しかして彼女は当事者に
その日私は何となく目が覚めた。
廊下からは何も聞こえない。物音も何も。
(…この時間だとまだ誰も起きてないんだ)
枕元にある時計の針は4:00を指している。
どおりで誰も起きていないわけだ。
(新聞でも取りにいくか)
そう思い私はベットから降り、パジャマの上に1枚羽織ってから物音をたてないよう慎重に部屋を出た。
普段なら自分が起きてくるころには幼い子を世話する先生や小学校の登下校班を待っている小学生がリビングにいるので誰もいないと何だか不思議な感じだ。
生まれたときからこの孤児院で暮らしている。
でも、こんな静けさを感じたのは初めてだった。
玄関を抜け、ポストを確認する。
(あれ、新聞ってこの時間に入ってないのか??)
他にやることも無く、ふと家全体に目を向けてみると1階の窓の1つが半開きになっているのに気づいた。
(1階のあそこって誰の部屋だったかな)
夜は窓を閉める決まりになっていたはずだ。理由は色々あるだろうが1番は防犯上だろう。
(1階で先生の言いつけを守らない奴と言えば…レオだな)
彼は最近小学生になったばかりなため1人部屋を与えられたことがよっぽど嬉しいのだろう。寝る前によく部屋でのルールを注意されている様子を見かけている。
(しょうがない、閉じにいってあげるか…)
そう思い、中に入ってすぐにあるレオの部屋にこっそり侵入した。
「レオ…窓空いてる。先生が起きてくる前に閉めないと怒られるぞ…」
小さな声で彼に話しかけたが、応答がない。
(寝てるから聞こえないのか)
やれやれと思い、ベットに近づきもっと彼の近くで言おうと思った…が
「レオ…?」
目の前の出来事に驚き、大きな声を出してしまいそうになったが咄嗟に口を手で覆った。
耳を澄ませる、何も物音はしないどうやら誰も今ので起きなかったようだ。安心するのもつかの間、私は今の状況に混乱した。
(レオ、なんでいないんだ!?昨日までいたよな!?)
困惑しつつも、私はとりあえずシーツを確認する。
(まだあったかい…てことはさっきまではいたのか!)
窓から風が吹き込む中、シーツにはまだ人肌らしき温もりが残っていたため、この部屋少し前まではいた事の確認はできた。
(先生に報告…はダメだ。先生を困らせるし、私がここにいたらややこしいことになる)
「かくなる上は!」
そう言って私はまた玄関を抜け今度は敷地外へ飛び出した。
(そんな遠くへは行ってないだろうから、近くにはいるはず!)
怒られる可能性も十分にあった。
しかし、彼女はそんなことよりもレオのあんぴを優先することにした。
「レオー!レオー!?」
朝ということを考慮し、そこそこの声量で彼の名前を呼ぶ。
すると、どこからか、泣き声が聞こえた。
「…こっちか!!」
生まれつきの聴覚は人一倍優れている。
私はすぐ場所を特定し泣き声の場所にたどり着いた。
「レオ!」
そこにはパジャマ姿で大泣きしているレオがいた。
「姉ちゃーん!(泣)」
私が彼に駆け寄ると彼もまだすぐに私に飛びついてきた。
「大丈夫だから。落ち着きなさい。それにしてもどうしてこんなとこにいたの?」
大泣きする彼に私は尋ねる。
個人的な予想では好奇心で飛び出して迷子になったというのだった。
しかし彼から言われたのは、全く予想だにしていなかったことだった。
「あのな…まっくろいな…かげに…ここまで…つれてこられたんだ」
「真っ黒な…影?しかも、連れて来られたって…」
私が不思議に思って彼の顔を覗き込むとずっと泣きっぱなしで顔も青ざめている。
嘘をついているようには見えなかった。
(まあ…詳しいことはあとで落ち着いてから聞くか…)
そう思い、彼に帰ろうと伝えようとしたその時
「姉ちゃん後ろ!!!!」
「え?」
ゆっくりと後ろを振り向くと、そこには――ギラつく牙、爛々と光る目、まるで闇そのもののような異形が、私を見下ろしていた。
鋭い牙、ギョロっとした目、そして何より…
(殺気…だよなこれ)
そんなもの感じたことないが、己の直感でわかる。
私はレオを確認した。
レオは先ほどと同じように嗚咽混じりにまた泣き出してしまった。
(覚悟決めるか…!)
