四十七話 「愛したら駄目なのか?(IV)」
なんとエピンは、座り込んだままヴィオローネとキスをしていたのだ。
彼はパジャマを着崩し、仮面が外れかかっていて、明らかにいつもと様子が違う。
苦しそうだと思った声は……………薬によるものだったようだ。
彼が盛られたのは、媚薬。
エワルはエピンが自分に手を出さないと察し、薬を持ったのである。
しかし、エピンに対するヴィオローネの愛情は尋常じゃない。
こればかりはエワルも予測不可能だったようだ。
エピンは気を取り戻した後に薬を一人でなんとかしようとしたが、雨の音で起きたヴィオローネは………普段クールであまり甘えない彼を甘やかすチャンスだと思い、理性を抑えるのに必死だったエピンを誘惑したのである。
薬を盛られ、暫くそのまま耐え続け、限界に近かった彼がヴィオローネに甘い言葉をかけられて耐えられるはずもない。
彼女は、トルテの存在に気づいた。
エピンは薬のせいで意識がはっきりしていないが、ヴィオローネはしっかり周りを把握している。
時雨の頭の良さをイカれっぷりをヴィオローネは知っているため、しばらく誰も戻ってこないと思っていた。
………まさかこんな真夜中にトルテが来るなんて。
「キュ……」
ヴィオローネはトルテを睨む。
邪魔しないで、と言わんばかりの目。
トルテのつけている強めの香水の人工的な香りが、彼女を更に苛立たせる。
まさか、このミミズク……………
トルテは慌てて頭を下げた。
「す、すすすすすすみません!!お暇します!!!」
バタン!
トルテは、ドアを閉めた。
そうか。
動物と話せるなら、恋愛対象は人間に限らない。
いや、話せない相手に恋をしてもおかしくない、物と愛し合う人間もいるのだ。
何もおかしな事ではないだろう。
エピンは、ドアの方をずっと見つめるヴィオローネの顔を少し強引にこちらに向けた。
「目を……逸らさないでくれ………」
「キュッ。」
「ヴィオローネや皆まで……いなくなるような気がしてしまう。」
「………………」
「また愛されて、また怖がられて、また崇め立てられて、また殺す…………また心がなくなる。何かを失うまで殺し続ける。嫌だ、嫌だ。」
「キュイ?」
「全部忘れさせてくれ、何も無くなったところを殺しで埋めたら、後衛一号……兄上と同じになってしまう。」
「……………?」
「もう何もわからない、火事の時も気づかなかった。さっき食べて喉に異変を感じた時も気づかなかった。もう王族なんて懲り懲りだ。」
エピンはそこまで王にはなりたくなかったが、あることを否定したかった。
否定したかったのは、兄の方が王に相応しいということ。
自分が王になりたい理由なんて、それくらいだ。
兄はとんでもない人間だったが嫌いだというわけではない。
殺しの基礎を教えてくれたのは、兄だったから。
無理矢理魔法を覚えさせられたり、人と話せなくなった原因も兄。
しかし、どうしても嫌いにはなれなかった。
むしろ殺し屋を始めてからは、仲間として、お互いに絆で結ばれてしまったほどである。
時雨は彼を嫌っているが、エピンはあの二つの宝石のような赤い眼が嫌いじゃなかった。
前衛がほとんど壊滅したあの時。
二人で、何人殺しただろうか?
十一歳と十四歳で、何人殺しただろうか?
何人殺したかなんて覚えていない。
ただあの時あった感情は………
ヴィオローネが、再びエピンにキスをする。
彼は彼女の顔に触れた。
どんどん互いの距離が近づいていく。
近づいていけばいくほど、息づかいも比例して荒くなる。
あぁ好きだ。
好きだから失うのが怖い。
今まで散々色んなものを人から奪っておいて、失うのが怖いのだ。
ここまでくると笑えてくる。
彼女は僕に人間として出会いたかったといつも言う。
その訳を問うと、理解されず、普通の恋人同士の生活をすることもできず、人間としての夜も過ごすことができないからだと彼女は言った。
違う関係だから出会えたのに、違う関係だから愛しあえるのに。
勿論そのような感情はわかるが、どうしてそんなことを言うのかがわからなかった。
ただこうして目を合わせて、言葉を交わして、触れ合うだけでは気持ちを伝えきれないのか?
足りなくなった何かを、必死に愛で埋めている。
だがこれは彼女がいなくなれば、全て消え去ってしまうものだ。
心を誰かで埋めすぎると、それが無くなったときに耐えられなくなる。
だが、もうそんなことはどうでもいい。
わかってる。
動物の寿命が短いことくらいわかってる。
いくら大型のミミズクでも、生きて50年だ。
もし本物の ’人間’ に感情を出せずに生きながらえてしまったら………
六十八歳なら、余裕でまだ生きている。
王国の人間はおおよそ100歳まで生きるのだ。
時雨は東の国の血を継いでいる、同い年だし80歳ほどで死ぬだろう。
どうせ死ぬなら、愛する人と共に死ねたらいいのに。
狂っている方が、幸せなのに。




