三十六歩目 「それは本心?(III)」
あの特別なお菓子の感動を、みんなに届けたい。
そう思って今まで頑張ってきた。
けど………所詮はお遊び同然。
プロから教わったであろうトルテには敵わなかった。
一度だけ変装して、彼女のお菓子を食べに行ったことがある。
見た目はとても今風のお菓子だったが、あの時の懐かしい味がした。
自分の店に客が来なくなった理由は明らか。
自分に才能のないことくらいわかっていたし、もう十分だろう。
そう思ったが、アサヒは違った。
店を建てた頃から、ずっと昔から仲良くしてくれたアサヒは違った。
店を畳むか迷っていると告げると、彼はこういったのである。
『ロベリアが一番だよ!!』
彼氏に浮気されたかもしれなくて、一番という言葉を望んでいた私はその言葉だけは否定したくなかった。
だから、研究しようと思って再び頑張り始めた。
そして、アサヒはなんとか研究してトルテの美味しいクリームの味を再現できるかもしれないと言い出した。
体に見合わぬ大きなあの靴を勝手に履いて、足跡をつかないようにして夜な夜なレシピを盗んだのだろう。
確かに味は同じだったような気がしたけれど、本当に再現できたか確かめたくて、トルテに直接確認しようと思った。
ライバルとして、認識されるチャンスだと思った。
でも、なぜかトルテの店はやっていない。
だからトルテの店の常連を捕まえた。
私が、一番になりたいと願った靴。
その靴を使う勇気はなかった。
…………一番ではないと、認めたくなかったから。
ロベリアの目から、涙がこぼれる。
「アサヒ殿はロベリア殿を一番にしたかったのですね。」
「…………うん、おかしいよね。」
「いいえ、おかしくなんてありません。そういうものですよ、人間は。」
「そうなの?」
「誰かに一番にされるのを拒否した吾輩さえ、誰かを一番にしたがるのですから。」
「お前も同じだったんだ…」
「あ、今の感動的?エピソードは全部嘘ですよ。」
「え、えぇ?!すごく具体的すぎない?!」
「そんなことより今すぐにトルテ殿への謝罪を。
「あっ………」
アサヒは、周りを見渡した。
皆がアサヒを睨みつけている。
「…………………ごめんなさい!」
時雨は、泣いているロベリアを見ても何も感じなかった。
なぜ彼女は泣いているんだろう。
普通と言われる感情は、よくわからない。
…………邪魔をする方が悪いはずだ。
なのに……何故?!?!
ほとんどの者はアサヒ殿を悪者として見ているのに、何故彼を哀れんでいる者が数名いる?!
そちらに騙されるなら……こちらも騙すまで。
先ほども適当に魔法で雨を降らせたら黙ったんだ。
それでいい、それでいいはずなのになんで?
正しいのはこちらだ。
なら少しくらい………間違ってもいいだろう?
「吾輩の言いたかったことは以上です、トルテ殿の無実を証明……したくて。」
「時雨さん…………」
「トルテ殿の元気がなかったのが、すごく悲しくて……だから………っ!!」
「そ、そんな!泣くほどにわたくしの店を?!」
「店だけじゃないです!トルテさん本人と、美味しいお菓子を食べていた皆様が大事なんです!」
時雨の目から流れ落ちる涙に、街の人々は心を打たれてしまった。
雨にうたれ、髪が濡れる美男子の姿はどこか儚い。
だが、時雨はこれを計算してやっている。
トルテと前もって打ち合わせするかどうかも悩んでいたが、突然やったことでやらせ感がなくなり、とてもリアルになった。
「失礼しました…………雨も強くなってくるでしょうし、ちゃんと言いたいことを伝えることもできました。皆様も風邪を引かぬよう、お気をつけてお帰りになってください。」
時雨は、皆に頭を下げた。
バサッバサッ…
色々終わり、なんとか丸く収まる。
エピンは取り敢えず、ずぶ濡れの時雨に風呂へ行くように命じた。
やっと大きな出来事が片付き、少し休める。
エピンの体力ももうほとんどない。
【ちゃんと温まってきたか?浸からないと冷えるぞ】
「はい、勿論です。」
【それにしても先ほどは凄かった、やはりお前は期待通りの働きをしてくれる】
「当たり前です、若様の指示ですから。それに………失敗すれば顔を明かしていないとはいえ、すぐに身元を特定されてしまいますからね♪」
【そうだ時雨、少し近くにきてくれないか】
「……?はい。」
諦めれば、良い意味でも悪い意味でも全て終わらせることが出来る。




