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undecided  作者: らきむぼん(raki) &竜司
鬼頭火山篇
10/73

狂い始めた追復曲‐Kanon‐

‐1‐


 七月五日、日曜日。月代学園には部活動で数十人の生徒が登校していたが、第一図書室にいたのは、暁、亜美、竜司の三人だけだった。

 午前十時三十分を過ぎた頃、三人は勉強をしに来た生徒四人と入れ違いに図書室を出た。三人が向かったのは二年C組の教室である。

「ねえ、これって実際何なのさ?」

 亜美が、図書室から無断で持ち出したCD十二枚を見ながら言った。

「『パッヘルベルのカノン』を曲目に含んだCDだ」

 暁は手にCDプレーヤーを持ちながら答えた。

 それを聞き、今度は竜司が尋ねる。

「しかし、何で『パッヘルベルのカノン』を含むなんだ?」

「昨日、③の暗号を解いたんだ。『孤ドクなエイ君』はドイツ語と英語』を表していた。その後の五つの単語はそれぞれドイツ語訳と英語訳にしてみると、意味を持つ。最初の暗号と同じだ。頭文字を抜き出して読む。そうすると……」

「そうすると?」

 亜美は説明の続きを催促した。

「ドイツ語訳の方は頭文字が『K』の『Kanon』、英語訳の方は頭文字が『C』の『canon』になる」

「どう違うの?」

「『K』から始まるのはドイツ語での、『C』から始まるのは英語での『カノン』のスペルだ。それと④の答『パッヘルベル』、⑥の答『CD』、①②の答『月代学園の図書室』。これらの情報から推測するに、おそらくその十二枚のCDの中に暗号の答があるはずだ」

 暁の推測が語られたところで、三人は二年C組に到着した。

 暁は教卓にCDプレーヤーを置くと、電源コードのプラグをコンセントに差し込んだ。

「ね、ねえ! まさかとは思うけど、クラシックを十二枚もこれから聴くの!?」

 亜美が不安な面持ちで叫んだ。

「まっ、それしかないね、篠原さん」

 竜司が一枚目のCDを取り出してCDプレーヤーに入れながら言った。

「眠くなりそー……」

 亜美が目を細めてうなだれた。

「安心しろ、亜美。曲自体に意味があるなら、素人の俺らには聴いてもわからないよ。俺が狙ってるのはCDの入れ替えがなされているってシナリオだ」

「そんなにうまくいくかなあ……」

 確かに、暁も竜司も不安は持っていた。しかし⑤の暗号の解読が困難である以上、今ある情報に全てを賭けるしかなかった。暁は期待と不安のなか、CDプレーヤーの再生ボタンを押した。



 七月八日、水曜日。約束の日まで残り一週間を切ったこの日、暁たちはまだ暗号を解読出来ていなかった。七月五日の試みは大方の不安が現実となって、結局失敗に終わり、まさに逆転負けしそうな勢いであった。十二枚のCDは、『パッヘルベルのカノン』を曲目に含むごく普通のものであった。

 まるで、チェックしたにも関わらずそれを阻止され、さらにクイーンもビショップもナイトもルークも取られてしまったような感じであった。

 その後の月曜日も火曜日も同じだった。⑤の暗号、「陰になり日向にならず」を解こうにもわけがわからず、CDを聴き直しても成果は得られず、暁たちは焦燥感に駆られていた。

 放課後、暁たち三人は第一図書室二階、CDコーナーの前で、寝そべっていた。

「有り得ねーよー。ここに来て打つ手無しとかさ……」

 暁は天井の斑模様を見ながら呟いた。

「万事休す……か」

 竜司は瞼を固く閉じて言う。

「はあ……。難しすぎだよ、お手上げ」

 亜美は前髪をいじりながら、けだるそうにぼやいた。

 三人共限界に近づいていた。集中力は途切れ、茫然としていた。図書室の隣の小ホールだか、もしくはその奥の中庭であるかはわからないが、管弦楽部がカノンを合奏していた。どうやら、次の定期演奏会で曲目に入っているらしい。三人にとっては、もう何度も聴いた曲であり、耳慣れた曲であった。

