれに同感したという……
‐2‐
夕食時とあってか、店内の人数は賑わっていた。
窓際の席に座った暁たちは、外の街頭に照らされた幻想的な植物を目にすることができた。暁はメロンソーダを飲みながら佐藤静枝の話に耳を傾けていた。
「電話しても出なかったから、直接行ってみたら……玄関先で首を……吊ってたって……おばさんが……」
話によれば、第一発見者は鬼頭の奥さんらしい。発覚は昨日の午後。
……それにしても、自殺とは……
「遺書もないし、私にも……動機は全然…………わからないの」
静枝は全く飲み物に手をつけていない。きっと気分でないのだろう。時々、窓の外を見てしんみりとした表情を見せては、すぐにうつむいてしまう。
暁は冷静になって考えた。
何故、鬼頭は自殺したのか?
そういえば、と暁は思い出した。亜美は鬼頭の大ファンである。亜美もさっきからほとんど喋らないが、きっと内心とても悲しんでいるのに違いない。
沈黙が流れた。だがまたしてもこの男がそれを破った。
「ええと、それで君は……どうして、俺たちの所に?」
尋ねはしたが、きっと竜司もわかっているに違いない。静枝が俺たちを訪ねてきた理由……
「うん……、うち、納得いかないから」
「納得……というと?」
いつの間にか竜司が場を仕切っている気がする。
「だって……! 小説やめるとか、しかも何にも言わないで死んじゃうなんて、納得出来ないでしょ!?」
結構デカい声だったため、周りの客の数人がこちらをチラ見してきた。
「それで、そういえばって思い出したの。……あんたたちがおじさんと勝負してること。確か……勝てば小説をやめようとする理由を話すって。手がかりはもう、それしかないの。だから私も今から協力するよ」
「え?」
亜美が顔を上げた。
暁は確認の意味も込めて、静枝に尋ねた。
「…………協力……するって」
静枝は凛とした表情で暁と目を合わせた。その表情からは、固い決意が感じられる。
「きっとおじさんは、暗号に答えを隠しているはず。約束を破るような人じゃないから」
竜司は慌てて聞き返した。
「つまりそれって、暗号の答えに何故小説をやめるかっていうのと、自殺した理由も含まれるってことか?」
静枝は無言で首を縦に振った。そして静かに語り出す……
「警察も、奥さんも、家族の誰もわからない。知ることができるのは、暗号を解いた者だけ」
暁は唾を飲んだ。自分たちが今から首を突っ込もうとしていることの重大性……、俺たちが関わっていいことなのか?
竜司が口を開いた。
「この……今までのこと、全て警察に話して、任せた方がいいんじゃ……」
「ダメ」
竜司の提案を、静枝が制した。
「それなら、おじさんは遺書でも書いてるはず。すぐ見つけられるようにね。……考えてもみてよ、家族にさえ黙ってることなんだよ? 知る権利があるのは……暗号を知るうちらだけなのよ」
全員が、何か重みのようなものをその身に感じていた。それなりの覚悟がこのゲームには必要であると。
このゲームは、主催者が死してなお、続いているのだ。
「………………」
暁は思考した。何かが引っかかる……彼の死には何か……
「ちょ、ちょっと待てよ」
暁は感じていた疑問を正確に捉えた。
「何故だ? どうして彼は、俺たちに教える前に……」
「さぁ……わからないわ。それも含めて、暗号に……」
静枝を遮り、暁は言う。
「違う。……自殺。つまり、死ぬつもりだった……? 彼は……死なねばいけない理由があったのか?」
自分でも、正確に自答できていないのはわかっていた。だが暁にはどうしても引っかかった。約束の七月十四日まであと一週間というところで彼は死んだ。……自殺なら、一週間くらい己の意志で伸ばせたはず。
にも関わらず彼は約束の一週間前に自殺した。
彼をそうさせたのは、一体……
「とりあえず、今日はこのへんにしない? もう遅いし」
と切り出したのは亜美だ。
気付けば、もう二十時を回ろうとしていた。
「そうだな……。そろそろ帰るか」
と竜司が席を立った。
「うん……また連絡して」
そう言って、静枝も立ち上がった。
「暁?」
椅子に腰掛けたままの暁を見て、亜美が声を掛けた。
「ああ、俺はまだここにいるよ」
特に理由はなかった。なんとなく、まだ家に帰りたくなかった。
「そっか、じゃあまた明日。バイバイ」
「ああ、じゃあな」
三人が店を出て家路につくのを、暁は窓から一人ぼんやりと眺めていた。
メロンソーダを口に含み、視線をそのまま上に上げた。するとそこには、雲に隠れた小さな月がこちらをいじらしく伺っていた。
なんとなく、月に馬鹿にされた気がした暁は遥か宇宙のかなたにある月に対し悪態をついてみせた。
‐3‐
七月九日(木)
またあの夢だ。
目の前に扉がある。
開けないと。……ん?
