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24 間違いと後悔

街道を、通常の倍は時間を掛けて進む。

遅々と進まぬ旅路に、サジルは何度も舌打ちをしたくなったが、山間の村に到着するには、まだ時間がある事に安堵もする。


木陰を探して休憩をさせて、顔色が良くなければ昼寝もさせる。

忘れがちな水分の補給も小まめにとらせ、見知らぬ人からもらった物を、口に入れるなと注意する事もしばしばだ。


ーーーーだって、いい人そうだったし。


女神がそう言うなら、そうなんだろう。

が、王族として過ごしてきたサジルにしてみれば、それは自殺行為に見えた。


「お姫様、何が入っているのかも分からない、もしかしたら食べ付けてない物で、お腹を壊したりしたら、善意も台無しになるよ?」


自分らしくない言い回しだが、この女神に何と言えば納得するのか、考えた末の事だ。


ーーーー本当に、自分らくない。


何度目かの宿で、ーーーじゃぁお休みなさいと、白いメルヘンな扉の中へ消えていく女神を見送る。

施錠の音と共に扉もまた。


サジルは名残惜しく、扉の消えた場所を見詰めている事に気が付き、また心が揺れる。

ザワザワ、ソワソワと。


何故こんなにも乱されるのか。

憑依を解き、今度は何色の小鳥にしようかと考える。

サジルは、何時ものように窓際の椅子に座り、頬杖を付いたまま目を開けた。


途端に騒がしい気配がサジルを取り巻く。


乱暴に私室の扉がノックされる。

まるでサジルが目を開ける瞬間を狙ったかのようで、溜息が出てしまう。


偶然だろうが、あの女のこういった勘の良さは、感心するが、的が自分の場合は笑えない。


「サジル、いるんでしょ!?まだ、用事って終わらないの?」



女神の柔らかいメゾソプラノとは違い、耳に障る。

勿論、返事はしない。黙ってやり過ごそうと、無視を決め込む。

施錠がされた部屋だ、入っては来ない。


サジルの名前を呼ぶフィリアナが喚くが、数人の足音がすると、大人しくなった。


教団の世話係だろう。

宥める声がして、フィリアナを何とか自室へ帰そうとしている。


「だって、最近変じゃない?そっけない態度だったり、急に優しくなったり」


「ああ、フィリアナ様、どうぞお察し下さい。我が主は患っておいでなのですーーーーそう、恋心を」


ならば、余計にあたしに会うべきだと主張するフィリアナを、鼻で嗤う。


見目の良い世話係に、何かと言いくるめられ、遠ざかるフィリアナは何を思ったのか。

誰がーーーー誰に、恋をしていると言うのか。

都合の良い事しか考えられ無いお目出度い頭だ。


「ーーーー恋ねぇ」


チクリとした胸に女神を思った。

これが恋だの愛だのとでも言うのか。


「分からないな」


ポツリと呟いた言葉に、答えが出るとは思わなかった。


ーーーーこの時は。



それは予定に無い、突発的な出来事だった。

漸く山の麓迄辿り付き、獣道に近い山道を登る朝に、事件は起きた。


「ふーん、本当に丸裸ね」


なだらかな、木々生い茂る森だった場所がすっかりと地肌を晒していた。


この緑の山々の向こう、聳えるバッターナ国境のバナパス火山は険しい岩肌が剥き出していて、緑生い茂る山と、その境目に山間の村がある。


「本来ならば、あの村は無人になる筈だったんだよ。ちょっと危ないから退避させようとしたのさ。その為の軍も出す予定だったんだけどねぇ」


「軍?制圧する旨味も無いから、放置って聞いたけど?」


「危ない場所で自滅するならどうぞって、最初はね。でも、知ってのとおり、鉱山の採掘絡みで色々とあったんだ」


利権の問題も、採掘技術と精錬技術を持っているドワーフとの交渉問題もあった。

何とかして村を離れてもらわないと、いけなくなったのだ。


「だけど、あの村は頑固で、役人の説得は無理だったし、騎士を見ただけで攻撃してきてしまうんだ。村を奪う敵だってね。父上はそれでも退避させる為に軍を派遣しようと悩んでたけど。だからシャークが説得しに通ったのさ。武力は最後の手段にすべきだと言ってたよ。軍が動くとなれば、村人を反乱者としてしまうしね」


