三歩目 「依頼?(II)」
「ぴちゅ?」
「エ、エリーゼ……………あの………えっと……………」
「ぴゅる。」
「………………………あ、あの……」
「ぴゅい?」
「…………ヴィオローネ!」
「キュル。」
「お話……………き、聞くから……………えり、エリーゼを……お、おね…………お願い………………し、して………」
「キュイィィィ!!」
「ひ、人前で…………ふっ…普通に話すなんて…………む、無理だ、から。今、い………今はヴィオローネ………だから………まだ、い、いいけど?」
可愛いらしい鼠のような生き物………デグーのエリーゼに、話のメモを任せるようだ。
デグーは犬並みに頭が良いが、エリーゼは中でも特別器用で賢い。
エピンは相手への思いを知ることに集中する為、メモをとりたくないのである。
【息子さんのことを、教えてくれないかと言ってくれ】
「息子さんのことを教えて欲しいそうッス。」
「息子は………我が息子ながら、とても優しい子です。片足を悪くしたのも、タンスが倒れてきた時、私の夫を前に押して庇って…………タンスの下敷きになったからなんです。今は、病で他界した夫の代わりに、悪い足で必死に働いて………病気だから休んでくれって言われました。まぁ私は約束を破って、こっそり働いた結果………今ここで靴を買おうとしてるんですけどね。人の為なら、なんでもするとても良い子です。」
【思いは充分伝わった。今から作ってくる】
「了解ッス。なら奥様は帰って……」
【いや、材料に念込めたら三十分くらいで出来るから】
「靴屋っていうより祈願師なんじゃ………」
────三十分後。
エピンはとても美しい箱を持ってきた。
そしてナンシーの前に立つと、箱をゆっくりと開ける。
入っていたのは、その箱よりも更に美しい靴。
「まぁ、なんて綺麗なの!これであの子は歩けるようになるのね!」
「確かにこんなにいい靴なら値段相応かもしれないッス。」
「ローズさん、改めてありが……ゲホッ!ゲホッ!!」
ローズは先程より重い咳をした。
そして次の瞬間、ローズの体制が崩れる。
ドサッ
「えっ?!大丈夫ッスか?!」
「あっ…………えっと……………え?」
「ちょっと靴屋さん!救急車呼んで!」
「な…………な、に?」
「あぁ駄目だ!!王政が崩壊したから警察も救急車も…………このままじゃ助からない。担いで走っても病院までは二キロある。」
エピンは、迷っていた。
助ける方法がまだ一つだけある。
だが…………この方法は使いたくない。
皆の恐怖に怯えた視線なんてもう浴びたくない。
しかも今となっては、逆効果にもなりうる。
それなら助けるどころか自分達の命が危険だ。
「でも俺は………………止血しなきゃ!ここを押さえて、それから……」
「はぁ……はぁ……はぁ………」
「靴屋さんも手伝って!」
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……嫌……」
「早く!!」
怖い。
また置いていかれる。
また一人になってしまう。
息が……苦しい…………
でも……呼ばなきゃ。
助けを、呼ばなきゃ。
呼んだら、来てくれるんだから。
来てくれたら、この人が助かるんだから。
「リ、リアル。た………助けて、リアル。リアル!助けて!!リアル!!!」
靴屋は必死に恩師の名を叫ぶ。
彼は耳がいいので、どこにいても自分を見つけてくれるのだ。
しかし、何も起こらない。
ずっとそのまま、何も起こらなかった。
そして何故かエピンは、その後ずっと別の涙を流していた。
──────数日後。
エピンとメイは、ようやく彼女の息子に会えることになる。
何故か、数日の間だけ行方不明届けが出されていたらしい。
通りで見つからないはずだ。
「ちゃんとその子にナンシーさんのこというんスよ?」
「……………………」
「靴屋さんは二重の意味で心配ッスね。」
エピンとメイは、彼女の息子のいる部屋の前につく。
そして、ドアを開けた。
彼女が送った、息子への最後のプレゼントを持って。
そこは、病室らしき場所だった。
一人の男の子が、布団をかけられて座っている。
部屋に入って彼女の息子を見た瞬間、エピンの顔が青ざめた。
「ママの知り合いって、お兄さん達?」
「そう、俺達ッス…………って、靴屋さん?…………自分で言いたいんでしょ。」
エピンの体は震えている。
その上、顔色も悪い。
そんな彼をみて、メイは呆れた。
「全く…………話せないなら通訳しますけど。」
【布団の下を見せてくれるよう頼んでくれないか】
「あ、布団の下を見せてくださいッス。」
「布団の下?…………ちょっと、嫌かな。」
「あっ……………」
メイは、やっと靴屋が震えていた理由を理解する。
布団の膨らみが片寄っているベッド。
そしてベッドの横の机に積まれている札束。