どういうことだ?……足が動かない。
俺は後ろを振り返った。
するとそこにいたのは、鬼頭火山であった。
「……あ、あの」
「………………」
「……あなたは何故、死んだのですか?」
「関係ない」
彼が言い終えるか終えないかのうちに、彼の首に縄がかかった。一瞬のことであった。彼は頭上高くまで吊り上げられ、何かをうめいている。
言いようのない恐怖に襲われた俺は動かない足を必死に動かそうとした。
――――扉を!
「ハァッ!」
暁はそこで目を覚ました。生まれて何度目かの悪夢を見てしまった。気分が悪い。
冷蔵庫を開けてラッキーサイダーをコップで一杯飲み干した。時計に目をやると夜中の3時であった。
「……はぁー」
汗だくになっていた。恐ろしい夢であるのは覚えているが、もう既に内容が全体的に薄れてきてしまっている。
暁は今更ながら思い返した。鬼頭が死んだという事実を。
ついこの前まで暗号を解くのは楽しみのひとつでもあったが、鬼頭の死がそれをそうでなくさせた。
「次が……ラストか」
どうしても明るい気持ちにはなれなかった。
しかし解かねばいけないという思いも次第に強まっていく中、暁はベッドに横になり深い眠りに再度ついたのだった……
学校に着いてすぐ、暁は亜美の姿を探した。
教室にはまだ亜美の姿どころか、誰の姿もない。
……当たり前か。
暁は今日、いつもより一時間も早く学校に着いていたからだ。別に理由はなかった。なんとなくである。
広い教室で一人きりの暁はあまりに暇だったためにサザンを口ずさんでみた。五分で飽きた。これでも続いたほうである。
「はぁ~、誰か来ねぇかなぁ」
「ウ~」
「!?」
背後で低いうめき声を聞いた暁はとっさに振り返った。
そこには人間が一人立っていた。
「……ひ、光かよ!?」
「ウ~負けた~」
二宮光は泣いていた。
暁は困惑しつつ尋ねた。
「な、何に? 負けた?」
唐突すぎる。会っていきなり泣かれても困る。
「ここ、二年C組では私がトップを飾ってきました……ずっとです」
トップ? トップって……。ああ!
「教室に一番乗りしてたってか!?」
「……ハイ」
「かぁ~~~っ」
暁は呆れた。
……そんだけの理由で泣くなよな!
「一体、いつからいたんですかぁ?」
涙ぐみながらそんなことを訊いてくる。何故泣く? 泣くな!
「……七時三十分くらいかな」
「早すぎですよぉっっ」
「だぁーっ!! デケェ声出すなッ! そして泣くな……誰か来たら、俺がなんかしたみてーじゃねぇか」
「な……なんか? なんかって……!! なんかする気ですかぁ!?」
「しねぇよッッ!」
なんて女なんだ! コイツは!
照りつける太陽――
そろそろ本格的に暑い季節がやってきた……そう感じさせる昼下がり。
暁、竜司、亜美の三人はいつかのように屋上に集まっていた。
昨夜の静枝を交えた会談の後、自宅に着いた亜美はパソコンでCDの中身を調べたはず。
「それで、どうだった?」
暁が聞く。
「えーとね。これを見てよ」
そう言うと亜美は、手に持っていた黒いファイルから3枚の紙を取り出した。
暁はそれを手に取り、しかと眺めた。
「これが最後の暗号か」
Saar
ablation
gauche
unbeliever
oak
Bahama
Janus
Saccharin
◎不信仰者のオークはザール川にて言った。『二分の一とその半分、それの半分、これまたそれの半分……てな具合に、極限までそれらの数を足していくと答えは何になる?』
◎風化した未熟なヤヌスは言った。『騙されるなよ。リンゴが二個ある。そこへ猫がやってきてリンゴを一つくわえていった。さていくつ?』
◎バハマは言った。『日本の福徳の神とユダヤの神が一緒に旅をした。道中、三人殺された……』
◎ある化学者が言った。『ある物質をいじくった。すると炭素56水素40窒素8酸素24硫黄8という組合せになっちまった。元に比べてどれだけのパワーがあるのか……』
篠原亜美へ
よくぞここまでたどり着いたね。約束の日にちまで、もう残りわずかではないのか?
