外伝 「夢なら覚めてほしい(I)」
森の奥のとある屋敷では、毎日のように麻薬の密売が行われていた。
どんな地方で育つ珍しい麻薬でも、ものの数分待てば手に入る。
たった一人の少女がやっているというその屋敷は、かなりの人間が訪れていた。
ちなみに、表向きは薬草屋なので、一応薬草も取り扱っている。
しかし、たった一人の少女がやっているのをいいことに、麻薬を奪おうだの、少女に手を出そうだの考えている輩も少しいた。
だが…………実行に移す者はそこまでいない。
なぜなら、とある噂があるから。
一度それを実行に移した人間が、勝手に動く植物に大怪我を負わされたと主張したのだ。
そこから、少女に逆らうと酷い目に遭うという噂が出回り始めたのである。
だが、ここに今…………その噂を知らない短気な客がいた。
「お前……今、なんていった?」
「お安くすることは不可能です。」
「ふざけんな!俺はあれがなきゃやってられないんだよ!!」
「不可能なものは不可能です。」
「舐めやがって………!」
男は、少女の腕を思いっきり掴む。
少女はそのままぐらりとよろめき、床に倒された。
「なんの真似ですか?」
「さっさと大麻を出せ!」
男がそう言って少女にナイフを突きつけた次の瞬間。
彼は何かに腕を掴まれ、動けなくなる。
「な、なんだこれ………植物?!」
「今、アリアに触れたね………まぁいいか。肉付きが良さそうだから、解剖に使わせてもらおう。」
「ひっ?!?!?!」
「申し訳ありません、エティノアンヌ様にご迷惑を……………」
「アリアが無事なら構わない、それに………とてもいい材料が手に入った。」
「…………いつも思っていたんですけど、リア……私が、危ない目に逢っていることが、どうしてわかるのですか。エティノアンヌ様は奥のお部屋にいらっしゃるのに。」
「植物から目を複製して、感覚を共有しているからだよ…………………それと、無理に大人振る必要はない。」
「でもリアは………リアは早く大人になりたいのです。お姉ちゃんとの約束、叶えたい。」
「……………先延ばしにしていたが、アリアに一つ聞きたいことがある。」
「なんでしょう?」
「アリアはどうして、心の一族から見放されたんだ?」
「え。」
「五歳で勘当なんて普通じゃありえない。心の一族の紋様も出てるのに……………だから最初は問題児かと思って身構えたが、アリアは優秀だった。勘当する理由がわからなくてね。」
アリアは、自分の左頬の模様を悲しそうに触った。
一族の力を強く引き継ぐ者は、体のどこかに、一族の模様が出る。
模様を持っているといないとでは、能力に天と地の差が出るため、大抵、後継ぎは模様を持つ者になることが多い。
「知っているとは思いますが、リアには、生誕魔法がない………生誕魔法が使えない人間なんて、なんの役にも立たないって言われてしまって、追い出されちゃいました。それにお姉ちゃんっていっても、リアは双子。お姉ちゃんの反乱分子を消したみたいな感じですよ、きっと。生誕魔法が使えるお姉ちゃんに跡を継がせたかったんです。年が同じなら、年功序列は適用されませんから。」
「……………私は七歳から既に殺しに手を染めていたから、怖がられていたし疎まれていた。だが、形としては私も貴族として扱わなければならない。いつ死んでもいい元一族の少女を使用人にするのは、都合が良かったんだろうね。」
「なんだかんだで六年間、リアは死ななかったんですけど。」
「もう出逢って六年くらいか、時の流れは早いなぁ。」
「エ、エティノアンヌ様の生誕魔法は、ここ数年ですごく進化したのに、リアは…………」
「君に求めているのは魔法じゃない!!!」
「………………」
「違う、言い方を間違えた………かな。とにかく、一族や貴族の子供に生誕魔法が無かった事例なんて過去に一つもないよ。安心してくれ。」
「本当………ですか?」
「あぁ、生誕魔法に気付くのは原則三歳までだけど、もしかしたら………魔法が発動していたのに気づかなかったのかもしれないね。」
「はえぇ………」
「その魔法の仕組みを理解できれば、デュフォースで引き出せる…………まぁ、生誕魔法はみんな違うから、無理だろうけど。」
「ですよね、リアは出来損ないですよね…………」
「そんなことは言ってない!その…………そうだ、双子なら、お姉さんの魔法と似ているかもしれない。お姉さんの魔法を教えてくれ。」
「憎んだ人を攻撃することができる魔法です!」
「け、結構怖いね………」
エティノアンヌが家を完全に出てから、もう半年がたった。
彼が一人で命を絶とうと決めたあの日は、どこにいったのだろう。
母さんとバグノーシアに会いたい。
そう思っていたのに、アリアがずっとそばに居たから死にきれなかった。
死のうと思えば死ねたのだろうが……………エティノアンヌは彼女の目に負けたのである。
役に立ちたいと笑顔で笑うアリアの目には、化け物でも、植物でもなく、一人の人間が映っているような気がしたから。




