六十三歩目 「あの時とは違う?(IV)」
自分にできることを全てとられたら………ただ与えられているだけになってしまう。
「どこに行ったんだ………?」
絶対に、アンタを探しに行く。
アンタが自分を犠牲にして、手が届かないほど………遠くにいく前に。
………… ”何故か、そうしなければいけないような気がする” んだ。
それはアンタが、一番美味しそうにオレの作ったメロンパンを食べるからだと思う。
すごく喜んで、この世の幸せを全てかき集めたような顔で食べるから。
多分、あの人は味をあまり感じてない。
あまり噛まずに飲み込んでいるし、食べるときに全く香りを嗅がないからだ。
この間も、砂糖を足して
他の食べ物を食べている時にも共通している。
それでも、それでもあの人は……………一番美味しそうにメロンパンを食べるんだ。
それがオレの出来ることだと思ってたし、オレもそれが嬉しかった。
なのに……なのに…………
エピンさんはオレに何も言ってくれなかった。
オレの存在は、エピンさんにとってその程度なのか?
勝手に妹と重ねているのはオレなんだろうけど……………
「トルテさんも呼ぼう……………オレが一人で突っ走ったら、人のこと言えないからな。」
エピン達は、エイトが元々いた所に向かって歩いている。
………………先程の女は、時雨が殺してしまったのだ。
その現場を数人の人間が見ていたが、争いを止めるどころか、逃げ出してしまったので大事になる問題はないだろう。
しかし、エピンはどこか違和感を拭えない。
時雨には、あの女を殺すほどの理由がないからである。
自分が直接彼に命を下せなかった為、反抗したわけではなさそうだが…………主人が止めないとは言え、明らかに主人の意に反する行動をとるか?
その点も、エピンにとって疑問の一つ。
心眼で時雨を見たが、感じられたのは、よりによってエワルの前で……という想いからくる殺意と、主の心に叛いてしまっているかもしれないという少しの罪悪感だけ。
主人の意に反する行動に罪悪感を感じつつも、殺したいという衝動が勝ってしまったと?
普通に考えれば、全く予想外や楽しさを欲していないのに、彼は彼女を殺してしまったということになる。
そこにあったのは、純粋な殺意と感情の暴走のみ……………
時雨は確かに少々人で遊びすぎてしまうことがあるものの、殺すことを楽しむ性格ではない。
むしろ、殺してしまったら遊びがそこで終わってしまうと考えるタイプなので、ある意味こちらの方が厄介とも言える。
だが…………感情を制御できなくなった場合、時雨なら魔法を抑えようとするはずだと、エピンは思うのだ。
「もうすぐ………つくよ。ほら、あの森の奥に………」
「エイト、顔色が…………だ、大丈夫ですか?」
「……………大丈夫なわけないじゃん。教祖様と会わなくちゃいけないんだから。」
「………ですよね。」
「でも心配してくれたんだよね、嬉しい。」
「心配されたくらいで………嬉しい、ものなのか。」
「時雨だって、エピンに心配されたら嬉しくない?」
「はい。ですけど、若様になら何をされても無条件に嬉しいです。」
「でも、流石に殴られたら嫌でしょ。そういうこと。」
「いや、嬉しいですけど。」
「………な、何言ってるの?殴られるんだよ?」
「若様に殴ってもらえるんですよね?!嬉しいに決まってるじゃないですか…………あぁ、考えるだけでゾクゾクしませんか?!」
「しないよ!!!!」
時雨が、変わってきている。
それは本来なら喜ばしいことだが………
『エピン、時雨よりもあなたの方が偉いのよ。時雨に他者を愛する権利なんて与えてはダメ。スタンツェ家は絶対よ、わかった?』
『バグノーシアを返してくれ!!アリアに謝らせてくれ!!私のことを……………兄上なんて呼ばないでくれ!!』
『…………何故今までは大丈夫だったか、だと?そんなの簡単な話であろう。お前もあの女も、愛していないからだ。』
あぁ、最低だ、最低だ。
喜べないこの状況が、最低だ。
人間らしくあることが、間違いになってしまうこの環境が、最低だ。
『お母様を困らせないで!!スタンツェ家は絶対なの、あんな卑しい東の人間よりもあなたが王になるべきだわ。あなたは王になるのよ!王になりなさい!!!』
『王族はいつかこうなる、そして………お前も私や父上と同じだ!!!』
『桃簾のために、必ず翡翠を王にする…………お前はとっとと死ね!!!』
母上、僕は王になんてなりたくない。
兄上、僕は父上のようにはならない。
父上、僕はまだ死にたくなんてない。
………………そんなこと、言えるはずもない。
「若様、若様!聞いてますか?一回殴って欲しいんですけど………」
【あぁごめんごめん、全然聞いてなかった
で、なんだって?】
「あの………一回でいいので殴って欲しいんです。」
「は?えっ………え?」
変化を恐れた先には、何があるのだろう。




