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22 羨ましいのは

ーーーーサジルは何でも出来て良いなぁ。


両の眉を情けなく下げて言うのはシャークだ。

まだ十歳そこそこの年齢で、サジルの前に現れたその姿で、これは夢なのだと知る。

そう言えば過去にこんな事もあったと、久々に視る自分の夢。


『勉強も、稽古事も、僕は君よりも二つも年上なのに、何一つ敵わないや』


この後なんと返しただろうか。

覚えているのは、何でも出来るのはシャークだと考えた事だ。

泣いて、笑って、迷って、困って、情けなくて、気が弱くて、すぐにオドオドする。


型に嵌った芝居の様に感情を作るサジルとは違い、シャークはいつでもその心を動かす。ありのままに。

成長してから、人前で感情を隠す事を覚えても、内心での心の動きはなんと豊かだったろう。


(隠せていない事も、多々あったけどね)


夢の中のシャークが驚きで目が丸くなっている。


ああ、そうだった。


何時ものように、こんな時は謙遜とやらをして、相手を褒めれば良いのだ。

そんな事無いと、シャークだって上手だよと。

この時もそうしようとして、でも何故かーーーー口から出た言葉は違った。


『シャークは何でも出来るじゃないか』


この時の自分は一体どんな顔をしていたのだろうか。

それは心とやらが、揺らいだ一瞬だったのかも知れない。


それはどんな感情の名前なのか。

忘れていた小波が浮き出たのは、きっとあの能天気な女神の所為だ。


溜息を付くと、それが霧のように広がり、夜が明けるように視界が白じむ。

ああ夢が終わるのか、そう思うと同時に、カチリ、と金具が動く音を耳が拾う。


薄く開けた小鳥の視界の中で、メルヘンな扉が小さく開いた。



「おはよう、サジル」


朝日よりも眩しい美貌が顔を出す。

煌めくアメジストがサジルを真っ直ぐに見ていて、その瞳を眩し気に見つめ返すと、サジルも素っ気なさを装った挨拶を返した。


「おはよう、お姫様」




宿を出てから暫くは無言だった。


小鳥のサジルは女神の肩ではなく、騎獣であるダチョウの頭にちょこんと乗り、女神はこの沈黙を特に気にしていないらしく、時折鼻歌も聞こえて、機嫌が良さそうだ。


サジルの様子を気にも留めぬ姿に、苛立ちよりも、今度は胸にぽっかり穴があいた気分になる。

あれこれと、ガイドよろしく使われていた時間が幻のように思えた。


そんな時だった。

街道から外れた獣道の向こうから、数人の女性の悲鳴が聞こえて来たのだ。


ーーーー誰か助けて!


山賊にでも捕まったか。

面倒は御免だと、速度を早めるように言おうとした所で、ムンズ、と身体を掴まれた。


「はーい」


お姫様の、のん気そうな、のんびりした返事が聞こえたと思ったら、ポイっとサジルな小鳥は投げられた。

ーーーー山賊の居る方へ向かって。


「じゃぁ、よろしくね、サジル」

「ーーーーはぁっ!?」


ご丁寧に神力を使ったのだろう、サジルは綺麗な曲線を描いてポトリと落ちた。

それも、山賊と襲われていた女の間に、だ。


「ンぁア?なンダァー!?小鳥がーーブゴッ」


獣と言うに相応しい賊の顔は、見るに耐えないので、速攻で二人を土に埋める。

残りの山賊は、小鳥の影から伸びる得体の知れない黒い触手を見て脅え怯むと、一目散に逃げて行った。


女達の装備を見ると、どうやら冒険者らしいが、ランクは低いのだろう。腰を抜かして驚いている。


無事だったならサッサと逃げればいいのに。


紐状にした影を地面へ鞭打つと、女冒険者達を追いやる。


気が逸っていたのか、既に下半身を剥き出しにしていた山賊二名は、まだ顔を土の中と接吻中だ。


もう、そのままで良いかな。


肉体ではなく、精神的に酷く疲れたきがして、嫌味の3つや4つは言わねばと、フラフラと戻れば、女神に「ありがとう」と言われた。


その笑顔を見た途端、心臓目掛けてドンッと、叩かれた気がして息が上がる。


「ーっあ、ああ」


何かを言おうとしたが、言葉にならずに回転のよろしい筈の脳は、空回りを続ける。


こんな時には何を言うのが正解なのか、サジルは分からなかった。

どんな感情を表情を装えばいい?

浮かぶ語彙はどれも違う気がして、無難に収めようにも、気が利かない言葉になってしまう。


まさか、自分が動揺している!?


これではいつもと立ち位置が逆じゃないか。

サジルは翻弄させる、動揺させる側であって、する側では無い。


どこかギクシャクしているサジルをよそに、女神は街道を進む。

何も気にしていない様子に、胸の中に頭痛に似た痛みを覚えた。



サジルはダチョウの頭に戻ると、後ろをチラっと見遣る。

気になる事があった。


「ーーーー何か用?」


「どうしてさっきは助けたのかな?助ける娘なら他にもいただろう?」


街道を通ればすれ違う、人買いとその商品達。


「さっきのは助けて、って聞こえたから。それに、サジルが使えたし」


それに、売られて行く娘達は助けて欲しいとは思っていなかったしね、とあっさり言う。

あの場合、理不尽でも、仕方なくであっても、人と人が結ぶ契約がそこにあり、一定のルールや約束が存在する以上は、権力者であっても介入は慎重にならざるを得ない。

まして神ならばーーーー。


山賊に襲われた女冒険者達とは、状況が違う。


「まぁ、大まかに言えば、結局は聞こえたか、聞こえなかったとか、そんな感じ。気まぐれもあるし」


「ーーーー基準がいまいち分からないな」


「彼女達を、売られた方がマシなんて思う境遇が哀れと、賊に襲われて可哀想と思うなら為政者が動けばいい。人の世は人が治めるのだから」


ーーーー為政者。

以前のサジルがいた場所がそうだった。

確かに、人の世を動かせる位置にいた。


「シャークが、きっと良い方向に持っていくわ。例え、時間が掛かっても」


そうふんわりと、女神が微笑む。

サジルは唐突に今朝見た夢を思い出した。


あの時、シャークが羨ましいと、そう思ったのだ。

ーーーーそれはきっと、たった今も。











読んでいただきありがとう御座いました(*´꒳`*)

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