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29 決着の前に

「ーーーーはい、もう結構ですよ。下がりなさい」


ムスリは事情聴取を終えた侍従に、温厚な顔付きで、穏やかに退出を促す。


執務机には、大きな紙が敷かれ、ラウゼン二世の亡くなった日の行動が、時系列順に事細かく書かれていた。


顔を合わせた侍従や、誰とどんな会話をしたか、何を何時に口に含んだか、香水や整髪などの仕度に至るまでの緻密さだ。


裏取りはカリンやチュウ吉先生の活躍で、ほぼ一致出来たし、漏れはない。


「残るは『検証』ですね」


姿を消して聴取を見守っていたロウが、スッっと姿を現す。

この世界でも、法体系が一番整っていると言われているムーダンでも初の試み。


ここで成果が出れば、他の国々にも波及していくだろう。

この『検証』は特に、西と東の大国興味深く注視している。


「ーーーーはい」


ムスリの目の下には隈が出ている。流石に連日の調書作りで、疲労が濃い。

緊張もしているのか、手に取った茶器が鳴る。


「大丈夫ですよ。ディオンストムの準備には間違いはありません。見分の人選は?」


「滞り無く。医者も騎士も判事も二名づつ、王族もお二方いらっしゃいます」


ロウが満足気に頷いた所で、執務室の空気が揺れる。転移のまえぶれだ。


「ああ、噂をすれば、何とやらですねーーーーディオンストム、カリン、チュウ吉先生も、ご苦労様でした。守備はいかがです?」


ディオンストムは、サラリと白髪を流して目礼すると、隙なく優雅に微笑む。


「思いの外、遠出になってしまいましたがーーーーええ、年齢、症状、共に都合良い被験体が見つかりました。手練の騎士数名と世話役と共に、一級犯罪者ですが、貴賓牢へ、放り込んであります」


冒険者崩れの犯罪者、放火強盗殺人の死刑囚ーーーー余罪は切りがない。

が、『検証』に使われる大事な身体だ。身奇麗にして置く必要があるのだ。


「世話役がちょっと可哀想だけどね。臭かったし」


「おや、カリンが世話をしても良いのですよ?」


ロウに揶揄われ、カリンはゲンナリした顔を見せた。

あの臭いを嗅いでいないロウには、文句の一つも言いたくなる。


「ヤダよ、何で僕が。大体、水浴びくらいーーーー」


カリンがプンスカと文句を言いかけて、不意に黙る。それに呼応するかのように、ロウやディオンストムの表情も険しくなり、チュウ吉先生は、カリンの肩で立ち上がって、鼻を引くつかせた。


耳鳴り似た感覚が脳内で木霊する。

良く知る気配と力、大気がぶつかり合い、弾けて波紋が薄く広がった。


「ムスリ宰相、休憩をと言いたい所でしたが、どうやら決着の時が近いようです」



ヒュっと息を呑む音がムスリの喉から漏れ、この部屋を侵食するように染み込み、消えた。


「この機会を逃さずに、怪しげな教団も掃除してしまいましょう」


ディオンストムの玲瓏とした笑みに、冷酷さが宿る。

彼の大事な少女神には、決して見せないだろう、情など簡単に切って捨てる意志の強さに、ムスリは共感もするが、永く生きた者の底のなさに背筋が凍る思いをした。


「既に用意は整っております故、半刻も掛からずにーーーー」


「では、半刻後に貴方の屋敷、東の庭で」


私達は先に待っていましょう、とロウが言うや、直ぐにその姿は消えた。


一人きりになった執務室で、ムスリは頬を叩くと気合を入れ直し、いつもの穏やかさを捨てて、動き出した。









ムスリ宰相の屋敷内、東の庭にロウが描く大きな転移魔法陣は、昨今使える人間がめっきりと減ってしまったので、行きはよいよい帰りは怖いコースだ。


「主要な人間は持ち帰りますけどね。騎士と捕縛された教団の人間達には自力で帰って来てもらいましょう。神殿サイドも動いている事ですし」


まだやる事が多いのだ。手取り足取りの面倒は、みていられないし、捕縛を待ってもいられない。


「然り。先に向かわせた者が取り持つでしょう」


神殿の聖騎士も合図を待っていると、ディオンストムが補足を入れる。


「それって、メルガルド様が放り込んだって神官?」


お誂え向きの人選、運が良いのか悪いのか。

カリンは聞いた名前に、納得と同情を同時に感じた。


「やれやれ、あ奴も数奇な道を歩むのぅ。フィアと出会ったのが、そもそもの運やもしれぬな」


チュウ吉先生はどこか遠い目をしている。


「そう、ですね。チュウ吉先生、貴方も••••なのでしょう?力を失いし神獣よ。思い出した事もあるのでは?ーーーーフィア様の記憶が戻った今ならば」


長い睫毛が白い肌に影を落とす。

黒く艶のあるそれは、雲の影から差した日の光に、濡れたような滲みを纏う。


「ーーーー感づいているだろうに。ロウ殿の推測通で、間違いはない」


いいえ、と緩やかに、物哀しげに黒髪が揺れる。

静かに答えを待つ面々も、気配さえ殺して佇む。


「私はーーーー貴方の口から直接ききたい。もしかしたら、ポポも•••••いえ、貴方は一体、【何方】の神獣だったのですか?」


モフモフンな神獣は、観念したかのように、瞳を閉じて、深呼吸をした。

そうだの、と息を吐きながら、今度は黒いつぶらな瞳でジッとロウを見つめる。


「遠い、遠い昔。それこそ神話の時代。まだ神々がこの地上におりし頃。我はーーーー」



神獣はしかし、名を言う事が出来なかった。


ポツリと、ーーーーもう、名は無いと、ただそれだけ告げた。






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