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30 ただいまとおかえり

神をも屠る神剣は、いともあっさりとアストレアの天秤を破壊する。


アストレアの神力と共に、鎮まりゆく大地と山々。やがて、鳴動は収まり、降り注いだ力が、染み込み消えた。


だが、シャークから迸った慟哭は未だ燻り、消えない嗚咽が響く。


「アストレア、アストレア、アストレア!」


何事だったのかと、集まりだしていた村人達は呆然と見ている。

フィリアナは魂が抜けたように座り込んで、少年がそれに寄り添う。


誰かが「神を殺した」と呟く。

畏れおののき、座り込む者、私を指差して言葉にならぬ声を発する者、他にも様々だけど、皆一様に恐ろしいものを見た表情をしている。


「あ、悪魔だ!」


「失礼な。そこは、悪役って言って欲しいな」


フィリアナに寄り添う少年に、悪魔と罵られて間髪入れずに言い返す。

私、頑張ったんだけどな。酷い言い様だ。

ちょっとムッとした勢いで、無造作に錘の林檎を放ってしまった。


林檎が嘆く殿下なシャークの元へと、転がる。

上手くいくか不安だったけど、なんとか出来たようで良かった。

シャーク殿下の背後に現れた影に、私は微笑んだ。


「アストレア、アストレアーー!」


「何よ、さっきから。私が返事をしているの、聞こえてなかったの?」


新緑色の緩い巻げを、腰の下まで伸ばした妙齢の美女が呆れた声を出す。

突き放すような口調に反して、眼差しは優しく笑む。

ただ、金色を帯びていたはずの瞳には、その影すら無かった。


「ふぉおお!?おらばぅでぃあああ!?」


振り返ったシャーク殿下の顔は、見ものだったけど、抱き締める前に、鼻水と涙は拭こうね。うん。


そして、イチャイチャするにはまだ片付けが残っているので、なるべく早く現状を思い出して下さい。


それにしても、この神剣ってば重い。

地面に突き刺したまま、持ち上げるのが億劫になる位に重い。

ラインハルトは、コレを軽々と片手で振り回すんだから、凄いよね。


「ーーーーん?」


私が抜けない神剣に手間取っている間に、屋敷の方が騒がしくなった。

どうやら、大捕物が始まったらしい。そこからロウ達の気配がする。

屋敷の窓ガラスが割れて、木材が破壊される。


「わぁ、派手にやってるなぁ」

「そうか?まぁ、取り敢えずは村中、捕縛対象だしな」


背後からお腹に腕が回される。よく知った香りが鼻孔を擽る。

ギュッと腕に力が込められて、片腕できつく抱きしめられた。


「ーーーーフィア」


こんな風に低く、甘く、私を呼ぶのは二人しかいない。人じゃないけど。

ライディオス兄様はどうしてるかな。地上ではラインハルトとして動いているけど、天界で今、何をやってるんだろう?


あんなにも苦労した神剣が、ラインハルトの左腕一本で軽く抜かれる。


「ラインハルト。姿を見せて良いの?」

「フィリアナとやらは、もう捕まっているから、問題無い」


え、いつの間に。私が神剣を抜こうと格闘していた時でしょうか。見られてたら、恥ずかしいいんですけど!


抜けた神剣を目で追っていると、耳に触れそうな位置で囁かれる。ちょっと掠った。

今振り向いたら、心臓が壊れると思うので、神剣がラインハルトの手の中で消えていくのを見ている。


剣が消えると、ラインハルトの左手が、私の左手に絡められた。そっと、壊れ物を扱うように優しく。


「ーーーーフィア」

「ラインハルトは、サジルを一度は殴ると思ったけど」

「死なない程度に、な」


あ、もうやっちゃったんだ。早いですね。

今度は、メイフィア、と呼ばれる。

それがひどく優しくて、聞いている方が切なくなる。


私は観念して、ラインハルトに向き直った。

ああ、やっぱり直ぐ様、熱を帯びたトルマリンブルーに囚われてしまう。

逞しい胸に手を置けば、いつものより早い鼓動。


「ラインハルトでも、緊張するの?」


一瞬、不安が見え隠れした瞳に、私は苦笑いをする。


「仕方がないだろう?お前に関しては、本当は余裕なんて、これっぽっちも無い事、知っているくせに」

「じゃぁ、私と同じだね」


少しだけおかしくなって、フフっと笑いが溢れる。

ーーーーただいま。

そういって、私は大好きな腕の中、思いっきり抱き着いた。



「大好きよ」


この場所は心地良いのに、泣きたくなる。

キュウッと胸が引き絞られる感じがして、苦しいのに、優しさがあふれる。


「おかえり、フィア」


ドクドクと五月蝿い鼓動はそのままなのに、心臓が壊れそうでも、熱と穏やかな落ち着きが身を包む。

ふわふわと、不思議な感覚。少しだけ擽ったい。


「残念、俺達の方が好きだ。二倍だからな」


そう言って、ラインハルトは攻撃力の高い笑顔で私を撃ち抜いた。






「ーーーーちょっと!?まだ後始末残ってるんだから、そこの二組、いい加減に現実に戻って来てよね!」



唇が重なる寸前で掛けられた声に、ラインハルトの舌打ちが返事をした。

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