16 最後の女神
鳥籠の中で聞いたアステールの言葉は、チュウ吉にとっても看過出来ぬものであった。
タシタシと小さな足を踏み鳴らす。
抱えた黄色い綿毛がギュムリと形を変えている。
ーーーーフィアに何かあれば許さぬぞ!
フーフーと息は荒いが、一旦怒りを鎮めて何処かに隙は無いかを慎重に探る。
絶対にある筈だ。たとえ今は無くても、その瞬間を見逃すまいと意識を集中させた。
幸い、この鳥籠は結界の一種。結界術はチュウ吉の得意とするものだ。
何とか解析をしてコレを破り、囚われた主を助けなければ。
『チュウ吉、焦ってはいけません。アステールに気付かれます。鳥籠全域に同調して書き換えようとしている様ですがーーーー私達が出られる隙間さえあれば良いのですから』
チュウ吉は、コッソリと思念で伝えてくるアスターの言葉にハッとする。
全体を何とかしようとするから、時間も力も足りなくなるのだ。
ならば、一極集中で穴を開ければ良い。
アスターの助言通りに力を展開させると、ジワジワと力が鳥籠に浸透していく。
サジルから少し離れた場所へ置かれた椅子に、ゆったりと座っているアステールは、大きな楕円形の鏡に映し出した光景を見入っていていて、サジルに話し掛けていた。
二人の間にあるテーブルには、赤い液体ーの入った飲み掛けのグラス。
ーーーーまだ隙は見えない。
『チュウ吉ーーーー』
よくよく敵を観察しつつも、結界による穴を確保出来たかと思った時、アスターの気遣わしげな声が思念で届いた。
ーーーー何でしょう?
チュウ吉は返事をしながら、ソロリと足を鳥籠から出してみる。
どうやら上手くいったらしく、抵抗なく結界の外に足を出せた。
『ええとーーーー非常に言いにくいのですが、今のチュウ吉の体型だと、もう少し穴の大きさが必要だと思うのですが、それでは私のーーーーポポとしての身体しか出られませんよ?』
ーーーー言われてみれば!!
最近少しだけ太ったかも知れないと、思い始めていたところだったのだ。
不本意ながらも、穴を大きくしたその時、囚われの身となって、黒い縄に巻かれたチュウ吉の慕わしい少女神が、アステールの座る椅子の足元に現れた。
「『フィアーーーー!!』」
転がされ、巻かれた黒い縄に見えたのは、生きている様に動き、それはスルスルと解かれていく。
アスターを宿らせる肉体に、大きな傷を付ける気は無いようだ。
慌てて、すぐにでも助けに行かねばと、チュウ吉の足が動いた瞬間、囚われの主とチラッと目が合う。似合わず、鋭い眼差しだった。
鳥籠からは丁度斜めに見える位置の所為で、睨まれた感が半端ない。
怒っているーーーー!?
いや、違う。
ピリッと刺すような気が、一瞬、チュウ吉の髭を震わせた。
動悸が激しくなり、冷や汗が出る。
『ああ、この気配ーーーーなるほど、よく似てますし。ですが、これはーーーー』
アスターはフムと頷き、チュウ吉は踏み出し掛けた一歩をそろりと鳥籠の中へと戻した。
縛られていた身体が開放されて、緩慢な動きで上体を起こす様子が痛々しく見える。
それを見て、唇の端を斜めに上げたアステールは、足を優雅に組み替える。
「なんとも、呆気なく捕まったものだな、メイフィア」
嘲笑うアステールをよそに、サジルは鏡から視線を外さない。
鏡の中の『誰か』を追って見ている。
正直な所、この場所からは、全員メイフィアに見えて音声は途切れ気味、しかもタイムラグもあるようだ。
ーーーー感度が悪いのだな。如何にか気配で選別するしかあるまいて。
だが、メイフィアと元々の気配が似ているのだーーーー『この男神』とは。
親子や兄弟で、道具を通すと声がそっくりに感じるのと同じで。
これでは間違えるのも、無理はない••••かも知れない。
と、チュウ吉は考えたが、サジルの視線の先が、フィア馬鹿が向ける視線の先と重なるのをみれば、アステールが間抜けに思えた。サジルには見分けが付いているのが分かる。
ーーーーそれにしても、ブレないその姿、まさしく。
『相変わらずですねぇ、全く。心配なら一緒にいれば良いものを。態々囚われなくとも良いでしょうに。何を考えているのやら』
コソコソと内緒話をしながら、チュウ吉は深く息を吐いた。
ーーーー分かっていたら苦労致しませぬ。
冷酷な気が場に渦巻く。
「フン、何を致そうとも、ここの空間は俺が支配した。どう足掻いても要求を飲む以外に道は無い」
アステールの会心の笑みにほころぶ顔は、自信に満ちて、失敗などあり得ないと確信しているのだろう。
狂気を隠した、凍てつく微笑。
それを真っ向受け止めたアメジスト色の瞳が瞬く。
そこには驚きも怯えも見えなかった。
「この顔に少しは驚くかと思ったが、存外図太いのか、鈍いのか」
ピクリと動いた眉が、不愉快さを示している。
「もしかして、似ている、っていいたいの?貴方をここへ封じた兄様に。それと、一応は驚いているわよ?ニラだと思って収穫したら、水仙の葉っぱだった位には」
ーーーーフィアがいる!!この訳の解らない例え方は、当に!
コテン、と首の傾げ方までそっくりだ。
たけのこのお菓子を食べながら緊張感無く言うのは、煽っているのだろうか。
『煽ってますねぇ。フィアならば可愛い仕草ですが、中身はねぇ•••••』
チュウ吉はゴクリと唾を飲み込んだ。殺気が溢れたからだ。
アステールは頬をピクリとさせて、深呼吸する為に鋭い眼差しを一度閉じた。
次に開いた時、その瞳には瞋恚が宿り、憎悪を顕にする。
「小娘が!どうせ、何故お前が最後の女神なのかも知らぬのだろう?破壊と終焉、ーーーーお前こそが滅びの女神よ!」
クツクツと喉で嗤う。
光通らぬ深海の、冷たく暗い声音が告げる。
言葉が刃となって、襲い掛かる。かすれば服が裂けて、血が滲む。
なのに、この女神は顔色一つ変える事なくアステールを見据えるのだ。
それが益々癇に障る。
「ーーーーもう良い。その器だけがあれば良いのだ。その司通りに神核など滅びるが良い」
大きく空間が歪む。
指した指の先には米粒程の光が集まり、エネルギの塊が作られる。
チュウ吉は鳥籠から出て、急ぎ防御を施そうとしたが、狙われている本人に止められてしまう。
『チュウ吉の防御でも防ぐのは難しいでしょう』
「アスター様!!では何と!?」
サジルが椅子を蹴るように立ち上がる。
アステールの指先から衝撃波が、華奢に見える身体に向かって放たれた。