おぼえ
「ずっと大好きだったよ。」
電話越しに、君の声が僕の耳を裂いたのは、もう半年前。ちょうど夏休みが終わる二日前だった。
あぁ、過去形だ。君の中では終わったことなんだ。でも、人は思ったより諦めが悪い。
「それって、もう戻れないのかな。」
「うん。もう、むりだよ…」
あぁ、本当に終わりなんだ。君との思い出なんて、語るよりも思い出すよりも、僕の周りに溢れすぎてるのに。でも、もう戻れないんだ。傷だっていつかは瘡蓋になる。あの子のことは忘れよう。
翌日、あの子にまつわる物は全部処分した。
あの子を上書きするために、別の人と付き合ったりもした。段々とあの子を思い出す日は減っていった。はずだった。
卒業の日、桜は散りかけていた。温暖化のせいかな、なんて呑気にしていた。飲み物を忘れた僕は、自販機へ向かう。
この自販機ももう使わなくなるのか、なんて小銭を探す。財布の中の細長い紙切れが目に入る。プリクラだった。幸せそうな二人がいた。写真嫌いな君が、唯一撮ってくれたプレミアだ。あぁ、ダメだ。何度も君を送って行ったあの駅、何度も何度も手を繋いで歩いた、あの川沿いの散歩道だって、寒いねって言いながら唇を重ねた夜の公園だって、焼き付いて離れない。一時も離れたことがない。どんなに上書きしても忘れられる筈が無かった。でも、今日で君と会わなくなる、会わなくなっていいじゃないか。ふと、楽しげに話す君がいる。手を伸ばせば、一言呼べば、きっと君は振り向く。だから、呼べない、手は伸ばせない。忘れられるはずだった、瘡蓋になるはずだった。どうして、君に付けられた傷だけ、どうして、ずっと生傷なんだろうか。
威勢のいい春一番が訪れた。桜はもう無い。