私はレオから手を離し、化け物を睨みつけながらレオとは反対の位置に移動した。
「食べるなら…!私にしときな…こいつには絶対触れさせないんだから!」
私はその化け物を挑発し、自分だけを狙わせる。
そして、化け物は私に飛びついてきた。
景色がスローモーションに見える。
(あぁ、これほんとに死ぬんだ…)
そう感じて目を強く閉じる。
カキーン!
何かが何かに当たった音がした。
感じたのは痛みではなく、また別の気配だった。
恐る恐る目を開けるとそこには赤いマントを羽織り、銀色の刀を化け物の牙に当てている女性だった。
「よくここまで持ちこたえた。いいじゃない!」
カンっ!と今度は刀で牙を弾いた後、彼女はこちらに向かってきた。
「え…あの…」
私が困惑していると、彼女は私の頭を優しく撫でてきた。
「安心しな。もう死ぬ覚悟なんかしなくていいぜ」
そういうと彼女は手を離し、その代わりと言うように私に自分の制帽を被せてきた。
「さ、かかって来なウォンデッド。あんたの相手は白狼隊隊長の二階堂 翼だ」
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「いや~まさか朱乃を引き取る人が現れるなんて」
孤児院で働く職員は驚きながら、リビングにて来客にお茶を出した。
「どうぞ、粗茶ですが」
「お構いなく」
翼は茶をすすりながら、周りを少し見渡す。
翼たちの様子を伺っている子供が何人もいた。
小学生から中学生まで年代は様々で、全員がこちらを見ている。
その様子に職員は気づいたのか、翼に苦笑いしながら話した。
「すみませんね。普段はもう少し落ち着いてる子たちなんですが」
「どうも、1番古参の子が引き取られるとなると里親がどんな方か気になってるらしくて…」
翼はそれに対してふふっと微笑んだ。
「たしかに、私も彼らと同じだったら気になりますよ。自分たちのお姉さんがいなくなっちゃうんですもんね」
そんな談笑をしているうちにこの場の主役が大きな荷物を持って登場した。
「用意出来たんだが…ほんとに私のこと引き取るのか?」
翼がここへ来た1番の目的こそ、彼女…如月 朱乃にあった。
先程のパジャマ姿から身なりを整え、学生服を纏い、結んでいた黒髪を下ろしている。
「言っただろう。君を引き取りに私はここまで来たんだよ朱乃」
「ん…そうか。わかったよ。さっきのこともあるしな」
少し困惑気味な朱乃を脇目に翼は先程出された茶を一気に飲み干し、身なりを整えて座っていたソファから立ち上がった。
「それじゃ、行くか」
「元気でね、朱乃」
「あぁ、先生も…ガキ共もな」
そう言うとリビングにいた、子供たちが一斉に朱乃に手を振った。
そこには先程一緒にいたレオもいる。
朱乃は彼に近づき、言葉を残した。
「じゃあな、レオ。また連れ去られんなよ」
「なにいってんだ?ねえちゃん」
「うん?いや…なんでもないよ」
そう言って彼女は新しい門出に旅立った。
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「…ってめちゃくちゃ感動的に別れたけどよ…」
「なんなんだよこの状況!!」
孤児院を出て少し離れた場所で私はどこかへ歩き出している翼に聞いた。
「なんなんだ…って流れ通りだろ。君を助けて、あの男の子の攫われた記憶を消して、朱乃を引き取った。作戦通りだな」
そう言って彼女は私にウインクをしてきた。
「作戦通り…なぁ…」
翼の手によってたしかにあの化け物は倒された。
その後、彼女はレンに袋のようなものを嗅がせると彼は気を失い、話してみると先程のように記憶が消えていたのだ。
「あの袋なんなんだ?しかも、戦ったあとアンタが着てた…軍服ってのか?それも普通の服変わったし」
「あれはラナンキュラの匂袋だよ。軍服は収納型なんだよ、きみも使うことになるから覚えておくといい」
「ふーん…そうなのか」
(うん?きみも…?)
「おい、翼!私もって…」
「さぁ!着いたぞ!ここが今日から君の家だ」
私が翼の言動に疑問を感じ、聞き直そうとした時にはすでに目的の場所に着いていたらしい。
翼から目線を外し、目の前の建物を観るとそこはごく普通の一軒屋だった。
木造建築だが、周りの塀や柱の木はほとんど劣化していない。
最近建てたばかりなのだろうか?