 階段を上る音がした。三人が階段の方向に目をやると、一人の生徒が立っていた。

「あれ? 皆さん、何してるんですかぁ?」

 二宮光だった。暁は早くも疲労感を感じ、彼女の登場に、もう勘弁してくれ、と思っていた。

「二宮さんは何しに来たの?」

 黙っている暁と竜司に代わって、亜美が会話を試みた。

「本読もうと思って来たんです。そしたら、皆さんがいて……」

「ホントに本が好きなんだね。二宮さんって」

「はい! それに、今日はここなら、管弦楽部のカノンも聴けるし快適です!」

 暁は何となく、管弦楽部の練習風景を想像していた。ヴァイオリンを弾く女子生徒の姿が目に浮かんだ。そして、イメージは次第に旋律の方に移っていった。繰り返されるメロディー。初めのメロディーから、もう四分程の時間、同じ種類の旋律を奏でていると思う。

「ん?」

 先程と曲が変わったような気がした。いや、確実に変わった。あまりに自然なシフトの仕方だった為に気付くのが遅れただけだ。

「なあ、光。今、曲変わったよな?」

「はい? ……ああ。ジーグに入ったんですよ」

 ジーグ……。パッヘルベルのカノンを収録したCDを集めた時、二種類の題名があった。「カノン」という表記と「カノンとジーグ」という表記だった。暁たち三人は、それが単なる省略、非省略の違いだと判断していたが、光の言い方ではそのような意味ではないらしかった。

「ジーグって、何なんだ?」

「ジーグは舞曲のことですよ」

「『カノン』と『カノンとジーグ』はどう違うんだ? 俺たち、てっきり省略かと思ってたんだが……」

 暁が急に話し出したのを見て、亜美と竜司は期待を抱いていた。暁が何かを閃いたのかもしれない……と。

「省略……ですか? 若干ズレてますね。『パッヘルベルのカノン』の正式名は『三つのヴァイオリンと通奏低音のためのカノンとジーグ二長調』なんです。だから、『カノン』と言った場合、後半部に当たる『ジーグ』の部分はカットされているんです。つまり、違いは『ジーグ』が入るかどうかってことですね」

「なるほど……。要するに、本来『カノン』『ジーグ』の二つの要素を持っていたのに、いつからか『カノン』だけを取り出したものが出回り始めたわけ……か」

「はい。『カノン』があまりに有名なので、『ジーグ』はあまり評価されていないんですよ。私は好きなんですけどね。でも、それがどうかしたんですかぁ?」

 暁の脳内に、ある日本語の表現が浮かんだ。「陰日向になる」という言い回し……。意味は、裏で支えたり、表に立ったりしていろいろと援助すること。⑤の暗号は「陰になり日向にならず」である。「陰日向になる」の意味と対応させたらどうだろうか?

