第1話 この世界の君と 前編
-もしもあの時違う選択をしていたら-
誰もが考えうる現在とは別の可能性の世界。そんな並行世界が無数に存在しているとしたらそれは果たして救いなのだろうか?。不幸だった誰かが幸せな世界があったとしても違う世界の私達がその姿を見られることは無い。結局関係ない。所詮は気休めだ。
様々な可能性が無数に存在するからこそ悲劇や不幸が生まれる。不安定で不完全な世界だ。最初から誰もが幸せな道しかなければそれが1番素晴らしい世界なのではないか?
そう、苦しみの無い完璧な世界で君達と私達は再び巡り合えばいい。私は再び禁忌を侵そう。
罰せられる心配はいらない。
全ての世界は古びた神ごともうすぐ滅びるのだから
――――――――――
現代日本、4月某日夜、とあるインラインスケートパーク
1人の青年がリンク内を颯爽と滑り回る。前足に重心を移動させ、上半身を前に倒し加速していく。その安定した滑りは手慣れていて美しく見事なものだった。
「ふぅ。こんなもんかな…よし、そろそろ帰るか」
青年はそう呟くとリンク外に出る。インラインスケートを脱ぎ、ヘルメットやプロテクターを外す。横髪が跳ねたインテークの髪型な17歳の青年、遥井隼樹はインラインスケートのクラブに所属してる選手で、この日は翌日のインラインスピードスケートの小規模の大会(種目は500m+dスプリント)のために通常の練習の後、居残って練習をしていた。
隼樹が帰る仕度をしていると、ツートンカラーの真ん中分けミディアムショートヘアに耳にピアスを付けた派手めな青年がにこやかに駆け寄ってきた。
「居残り練習おつかれ~!。ほいよ、タオルに水」
「ありがとう、馳競。」
彼は白鳥馳競。隼樹の幼なじみで同級生だ。隼樹が所属しているインラインスケートクラブの特別アドバイザーをしている。2人は幼い頃から同時期にインラインスケートを始めており、お互い競い合い認め合う良きライバルだった。
「良い感じだな!これなら明日の大会でも結果が出せるんじゃね?」
「馳競のアシストのおかげだよ。クラブの皆も褒めてるぞ。白鳥さんの指導は分かりやすいって」
「ふふん。滑る才能もあった俺は指導者としての才能もあったって事だな!」
「…………ああ、そうだな」
得意そうにおどける何気ない馳競の一言に隼樹の顔が少し固まる。一瞬だったが、付き合いの長い馳競はその変化を見逃さなかった。
「あー!また顔が曇ってる」
「だってやっぱり考えちゃってさ…。俺があの時遅刻しなければ、馳競はバイクに轢かれなかったんじゃないかって。そうすれば今も一緒に滑れて競い合えたんじゃないかって」
「お前さ~何度言わせんだよ、隼樹のせいじゃないから。あの時、信号無視した運転手が悪いし、俺がお前を迎えに行こうとしたのが余計だったんだって」
3年前のある日、隼樹は定食屋を営む家の手伝いが長引き、馳競との待ち合わせに遅れてしまった。隼樹から遅れると連絡が届いた馳競は家も遠くないので良かれと思って隼樹を迎えに行く事にした。
しかしその途中、横断歩道を歩いていると信号無視をしたバイクに轢かれて足を骨折してしまった。命は無事で足も歩けるまでには回復したが、後遺症で2度と走る事ができなくなってしまい、彼の選手生命は絶たれてしまった。隼樹はその事に今も責任を感じているのだった。
「でもさ。俺、インラインスケートが好きだけど、1番はお前と競争するのが好きだったんだ。お互い沢山練習して努力して早さを追究して全力でぶつかり合うのがさ、楽しかった。今もさ凄い選手は沢山いるけど横にお前がいないから前より闘争心が薄くなった感じがする。それが寂しくて…馳競本人はもっと苦しんでるはずなのに…って」
「そっか…まあ、俺もだよ。俺もお前と戦うの好きだったからな~。できなくなったのはやっぱさ辛いよ」
