10 虚構の景色
在りし日の美しき風景は、記憶に留めたままのものだ。
これは、深淵の闇の中に造られた虚飾。
感情の奥深くに隠された心。
ーーーー痛い、とチュウ吉は哀れんだ。
「フン。とんだ不純物がくっ付いたお陰でアスターが迷ってしまった••••が、まぁいい。お前の様な存在でも、誘き寄せる具にはなるだろう」
アステールは指先をツイッと動かし、優美な曲線を空に描く。
金色の光を伴ったそれは、瞬く間に紋様も繊細な美しい鳥籠になる。
アステールの指先の光が、名残を惜しむ様に消えていく。
閉じ込める積りなのだろう、その鳥籠は一種の結界にも見える。
アステールの意を悟ったチュウ吉は、ポポの身体を抱き締め、離されまいと身の周りに結界を構築するが、果たしてこの場での効果は如何程なのか解らない。
アステールが触れようとして、火花が散る。
チュウ吉は、一応は効いているのだと安堵するも、フワリと浮かされ、呆気なく鳥籠へと放り込まれてしまった。
「へぇ中々雅だね。毛並みの良いネズミを鳥籠で飼うなんてさ。でも、これだとお姫様が追い掛けて来られないんじゃ無いの?」
「中から外へは出られないだけの檻だ。メイフィアが辿って来られるだけの気配は消えていない」
傲岸な声にはメイフィアを侮る意識が滲んでいる。
「その特等席で見てるが良い。この深淵に至る迄の空間は既に支配したーーーーあの器こそ、俺のアスターに相応しい。不相応な神核等では勿体無い。有効に利用してやるのだから、感謝して欲しいものだ。それにーーーー」
チュウ吉に向かっていたアステールの愉悦に笑んだ表情がふと真顔になる。
唇に曲げた人差し指を当てると、つまらなそうに溜息を付いた。
「ライディオスは問題だろうが、ここへ来るのは『人形』の方か。ならば問題無かろうよ」
チュウ吉はグッとアステールを睨み付けた。
主を侮るも許せないが、ラインハルトを人形と言い切った、その心根も許せなかった。
「ーーーーあまりお姫様を過小評価するのは良くないな」
チュウ吉は、言い返そうとした瞬間とかさなった、声のする方をハッとしてみれば、サジルが組んだ腕を解き、左腕を挙げてこめかみを揉んでいる。
「なんて言うのかな。あのお姫様って、常に斜め上をひた走ってる感じだろう?」
サジルは慢心、油断は禁物だと言いたいのだろう。
チュウ吉は押し黙った。油断してくれるならその方が良いかも知れない。
隙は多ければ多い程、活路も多くなる。
余計な事を言うなと、視線でサジルに釘を打ち込む。
「僕はーーーー欲しいからさ。ちょっと頑張ってるんだよね」
ふふっっと笑うサジルと、視線が交錯する。チュウ吉は溜息を噛み殺した。
「それにしても、良くここまで力を持てたね。村四つ分て聞いたけど、それをここまで増幅させるなんてさ。信仰心って言うのは馬鹿に出来ないね」
「それもあるが、お前のギフト擬きを少し頂いたのでな。少しずつ削ぎ取っている所だ。あらゆる場所からな。中々の使い勝手だが、所詮は人の使うものだ。微々たるものよ」
何処から出したのか、豪奢な椅子に腰を掛けるアステールは、長い脚を組み換えて、事も無げに言う。
「ーーーーああ、懐かしい気配だと思ったら。僕の、か。何処から何のとは聞かないけど。その削ぎとったヤツを力にしてしまうなんて、流石とでも言おうか?古き神よ」
サジルとアステールのやり取りを黙って見ているチュウ吉は、心静かには居られない。
せめてこの情報が、主たる女神に届けば良いのにと歯噛みする。
「だけど、あの側近も来るんだし、お姫様とは離した方が良くないかい?いくら貴方であっても、神様の集団を相手にするのは厳しいと思うよ。いくら地の利があると言っても」
アステールはその言葉に悪戯に微笑む。
「言った筈だ。この空間は支配した、と。如何あがいても、ここに来られるのは招待する者だけだ。ああ、そうだ。サジル、お前が迎えに行っても良いな。如何する?」
サジルは暫く考えて、笑みをもらす。
「お姫様が本当に迷子になったら、行こうかな」
魔物の牙の内側に、暗い闇の底の入口を探して迷うなら。
遠ざかりも、近づきも出来ない迷路に嵌ったら、行ってみるもの良いだろう。
見る夢を間違えた男に、どんな顔をするのか見てみたい。
「僕にも椅子を出してくれないかい?その時まで、ゆっくりと見物させてもらうよ」
サジルは以前とは違う心持ちで、用意された椅子に、ゆったりと座った。