六歩目 「懐かしい?(II)」
「靴屋さん!!」
「………………?」
聞き覚えのある声に、エピンは思わず振り返る。
隣のパン屋からだ
「今日は、メロンパン…………買わないんですか?!」
メイは心配そうに彼を見つめる。
エピンは人形から力を抜き、男の首を絞めるのもやめた。
「ひぃ、魔術師だぁ!!!」
男は逃げていった。
エピンは、メイの方へ走っていく。
彼の所に着くと、エピンは頭を下げる。
「あ、あああ………あの…………す………す………まっ………な……か、かっ……た…………!」
「無理に喋らなくても良いッスよ!…………オレだってデリカシーないこと言ったんスから。」
「……………………」
「魔法はさておき……何かあったんスか?というか、お面から仮面にイメチェンしてる………」
「………エ、エリーゼ…………が……………」
「エリーゼ………誰だ?……………そうか!謎は解けた!仮面の中からでも分かる靴屋さんの顔の良さ………さては彼女ッスね?」
「違う…………えっと……その……ち、ちが……くて………」
「靴屋さんって、こういう時に誤魔化してるのかコミュ障発揮してんのかわかりませんね。」
二人の姿を見ていた娘は、本来の目的を思い出した。
そして、二人に質問をする。
「あ、あの……一つ伺ってもよろしくて?」
「何か用ッスか?」
「どんな靴でも作ってくれるという靴屋の場所をご存知ありません?」
「それならここッスよ。」
「やっぱり…………ということは、あなたが靴屋さん?」
「あぁ、この人がその靴屋さんッス!コミュ障なんで……ほぼ筆談専門スけど。」
「大丈夫ですわ。読み書きの心得はありますの。」
三人は靴屋に移動した。
エピンはエリーゼの手当てをリスやハムスター達に任せる。
「ヴィオローネ、エリーゼは………大丈夫そうか?」
「キュルキュ。」
「五分五分か………」
メイも娘も、見るに耐えないエリーゼを見て悲しそうな顔をした。
「まぁ、なんて酷いの……」
「エリーゼってあの時オレの傍に来たネズミか…………この人を襲った上にこんなこと………最低ッスね!こんな可愛い生き物に……」
「可愛そうに……わたくしを助けようとしたのです。治療費はわたくしがご負担しますわ!一応もう自分で稼いではいますのよ。」
「いいや!治療費はその男に請求すべきッス。靴屋さん……その男探しましょうよ!!」
二人は、男を捕まえたいようである。
しかし…………エピンは違った。
【大丈夫だ】
「エリーゼちゃんあんなことになったのに………許すんスか?!嘘でしょ!!」
「ここは怒っても良いところですわ!!ゆ、許すなんて優しすぎます………」
二人は、エピンの予想外の答えに驚く。
だがエピンは結構根に持つタイプだ。
振る舞いは比較的紳士だが、そんなに生易しい男ではない。
【許すなんてそんなことは書いてないだろう】
「ど、どういうことッスか?」
【あまり良い顔はされないから黙っていたが、僕は魔法が使える】
「ま、魔術師さんだったのですね!」
「その魔法でさっき懲らしめたってことか………………って人形使いじゃないの?!」
【一応マリオネッターだけれど】
「人形使いの最上級役職ッスね……」
「マリオネットも出来て魔法も使えますの?!すごいですわ!」
【話を戻す
僕はあの愚民を許すなんて書いてない
ちなみに僕の魔法は、特殊なケースを除いて使った人間に跡が残る
跡のついた人間は僕の支配下だ】
エピンは小動物達に看病されているエリーゼを見ながら文字を見せた。
【故にあの男は殺そうと思えばいつだって殺せる
何、殺すつもりなんてない
エリーゼと同じ苦しみを目の前で与えてやるだけだ
この令嬢に謝罪をして、金を積むだけ積めば許してやらないこともないが
そうしないのなら、ヴィオローネの玩具にする】
エピンは二人と全く目を合わせないが、とんでもない怒りと復讐心が二人に伝わる。
二人は怖くなり、咄嗟に話を逸らした。
「そういやあーオレお名前きいてないなぁ!お、お名前を教えてくださいッス!」
「………え?あ、あぁそうですわね!!わたくしはザッハトルテ・スマイラーと申します。」
「き、貴族……?!」
「えぇ、そうですけど…………」
「あっ、すみません悪い癖で………オレの名前はメイです。宜しくお願いするッス。」
「こちらこそよろしくお願いしますわ。」
「で、この靴屋さんはエピン・ローズさん。」
「まぁ、ローズ家ですの?!」
「……………ローズ家?」
「あらまぁ、ご存知ありませんの?ローズ家はとても有名な……」
それを聞くとエピンは突然こちらを振り返り、手帳に書いた文字を見せる。
【僕の家の話はやめてほしい】
「そ、それは申し訳ありませんでしたわ。けど、とても名誉あるお家ではなくて?」
【勘当されたんだ】
「ローズさんは……………マリオネットができて、魔法が使えるのですわよね?更に不思議な靴も作れる………そんな優秀な人材を勘当するなんて有り得ませんわ!」
あまりに突拍子のない話に、ザッハトルテは驚いた。
彼女の表情が曇る。