六十二歩目 「あの時とは違う?(III)」
「なんで?………………ほんとに?」
【時雨は、心眼で気づいてしまったんだろう
僕も心眼を使って気づいた】
「子供を……売ったんだ。あの女は、私みたいな子供を………増やしたんだ。」
「…………………」
「時雨は………なんであんなに辛そうなの?私のことなんか、どうでもいいみたいな感じで扱ってるのに。」
【嘘をついているから】
「ぐすっ……な、なんで…………私………………」
【時雨は嘘をついているんだ
怒鳴っていても、どんなに怒りで我を忘れていても】
「あ…………………ほんとだ。」
時雨は、笑っている。
怒っているはずなのに、笑っている。
その目に喜びなんて微塵も映っていないが、確かに笑っている。
エピンは、そんな時雨を見ていられなくなった。
必死に、必死に喉を抑えて、なんとか声をかけようとする。
「し、時雨……!」
「わっ、若様?!」
「やめて………こ、ころ……さ………な…… 」
「少々お待ちくださいませ、今からこのゴミを処分致します。ゴミは拾わなければ………環境に悪いですよね。」
「………………!!」
時雨の蔦は、自らの腕にも傷をつけていた。
所々彼の体には棘が刺さり、血が流れている。
待ってくれ。
そちら側に行かないでくれ。
それでは、兄上と同じだ。
何をしたいのかもわからず、自分で自らの自由を奪ってしまう兄上と同じだ。
本当はエイトを守ろうと思っていだろう。
僕を大事な存在だと認識してくれている………よな?
僕は化け物にはならない。
だから時雨も化け物にはならないでくれ。
死ぬ時は、一緒じゃなかったのか?
一人で死んでいいのか?
僕の命を否定すれば、それは自分が生きていた意味を否定することになる。
そうすれば、否定的なお前は、自分を保てなくなるんだ。
それでいいのか?
感情を、押さえ込むように教育されてきたんだろう……………父上に。
時期王になるために、そしてそのまま生き続けるために。
…………父上はその感情を時雨に押し付けていたんだ。
感情を減らせと言いながら、その裏には感情があったというのか?
たった一人の人間に強い感情を向けるだけで、僕らは寿命が縮む。
魔法が暴走する危険性がどんどん上がって、病に倒れ、最後は死ぬ。
時雨は、僕と心から向き合ってくれているだろうか。
時雨の”大事”は、僕と同じ”大事”なのだろうか。
僕の生誕魔法は、兄上や時雨と比べると酷い。
でも、そちらの方が良かったのかもしれない。
…………動物は人間じゃないから、どんなに好きになっても、どんなに恨んでも、どんな感情を向けてもいい。
父上は、きっと母上を愛していなかったのだ。
時雨のお母様を愛してしまったのだ。
感情のない、物のようだった父上が……笑うようになって、僕にも一言だけど、謝って…………
本当に、酷い魔法に酷い体質だ。
その頃メイは、泣いていた。
「親父も……妹も…………エピンさんも、時雨さんも?」
エピンさんのことが、わからない。
時雨さんのことは付き合いが短いので勿論よく知らないが、エピンさんとはそこそこの付き合いなのに、全然エピンさんのことがわからない。
喋りたくないのなら喋らなくていいし、辛いことはしなくていいけれど………隠し事が多すぎる。
人間と話せないというより、人間と話すことで相手に何かが起こるのを恐れているようだ。
トルテさんもそんなことを言っていたし………
本当に、わからないことだらけだ。
王族ってどういうこと?時雨さんとはどういう関係?何故靴屋をやっているのか?あの時の魔法は何?
聞きたいことが、知らないことが、いつの間にか山積みになってしまっていた。
別に、無理に問いただそうとか、必要に迫ろうだなんて、そんなことは思ってない。
でも、黙って出ていかなくたっていいじゃないか。
相手に手は差し伸べるのに、相手の手は絶対に取らない。
なんでそんなことをするんだ。
わけがあるなら、言ってくれればいいのに。
王族だろうが、事情があろうが、そんなものは関係ないんだ。
エピンさんの役に、立ちたいだけ。
それなのに、それなのに…………勝手にいなくなる。
オレには、メロンパンを作ることしかできない。
貴族じゃないから、トルテさんみたいに特別な魔法があるわけでもない。
せめて、それくらいはさせてほしかった。
自分にできることを全てとらないでほしかった。




