八十五歩目 「側に居てくれますか?(III)」
今ならわかる。
彼は走らなかったのではなく、走れなかったのだろう。
「…………足、ですよね。」
【そうだ】
彼には、両膝から下が無かった。
いいや、正確には………無くなったというべきか。
彼は、どうにかして平然を装いたかった。
なぜなら…………この姿は、汚れていたことを…… ”人を殺していたこと” を証明するものだから。
しかし、どんなに工夫しても歩き方に違和感がでてしまう。
違和感を消す為に、人形で、関節があるであろう部分を動かそうと考えた。
彼には体幹も力も不足している。
機械仕掛けの義足では転倒し、普通のものでは違和感を消しきれなかった。
不安定な体を支えるには、鉄を重くし、怪我に構わず無理矢理金具を取り付け、足を動かすしかない。
足の一部を失った当時はまだ十一歳だったため、家出する半年ほど前。
家出したのは十二歳なので、エピンはまだ王城にいた。
故に当時は、金具を取り付ける際の痛みなど、全く問題なかった。
時雨が、〔感覚取引〕を使ってくれたからである。
エピンの痛みを時雨自身に持ってきて、時雨から別の罪人に痛みを移せばいい。
時雨は、このことを隠す為に、罪人の喉を掻っ切ってエティノアンヌの部屋の近くに置いていたので、エピンのことは全く知られていなかった。
金具自体は定期的に取り外さなくても問題はないが、誰かに強く押し倒されたり、あるいは自ら転倒したりすると、スライドできる部分から鉄の中身がずれてしまったり、外れてしまったりする。
金具をつける時に生じる痛みは、つける際最初に体重をかけなければならないことが原因で、失敗すると変色した足の部分から血が出てしまうのだ。
……………死にはしないが、その痛みはとんでもないものである。
【靴を作っている理由も、トルテを助けたのも、僕がこの姿だから】
「…………なるほど。」
【隠しててすまなかった】
「あれ、そういや……どうして隠してたんですか?」
【知られたくなかっただけ】
「死ぬかもしれないけど大丈夫かって、聞きませんでしたっけ。オレに。」
【記憶にない】
「ちょっと!ここまできたら全部教えてくださいよ!!」
「…………やだ。」
「えぇ?!自分から言っておいて?!」
メイのその一言に、エピンはその通りだなと感じた。
自分のことを知りたがったのは彼だが、彼に教えると行ったのは自分である。
【分かった、教える
まず、この怪我は生まれつきじゃなくて、復讐されて負ったものだ】
「復讐で体の一部を失うって、エピンさんは一体その人に何を………」
【はっきりとは言えない
相当酷い仕打ちをしたことは確かだ
復讐されたと言っても、本人に直接復讐されたわけではないけど
仇、と言っていたから、その人物の関係者にやられたと思う】
「事情はなんとなく分かりましたけど………なんで死の危険性があるんですか?………王族とか国ぐるみで、怪我のことを隠してたとか。」
【いいや、違う】
「じゃあ、何でッスか?」
…………エピンは、あの時のことを思い出す。
あの日も、エティノアンヌと大量の人間を殺した。
きっと僕ら殺し屋全員、頭がおかしくなっていたのだろう。
リーダーの生誕魔法で、仲間以外の人間をすべて皆殺しにするようにされている。
仲間以外の人間は、誰なのかも認識できない。
殺している間は、嫌なこともすべて忘れることができた。
あの日のターゲット…………その時のことはあまり覚えていないが、兄と一緒に、リーダーに何か抗議したような気がする。
結果的にはいつもと同じように洗脳され、コンビだった兄と共に、そのターゲットの手足を切断し、目をくり抜いた。
この子供の手足を、神に捧げたいという、馬鹿げた依頼。
それになんの疑問も持たずに、人形に持たせたチェーンソーで、その子の腕と足を………
兄が植物で押さえつけていたから、その子供がどれだけ暴れても喚いても、それはそこそこ綺麗に切れた。




