四十二歩目 「ただの少女?(II)」
時雨はすっかりエワルのペースに流されていた。
その時である。
「あ!だいじなこときくのわすれてた!」
彼女は何やら重大なことを忘れていたらしい。
「ふたりはなんじにねるの?」
「は、はい?」
「なんじにねるの?」
「えっと……若様は11時くらいで、吾輩が12時くらいでしょうか?」
「………わかった。」
エワルは、にっこりと笑って見せた。
時雨が夕飯を作っていると、エワルがキッチンにやってきた。
「エワルもゆうはんのおてつだいする。」
「いえ……大丈夫です。」
「なんでてつだったらだめなの?」
「自分が作った料理ではないと安心して食べられませんからね。ご飯は最後までちゃんと残さず食べたいので。」
「…………エワルもそうなの、たべられないたべものがあるから。それにおくすりも飲まなきゃいけない。おくすりのこうかがなくなるたべものをたべたら、エワルしんじゃう。」
「えぇ?!」
「だからてつだわせて。」
「…………食べられない食材の名前を教えてください、手伝わせることはできません。」
「わかった、じはかけないからえにかいてわたす。」
エワルは、急いで紙に絵を描き、時雨に渡す。
エワルが渡した紙には、柑橘の絵と椎茸と唐辛子が描かれていた。
「分かりました、こちらの食材は使いません。」
「ありがと。」
しかし、エワルはそれだけでは終わらない。
パリーンッ!!
「な、なんです?この臭いは…………」
「ごめん!おくすりわっちゃった!!」
「かなり強い匂い…相当苦いでしょう?……そ、それより薬がなくて大丈夫なんですか?!」
「よびがあるからだいじょうぶ。ごめんね。かたづけるから。うわっ?」
エワルは、更に散らかしそうだ。
「吾輩がやります!エワルちゃんは待っていてください!」
なんやかんやあったが、ようやくご飯が完成した。
「とりあえず食べましょうか。」
「うん!」
「………いただきます。」
「それなに?」
「これも郷土愛ですよ郷土愛。」
なんだかんだ、三人はご飯を食べ始める。
しかし、いろいろとアクシデントがあったからだろうか。
あまり美味しくはない。
「…………たべれるけど、においがエワルのおくすりみたい。でもエワルのせいだから食べる。」
「薬の味がする……あの薬があたりに広がったからか。」
「……………!!!」
エピンは、何かあったのか勢いよくお茶を飲み干した。
「若様?!」
「……!!」
「何か駄目な部分があるなら作りなおします!」
【いや、喉が少し変に感じたから】
「?!……すぐに作り直しますね?まぁこれは吾輩の夜食にでもしましょう。一口くらいの食べかけとか気にするタイプじゃないので。」
時雨は、すぐに作り直し始めた。
エワルはもうご飯を食べ終え、薬を飲み始めている。
エピンは、エワルから視線を感じた。
彼女が驚いた顔で見つめてくるのである。
彼はそれが気になったので、時雨の料理を待たずに部屋にこもった。
しかし、彼がドアを閉めた瞬間に大きな音が。
パリーンッ!!
再び響く、何かの割れる音。
今度は時雨だ。
料理を作り直して皿に盛ろうとし、皿を落としたのである。
「だいじょうぶ?」
エワルは時雨に駆け寄った。
時雨は、少し目のあたりを抑えている。
「目眩……というより眠気がして。驚かせてしまって申し訳ありません。体力には自信がある方なのですが……」
「やすんだほうがいいよ。」
「いいえ、若様にお仕えしている以上休むわけには……」
「エワル、あのひとよんでくる。」
「ちょっ……!」
エワルは、二階に行ってしまった。
追いかけようにも、眠くて仕方がない。
「………若様は絶対休むように命じるだろうな。というか…この症状、どこかで………」
エピンはエワルの言葉を聞いて、急いで駆け下りてきた。
時雨は、慌てて姿勢をよくする。
「若様……」
【時雨が皿を割るなんて前代未聞だ
最近少しお前に甘え過ぎていたからだろう
今日はもう寝ろ】
「………いや、そういう訳には行きません。」
【寝ろ、これはお願いじゃない
命令だ、これはお前の果たさなければならない義務だ】
「え……」
【寝ろ、今すぐ着替えて歯を磨いて風呂に入れ】
「ただ眠いというだけでそんなことはできません!吾輩の仕事は若様の役に立つことです!」
【切れ長の目はどこに行った、随分と瞳もうるんでいるじゃないか
さっさと寝ろ】
「吾輩はただ……!」
時雨は、エピンの役に立ちたかった。
疲れていることを理由に休むなんて、それこそ前代未聞だろう。
ただ眠いだけでなんだというのか。
若様は少し不器用になったのかもしれない。
エピンは時雨が心配だった。
明らかにいつもと様子が違う。
自分でもわかっているはずなのに……
時雨が反抗するのは、信頼してくれているからこそだ。
だが、自分を犠牲にしてまで忠義は尽くさないで欲しい。
きっと最初に出会ったあの親子のようになってしまう。
お前もいなくなるのか?
あの者たちのように消えていくのか?
そうはさせない、僕らは共に死ぬ。
「……………」
「………若様?」
エピンの足元から、蔦が伸びてきた。