同時に、隼樹は馳競という唯一無二のライバルを失った事で、日々喪失感に苛まれていた。インラインスケートを好きな気持ちは続いているが満たされない何かがあったのだ。
それは馳競も同じであった。馳競にとっても隼樹と競う事は彼にとってかけがえの無い事で、生きがいだった。
隼樹の正直な言葉を聞いた彼は少し間を置いた後、懐かしむような優しい声で自分の気持ちを語り始める。
「なあ、覚えてるか?お前さ俺が入院した時、病室にしょっちゅう謝りに来てくれてたじゃん?」
「ああ。今思うと馳競はそっとしておいて欲しかったかもしれないのに鬱陶しかったかもな…」
「いや俺さ、あれ結構嬉しかったんだ。俺が走れなくなって、お前が自分の事のように悲しんで、苦しんで、悔しがってくれたのが。そりゃ最初はどん底まで落ち込んでたから空しさでお前にイライラをぶつけたりしちゃったけどさ…こんなに俺の事大切に思ってくれる親友、ライバルがいるんだ、いつまでもくよくよしてられないと思ったよ。」
「馳競…。」
「気にしてくれるのは嬉しいけど気負い過ぎないでくれ。俺、お前が思ってるほど今は苦しんでないんだ。だって命は無事だったんだぜ?足だって歩けるまでに回復したし、大好きなインラインスケートにもこうやって関われてる。教えながら頑張る皆の応援するの、すっげーやりがいあるんだよ。俺は幸運なんだわ!」
そう言いながら馳競はニカッと歯を見せ微笑む。それは作り笑顔でも無理をして気を遣ってるだけでもない屈託のないものに隼樹には思えた。
「(きっと苦しみは完全になくなった訳じゃない…けど馳競自身は今の環境の中で懸命に前に向かって進もうとしている。なら俺も…どうにもならない事でいつまでも下を向いてる場合じゃないな…)」
「俺は同じステージにはいないけどさ、お前のそばにはいる。一緒にもっと上目指そうぜ?本当はもっと速くなりたいんだろ?」
隼樹は馳競のその真っ直ぐな言葉が嬉しかった。「一緒に上を目指す」その言葉は心にぽっかりと空いた喪失感の穴を埋め、新しい道しるべになったように感じられた。
「…!ああ、もちろんだよ。俺だってインラインスケートが大好きなんだ。まだまだ沢山挑戦したい事もあるし、速くなりたい。………これからもサポート、よろしく頼むな馳競!」
「おうよ!まかせろ。…でも俺ほんとあの時死ななくて良かったよ…なんたってまだ女の子にモテてないからな!彼女も出来てないのに死ねるかよ…!」
といいながら馳競は大袈裟にわなわなと震える。話題を変えたのはもしかしたら照れくさかったからかもしれない。馳競は女性好きな一面があり、度々あの子が可愛いやらモテたいやら彼女欲しいやら隼樹によく長々と語っていたのだった。隼樹はまた始まった…と少し苦笑いする。
「お前、モテたいならそういうとこは女子には隠しておいた方がいいぞ…」
「隠してるよ!でも一向に来ないんだよモテ期が!何でだよ!?俺自分で言うのもなんだけどビジュいい方じゃね!?」
「うーん。顔は確かに整ってるけど、見ため派手だからな。一見チャラそうなのかも…。俺はお前が誠実な奴だってわかってるけどさ」
「でもうちの学校校則緩いんだから好きにしたいじゃ~ん!いいよいいよ…いつか俺の魅力に気付いてくれる人に出会ってみせるからな…!」
「あ、あはは…」
「なんだよその苦笑いはー!?」
馳競なら焦らなくてもそのうちわかってくれる女性が見つかると思ったが隼樹も先程からから照れくさかったので黙っておく事にした。
話は脱線したが改めて隼樹は決意を固める。
「(もし、俺があの時遅れなければ…一緒にいたら…そもそも事故が起きなければ…2人で競い合う未来があったのかと何度思ったんだろう。でも俺達は「今」を生きる事しかできないんだ。なら…今は馳競の気持ちに応えたい。それが俺がこいつにできる事だ。頑張ろう。自分自身のためにも、馳競に誇れる選手になるためにも…!)」
