六十六歩目 「縛られているのか?(III)」
だが、エピンの気遣いを察せなかったのか、時雨がエイトに聞いてしまった。
「キャンドラーは相手の感情を操る………とかそんなことを言っていましたが、本当に紫の炎で攻撃するだけなんですか?」
「よく知らないよ、あんまり使ったこともないし………教祖様に禁止されてたのもあって、時雨に追い詰められた時と、ここに閉じ込められてたみんなと遊び半分で使ったくらいだもん。」
「教祖様はエイトの魔法の効果を知っていて………その上で使うことを禁止していたのかもしれませんね。」
「ただ攻撃するだけの魔法って教祖様は言ってたけど、それが嘘だったってことか!ありがとう、時雨頭いいね。」
「褒めていただけて嬉しいです。なんとなく聞きたくなったので聞いただけなんですけどね……」
エピンはその時雨の一言で、キャンドラーの効果を理解してしまった。
理解しなかった方が、よかったかもしれない。
『本当さ、相手に向かって一度炎を使うと、その子の意思が常にその相手に反映され続ける。これは半永久的なものでね。その子が相手に好かれたいと思えば、相手もその子を好きになって、その子が相手を嫌えば、相手も嫌いになっちまう。恐ろしい生誕魔法だよ、全く。』
時雨は、教祖様らしき人間が言っていた言葉を思い出す。
一度、相手に使うだけで、その効果を発揮するということ。
エイトが相手に好かれたいと思えば、相手はエイトを好きになってしまう。
エイトが相手に嫌われたいと願えば、相手はエイトを嫌いになってしまう。
人の心を、思い通りに操れてしまう恐ろしい能力だ。
あれ?
もしあの時、エイトが時雨に、心のどこかで助けて欲しいと思っていたら?
もしあの時、エイトが時雨に、ここのみんなを救って欲しいと思っていたら?
もし、もしも…………今エイトが、時雨に自分の能力のことを聞いて欲しいと、思ったなら………
時雨は、エイトの思い通りに動いていることになってしまう。
エイトは、心から時雨を信頼している。
信頼して欲しいと思うのは当然のことだろう。
それに彼女はまだ子供だ。
怖い時には抱きしめて欲しいし、守って欲しいと思うかもしれない。
出会ったばかりの頃に、心眼を使ったことはある。
エイトは心から反省していたし、あの純粋な笑顔が嘘だとは思えなかった。
魔法の効果を知らないのも、本当なのだろう。
エイトは、知らず知らずのうちに、人間を操ってしまうとんでもない魔法の保持者なのか?
そんな、そんなことがあっていいわけ………ない。
言ったら、駄目だ。
少なくとも今は絶対に駄目だ。
……………二人を、傷つけるだけだ。
「……………どうします?話している相手とはあまり友好的な感じはしませんけど………」
【相手の狙いがエイトなら、二人が結託してくる可能性がある】
「その相手の能力もわからないのに突っ込むの?」
「まだ武術向上を最大化力で使ってないので、扉を壊して殴り込むくらいはできます。」
「だからハイにならないんだね、というか脳筋過ぎない?」
【それだったら人形遊びの方がマシだ】
エイトが、本当にそんな能力の持ち主なら………とんでもないことができてしまう。
それに、彼女がその能力を自覚していないなんて……………
生誕魔法は、貴族や一族が生まれつき持っているものだが………その魔法の持ち主に合わせて進化していくものだ。
実際、エピンも最初は動物としか話せなかったが、一応今は虫や異形の一部とも話せる。
虫や異形などは行動が読めなくて苦手だったが、会話できるようになってからはそこまで苦手意識がなくなった。
時雨の能力も、最初は短時間降らせるほどの能力だったが、今となっては水を動かすだけではなく、空中で自在に形を帰ることができる。
当時、武術向上をもっと戦闘に活かしたいと思っていた時雨にとって、この魔法の進化はとても嬉しいことだった。
このように、生誕魔法は他の魔法と違って、人に合わせて進化していくのである。
エイトの魔法について詳しいことはよくわからないが、先程聞いた内容が真実であるのなら、彼女は………誰かに寄り添ってほしかったのかもしれない。
………………最初からあんなとんでもない魔法を使えるなんて、とても思えないのだ。




