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31 痛み

「────痛いなぁ」


サジルは、胸を掻きむしりたくなる衝動に駆られた。

それが当たり前なのだと言うように、重なる影を見て、心が悲鳴を上げている。


「本当、痛いんだけど」


「なんだ?フィリアナに刺された傷は治してやったぞ。シャーク殿下が治癒の札をわんさか持っていて良かったな。ああ、その傷は治せんよ。ワシも命は惜しい」


ランジと呼ばれていた神官は、神々の一行と一緒にここへ転移してきたらしく、倒れたサジルを見つけて泣き出したシャークを引き剥がして、天秤を追い掛けさせた。

代わりに治療をしておいてやるからと。


確かに治してもらった。フィリアナによる刺し傷は。


「別に良いけど」


フィリアナに刺されて、死にそうになって。シャークの札に助けられたのは良いけど、あの男神、慈悲も容赦も無い。サジルはガッツリと殴られた頬を擦る。痛すぎる。


恐らく肺に達していたのでは、と思われた刺し傷で瀕死のサジルに、あの神は問うた。

ーーーー生きたいとは思わないのか、と。


サジルが死んで、女神にの心に傷を残す事すらさせなかった男神は、傷が癒えたサジルを力を込めて、殴った。

死ぬ一歩手前の衝撃。そしてシャークからランジ神官に預けられた治癒の札を使い、回復すると、また襲い来る鈍い音と痛み。

それが、何度繰り返された事か。

殴る度に違う名前を言っていたので、女神の側近達の分もあるのだろう。

ゴリラの神に改名すれば良いのに。


最後の重すぎる一発を受けた時には、既に大捕物が始まっていて、サジルは観念したように目を閉じた。


手枷を嵌められ、魔力を封じられる。

どうせこの後は、魔力回路を潰されるのだろう。

そうして迎えるのは、ジワジワと苦しみながらの死。女神の預かり知らぬ所で、サジルは死ぬのだ。


痛みで朦朧としてきた意識が、不意に鮮明になる。


「お前に、今干渉されては困るからな」


誰に、とは言わなかった。

横に立つ美女はなんと言う名前の神だったか。そう、確か技芸と呼ばれていた。

今にも迸りそうな闘気を抑えているのが分かる。サジルを警戒しているのではない。

少しは警戒の対象だろうけど。


ザリッと砂を踏む複数の足音がした。


騎士に捕縛され、こちらへ歩いて来るのはフィリアナだろう、腫れた目の周りの所為で良く見えない。

さぞかし悪態をつくのだろうと思いきや、声一つ上げていない。

代わりに少年が、フィリアナを連行している騎士に吠えていた。顔が腫れている所為で、サジルだとは気が付かずに、横に立つ。


「フィリアナ様ーーーー」


「何よ?あんたも早くお母さんの所へ戻んなさいよ!」


「どうしてフィリアナ様が捕まらなきゃいけないんだよ!?」


サジルはクツクツと、喉の奥で笑う。

これだから、大人の事情など知らぬ子供は怖い。だが、それを許される純粋さが眩しい。

ここにいる村人は、反逆者として、一度は捕縛されるだろう。

シャークが何とかするだろうから、怪我をしない内に、ちゃんと捕まっていたほうがいい。あの頑固な村長と、数名は無理かな?一度は殴られていそうだ。


フィリアナを連行している騎士も、流石に子供相手に縄を打つ事は出来ないのだろう。

諭しているが、苦戦している。


「さっき他の兄ちゃんから聞いたよ!そんなの。それでも、母ちゃんを、皆を助けてくれたのはフィリアナ様だ!」


ヒュっと息を呑んだのは、フィリアナか。

らしく無く、動揺してるらしい。少年の何がフィリアナに衝撃を与えたのかは分からないけど、ランジ神官の差し出す手枷に、抵抗する事は無かった。


手枷をしてから、フィリアナの黒い髪が、赤味がかったブロンドに変わっている。

サジルの容姿も、元に戻ったと見るべきだろう。


「なぁに、ちょいとティティ嬢に頼んだだけだ。中和の力をその手枷にな。効果は抜群だぞ?なんせ先の大神官様御手製の手枷に、フィアーーあ、様、の祝福付ギフトの力だ」


サジルの思考を、読んだのかと思うタイミングで、ランジ神官が告げる言葉に、思わず破顔する。

やっぱり、動かすとかなり痛む。


「ーーーーへぇ?そっか。それなら良いね」


隣にいるのがサジルだと気が付いたフィリアナは、驚いた様子だったが、それでも何も言わなかった。


座り込んだこの場所に影が指す。

フワリと薫る、先の大神官の衣ーーーー否、今は冒険者の出で立ちだが、趣味の良さが伺えた。

この香りが女神の好み、なのかな。

ここに転移してきた、あの片眼鏡の側近も、似たような香りを纏っていた。


「さて、フィリアナには、大神殿とアルディア王国による裁きが待っています。それまでは、大神殿の地下牢獄への収監、取り調べ、他にもやるべき事は沢山あります。暫くは眠る暇も無いでしょう」


サジルは瞑目する。

もっと違う香を焚き染めてみれば良かった。何が好きそうなのか、考えて。

憑依した小鳥に、移り香の残るリボンを持たせて。

たった数日だけど、嫌いと言われてしまったけれども。

食べる物も何が好きか聞いて、それを用意すれば良かった。


「サジルには、ムーダンの王宮に一度帰ってもらいます。無論、大神殿と、ムーダン王国による裁きも待ってますが、先にやりたい事がありますので」


死んで傷を遺したいと思ったクセに、またひと目でも、会えるかも知れない希望が、心の底にある事が、サジルはどうしようもなく切なかった。


「ーーーー良いよ。ねぇ、ランジ神官さん。痛いんだけど」


「そりゃぁ、なぁ。だが、治せん。怒られる」


「札は要らない。どうせ効かないし、そんな札じゃ治らないから」


見透かすような、ディオンストムの視線を感じて、サジルは目を伏せた。







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