これが最後の暗号だよ。
待ってるよ。では
鬼頭より
「………………」
「………………」
暁も竜司も、手渡された一枚の紙に見入るしかなかった。どう見ても簡単に解けそうな感じはしない。
「これが……最後」
亜美の表情はいつになく真剣だった。紙を見つめる彼女の真摯な眼差しには力強さと美しさを感じる。
暁は額に汗を浮かべて遥か上空を見渡した。太陽光がまぶしい。目を細めただ上空を見ていた。
……そこにいんのか? 鬼頭火山……
暁は目を下に落とした。
学校の屋上、そして三階、二階とずうーっと下の下……はたまた、彼は地獄の門でその首を吊っているのだろうか。
暁はぶるっと体を震わせた。夏の暑さとは裏腹に、冷や汗をかいていた。想像してしまった恐怖が脳裏を離れなかった。
――ふとした矢先、暁は竜司が喋っていることに気付いた。
「本当に鬼頭は待っているだろうか」
「……待ってるワケ…………ないだろ」
暑さが思考力を奪っていく中、暁は竜司の問いに弱々しく答えた。
太陽光に照らされて黄色に輝く竜司が、頬に汗を伝らせてこう言った。
「最後の文を見る限り、彼はこの暗号を作った段階ではまだ自殺を考えてはいなかったはずだ。七月十四日になれば彼はこの暗号の示す場所に行くつもりだったッてわけだ……
しかし彼は死んだ。彼が本当に、俺たちのことを考え手を打っているとしたら、そこにはおそらく手紙かなんかがある…………ッてことだよな?」
話を振られた亜美は首を縦に振った。
今日の放課後は三人とも速やかに自宅に帰ることになった。それというのも、彼らの疲労はここ数日で溜まりに溜まり、そろそろ限界が近づいていたのだ。高校生ならば普通に高校生活を送るだけでかなり疲労するが、彼らの場合は有名推理小説家の暗号解読もプラスである。疲れないほうがおかしい。
いくら切羽詰まった状況とはいえ、休息は必要である。
「プ~ッはぁ」
暁はラッキーサイダーを飲み干して思った。
……全く、下らねー世の中だなあ。
勢い良くベッドに身を投げ出し、目をつむった。ベッドがギシギシいう。
……ッたくよぉ。
「………………」
理由がはっきりとしないのだが、暁はイライラしていた。
きっとこの前受けた模試の出来があまりよくなかったのと、この暑さが原因であろう。
……大学どうしょうか。
暁の受験に対する意識は強かった。親に迷惑をかけたくないのもあって、大学はなるべく良いところに行きたかった。
だが、自分にそれだけの学力がないのはわかっていた。それを向上させるような糧となるようなものも、冷静に考えれば俺にはないと、暁ははっきりと自覚していたのだ。
……ダメ人間だな。俺は。
「………………」
不意に亜美のことを思い出した。なんとなく、あいつならこんな俺でも認めてくれるような気がしたのだ。
……ッて、これでいいのかよ? 本当はもっともっと、なりたい自分は今の自分とはかけ離れているんじゃねぇのか? それは無理だと諦めるのか? ……俺は、何がしたいんだろう。
暁は暗号のことを完全に忘れ、いつの間にか安らかな寝息を立てていた。
七月十日(金)
目が覚めた暁は朝一番に携帯を確認する癖がついていた。全日の夜に届いたメールなどがないかを確認するためだ。
今日は珍しくメールが一件。
……誰だ?
学級連絡です
我が校の生徒の一人が新型インフルエンザに感染したために明日から一週間休校となります
その間は衛生面に十分気を付けてなるべく外出を避け自主学習に取り込んで下さい
「………………は……ぁ? マジ……か…………?」
新型インフルエンザ――別名豚インフルエンザ。
今、全世界で猛威を奮っている感染症の一種だ。そいつがとうとう、この辺りにまではるばるやって来てくれたらしい。
「本気かコレ? クッソ……やたらに外出出来ねぇじゃん」
暁はベッドからのそりと起き上がり、まずは朝食を済ませることにした。
覚束無い足取りで冷蔵庫までなんとかたどり着いたところで大きなあくびをし、それから冷蔵庫を開けた。
中を覗くと食べたい物が何も無かったため、今日は朝を抜かすことにした。
「あー……」
とあることを思い出した。暗号である。確か、机の上に昨日亜美が作成した、テキストデータをコピーした紙があったはずだ。
ドタドタと音を立てて机に向かい、ああ、やはりあった。
つらつらと色々書いてある紙があった。とりあえず暁はそれを乱暴につかんでベッドにぶっ倒れてみた。とても、眠い。
まだ朝の六時じゃねぇか。今日学校ねぇんだろ? 寝たいッつうの。
朝の暁は基本、不機嫌である。
1章は16話までになりそうです。
2章以降はブログと平行して更新しようと考えています。
もしも読者の方がいらっしゃるならば(自己満に近いので、いない前提なんですが・・・)、要望があれば更新速度はある程度調整可能です。
しかし、おそらく今よりはるかに更新速度は落ちるかと思います。
制作に追いつくと厄介なので・・・。
http://blogs.yahoo.co.jp/kentaro2007go
一応ブログのリンクです。