だが次の日とんでもなく不可解な事態が起こる事などこの時彼はまだ知る由もなかった。
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翌日大会当日。
「無い…どこにも無い…」
見慣れぬビル郡の中、隼樹は途方にくれていた。何度も来た事がある大会会場「四葉スターゲートスケート場」へ向かって歩いていたのだが、たどり着いたそこは全く知らない景色になっていたのだ。道を間違えたのだろうか?しかし、ネット検索や地図アプリで調べても大会会場は全く出でてこなかった。焦る気持ちを抑えながら横を通り過ぎようとしていた通行人を呼び止める。
「あ、あの。すいません!この辺りに「四葉スターゲートスケート場」があるはずなんですけど知りませんか?」
「スケート場?この辺にはそういう施設は無いと思うなぁ」
「え…。そうですか。ありがとうございます」
他にも5人ほど話しかけたがどの人も同じ様な反応でスケート場は無いと言っており、嘘をついているようにも見えなかった。
「(どういう事なんだ…?そうだ馳競に電話してみよう!あいつも今日大会に来るはずだ。俺みたいな事になってるんじゃ…)」
隼樹は鞄からスマホを取り出し馳競に電話をかける。無機質な呼び出し音はどこか重く感じられた。10回程鳴った頃だろうか馳競はようやく電話に出た。眠たそうな馳競の声が聞こえ、隼樹は既に嫌な予感がしていた。
「もし~。どした?隼樹~」
「もしもし馳競?変なんだ…今日大会だろ?隣町の四葉スターゲートスケート場で。でもビル街になっててどこにもないんだ…!地図アプリにも載ってなくてさ!」
「ん~。四葉スター…?どこだよそこ?それに今日は大会なんてないぜ」
「……!?お前、昨日俺と話してただろ?今日の大会の事!」
「話したっけ?大会は来週だろ。んーと…やっぱそうだ。配られた大会詳細のプリントにも書いてる。会場も他県だし」
「そんなわけ………」
隼樹はクラブで配られたプリントを確認し、驚愕した。そこには馳競の言う通りの事が書いてあったのだ。だが隼樹は昨日もプリントに書かれている内容を確認済みであった。そこに書かれていた事は昨日までの内容と全く違う内容になっていたのだ。得体の知れない気味の悪さに隼樹の顔から血の気が引いていく。
「う、嘘だろ!?」
「お前が勘違いなんて珍しいな。ふわぁ…悪い、俺まだ眠いんだわ…。また後で話聞くからさ。じゃ~」
混乱し頭を抱える隼樹とは対照的に馳競は眠たそうに気の抜けたあくびをして隼樹との電話を切り上げてしまった。
「待ってくれ馳競!何かがおかし…い……。切られた」
異常な事態に思考が停止し立ち尽くしたその時、近くで若者の騒ぎ声が聞こえてくる。そこには数人の学生達が顔を青くさせながら辺りをキョロキョロと見回し困り果てていた。
「何でよ…何でスケート場が無くなってるの…!?」
「わからん。今日は大会のはずだろ…なんなんだよこれは…!?」
「そうだよ、こんなのおかしいよ!だって僕昨日来たもん。昨日まであったんだよ!?」
「(スケート場が無くなってる事に気付いているのは俺だけじゃなかったんだ…!本当に何がどうなってるんだこれ…!?)」
自分と同じ状態の彼、彼女らと話をしようと隼樹が1歩踏み出した時だった。突然隼樹の視界が揺れ、強い目眩に襲われる。
「あ…れ…」
身体のバランスがとれなくなりふらふらしていると、目の前が暗くなる。目眩は直ぐに治まったが気が付いた時には周りの景色が一変していた。
「…………は?」
今まで野外にいたはずが目の前には見知らぬ部屋が広がっていたのだ。部屋の中にはモニターが数個と見慣れぬ機械があり、近未来的なデザインの机と椅子が長方形を囲うように並んでいる。SF映画さながらのその部屋は見たところ会議室のようだった。




