零歩目 「夢でも覚めないで(II)」
夜中になった。
アリアは、自室にこもって寝たふりをしている、
…………エティノアンヌの様子を知るために、部屋から聞き耳を立てているのだ。
「守り…………たい………」
…………重く、苦しそうな声。
きっと、悪夢にうなされているに違いない。
その声は、次第に大きくなっていく。
「エレノア家と………あの女は…………………嫌、嫌………!!」
バサッ!!
布団の音がした。
エティノアンヌが起きたのだろう。
アリアはその音にびっくりしたが、それよりエティノアンヌのことを知りたい気持ちが勝り、聞き耳を立て続ける。
「はぁ、また悪夢か……………全く。沢山の者を殺めておいて、望んでいいことではないというのに…!」
やはり、最近様子がおかしいのは悪夢が原因だった。
エレノア家……あの女…………アリアにとっては聞き覚えのない言葉ばかりである。
どうすれば、彼を救うことができるのか。
今のアリアの頭の中は、そんなことでいっぱいだった。
「…………アリア、今日もお疲れ様。」
「はい、エティノアンヌ様も。」
エティノアンヌは、刃物で植物の部分を斬った。
感覚は共有したままである。
……………そして、その傷口に塩を塗った。
エティノアンヌは少し辛そうに目を瞑ったが、一時の痛みに身を任せる。
「皆を…………幸せにする方法なんて、ないのか。」
エティノアンヌは、悲しそうに呟いた。
しかし、アリアは…………そう思わない。
…………そんなことはないのに。
エティノアンヌ様には、すごい力がある。
だから、あなただって絶対幸せになれる。
…………私は……いや、リアはあなたに幸せになってもらいたい。
無理に笑っているあなたより、飾らないあなたがいい。
だって……リアは、エティノアンヌ様が…………
「お、お野菜や果物を育ててみては?!」
「…………え?」
「エティノアンヌ様が栽培した果物、とっても甘くて美味しいですから。」
「……………………」
「い、嫌なら別に構いません!わ、私はただ………」
「やってみるよ。」
「……………!!」
「何が食べたい?好きな野菜や果物を言うといい。」
「柘榴がいいです!」
「………………任せてくれ。」
エティノアンヌは、笑顔になった。
アリアの何気ない一言が、嬉しかったのだろう。
一時間後、広い屋敷の中は、市販の野菜や果物で満たされた。
エティノアンヌが、調子に乗って沢山育てたのである。
「美味しい!美味しいです!!」
「……………それは、良かった。」
「やっぱり、エティノアンヌ様は八百屋になるべきですよ!!」
「八百屋か、悪くない……………そうだアリア、さっきワインを作ってみたんだ………少量だけど、飲んでみる?」
「え?こ、こんな短期間…………短時間で?」
「植物の成分などをを分離する練習代わりとして作ってみたんだ、大分できるようになってきてね。」
「そんなことも可能だったんですか………」
「植物を操れるから、できるかもしれないと思って。でも、まだ全然慣れない………ちょっとやり過ぎたかも。」
「最初に椎茸を栽培した時が思い出されます。」
「それは忘れてくれ………アリアが毒キノコで死にかけた話まで思い出してしまうから………………」
「お酒、ですか。成人してから、エティノアンヌ様のを少しお味見したことがありますけど、結構渋くて、私には………」
「今回は白ワインだから、飲みやすいと思う。」
「成人になってから、ちゃんと外に出たことがないのでわからないのですが………種類があるんですか?」
「うん、白ワインの方が渋みが少なくて飲みやすい。でも、無理はしなくていいからね。飲まないなら私が一人で………」
「…………こ、子供扱い禁止です!」
アリアはそういうと、エティノアンヌが持っていたグラスを取った。
そして、恐る恐る一口飲む。
少し喉に重みを感じるが、酸味が爽やかに広がった。
後味には仄かな苦味が下に残る、それに酸味も合間って、前に飲んだワインより、はるかに飲みやすい。
「こら、アリア!私が飲んでからの方が良かったんじゃないか?!何かの間違いで毒でも入っていたら………」
「美味しいですね!これ!!」
「…………そ、そう。安心したよ。とりあえず、私も飲むか。」
「私、もう子供舌じゃありませんから。」
「別に、子供扱いしたわけでは…………………あ、このワイン結構いいかも。我ながらなかなかの出来かもしれない。」
人間の部分で食事をしたのは久しぶりだった。
なんだかんだ、酒を飲んだのも数ヶ月ぶりかもしれない。
体調の悪い時に大量にアルコールを服用すると、植物の体の方に影響が出る。
……………味の濃いものも同様だ。
あの日から毎晩、私は悪夢を見ている。
大事なものが、全て、消える悪夢を。
近頃は特に酷い悪夢を見る。
その夢を見ると、アリアもいなくなってしまうような気がして怖かった。
だから、だから…………………
彼女の寝顔を見ると、不安になる。
もしかしたら、このまま二度と目覚めないんじゃないか?
彼女の笑顔を見ると、不安になる。
いつかアリアも、バグノーシアのように消えてしまうのでは?
彼女の泣き顔を見ると、不安になる。
母さんみたいに、火に炙られて……………
いつの間にか、彼女との生活が崩れることに、怯えていた。
それを、酒で忘れようとしている。




