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8 アストレアの事情 後

アストレアの長い話を要約すると、そもそも、ムーダン王家が天秤を所有する事になった切っ掛けが、ビビリなシャーク殿下のご先祖様で、この世界の人間で初めて「権理」という言葉を使った人らしい。


「冴えない青年だったわ。学者を目指す貧乏な村人でね」


そんな青年ーーーーテリウスとある日、法論戦バトルを繰り広げたアストレアは見事に惨敗。

見所あるじゃない?って、加護を与える事にしたんだって。


「盛大な口喧嘩の間違いだろう。悔しいーって泣き叫んでいたと、お前の眷属から聞いていたが?」


ラインハルトが訂正という名の暴露が入る。

口喧嘩かぁ。私もラインハルトとしたことあるのかな。

負ける予測しか出て来ないけど。


「う、うるさいわよ!論戦って言ったら論戦なのよ!それで、天秤のレプリカを造ってテリウスにあげたのよ。でも、私にしてみればほんの一瞬の時間だったけど••••テリウスはおじいちゃんになってたわ。街の長をしているって。孫まで居たのよ」


時間の流れが残酷に感じたのは初めてだったわ、と、アストレアは寂しそうに微笑んだ。


そして、ときが流れて••••その子孫達は街の長から地方領主へ、そして国と呼べる程の大きな領土を治める。


「彼等は決して、私利私欲に天秤は使わなかった。いつでも測るのは、どの選択が一番、民が安んじられるかを願うものだったから、取り上げる事はしなかったの。悩んで、必要な手を打って、する事を総てしても尚、迷う時、私の声を聞いていたわ」


選択のその先を見せる。いくつもの分岐を。確率の高い可能性を。錘と釣り合う分だけの僅かな未来を。


「人間って不思議よねぇ。神の未来予測を覆してみせる事もあったのよ」


生命を燃やすように駆け抜けて行く彗星だと思ったとアストレアは言う。あの煌めきは、神をも惹きつけると。


「そんな時、そう、あれは国号がムーダンになったばかりの頃ね。久々にテリウスの子孫の様子見に降りた地上で、泣いている少年を見掛けたの。吃驚したわ。その子、テリウスにそっくりなんだもの」


泣いている理由を問えば天秤を壊してしまったと言う。


「私が左手に天秤を掲げ持って、右手で剣を持っている秤なんだけどね、こう、左腕がポッキリ折れちゃってたのよ。それで、どうしよう、父上に怒られるって」


テリウスにそっくりな少年が泣いているのは心が痛くて、つい『お姉さんに任せなさい!直してあげるわ』って言ってしまったらしい。


「テリウスの時みたいに時間かけられないと思って、私の本体を渡したの。治るまでねって」


流石に錘まで本物を渡すのは、なんと言っても神器だ。力が強すぎると、それはレプリカのままにしたんだって。


それに、アストレアの本体が地上にある以上、降臨している状態になってしまう。

だから、本物の錘を【上】に置いてーーーーアストレアの神力を半分にして、天界の錘と、地上の秤にそれぞれ別けた、と言うことだ。



「二つ揃ってこそ、私なんだけど、どうせ少しの間だし、まぁいいかって。レプリカの錘に私の意識を宿らせておけば、何かあっても対処出来ると思って。半分とは言え、神器本体の力も抑えなきゃいけないし」


「どうせ、眷属に対する偽装工作もあったのでしょう?天界からの持ち出しを隠すための。秤はメンテナンスに出しているとでも言いましたか?そこにレプリカの修理も頼んでいるでしょうから」


あ、ロウの片眼鏡が光った。もしかして、やべぇヤツが来る前触れでしょうか。


「な、なんでしってるの!?」


イヤイヤ、アストレアさんや、何故にバレないと思ったの。

後自分で、ある程度バラしてますし。


「それで?ムーダンが建国してから約四百年。その間ずっと見守ってたのか?レプリカの錘に宿って」


呆れたラインハルトの声は溜息混じりだ。


「だって!あの子生意気にも私に求婚したのよ!今生は国に身を捧げるから貴女と添い遂げる事は出来ないけど、もう一度、この天秤に、私に逢うために産まれて来るって。大人になっても冴えない青年学者の風貌の癖に、頑固で。生きる時間が違うし、きっと私の事なんて覚えて無いでしょうって言ったのに」


