八十八歩目 「やっぱり妬ましいんだ?(II)」
『母上、美しいのは良いことですか?』
『とても良いことだし、義務でもあるのよ。美しい物、そして美しい者にも、美しくいる義務があるの。』
『皆が、僕のことを美しいと言います。けど、僕は………本当に美しいのでしょうか。』
『エピンは美しいわ。特に、その選ばれた模様と、左目が。』
『は、はぁ……そう、なのですね。』
『一族の模様の色が、定期的に変わるなんて、私……聞いたこともないの。それに合わせて左目の色も変わるんだもの、きっとこれは………あなただけの美しさ。』
『僕、だけの…………』
『今日は左目が赤いから、赤いドレスはどうかしら?あなたは、なんでも似合うし………そこらの子供より美しい。美しくいなさい、自分の美しさに疑問を持つ必要なんてないから。』
『………はい、母上。』
彼女が、美しさが全てのような教育を施したことも、エピンの人生が狂うきっかけの一つである。
この頃はただ思い込みの激しいわがままなお嬢様ほどの性格だったが、時雨の存在が明らかになってから、彼女は狂い出した。
王に愛されていないという劣等感、エピンに負けないほど美しかった時雨の存在、自分にとって、誇れるものが美しさしかなかった彼女は、壊れてしまったのだ。
当時のエピンも、自分が美しいことと、時雨が自分と相応に美しいことは理解している。
しかし、同時に、時雨の方がスペック的に考えて、素晴らしい人間であることもわかっていた。
外側は同じくらい美しくても、中身はどうしようもない。
エピンが必死に勉強しても、時雨は、ほぼ同じ勉強を苦なくやり遂げてしまうし、兄には既に負けている。
他人のことは気にしなくていいという考えなんて、彼の頭の中にはなかった。
今まで、他者と比較されて美しいと言われてきた彼には、自分単体の賢さ……そんなものはどうでもよく、周りより賢いという事実が欲しかったのである。
物事の本質を見抜く頭の良さが、周りと合わせることのできない自分の首を絞めていた。
左目は、兄と従者……弟のことを考える度、白や赤から黄色に染まる。
頭や要領の良さ、身体能力、体の強さ、生誕特別魔法、礼儀や作法、剣舞…………それら全てが二人より劣っているのだと、エピンは気づいた。
美しさですら、明確に勝っているとは言い切れない。
誰かに、言われたことを思い出す。
『少女のようなドレスや、長髪が似合うのも、今のうちだ。男なのだから、時が経てば似合わなくなり、美しくなくなる。』というあの言葉。
長い髪は気に入っていたが、彼は特別ドレスが好きというわけではない。
ドレスが似合わなくなるなんて、そんなのはどうでもよかった。
それらは、エピンにとって自分の美しさを引き出すための道具に過ぎなかったから。
だが、今の美しさが消えていくということ、これだけは恐ろしいものである。
魔法や要領の良さは 一生もの だというのに、何故美しさは消えてしまうのだろう。
男なのだから、とも言っていたが………女ならまだ猶予があったとでもいうのか。
美しさとは、なんだ?
ドレスを着れば、誰だって美しくなるというのか?
この顔になんの価値があるんだ、この声になんの価値があるんだ。
『女の子みたいに可愛い顔と声ね。』
母のその言葉を聞いて、エピンは思った。
…………………少女に、生まれればよかったんだ。
そうだったら、もう少しは美しくいられたはずなのに。
少女なら、兄が言っていた膝の痛みもきっと、すぐに去っていくのだろう。
とある有名な童話の中で、少女が少年に花束を渡すお話がある。
彼は、誰かに花束を渡せば、少しは自分が少女に近づけるのではないかと思った。
エピンはその辺りに生えていた鈴蘭を摘む。
誰に渡すのは、全く考えていなかったが、とりあえず庭を歩き回れば、誰かには出会えると考えていたのだ。
庭で鈴蘭を摘んでいた彼に、誰かが声をかける。
『若様、大丈夫ですか?』
『びっくりした……???か。』
『驚かせてしまってすみません。うずくまっていたから、体調が優れないのかと。』
『でもちょうど良いところに来たね。』
『丁度いい………とは?』
『これを、???にあげる。』




