三十三歩目 「何がしたいの?(IV)」
「お母さんはお菓子で病気になったの?」
「うん。元々体は弱かったけど、お菓子のせいで病気がひどくなった。」
「ちょっと診察していい?口とかあーんってするの。」
「別にいいよ。」
時雨は、あたりを見渡した。
………そしてアサヒに質問をする。
「お母さんは、ちゃんと朝ご飯食べた?」
「当たり前じゃん。お菓子のせいでひどくなったんだから。」
「そっか。」
アサヒの母の口を開けた。
頭がいいというのも、時に残酷なのかもしれない。
時雨は、アサヒの嘘にすぐ気づく。
アサヒの母の歯は、裏側までとても綺麗だ。
朝食なんて食べていないだろう。
一人分だけ不自然に洗われていない食器類もある。
それに、この症状は…………
「…………また嘘、嘘吐き。」
「………………?」
「何もできない人が実行の邪魔を……しないでください。」
時雨から、無邪気な心の仮面が外れた。
若様とトルテさんの足を引っ張らないでもらえますか。
貴殿は何もできない、何も生み出せない。
生み出せる方々のの邪魔をしないでもらえますか。
邪魔を………するなら………………
彼は、自己肯定感が低い……いや、自己肯定感がない人物だった。
勉強も自分を正当化するために逃げたものだった。
自分の生きている時間は無駄ではない。
どんなに天才がいたって無駄ではない。
生きたくないのに死にたい訳ではない。
けれども吾輩は選ばれた人間ではない。
生きている理由がない、生まれてきた理由もない、死ぬ理由は?
生きる理由がないから死ぬ?
何にもなれないまま死んだら自分の生きてきた時間が頑張ってきた時間が無駄になってしまう。
自分を否定できても自分のやってきたものや積み上げてきたものは否定できない。
嫌なことから逃げる自分が嫌い楽をしようとする自分が嫌い嫌い大嫌い。
自分は選ばれていないそんなの知ってる、だから相手に現実を教えている。
それなのにどうして自分に期待するなぜ何もないのに期待する?
自分になれないものを期待するなんて苦しいだけ苦しいだけ。
病むなら一人どうぞご勝手にご勝手に。
周りに迷惑をかけないのならご勝手に。
けど、足は引っ張るな。
何にもできないのなら何もできないと自覚しろ。
凡人は何かを生み出すことはできない。
所詮、既製品。
凡人は本だ。
凡人は頑張っても図書館にしかなれない。
天才は作家だ。
頑張ればどんな本だって生み出せる。
無意味なんだってば。
期待すればするほど苦しくなるのだからそんなことやめてしまえ。
迷惑なだけだからやめてしまえ。
……………何も生み出せない凡人が粋がるなよ。
「絞めろ。」
ギュッ……!!
「痛っ?!腕が………」
「選ばれて…いないのですから……」
「………?!」
「(今……勝手に…………)」
「……………………」
「これで痕がつきます……もう逃げられませんから。」
時雨は、怒りのあまり魔法の制御ができなかった。
………この魔法は、エピンと同じ魔法である。
王族にしか使えない魔法なのだ。
「…………まぁすぐに分かりますよ。貴殿が選ばれていないことくらい。」
「う、うるさい!おまえに何がわかるんだ!!」
「これから選ばれていない吾輩に潰される屈辱を味わうことになりますから。」
「…………?!」
「疑いが確信に変わりました………若様とトルテ殿に迷惑を欠けたのは貴殿らのようです。そろそろお暇させてもらいますね。」
予想外も新しいものも生み出さない人間に興味なんてない。
生み出す人間に損害を与える人間に生きている価値なんてない。
時雨の愛想笑いが崩れ、目がナイフのように鋭くなる。
彼は愛想笑いを崩したのだろうか、それとも崩れてしまったのだろうか。
「吾輩は、死んでも貴様を太陽の下に引き摺り出してやる。」
時雨は、アサヒの家を後にした。
雨が上がり、曇っていた空がもう晴れている。
時雨は暗い顔をした。
「日光は嫌いだ……当たっている感覚が苦しいし、照らされたら自分を隠せない。」
そう呟いて彼は持っていた日傘をさすと、ロベリアの元へ向かう。
時雨は常に365日どこへいくにも日傘を持ち歩く病的な日傘ユーザーである。
彼は、日光に当たる感覚も、太陽そのものも大嫌い。
演技をしている間はそこまで気にならないが、自分に戻ると平常心を保てなくなる。
仕方がないので、彼はエピンのように自分の仮面をつけた。
黒っぽいエピンの仮面とは違い、薄暗い水色。
これをつければ、少しは心が落ち着く。
お菓子もオルゴールもない今、日光への苦しみを和らげる方法はこれしかなかった。
演技は大好きだが……程々にしなければ。
楽しいのに、心がすり減るあの感覚は絶対に…………
時雨は、アサヒの家の近くにロベリアの店があることに気づく。
アサヒの家の裏がロベリアの店だったようだ。
あの老人がグルグル回っていたから、こんな近場だとは思っていなかったのである。
………少し痴呆が始まっているのだろうか。
時雨は、ロベリアの店のドアを開ける。
ガチャ
きっとお互いが、お互いを恐れてしまった。