 暁は亜美と竜司の方を向いて、言った。

「裏で支えることはあるが、表に立つことはない……。⑤の暗号はそういう意味だ」

 亜美と竜司は顔を見合わせた。二人とも答とおぼしきものに辿り着いたのである。

「常に注目されることはないが、曲の後半を担っている。答は…………『ジーグ』だ!」

「で、でも、『カノン』も、『カノンとジーグ』も一通り調べたよ?」

 亜美は十二枚のCDを指差して、言った。

「まだ、調べてないものがある。『ジーグ』が単体で収録されているCDだ。光、そういうパターンはあり得るのか?」

 暁の問いに、光は数秒間考え、答えた。

「わからないですけど、私はそのパターンは見たことないです」

「……賭けだな」

 この答以外には思い付かなかった。これが最後の賭けである。これを外したら、おそらくもう打つ手は無いだろう。

「亜美、竜司、棚のCDを全部調べるぞ!」

 暁の呼びかけと同時に亜美と竜司は棚を調べはじめた。暁は、探索を始める前に光の方に向き直った。

「光、ありがとう! お前のおかげで希望が見えた」

「なんだか、よくわからないですけど、お役に立てたなら良かったです。探し物見つかると良いですね」

「ああ。うまくいけばいいけど……」

「それじゃ、私は読む本を探してるのでこれで。何か私が役に立てることがあったら、おっしゃってください」

 そういうと、光はお辞儀をして、本棚の方に歩いて行った。

「さて……。俺も探さなきゃな」

 午後五時、最後の鍵を探すべく、大捜索が始まった。



‐2‐


 午後五時十五分、二年C組教室。

 見つかったCDはたったの一枚だった。図書室にあったCDで唯一『パッヘルベルのジーグ』を単独で収録しているCDだ。見た目が普通だった為に、それをCDプレーヤーで再生する必要があった。図書室ではコンセントが空いていなかったので、三人は誰もいない二年C組の教室にやって来た。

「これが駄目だったら、どうしようか……」

 亜美は、CDプレーヤーに、持って来たCDをセットしながら不安を口にした。亜美の脳裏には先日の失敗の映像がしっかりと焼き付いていた。

「そしたら、また次の手を考えるさ」

 暁は落ち着いた気持ちで構えていた。もうこれしか望みはないのだ。実際、これが駄目でも諦めないだろう。しかし、それは事実上の敗北を意味している。

「よし……。これでチェックメイトだ。俺は暁の推理を信じるぜ」

 竜司は空々しい口調で言ってみせた。

「ったく、ハードル上げんなよ」

「もしミスったら、二宮に告白な」

「バカ言うな。もしOKされてみろ。精神いかれちまうよ。一応、恩人になる可能性あるけどな」

 そんな冗談の後、暁たちは教卓のCDプレーヤーを囲むような位置で立った。そして、中央の亜美が再生ボタンに指を置いた。

「いくよ!」

「おう!」

 カチッ。

 教室が緊張で満たされた。

「…………」

「…………」

「…………何も入ってない……?」

 一瞬、戸惑ったが、暁はすぐに冷静な手つきでCDを取り出した。

「ビンゴだよ。これは鬼頭火山によって入れ替えられたものだ。おそらく中身は……」

「テキストデータ……だな」

 竜司が暁に続いて言った。

「よーし!! 二人ともウチに来て! あたしのパソコンでそのCDの中身を確かめよう!」

 亜美は内心、失敗の二文字に怯えていたが、暁と竜司の言葉を聞いて、俄然やる気を漲らせた。

「ああ。今度こそチェックメイトを決めてやる」

 暁は取り出したCDをじっと見つめて言った。

 今度は、暗号を完全に解読したといって良かった。喜びは大きいが、やはり今は焦りの方がさらに大きかった。三人はすぐに二年C組を出ようとした。

 その刹那、三人の視界に一人の女子生徒が入り込んだ。よく見ると、その女子は、月代学園の制服を着ていなかった。私服で校内に入り教師に見つかると面倒なので、普通はそんなことはしないだろう。つまり、彼女はこの学園の生徒では……ない。

 誰なんだ、一体……。三人の動きが止まってから数秒後、亜美が口を開いた。

「シ、シズ……!」

 シズ……?。聞き覚えがあった。はっきりと記憶している。事の始まりは亜美がシズと呼ぶ、彼女の親友、佐藤静枝(さとうしずえ)の頼みにあったのだ。つまり、目の前に立っている人物は鬼頭火山の姪、佐藤静枝だというのか!?

「ア、アミ……! 大変……なの!」

 静枝はとぎれとぎれに言った。彼女は、かなり息を切らしていた。

 暁はこの世界のずっと奥のどこかで、何かの歯車が外れたような感じを覚えた。

 亜美が鬼頭火山に、静枝とは話してはならないと言われていたのは、静枝自身もわかっているはずである。それでも亜美に何かを伝えなければならなかった……。どんな理由があるというのだ……。暁は、目の前の異常事態に恐怖さえ感じていた。これから何が起こるというのか。

 静枝は膝に手を置いて呼吸を整えている。

 彼女が姿を現したことが一体、何を意味しているか、暁には見当もつかない。

 繰り返し続けていた静かな旋律が、不協和音とともにノイズへと変わっていくのが、はっきりと分かった。




次から1章後半に突入します!

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