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32 予感

風の吹かぬ夜空に、白い軌跡が描かれた。

新月の夜に流れた星は、どこか不安を呼ぶ。

心拍数が上がった気がして、私は胸を押さえた。


ムスリ宰相の王宮内の邸は、風邪通し良く作られているのに、空と同じく、背の高いヤシの葉を揺らすことさえ無くて、蒸し暑い。

湯殿から上がって暫く経つけど、湿った髪の毛が乾かなくて、不愉快指数が上がる。


ロウに見分、検証が終るまで、力を使うなと言われているので、涼を取ろうにも人間と同じく団扇や扇子で仰ぐしかないのだ。


さっきまでは精霊メイド達が大きな団扇で風を起してくれていたのに、ラインハルトが下がらせてしまった。


背後にベッタリ貼り付いている筋肉が無ければ、今少しは涼しいだろうと思うんだけど、これが中々剥がれない。

私の脳内に、食器洗剤の謳い文句が流れた。


「暑い•••••」

「そうだな」

「じゃぁーーー」

「却下」


少し離れよう?と言おうとした私の言葉は、ラインハルトに速攻で叩き落とされた。

せめて髪をキッチリ乾かしたいんだけどな。


この調子で、油汚れよりも頑固な貼り付き筋肉は、ギュウギュウと抱き締めてくる。


「じゃぁ、ラインハルトが扇いでよ」

「生憎、俺の両手は塞がっている。フィアを抱き締めるのに、忙しい」

「••••••さようで」

「ーーーーん」


ラインハルトも、漠然とした不安を感じたのかも知れない。

仕方なく、私は筋肉をそのまま背後に背負って暫し過ごす。


南に位置する赤い星が、その煌きを頂点に添える。

私のこのドキドキも、抱き締められているからなのか、不安ゆえの心拍数上昇なのかが混ざり合って、分からなくなった頃、ロウ達が戻って来た。


見分は上手くいったようで、ホクホク顔だ。

けれどもーーーー。


「ただいま戻りました。おや、フィア様お顔が赤くーーーーああ、お邪魔してしまいましたか?」


「ーーーーえ?邪魔じゃ無いけど••••」


顔が赤いのは暑さの所為で、逆上せそうだからだと言いかけて、ロウの言う、お邪魔の意味に気が付いた私は慌てた。


「ち、違うからね?そんなんじゃ、ないからね?してないからね?」


ロウが、「ええ、分かっていますよ」と笑いながら部屋に涼風を流してくれる。

か、揶揄われた!

でも漸く得られた涼しさに、私の口は大人しくなる。


「ロウ、どうした?上手くいったんだろうに、気になる事でもあったか?」


あ、やっぱり、ホクホクの顔なのに、緊張感が抜けていないような違和感があったけど、気の所為じゃ無かったんだ。


「いえ、これといって。ですが不思議と落ち着かない、気分なんです。皆もその様で、各々頭を冷やしに行きましたよ」


そういえば、ラインハルト以外は見分に興味があるって、見学しに行ってたんだっけ。

普段なら、揃って真っ先に私の所へ戻ってくるのに、ロウしかいなかったから、あれ?食堂に行くって言ってたかしら?なんて思い違いをしました。特にチュウ吉先生。




私は、後になってこの時が、予感と言うものだったのだろうと、思い返す事になろうとはーーー考えもしなかった。







暫くすると、ポツリポツリと、皆が顔を出す。

メルガルドの入れる冷たいお茶が、次々と飲み干されていく。


技芸がグラスを片手に、もう片方の手の中で弄んでいて、不意に歪な力が消える。

その様子を何となく眺めていた私の目に、林檎を握力に任せて砕く幻が、見えた気がした。

フロースが引きつった顔をしていたから、もしかしたら幻じゃ無いのかも。


「それがサジルのギフトーー擬きか」


ラインハルトが呟く。

今、技芸が潰しちゃったけど、粒子さえ残ってないんじゃないかな。


「共有みたいな?感じだったね。薄かったけど」


「枠組み的にはギフトに入るでしょう。ただ、こういったケースは初めてですね。是非とも今後の研究にしたかった!」


興奮しながらの説明で、ロウは至極残念そうに語った。

共有のギフトは元々、サジルの母親が持っていたのでは、と推測したらしい。


カリンとチュウ吉先生による噂の聞き込みが、大層役立ったようだ。


ロマンスの裏に隠れた悲恋。

妃に望まれた令嬢と騎士の物語。

母となった王妃の心はーーーー?

サジルを身篭った時に、何を胎児に望んだのか。ある意味、呪いだ。それは胎内へと流れる。己のギフトが僅かに混ざりながらも毒が染み込むように。


共有の特性上、ありえない話では無いだろう。強い願いが招いてしまった。


不完全なギフトが胎内を通して継承され、精神感応系の能力と混ざり合って『夢渡り』の能力として機能させていたらしい。


「サジルの部屋の図書には、精神感応の本がありました。古い物でザッと二百年前の物もありましたよ。良くもまぁ、集めたものです。没収しますので、神殿行きですが」


きっと、サジル本人の能力も高かったから、出来たんだと思う。


「シャークな殿下はどうしてるの?アストレアは?」


アストレアの、天界にある錘の林檎は、その力を眷属たちへと分散される。

天秤は破壊したし、もう女神ではない。


「無実は証明できましたし、今日の所はゆっくりと休むかと。そう言い置きましたので。ムスリも、漸く安心して睡眠を取れるでしょう」


「姫様、アストレアはムスリの娘になる事にーーーーなっておりますので。大丈夫ですよ」


ロウの後を引き継いでくれたディオンストムが、微妙な大丈夫発言をする。


よかった!でも、アストレアが王妃かぁ。その辺が心配なんだけど、いかがなのかしら。


「アストレアも気が強いからね。早速シャークの元婚約者って言う令嬢がさ、乗り込んで来て大変だったけど、蹴散らしてたから大丈夫じゃない?」


「へぇー。ってえええ!?」


シャークって婚約者いたんだ。あ、王族だし、当たり前か。


でも、サジルが王位を継ぐかもって、有力候補になると、派手に婚約解消した挙句に、サジルに乗り換えたって言うし、凄いな、おい。


結局サジルは王族籍を剥奪されるどころか、王統譜からも抹消される始末で、当然件の令嬢は、サジルとも婚約破棄をしている。


「僕も驚いちゃったよ。シャークがさ、王宮に戻って来たと聞いて、飛んできたらしいよ。継承権はそのままだったからってさぁ。また婚約出来るとでも思ってんのって感じ。しかも、もういい歳じゃんねー」


カリンが毒を吐いている。よっぽど酷いご令嬢だったのね。


「大変だったのね。ーーーーフィリアナとサジルは?」


なるべく自然にサラッと聞く筈が、失敗したようだ。

皆が、ピクッと動きを止める。


「大人しくしてる。今は。サジルの方はラウゼン二世の殺人はーーーー罪には問え無いみたいね。今の法体系じゃ無理だって。それはこれから人間が考えていくさ。フィリアナも、気味が悪い位に、大人しくしてる。二人は準備が整いしだい、大神殿の地下牢獄に護送されるよ」


「なら、どこかのタイミングで、会いに行きたいんだけどな」


ああ、やっぱり、と、そんな全員で溜息を吐かなくてもいいのに。


こうして私は、ラインハルトを連れて行くことを条件に、しぶしぶの許可をもらったのだ。






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