五十九歩目 「名前決めよ?(IV)」
「基本的には、水を凍らせないと武器にできないんです。水を浮かせてバシャってやっても、ただの嫌がらせにしかなりませんからね。水を凍らせるためには、常に冷静でいなければいけないのですが心が乱れるとすぐ水になったり、怒りを感じるとお湯になったり……」
【氷魔法は?】
「水の時なら大丈夫なんですが、沸騰したお湯の場合氷が溶けます。」
「でも、それってすぐ紅茶飲めるね!」
「……………褒めてます?」
「で、時雨の魔法はこれで全部?」
「秘術の武術向上ならありますよ、まぁ体術とか武器とか威力上がるけど防御力捨てて突っ込むみたいな能力ですね。でもあれめっちゃ交戦的になってるらしくて、ハイになってるねって言われたことあるんですけど、あんまり覚えてないから嫌だな………」
「急に雑!それで全部なの?」
「若様と兄弟だから、結構同じサポート系の魔法が多いんですよ。」
時雨には、まだもう一つ切り札がある。
だが彼は………それを隠した。
「あと、一つ若様に申したいことがあるのですが。」
【なんだ?】
「……………甘いものを少しは控えてはどうでしょう?」
【時雨だってトルテのスイーツ食べてるじゃないか
メロンパンくらいいいだろう】
「そう言うことではなく、食べ物全てに砂糖をかけるのをやめて欲しいのです!!」
「えぇ?!エピンってそんなに甘党なの?」
「……………そう言うわけではないです。」
「じゃあ、なんで……」
時雨は、エピンの方を見る。
それを見て、エピンはゆっくりと頷いた。
「若様は、味と香りがあまりわからないんです。若様の場合………………相当砂糖をかけないと、甘さを感じない。」
「…………え。」
「エイト、少し昔のことを掘り起こしてしまいますけど…………あなたは吾輩に睡眠薬を盛ったあの時、若様の料理に何を入れましたか?」
「…………塩だよ、時雨の興味を私の薬……っていうか、匂いの強い液体からから逸らそうと思って。時雨だったら、私があの苦い薬って言ってたやつ、ただ苦い匂いがする液体だって気づくかもしれないと思ったの。」
「やっぱりそうですよね、塩………ですよね。」
「……………あれ?」
「そう、若様は喉に違和感があるとしか仰らなかった………………苦い匂いも、塩辛さもわからなかったから。」
「時雨が寝る準備してる間に、媚薬を混ぜた料理をエピンにあげたの。本当は飲み物にでも混ぜようと思ってたんだけど、時雨に見られてたからタイミング失って…………」
エイトは、エピンの行動に納得した。
あの料理を食べている時も、彼は…………おいしいかという問いかけに頷きながら、味のしない何かを食べていたと?
そ、そんなの…………
「ね、ねぇ時雨!」
「エイト……?」
「皆を助けたら………私に文字を教えてくれない?」
「文字……吾輩は構いませんよ。」
「ありがとう、文字が読めるようになったら、エピンとお話がしたい!」
エイトは、エピンに向かって笑いかけた。
その笑顔は………どこか懐かしい。
『有難う。』
花の香りが、したような気がする。
数日後
「エピンさーん、メロンパン持って来たッスよ!」
メイが、エピンの名前を呼ぶ。
…………………返事はない。
コンコン
この間より、ノックの音が響いている。
メイは嫌な予感がした。
ここには誰もいないような気がしたのである。
足音も生活音もしない。
なんで………どこに行ったんだ?!
メイは、玄関のドアに、糸を通した木の板がかけられているのに気付く。
彼は、思わずその板を手に取った
その板は普通の板だったが、なぜか段々と文字が浮かび上がってくる。
一体どのような仕組みだろうか。
〔これを見ているのは、おそらくメイ殿でしょう
安心してください、二日ほどで戻って参ります
万が一、一週間経っても戻らなかった場合は、新家、エレノア家、そしてアルバート家に連絡を
スタンツェ家には絶対に連絡しないよう、御願い致します
義母と義父がなんとかしてくれるかと〕
メイは、理解できない。
理解したくもない、訳も分からない。
「ふ、ふざけんな…………まだ何か、隠すのか?!」
いつもそうだ。
役に立ちたいと思っても、間に合わないんだ。
頼ってもくれない、連れてってもくれない。
「何も守れないのは………もう嫌………………大事な人全員、オレが殺すのか?またか?何回目だよ!!何回目だ!!!………何回……目?」
この家は、抜け殻だ。
思い出すから、思い出なのかな。




