二十九歩目 「許されないから望まない?(III)」
時雨は血がついていない方の手で、エピンの部屋の前で仮面を差し出した。
「王として扱ったりはしません。ただ……若様と兄弟として向き合うなど不可能です。幸せを願うにはすべてが遅すぎた。」
「か………」
「…………?」
「か…な………」
「…………吾輩は、人との付き合い方なんて知らないです!!そんなこと言われたって………普通の兄弟とか、普通の家族とか、どういうものなのか知らない。」
「か……な…し……」
「あ、主として指示をください!!!吾輩は若様より劣っていたいのです!!!!」
「け………が、が………、う、え………」
「吾輩は王にも一番にもならない!!なってしまったら……愛するもの全てを否定することになる。予想外もなくなる。そんなの…………」
訳のわからない話に、メイもトルテもついていけていない。
エピンには、動物たちがいた。
だが時雨は、エピンと……………もう一人がいなくなった後、一人で笑い続けていたのだろう。
エピンに期待するしかなかった彼の心は、壊れかけている。
もう一度お仕えしたい。
断られるかもしれないが、もう一度お仕えできるのならば……
だが自分の主人は、兄弟としての時間を追いかけようとした。
……………正直、予想通り。
でもどこかで期待していた自分がいる。
あの時の複雑な関係が一番楽しかった。
弟としてではなく、従者として、下の位の人間として。
誰かのために働いていれば自分の意思を殺すのだって苦しくない。
母に会えなくても母が死んでいるかもしれなくても若様といられればそれでよかった。
若様に、若様に意味を見出せば苦しいものなんて全て消える。
一つのものに依存するのは楽だ。
全てそれで決めてしまえば、何も辛くなくなる。
自分の中で、若様を一番にすればいい。
そうすれば自分の感情に振り回されずに済む。
少しそれを早く知りすぎてしまった…………
兄弟としても向き合いたい。
それが若様の本心なら従いたい。
けれど違う。
若様は、吾輩のために言っている。
無理をして兄弟になろうと言っている。
それがなんとなくわかる。
でも駄目だ。
自分の意思ではなく、若様の意思に従わなければ。
今まで自分を抑え込んで、殺してきたあの日々を後悔してしまう。
優先順位の一番は若様でなければならない。
自分にしたら、今まで自分を殺してきた意味がなくなる。
若様の思いに従え。
時雨とエピンは、互いが互いの幸せと願いを押し付け合っていたのだ。
「吾輩の一番は若様でございます…………仮面の呪い、効果が切れそうだったので伸ばしておきました。」
エピンは人形に仮面を運ばせると仮面をつける。
茨に囲まれた彼は、悲しそうな目をした。
【お前は僕と兄弟として向き合いたいはずだ】
「若様は吾輩と主従で向かい合いたいのでしょう?」
【僕はもう壊れた
一番になんてなれない】
「皆の一番になる必要などございません、吾輩の一番ですから。若様がただそこにいれば……吾輩がやってきたことが無駄じゃないと思える………」
二人は、互いのために互いを一番にしている。
だが…………今では切ろうとしても切れない鎖のような歪んだ主従だ。
昔はこんなことが、当たり前だったのだろうか?
『若様、時雨は若様の一番ですか?』
『うん、もちろん。』
『嬉しいです!』
『………僕も。』
『時雨……時雨は僕が一番好き?』
『勿論です!若様のためならなんだってします!』
『心強いな、お前がいれば僕もなんだってできる気がするよ。』
『えへへ……』
『【時雨は、僕が死ねと言ったら死ぬのか?】』
『ただ言うだけでは死にませんが、本当に願うのならばお望み通り死にます。若様のためならば……吾輩、どんなものでなも差し上げますから。』
『【だったら時雨の最期は僕が作ってもいいんだな、なら気が向いた時に一緒に蔦で首を吊ろう】』
『それはいいですね!誰も来なくて、眺めの良い場所をまとめておきます……ふふ。』
兄弟なんて………………
いろんな感情が混ざり合って、何もわからなくなったのに願っていい関係じゃない。
真っ直ぐ向き合うには少し拗れすぎたのかも、遅かったのかも。




