五歩目 「懐かしい?(I)」
エピンとメイが喧嘩した次の日。
靴屋の彼の元に、とある娘がやって来た。
「なんでも作れる靴屋ってここかしら………」
コンコン
フリルのついた少し古めのドレスに身を包んだその娘は靴屋のドアをノックする。
しかし、今のエピンは機嫌が悪い。
そして朝が駄目なタイプである。
その為、娘の元にエピンは現れなかった。
「お留守なのかもしれないわ。」
娘が家に戻ろうとすると、そこに一人の男が来る。
「嬢ちゃん、良い服着てんじゃねぇか。貴族様か?きっつい香水つけやがって。貴族様がこんなところでなにしてる。」
「申し訳ありませんが、わたくし急いでいるんですの。なので用があるなら早く……」
ガシッ
男は、娘の腕をいきなり掴んだ。
「い、いやぁっ!!!」
「服も体も高く売れそうだ。」
「触らないでください!離して!!」
その時、たまたま窓の傍にエリーゼがいた。
エリーゼはその様子を見ると、慌ててエピンを起こしに行く。
「ぴっちゅ!ぴちゅ!」
「エリーゼか………なんだ………?」
「ぴちゅぴっちゅ!!」
「………女性が襲われている?!それはいけない!」
エピンは慌てて起き上がったが、寝るときに外した外に出る用のお面がどこにもない。
彼は人に顔を見られるのが苦手だ。
お面をつけなければ目を合わせる所か、人前に立つことすら不可能である。
「待ってくれエリーゼ!外に出る時のお面は?」
「ぴっちゅ?」
「仮面では完全に顔が隠れない。」
彼は、寝る時ですらドミノマスクをつける人間だ。
「ぴちゅう!!」
「人を助けなければいけないといえど人前に出るなんて………」
「ぴゅぅぅぴっちゅ………」
「そ、そんな………?!」
「触らないでと申しているではありませんか!あなたは何故そんな酷いことをなさるの?」
「これだから貴族は嫌いなんだよ!!!」
「貴族……?わたくしはあなたのお気に障ることでも………」
「うるせぇ………俺とお前とでは産まれる場所が違うだろうが!それが気に食わねぇんだ!!」
「きゃあっ?!」
男が、娘を殴ろうとしたその時。
人形が男の動きを止めた。
「な、なんだ?!」
「…………………!」
「ふざけんな!離しやがれ………もしかして、お前も貴族か?!?!」
「ぼ、僕…………僕は……………」
「俺を捕まえるのが心苦しいか?…………心苦しいなら、金をくれよ!!金を!!」
「…………………?」
エピンは、会話が出来ずに困っている。
そんなエピンを助けるため、エリーゼは男に噛みついた。
「ぴっちゅ!!!」
「クッソこのドブネズミが………邪魔だ!」
ドスッ
「ぴちゅっ?!」
男は、エリーゼを振り落として力強く蹴った。
エリーゼは、その場に横たわる。
エピンは、慌ててエリーゼを拾いあげた。
エリーゼは血を吐いている。
目を覚ます気配がない。
愛する者を守ろうとしたその小さなお腹は、痛々しいほどに青黒かった。
ねぼすけのヴィオローネも流石にこの緊急事態に気付き、慌ててエリーゼを持って部屋に運ぶ。
エピンの中で、何かが壊れた。
「…………………」
「あの………助けてくれてありがとうございます。わたくしは………」
「………………………」
「もしかして、先程のネズミさんが………どうかしたのですか?」
「……………………………」
「あ、あの…………えっ?!?!」
エピンの周りには突如、蔦のような植物が生えた。
彼は顔を覆い隠している。
「…………………………………絞めろ。」
彼は蔦に蕀を生やすと、男の首を蔦で絞めた。
「ぐ、ぐぁぁぁぁ……!!!!」
「……………………」
「く………るし………………!!悪かったからもう……やめて………」
だが、彼はやめない。
それどころか徐々に徐々に力を強めている。
エリーゼの方が苦しかったはずだ。
まだ死んではいないが、あの傷では助かるか分からない。
…………別にもう良いだろう?
どんな目で見られたって。
今度は自分がそうしたいからそうするだけだ。
僕の×××××を奪った人間もそうしたじゃないか。
だから僕は…………
『金があれば、何かを捨てる必要なんてなかったんスよ?!貴族の………貴族のアンタに何がわかる!!!』
今更出てこないでくれ。
そうだ、僕に君の気持ちなんて分かりっこない。
分かるわけがないんだから。
何故か、メロンパンが恋しくなる。
メイとあんなに喧嘩して、仲直りもまだなのに。
お前の気持ちどころか、僕には僕自身の気持ちすら分からないのに。
………………お腹が空いた。
昨日の夜から………何も食べてない。