丸裸の、なだらかな山肌が痛々しいのか、女神が顔を顰める。


「ここから少し登れば湧き水がある。そこで水を補充すればいい。ここの水は冷たくて美味しいよ」


ダチョウで登る山道は、慣れないと落下もままある。

つまりは疲れるのだ。

湧き水を汲むと、休憩を挟む。


この時、サジルの本体が館周りの喧騒を聞きつけ、一度憑依を解いた。


窓際からでも聞こえる、森が魔毒に侵されたと、何とかしてくれ、芽が出ない、枯れてしまう、作物がーーーーと、要求が増えて際限が無くなっている。


教団の世話役が村長から話しを聞いているが、随分と身勝手な言い分が増えた。

人間なんてそんなものだが、何をどうするかは慎重にいかねばならない。


「別に良いわよ、力を使っても」



フィリアナが勝手な事を言い出す。

サジルは急いで外へ出ると、フィリアナの勝手な行動を咎める。


「待て、フィリアナ!」


神の娘とチヤホヤされて、あの女はすっかりその気のだ。

ただでさえ、ギフトの力を使いこなしているとは言い難いのだ。

慎重にいかねばならないというのに!


「んー、まずは森?持ってくるのはこの間の隣でいっか。魔毒にやられたのは戻せばいいし」


影が微妙に届かない。

よく見ればフィリアナは天秤を持ち出していた。

チっと本気の舌打ちが出る。

あれ程勝手な振る舞いはならぬと、釘を指したのに、なんて女だ!

サジルの許可がなければ、持ち出せぬ天秤まで勝手にーーーー。


「ーーーー止めろ!」


そこは女神が居る場所に近い。

それに場所が悪い。


木々を失ったらーーーー選ぶ場所を間違えたら、崩落が起きる可能性が高い所だ。

走るサジルを余所に、ズズんと地が鳴る。


「ーーーー!!」


次いでこの山間の下方からも、響く地鳴り。


サジルは産まれて初めて焦りを感じた。

心配で堪らなく、憑依する間も惜しく、かの女神の元へ直ぐ様影を使って飛んだ。


落ち着いて考え、何時ものサジルであればーーーー相手は女神だ。

どうにかなるなんて、あり得ないと思い至るだろうが、今のサジルには関係なかった。


そんな焦りも最高潮のサジルが飛んだ先で見たのは、老齢と言って差し支えないドワーフの神官らしき者が、女神の前で呪符を使い、山肌の崩落を抑えている所だった。


魔法陣が土砂に染み込み、崩落が止まる。

良かったと、座り込みそうになる膝を叱咤して女神の元へ向かおうとした時、サジルの両足はピタリと動かなくなった。


「ランジ神官ーーーー!!ありがとう、助かったわ!」


それは屈託の無い、満面の笑み。

掛値なしの好意の発露。


飛び付いた女神の背中を、よしよしと叩く老神官。


面白いから、側に置きたい、欲しいと思った。

つまらなければ、飽きたら、捨てるだけ。

どんな感情でもサジルに向かうモノであれば、ゾクゾクと、甘く痺れた。

ーーーーどんな感情でも良い。自分に向けられるなら。


そんなのは嘘だ。

だって、恋人でも友人でも無い、更に言えば老齢のドワーフ神官に向かう女神の好意が。


ーーーーこんなにも眩しくて、羨ましかった。



自分は間違えたのだろうか。

やり直せたらーーーー。


サジルは後悔という言葉を、思い出していた。



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