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19 出立

「あの男の瞳にお前が写る。それだけでも気に入らない」


耳の後ろを鼻の頭で擦ってくる。

マーキングでもされているのだろうか。


さっきからこの調子で、ラインハルトは私を抱きかかえているんだけど、ほら、シャーク殿下が目のやり場に困ってるから、そろそろ膝から降ろしてもらえないでしょうか。

ええと、話し合いの場なのですが。


「ーーーー却下する」


ズバっと言い切ったラインハルトの態度に、ビビったシャークがアタフタして首を振る。


「あ、あの僕の事はどうぞお気に為さらずに•••••そ、そ、そうですね、そこの壺の一部だとでも思って頂ければ、はい」


シャーク殿下は覚悟を決めた、とでも言うように最後は無駄にキリッと締めた。

一体なんの覚悟を決めたんだろうか、その謎の気合。


「ですが、その山間にある村にはーーーー僕も行きます。その村には何度も足を運んでいたので、道案内ができますし、えと、メルさん、でしたか。その報告が確かなら、サジルはその村にいます。僕は彼を止めなくてはいけない」


報告、というのは私がサジルに遭遇した事では無くて、メルガルドが飛んで行った、精霊の大激怒事件の方だ。


ムーダン南国境にある山間には地図にも無い、名前も無い村があると言う。

この村は永らくどの国にも属さず、ただムーダン領にある為、役場も便宜上ムーダン国民となっているだけらしい。

幾度も役人が説得に当たっても、頑固な村長が首を縦にふらず、頑なに村を守っているのだとか。

国側も、軍を出してまで制圧する旨みの無い寂れた村を、言うなれば放置していた。


ーーーー忘れ去られた村。


「あの村は、昔は緑豊かな土地でしたが、五十年前の噴火で壊滅的な被害を受けたんです」


シャーク殿下が静かに語りだす。


ムーダンの南側のお隣、ドワーフの国、バッターラ国側の火山の噴火だ。

確かーーーーバナパス火山だっけ。


「村の地下に眠っていた、魔鉱石が隆起して、地表に出てきてしまったんです」


魔鉱石は魔毒を出す。僅かならば自然が浄化するが、それが大量になると対策が必要になる。

草木は枯れ、人間にも害を及ぼす。


「それと、噴火によって、あの村の辺りは山肌が脆くなっている可能性があります。次の噴火には耐えられないでしょう」


そこで立ち退きを国側が要求したけど、交渉が上手くいっていないのが現状と。

魔鉱石の採掘も絡んでいて、ややこしそうだ。


「彼らはドワーフを嫌っているんです。なのに、魔鉱石の採掘で彼らの村に立ち入るのは隣国バッターラの民、ドワーフ族。ムーダンには彼らの様な技術は無いから、仕方がないのですがーーーー」


魔鉱石は魔毒もさながら、精製する段階でも有害物質を出す。

ドワーフは精製技術に優れ、公害を防ぎながらの採掘精製も出来る。

ドワーフの精製した魔鉄は頗る質が高く、製品化しやすい。

その山間の、危ない村での採掘もドワーフならば何とかするんだろうな。

ムーダンとバッターラで政治的な取引に使われるのも分かる。


「その上彼らは、代々の村を離れたく無いと、ここは自分達の土地だと頑なで。僕は、そんな彼らの説得をしていたんです」


ーーーーでも中々聞いてもらえなくて。


困ったハの字眉は情けないけれど、シャーク殿下の瞳には諦めが無かった。


「この間、漸く一人の青年に聞いてもらえたんです。なのに僕は••••」


テーブルの上で組まれたシャーク殿下の指先が、白くなる。


「でも、もう、諦めないんでしょう?」


それまで黙っていた私の言葉に、ハッとしてシャーク殿下が顔を上げる。


「ええ、ええ、あ、いえ、はい、そうです。僕に出来る事はそれしかありませんから」


自信無さそうな表情は、相変わらずだけど、気の弱い優しい瞳に宿る光は、きっと、もう消えない。





「その村の現状ですが、報告では、不毛の土地が森になったと言う事ですが、代わりに麓の里山がまるハゲになった場所があるとか。一体何をどうしたのか」


精霊の大激怒事件の原因だ。

メルガルド曰く、フィリアナがギフトを使ったんだろうと言っていた。


「それに付いては、神殿サイドに心当たりがございます。サジルはギフト持ちの娘を手駒にしていますのでその力を使ったのでしょう」


ディオンストムが茶碗を覗き込みながら言う。

そうして琥珀の液体を揺らし、香りを楽しむと、つっと顔を上げた。


「ムスリ宰相とは連絡を取るとして、さて、どのようにその村へ行きましょうか」


「そうですね••••サジルにはフィア様がムーダンに入国した事を、悟られたくはありませんし」


ロウの言葉に皆頷くけれど、うーん。

コソコソよりはーーーー。

私は思い切って自分の意見を言ってみることにした。


「ロウ、ディオンストム、シャーク殿下の無実は証明出来るのよね?」


「ムスリ宰相は切れ者、そして今のシャーク殿下の数少ない味方。ええ、彼なら勝てるでしょう」


あ、はい。片眼鏡が光ってるから大丈夫そうだ。


「王位の継承争いーーーーこれを機に、色々と大掃除をする積もりでしょう。淡々と揃えているかと」


静かに微笑むディオンストムに黒さが滲む。

ロウも揃えば、黒さが2倍だ。

揃えるって、並べる生首じゃないよね?

ある意味首は並ぶんだろうけど、生きたままの方だよね?


「それなら、ムスリ宰相と連絡は取るとして。サジルがあれだけ狼煙をぶちげ上げているんだから、堂々と行くよ?せっかく神殿の追手を招待してくれているんだから。隠れても、どうせ推測ぐらいはしてるだろうし。影から探られるよりも、オラ、来てやったぞー!感謝しろ!位の方が良くない?」


言い終わった瞬間、背後からブハって吹き出す声がした。

ラインハルトさん、プルプルしてますが、貴方が揺れると私も揺れるのですが。


ラインハルトの吹き出しを皮切りに、皆が笑うんだけど、そんなにおかしな事言ったかなぁ。


ーーーーーーー解せぬ。

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