七歩目 「懐かしい?(III)」
「本当に………?」
【本当だ】
「あなたは本当にローズ家の人ですの?エピンと言う名前…………言われてみれば一度も聞いたことがありませんわ。あんなに有名なお家なのに。家名を偽るのは犯罪ですのよ?!」
「えっ?なんスか…………靴屋さんやばい感じ?」
エピンは、本当はローズ家の人間じゃない。
不審がられても無理はないだろう。
ザッハトルテが名前を聞いたことがないのも当然のこと。
けどエピンの身分は貴族より上のようなものだ、その上ローズ家とも接点がある。
そして、エピンは頭がいい。
彼は言い訳を幾らでも思いつくのだ。
【エピンは偽名だ
勘当された時、勝手に改名したからな
前の名前はスイッシード・ローズ】
「聞いたことがありますわ。その方もローズ家で勘当された方だと…………」
【勘当っていうか、本当は僕が勝手に家を出てきたんだけれど
でもそれだと格好がつかないだろう?
だから大体はそういうときは、事実上勘当として扱う
スイッシードなんて酷い名前は僕も御免だからな
だからエピンにした
家を出てきた理由は僕と同じく呪われた兄の死
ローズの跡継ぎは呪われると言われているが、家名があった方が仕事柄特なんだ
家名を偽りたいのは山々だが、それでは犯罪になってしまう
だから偽名と本当の家名を足して名乗っている
これで納得してもらえたか?】
「なるほど、上の名前は家を捨てれば改名しても良いですものね。捨てても、一応元貴族として名乗ることもできますわ。」
ザッハトルテは納得し、本題に入る。
「あ、そうですわ!わたくし、靴を作ってほしくて来ましたの。」
【どんな靴を御所望で?】
「誰よりも早く走れる靴を作ってほしいのですが………」
【自分用ですか?誰かへのプレゼントですか?】
「あら、ラッピングしてくださるんですの?」
【違う、申し訳ないがそれは別料金で
話が逸れた、戻す
靴を送りたい相手のことと、相手への思いを知らなければつくれないから聞くんだ】
「…………自分用だったらどうするんでしょうか?」
【自分のことと、自分がどれだけ頑張ったかを聞く】
「それは気恥ずかしいですわね。まぁ父の靴だから良いですけれど。」
【では、お父様への気持ちを伝えて貰う】
「わ、分かりましたわ。では……」
【だが、エリーゼにメモをとって貰えない
ヴィオローネは頭が良いが、字を書くのは不得意だろう】
「ヴィオローネ、というのは…………」
【木菟だ、先程までは鳥籠にいたのだが
今はベッドにいるのかもしれない】
「ミミズクさんに字は書けませんね。」
【メモをとれない分、思いを強く伝えてくれ
お父様は来られないとのことだったな
さぁ、早速だがお父様の話を頼む】
「じゃ、じゃあ………………始めます。」
ザッハトルテは、唾を飲み込んだ。
「わたくしの父は……………意思の強い人。
とても仕事のできる人で、お家を守るためならどんなことでもする人ですわ。周りからの信頼も厚い、凄い人ですの。」
【申し訳ないが、おきに召してもらえる靴を作れる自信がない】
「?!………な、なんでですの?!お金なら幾らでも……」
【僕は靴に思いを具現化できるだけだ】
「………………そう、なんですね。」
【これで本当に大丈夫か?】
「な、なんのことですの?!大丈夫に決まっていますわ!」
【最善を尽くすとだけ言っておこう】
「…………………!!!」
エピンは、何かを見透かすかのように斜め下を向いて微笑んだ。
メイもザッハトルテも、その雰囲気に圧倒される。
何を言ったら良いのか、何をしたら良いのか、分からない。
エピンは向こうの部屋に籠った。
「す、すみません…………俺どうしたらいいかわからなくなって…………」
「あの方は……何者ですの。」
「…………分かんないッス。俺も靴屋さんのこと……エピンさんのことなんも知らないんスよ。」
「………本当に恐ろしい方ですわ。」
ザッハトルテの目には、少し恐怖の色があった。
────三十分後。
エピンはとても美しい箱を持ってきた。
そしてザッハトルテの前に立つと、箱をゆっくりと開ける。