八十四歩目 「側に居てくれますか?(II)」
「エピンさんは…………お母さんが苦手だったんですか?」
「…………………!!」
「す、すみません!とりあえずなんかすみません!!」
【メイ、ここに、僕と同じ髪色の、目が黒くて背の高い女性はいなかったか?!】
「誰ッスか、それ。それより、やっと元に戻ったんですね。良かった…………」
【というか僕は、さっきまで何をしていた?】
「オレに向かってすごく謝ってましたよ。」
【ちょっと詳しく説明してもらっていいか】
「お人形遊びがどうのとか、いうことを聞くからーとか、めっちゃ謝ってました。」
「し………し…………………」
「ど、どうかしました?」
【恥ずかしすぎて死にたい】
「いや、悪いのはオレッス!!な、なんかオレが無理矢理………距離詰めようとしたから。」
【多分、母上のことを思い出したんだ
最近どうにも頭がおかしい
本当にすまなかった、母上のことは少しトラウマで】
メイは、何も言えない。
……………幼い頃、暴力を受けていた者は、相手が挙手した状態で見下ろされると、無意識に、また殴られると感じ、縮こまるらしい。
きっと彼は、王子として育てられたのだろう。
“エピン” としてでもなく、子供としてでもなく、王子として。
それがどれだけ過酷だったのか、メイには理解できなかったが、母親の存在………それが、必ずしも幸せをもたらすとは限らないことを知った。
エピンは、最近いろんなことがありすぎて、少し疲れているのではないか?
メイはそう思っていた。
時雨もそうだが、トルテが言っていた謎の少女の存在、それらが彼の心に大きく影響したことは事実である。
時雨の名前に至っては、思い出せないほどに。
エピンは、どこか吹っ切れた。
この二人は、自分がどんな目にあっても助けにきそうだと思ったのである。
自分がどれだけ無理をして、隠し事をしたって、無意味な気がしたのだ。
もう………隠すのはやめてしまおうか。
どうせ、すぐに死んでしまうのだから。
話すのはハードルが高くても、事実を伝えるのは簡単である。
こういうものは、何かの拍子に飛び越えるものだ。
【メイは、僕のことを知りたいか?】
「はい!勿論!!」
【死ぬかもしれないけど、大丈夫か?】
「はい!……………え?」
【本当に大丈夫か?】
「…………だ、大丈夫ッス!!」
エピンは、その言葉を聞くと…………メイの目を見る。
彼の腕はガタガタと震え始め、仮面の向こうから除く目は、恐怖に染まっていた。
「エピンさん………」
「…………………メイ………ひと、ひとつ……だけ。」
「な、なんですか?」
「嫌、だったら………………い、言って…………くれ……………」
「……わかりました。」
エピンは暗い顔をして、丈の長いワイドパンツの裾をめくりあげる。
それを見て、メイは思わず目を見開いた。
……………鉄が目に入ったからである。
「て、鉄?!」
なぜ衣服の下に鉄を入れているのか、メイは理解が追いつかなかった。
そもそもどのようになっているのかさえ理解が出来ない。
エピンは裾を膝より上に捲る。
……………そこから、鉄の人形と上腿が見えた。
変わった形の人形と、色白だったであろう禍々しい紫色の上腿を見たメイは、やっと全てを理解する。
「まさか………!」
エピンは、暗い顔のまま、鉄の部分をスライドした。
ゴトン…ゴトン……
床に、音が二回響く。
筒状の長い鉄と、その筒の中に収まりそうな鉄が左右、二個ずつ落ちたのだ。
「だから、初めて店にきた時……そう、か。」
最初、メイは思った。
エピンにメロンパンを売った時、目を合わせたくないなら走って帰ればいいのに…………と。




