表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
119/137

1 愛しさと頭痛

大神殿地下牢獄。

その中でも最奥に位置する大牢獄は、白い静寂に包まれている。

牢獄のイメージと言えば、薄暗くてジメジメした、ネズミが徘徊する不潔な印象を思い浮かべるが、ここはそんなイメージとは対極にある。


穢れを許さぬ白銀の空間。

廊下を踏み鳴らす足音さえ、その真白さに吸い込まれていくようだった。


ようやく辿り着いた場所で、重厚過ぎる扉が開かれる。

扉に淡く光る魔法陣は、ザッと見ただけでもうんざりする程細かく、中に入る者を閉じ込める絶対の意思を感じた。


この魔法陣を書ききる膨大な魔力、細部に渡って少しの歪みも躊躇いすら無く、その胆力と集中力は、魔力の途切れ目を見当たらせない。

全てを一度で描いている。


ーーーー狂気の沙汰だな。


室の中に一歩足を踏み入れたサジルは、狂気と称した境界線をゆっくりと越えた。





室内は中央にベッドがあるだけで、他には何も無い。

四角く切り取られた石室の様だったが、ここの空間ごと時間の流れを変えているのだろう。

廃人になっては取り調べに差し障ると、魔力回路は切られず、手枷による封じ込めのみだ。お陰で、ベッドに腰を掛ければ、緩やかに吸い取られる魔力の流れを感じる事が出来た。


時の流れが酷く曖昧な空間で、ゆるりと魔力を奪われていく感覚を、終わりの知れぬ時間の中で味わうは、なる程、恐怖を呼ぶだろう。


サジルの背中につと、冷たい汗が流れた。



以前の自分なら、この状況をどう思っただろう。愉快と笑ったかも知れないし、退屈しのぎと、あがらう事もーーーー多分する。多分、と言うのは、この狂気の製作者の技力に、神童と謳われたサジルの敵わぬ片鱗が幾つも見られたからだ。


(この室は作られて二千年以上はゆうに経っている。前大神官のディオンストムではないな)


恐らくは、と片眼鏡の青年が思い浮かんだ。かの君は、過去人間だったと言うから、女神の側近になる前か。


(どんな化け物なんだ、あの陰険眼鏡は)


側近として召し上げられる前、人間だったロウの片鱗。

神として振るうは神力。魔素を弄って魔力を使う時もあるらしいが、人間のそれとは別物だ。


目を凝らせば、ベッドの置かれた場所にも魔法陣が描かれていた。

サジルはそれに、あの時シャークが置いていった大量の札と、似た癖を感じ取る。


(結構ーーーーえげつないよね)


以前と違い、楽しみも、あがらいもしないサジルはベッドに寝転ぶ。


腹も空かず、眠くもならない場所で、瞳を閉じて思い浮かべる少女神。


漠然とした貌にしかならなくても、構わなかった。思う縁も無く、ぼやけた記憶だけが頼りのものでも。


日常に転がる『愛してる』

サジルはこの言葉の持つ意味を、喪う前提で漸く知り得た。

恋心を坂を転がり落ちる石に喩えるならまだ可愛い。崖から豪速で地面にめり込んだ石矢だ。

特筆する切っ掛けがあった訳じゃないのに、人の感情は本当に分からない。

サジルに、全てを捨てて、たったひと目でも姿を見れる可能性を選択させた。

愚かしくて、切なく、愛しい。


(ーーーーお姫様は来るかな)