ガチャとドアノブを回し、翼は家の中に入る。
「入ってくれ、ここが今日から君の家なんだからゆっくりしてくれよ」
中に入ると、廊下が広がっており壁沿いにいくつかドアがある。
1番奥だけは襖になっており、その中からは数人の男女の声が聞こえる。
「私のほかにも誰かいるのか?」
「あぁ、君以外にもあと5人住んでいるよ」
「シェアハウス…ってやつか?私、あそこのガキ達とは昔から一緒だから話せるだけでそもそもの人づきあいはあんまり得意じゃないんだが…」
そう不満を漏らすと、翼はニカッと笑った。
「大丈夫だよ、ここのやつはみんな気前も面倒見もいいんだ」
「おーい!蒼空!連れて来たぞ!」
翼は奥から誰かを呼んだ。
「はーい!今行きまーす!」
「じゃ、私は仕事があるから。ここのルールとかは中にいるヤツらに聞いてくれ」
「は、え、ちょっ、ちょっと!!」
そう言うと翼は私に手を振って、玄関に私を残し、すぐに出て行ってしまった。
スー…トンと麩の音が後ろからした。
翼が出て行ってしまった玄関の扉から反対の方向を向くと、私の目の前には1人の女性がいる。
私より身長が高く、髪は薄い茶色。ツインテールであり、一部緑色のメッシュが入っている。
上はは白のタートルネックに黒いロングカーディガン
下にはタイトスカートを履いている
…とここまではふつうだったのだが
問題は首元だった。
今の季節は春だ。しかも、最近は異常気象の影響で25度まで気温が上がっている。
しかし、彼女はマフラーを巻いている。紫色のモコモコとしたマフラーを。
「暑く…ないんすか」
「え?何が?」
「いや‥なんでも」
聞いちゃいけない気がしたので私はすぐに彼女の首元から目をそむけた。
彼女は少し困惑した顔をしたが、すぐに微笑んでこちらに声をかけてきた。
「如月…朱乃ちゃんだよね?お部屋に案内するね」
彼女はそういうと私の持っていた荷物を持とうとした。
「い、いや大丈夫ですよ。自分で待ちます!重いですし…」
見るからに細い彼女にこんな重いものは持たせられない、そう躊躇したが、そんなものはいらないかのように彼女はヒョイと荷物を持ち上げた。
「えぇ…」
「さ、どうぞ〜」
彼女は慣れた手つきで荷物を運び出した。
彼女のあとを着いていくと、襖の所を曲がりさらに奥に向かった。
(奥にまだ部屋があったのか)
ドアが1枚だけ存在しており、そこだけ他とは離されていて少々不気味なくらいだ。
しかも、それぞれの部屋も少々不思議な点があった。
(ここにも…なんで鍵穴…???)
そう思っていると、先程蒼空と呼ばれていた女性がポケットから鍵を取り出し、そこの鍵を開けた。
「よいしょっと…ふぅ開いた。これここの鍵」
そう言うと彼女は私の部屋らしい鍵どころか、鍵の束を渡してきた。
「え…えーとこれは…」
「金色の鍵が朱乃ちゃんのね。この銀の小さいやつが私の部屋の。あとのやつは…それはみんなに教えてもらおっか」
「え、いや…なぜ私がこんなにたくさんの鍵を…?」
すると彼女は首を傾げた。
「あれ…翼さんから何も聞いてない?」
コクリと頷く。
「ほ、ほんとに…?白狼隊とか、ウォンデッドのことも?」
もう一度頷く。
すると彼女は気まづい顔をして、その後こちらに目線を合わせるようにかがみ、肩に手をおいた。
「うん…えっと…まあその…翼さんってそういう人なの」
「まあ、それはさっき話してたら何となく察しましたよ」
「で、できるだけ分かりやすいように後で説明するから!!とりあえず、荷物だけ部屋に置いたら襖の部屋に来てくれる?」
「わ、わかりました…」
何となく圧におされ、了承しか出来なかった。
「ゆっくり!ゆっくりでいいからね!」
そう言いながら彼女は小走りで襖の部屋に戻りながら時折、「もう!!なんで、何も説明せずに連れてきちゃうのよ!!」と小言を言いながら戻っていった。
(大変そうだな…)
そう思って部屋に入ろうとすると…
「あ、それと!!」
部屋に入ろうとする私に襖の部屋に入る直前の彼女が声をかけた。
「敬語じゃなくていいからね!私のことも蒼空でいいから!」
「わかり…わかった」
そう言うと、蒼空はうんうんとにこやかに頷き部屋に入っていった。
荷物だけ置いたら、早く行こうと思った…が
(あ、違う。ゆっくりか。ちょっとだけ整理してから行くか…)
そう思い直し、私は自らの部屋に入った。