12 憂い無し?
フワリと涼しい風を感じた瞬間、目を瞬かせて確認すれば、そこはガレールの公爵邸の離れだった。
ムーダンよりもずっと北方に位置するガレールは、早くも秋の濃い気配がしている。
私達に気が付くなり、ザザッと跪く大勢の使用人と、執事のセバスチャン、ガレール公、見間違いじゃ無ければ王様も居る。
王様は兎も角、懐かしいと感じる程には、まだ時が経っていないけど、見知った顔触れにホッとする。
以前お世話になった人員を、そのままを手配してくれたガレール公に感謝だ。
大袈裟な出迎えは必要ない、と言っておいても、そうはいかないようで、エドアルド王が堅苦しい口上を重苦しく述べている。
心労の所為か、髪に白いモノが増えていて、少し痩せて見えた。
うん、ここはエドアルド王も話したことがある、ディオンストムに対応してもらう方が良いかな。
私はそっと目配せをしたあと、苦笑いを隠したディオンストムに頷いた。
「出迎え大義であったーーーー」
穏やかなディオンストムの物腰に、エドアルド王の緊張もとけたのか、静かに揺れる湖面の様な雰囲気が広がる。
僅かなやり取りをして、漸く屋敷内に入ると、以前と変わらぬ様に過ごせる環境が整っていて、サロンに腰を落ち着ければ、セバスチャンがお茶を用意してくれた。
「ありがとう、セバスチャン」
モリヤとメルガルドは、馴染みのガレール邸使用人や、お花組と宝石組の精霊メイド達と荷物の片付けに、忙しなく動いている。
「どういたしまして。ーーーー姫様もお元気そうで、安心致しました」
「セバスチャンも元気そうで良かった!また少しの間、お世話になるけど、よろしくね」
私達の間に流れた気安い空気にエドアルド王が驚くけど、ガレール公が何も言わないのと、神々がそれを当たり前の様に受け止めている事で、青い顔してモノを言いたげな表情を引っ込めた。
「ガレール公、琅かん翡翠は手に入った?今、見る事は出来る?」
「御意にーーーーセバスチャン」
全員にお茶が行き渡るのを確認してから、そう問うと、銀の盆にベルベットの式台を乗せたセバスチャンが目に前に置いてくれた。
大小様々だけど、どれもが最高品質のガレール産だ。
前の世界ーーーー日本で生きていた頃、何処かの大富豪が持っていた翡翠のネックレスが、数十億で落札云々と聞いたことがあったけど、この個数を用意出来るとは、ガレール公爵家の財力が窺い知れる。
「ディオンストムとロウは、王と公爵に説明をお願い出来る?ラインハルトはこっち手伝って」
「フィー、翡翠なんて、一体何をするつもりなの?」
一つ一つ手に取って確かめる私に、フロースが疑問に思うのも無理はない。
普段、高価な宝石類を欲しがらない私が、急に欲しがったからだ。
ーーーー見るのは好きだけど。
「んー。御守り?の様な?ヤツを全員分のを作ろうかと思って」
「御守りって。俺達に?」
フロースは美しい瞳を眇めて呆れた声を出した。
うん、言いたいことはわかる。神様だもん。御守りなんて授ける方で、持つ事は無いよね。
「なんて言えば良いかな。ほら、備えあればって言うでしょ?」
「ふむ。奴めは中々性格がひん曲がっておる様だしな。そもあろうて。姫様が御用意されるのであれば、我は喜んで頂くが?フロース、其方は要らぬと申すか。カリンは如何致す?」
興味深々と見ていた技芸が、笑いを含んだ声でフロースを揶揄う。
突然話を振られたカリンも、声を上げて笑う。
「なっ!俺は要らないなんて言ってないからね!?」
「分かってるって。言ったでしょう?ちゃんと全員分だって。ーーーあ、これかな」
なるべくならば、親石が同じ物が良い。運良く数を揃える事が出来そうだ。
指先をちょっと切る為に、ラインハルトにナイフを借りる。
「フィア、ほんの少しだけで良いんだ!それだと深く刺さってしまうぞ!?」
ラインハルトが物凄く痛そうな顔してるけど、翡翠に溶け込ませるのは私の血だからね?ラインハルトが痛い訳じゃ無いでしょうに。
「•••••お前が痛い思いをするのに、俺が平気な訳無いだろう?貸せ、お前じゃ指を落としそうで怖い」
あっという間に、ラインハルトに絡め取られた指先がナイフの先に触れた。
プツっと赤い玉が親指に盛り上がる。
判子の様に、翡翠に私の血が押されていく。私の血は乾く事なく、翡翠に吸い込まれていった。
後はそれぞれの石に、ラインハルトの時空の力を押し込んで貰うと兄弟石の御守りは出来上がりだ。
それから後一個だけ、一際大きい翡翠を選ぶ。ラインハルトに絡められた長い指を外し、一滴の血を垂らして、馴染ませた。
「うん、こんなもんかな?血も止まりそうだしーーーーって、ラインハルト、何?」
すん、と無表情で見てくる美形が、ちょっと怖い。
「フィアーーーー此方に手を出せ」
え、何で?と言う前に、手を取られてしまった。
直後、親指に感じた温かい吐息と、柔らかい唇の感触に、思わず手を引っ込めようとしたけど、握りこまれた手は力で敵う筈も無く。
「ちょっーーーー!?」
ラインハルトの口内で、慰撫された親指がゾクゾクしてくる。
伏せらた長い睫毛が上がると共に、トルマリンブルーの瞳が私を捉えた。
金縛りにあったらきっとこんな感じで。
いつもなら、この辺でお邪魔してくるチュウ吉先生やポポがいない。
って言うか人前なんですけどーーーー!?
恥ずかしさに思わずギュッと目を瞑ってしまう。
いったい如何すればと、これはまずいと焦る私に、救世主は見捨てなかった。
ゴン、という派手な音に恐る恐る目を開ければ、顎を押さえたラインハルトと、握り拳を振り上げた技芸がそこにいた。
私の濡れた親指は傷が塞がっていて、うん、治してくれたんだろうけどね!?
「馬鹿者、場を考えよ!」
「え、場所なの!?」
「ーーーーわかった。部屋でする」
「ぞうでは無くて!!」
「わかったなら、良しとするかの」
「ねぇ、聞いて?」
注目を浴びてしまってるし、私はとても••••周囲の生温かい目が却って辛かった。