ーーーー貴女が覚えていて、くれるでしょう?って。


そんなアストレアの泣きそうに微笑む姿に切なくなる。


「この私に、覚えていろって、何様よ?サッサと死んでしまうクセに。でもね、気が付いたら頷いてたのよ。あっさりとね」


神との約束ーーーーそれは誓約。果たさねばならぬもの。

それが、結ばれたのだ。


でも、とアストレアの頬を透明な雫が伝う。


「馬鹿ね。折角、産まれて来たのに、また国にその身を捧げるのね」


ラウゼンは天秤を見る事自体が稀で、政に天秤は使われて居なかったそうだ。

お守りの様に姫林檎を持っていただけで。


ラウゼンの父王は、譜王ーーーー天秤の声を聴く者と言われていたけど、それでも長い王政の中で、数回だけだったそう。


「譜王による最後の問で、ラウゼンの結婚相手に反対したわ。天秤の傾きが異常だったの。分かれ道にあるのは荒廃したムーダン。ラウゼンの愛した娘によく似た青年の笑い声が、どの道も塞ぐのよ」


怖かったと、アストレアは自分の身体を抱きしめる。

自分の加護がある筈なのに、何故か見える破滅。


「それでもシャークが産まれたわ。希望の子が」


テーブルの上に鎮座する黄金色の姫林檎をアストレアが浮かせ、両手で包む。

愛おしげに唇を寄せると、音もなく私の前に置かれた。


「シャークって継承権一位でしょ?サジル派に狙われまくって大変だったのよ。見守るって言っても、たまには天界へ帰ってアリバイ作っておかなきゃだし、私には時空神様みたいに分身を別々に動かせる器用さは無いもの」


それで、アストレアが天界にいる間に、事件が勃発。

シャークの危機に急ぎ戻れば、天秤は無いし、ラウゼンは血を吐いて倒れているし、ザッと【視た】だけでも毒殺と、天秤の盗難にサジルが関わっているのが分かり、着の身着のままの状態で、シャークと共に逃亡したと言うわけだ。


幸運だったのは、錘の姫林檎をラウゼンが懐に持っていた為に盗まれず、シャークに渡り、アストレアも宿る事ができた事だろう。


「大変だったわ。逃亡って凄くストレス溜まるのね。力も無くなっていくし、でも今のシャークから離れるって選択は出来なかったわ。姫様の気配を感じた時は、ホッとして泣きそうだったのよ」


希望の子と言いながら、おどけたように経緯を説明しながらも、アストレアの言葉の隅には寂しさが滲んでいる。

どんな言葉を返すべきなのか分からない私は席を立ち、アストレアをそっと抱きしめた。



部屋に暫しの沈黙が流れる。

ポリッとクッキーを割る音がするのは、チュウ吉先生が場の空気を読まずに齧っているからだ。


チュウ吉先生は、アルディアにいた頃よりも二周りは大きくなったと思う。

あの小さなハムスターサイズが、今や私の両手サイズだ。


溜息を付いたらフロースのそれと重なった。


「君って相変わらず意地っ張りだよね。こうなる前に、どうして助けを呼ばないのかな」


「だ、だってーーーー側を離れる訳には••••」


「上に、事が露見しないようにしたかっただけだろう」


タジタジのアストレアは言い訳するも、ラインハルトに一刀両断される。

精霊にでもに伝言頼めばよかったのにって。


「ま、まぁ、事が事だけに、上にバレたくなかったのはわかるがな、一言あれば、誰ぞが動いたぞ?我だってな」


「助けてくれるの?」


「そうで無ければ、態々脅して問い詰めたりしませんよ。こうでもしないと意地っ張りの貴女は吐かないでしょう?」


「ーーーー俺は怒っているが」


「ヒィィィ!!すみませんでしたぁー!」


ラインハルト、もう許してあげて下さい。


私は目の前の林檎を両手で持つと、願いを込める。

シャーク殿下に返す予定なので、人が持つ物だ。既にアストレアが宿っているんだし、ちょっとだけの。


でも、ほら。なんと言っても、幸運の女神でもあるらしいからね!

気に持ち用程度には良い事あるかもだし!


「姫様、愛してる!」


「えと、ありがとう?」



アストレアは元気一杯で、再び林檎の中に戻った。

愛してるって、いい言葉だな。言える人がいるんだもの。

隣から視線を感じるけど、知らない振りをする。

今振り向いたら口から何か出そうだし。


こういう時は、お口チャックに限る。






「さてーーーー。ラウゼン二世の毒殺についてですが、どうやら【法】で裁くのは難しそうです」



再びの沈黙の後、ロウの言葉が重く部屋に落ちた。






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読んでいただきありがとうございました(*´꒳`*)

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