ただひと目でも会いたいと願ったその時、底から沸き上がった欲望と、暗い声には蓋をする。


お姫様はきっと、サジルには人間として裁かれて欲しいと思うだろうから。


だからその罪を纏う願いは、叶わない方が良いのだ。


目を瞑り、どれ位の時が流れたのか。

ここでは永く感じられても、『外』では数刻の可能性が高い。

護送中に食べた食事から、何も差し入れられていないから、『外』でも腹が空く時間は経っていないと推測された。

狂った時間を過ごすサジルの食事が、果たして支給されるのかは分からないが。


「お姫様が食べていた蒸し饅頭、美味しそうだったな。分けて貰えば良かったな」


そんな事を呟いた所為か、鼻が香りまで思い出した。

白い湯気の立つ饅頭は、柔らかくて、割ると肉汁たっぷりに、ふわふわの生地に染み込んで、かぶりつけば滴る。

いかにも美味しそうに頬張る女神は、幸せを絵に描いた様だった。


ポタリ、と口の端に垂れた感触に、サジルは慌てた。


(ーーーー涎!?でも熱い!?)


目を開けれは、何も無い空間に浮かぶ蒸し饅頭。肉汁が破れた皮から落ちる。


今度は幻覚か、とヤケにリアルなそれに、身を起こせば、有り得ない光景が目の前にあった。


「あるわよ、蒸し饅頭。これはロウの御手製で、これを食べてしまうと、買う気にならないのよね」


あ、ちょっとラインハルト、一口が大きいから無くなっちゃうでしょーーーーとか何とか怒られている、相変わらずな男神が、女神を背後から抱き締めて離さない。

あむ、と饅頭を頬張る女神の手をそのまま掴んで、自らも食べている。饅頭の半分は無くなったと思う。


「•••••ねぇ、その一口ってさ、僕も大きいと思うんだけど?」


「どうせフィアは、この後に黒胡麻を練りこんだこし餡の饅頭も食べるのだから、丁度いい」


「ーーーー•••••」


「サジル、食べないの?食べておけば良かったとか言うから、出してあげたのに」


「ーーーー•••••頂きます」


目の前でイチャイチャする神達を観察しながら、サジルは饅頭を食べる。

心中穏やかではないが、食べ物に罪は無い。

旅の途中で、女神が事ある毎に言っていたから、サジルも何となくそう思う様になった。


一口噛る。口の中に広がる肉汁は、貝柱と茸の出汁が利いていて、陰険腹黒片眼鏡が作ったとは思えない美味しさだ。


女神が桃の形をした饅頭を出した。

ごまの入ったこし餡のうんたらだろうか。


いつの間に出したのか、ラインハルトと呼ばれた男神は、クッションの良さげなソファーに座り、女神を膝に乗せている。


プカプカ浮いているティーポットから、白い茶器に淹れるジャスミン茶の香りが漂う。

じっと様子を見ていたら目があってしまった。


「お前も飲むか?」


知らない人に、まるで天気がいいですね、くらいにどうでも良い加減で聞かれたので、そうですね、と返しておく。


(ラインハルトと言えば西の君、だけどーーーー)


サジルは深く考えるのを放棄した。ロクでも無い、大変に理解がし難い神様理論が大列を組んでいそうだ。


女神が桃の饅頭にかぶりつく。

カプっと。


「ん、あつッ!」


こし餡が熱かったらしく、女神が舌を火傷したようだ。

ティーポットと空の茶器がサジルの前に飛んでくる。自分で淹れろと言うことらしい。

だが、サジルは西の君が、女神の火傷を治す事を優先したに過ぎない事を知っている。


ーーーー自分だってそうするだろうしね。と言うか、愛しい存在意外はどうでも良いのだ。


憚らず、重なる唇。

どうやら舐めて治すらしい。

なる程、趣味と実益を兼ねてる訳だ。


だけど、サジルの前で、ゼロ距離のイチャ付きっぷりを披露しに来たわけでは無いだろう。

ーーーー西の君は分からないが。


サジルは本気で思った。一体何しに来たんだと。

ジャスミン茶を一口すする。

顔を赤くした女神は、漸く離れた唇に息も絶えだえだ。

濡れた口元を拭う西の君は、避難を込めた視線にも動じない。


「で、お姫様は何しに来たの?こんな場所にわざわざ。良く、許してもらえたね」



そう言えば!!と言いそうな顔をした女神にサジルは頭が痛くなった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