二十四歩目「価値観と本当の関係?(III)」
一方その頃。
エピンを抱き抱えた時雨とすれ違いになった二人は、とても焦っていた。
時雨がエピンの状況を聞いた際、それを見越して屋根の上を音もなく飛び移っていったからである。
「あれ?!いませんわ!」
「えぇ?!」
「いやさっきまでソファに寝かせて……」
「自力で帰ったんじゃないスか?どこかですれ違ったとかさ。」
「あの状態で自力……?か、考え難いですわ。」
「なら一旦オレのところに戻りましょう。どうせ客はいないし、エピンさんの安否も確認しないと。」
「本当にすみません……」
「というか、異物混入で食中毒を起こしたって言われてるお菓子屋って……トルテさんだったんですね。」
「わ、わたくしはなにも…!」
「信じるッスよ、オレは。」
「………あ、ありがとうございます。」
「さぁ、エピンさんの安否を確認しにいきましょ。」
「若様、到着致しました。」
【若様呼びはやめろと言っただろう、僕は今まで通り時雨で行かせてもらう。】
「……申し訳ありません!癖になっていまして。今のは無意識でした。」
【仕方ない、僕もお前を従者の時と同じように扱ってしまっているからお互い様だ】
「まぁ、吾輩が兄上と兄弟のように接する方が少し変わっていますよね。」
【度々すまないが兄上は少なめにしてくれ
前は呼ぶ側だったからかなり違和感がある
それに、兄上と呼ぶべき人物はもう一人いるはずだ】
「兄上と呼ぶのは……信頼しているのは兄上だけです!あの塵には仕えざるを得なかっただけでして。」
【謝る、地雷だったか】
「構いません。それより若………えっと兄上、例の痛みは?」
【それより今の僕は蜥蜴だ、治療はかなり痛みが伴うからお前の魔法を頼む】
「わかりました。けど……ただし条件があります。」
【お前のことだ、ギャンブルで僕が勝ったらとかだろう】
「当たり前じゃないですか!!吾輩は予想外が大好きですからね!」
時雨は少し狂気の混ざったような笑顔でエピンを見つめた。
「こちらは花札!吾輩の母の故郷の遊戯で、とても楽しいのですよ!!」
【お前の本当の母の血筋は東の国の和の一族だったな
じゃあこれ、僕がやったら駄目なゲームでは?】
「法律違反になります。」
【えぇ……まぁ、跡を継ぐ予定はないから構わないが】
「貴族もやってるから大丈夫ですよ!」
【僕らは貴族じゃないのに?】
「細かいことは気にしない!じゃあゲームをする上での決まりを説明します!」
ルール、花札の役名、得点の数え方などを教えると、時雨は笑顔で条件をっ確認する。
「兄上が勝てば、吾輩が魔法で兄上の痛み全てを自らの体に移動させながら治療します。吾輩が勝てば…………吾輩は治療の痛みを数倍にして、悶える兄上をお傍で観察させてもらう。これでいいんですよね。ね?ね!」
【イカサマを見抜けるかどうかが重要だな】
「えー?吾輩、イカサマなんて致しません、故にご安心を。」
【お前はただの勝てる勝負より賭け事が好きなのに、何故イカサマをするんだか】
「イカサマなんて致しませんよ……フェアにいきましょう?」
といいつつ、次の瞬間に時雨は魔法を使った。
〔心眼〕、少しだけ心を読める魔法である。
彼の白い目が黒くなったのを見ると、エピンは少し呆れた笑顔を見せた。
【予想はしていたのだが、まさかここまでするとは】
「いいではありませんか!………兄上も使える魔法なんですから。」
エピンの左右で違う瞳の色が左目の色に統一されていく。
そしてさらに、彼は人形を操ると、時雨のカードのすぐそばに置いた。
「兄上!マリオネットで人形と視覚を共有するのはずるいですって!吾輩使えないのに……」
【ただでさえ治療するまで痛みが長引く上、時雨の場合はこれくらいしないと公平さに欠ける
ならヴィオローネにカードを監視させてもいいのか】
「流石に愛し合っている方々には敵いませんし、ダメとします♪」
時雨は、〔威厳の目〕を使う。
相手を萎縮させる効果がある魔法だ。
だが、エピンも〔威厳の目〕を使い、相殺する。
今度はエピンが〔残酷〕を使った。
時雨は〔残酷〕を使えないだろう。
しかし、彼は〔細工〕でそれを打ち消す。
………この兄弟には、ギャンブルなんて存在しないのだ。
正確には、兄弟が互いで闘わないとギャンブルにならない。
エピンは負ける確率の高い試合を自ら進んでやったりはしないし、時雨は相手の反応目当てでイカサマするからだ。
時雨はイカサマをしなくてもギャンブルに勝ててしまうため、予想外の展開を相手の’’プレイヤー’’に期待する。
予想外の勝負なんて、もう忘れた。
【それは六月の札だな
僕は十二月の札だから時雨からだ】
「もう全て覚えたんですか?早いですね…」
兄上………若様とこうやって遊ぶことも、きっと無駄なのだろう。
貴方とまた巡り会えるなら、違う関係で。




