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百七十九話 「暫しの別れ(VI)」

………その夜。

二人はいつもより長く触れ合っていた。

しかし、いつまでも別れを惜しんでいるわけにはいかない。


ヴィオローネは、体に大きな傷をつけたくないことを理由に、首を絞める方法を提案している。

確かに、跡は羽に隠れて見えないが、当然かなり苦しいので、エピンは直前まで刺すやり方で引き下がろうとしなかった。




「ヴィオローネ。」


「(何かしら。)」


「…………今からでも、やめたいなら歓迎する。」


「(やめないわよ。)」


「すまない、もう何を言っても無駄だとは、分かっているのだが。」


「(あなたの口車に乗せられたりなんて、生まれ変わるまでもうしない。)」


「そうか、それは寂しくなる。」


「(………ねぇ、そろそろ私の首を絞めてくれない?)」


「………まだ良いんじゃないか?」


「(何回目よ、そのセリフ。)」


「……………頼む、まだ足りない。」


「(何言ってるの、こんなに羽を乱しておいて。)」


「貴方がいるのに何故か、ずっと淋しいんだ。」


「(そんなんじゃ、いつまでも終わらないわ。)」


「そうかもしれない。だが………一日待ってみるのも、賢明だと思う。」


「(いいえ、そんなの大馬鹿ね、絶対エピンに流されるもの。)」




彼女は、エピンに絆されたら負けだと理解している。




「僕を、また人殺しにするのか?」


「(私は人ではないでしょ。)」


「貴方はとっても素敵な人だ。」


「(かなり昔から知っているとはいえ、本当に私が初恋なのか、疑うわ。エピンは人を扱い慣れ過ぎてる。)」


「褒め言葉か?」


「(褒め言葉に聞こえるの?幸せな人ね。)」


「嗚呼。貴方がいると、僕まで幸せになる。」




このままではいけないと、ヴィオローネは瞬時に悟った。




「(ありがとう、でも早くして頂戴。)」


「………………そんなに焦らなくても良い。」


「(それ以上駄々をこねるなら、強行手段に出るけど。)」


「強行手段なんてあるのか?」


「(貴方の感情を押さえ込めなくすれば、私は蔦で死ぬ。)」


「…………!」


「(どうしてそんなに嫌がるの?許してくれたんじゃなかったの?)」


「………………貴方をこの手で殺すことが怖い。」


「(あなた、無差別な殺し屋だったのに、命に順序をつける気?それは流石に酷いと思うけど。)」


「違う、今回は素手だからだ。人形で間接的に殺めた経験あれど、直接は……」


「(そういうことね、じゃあ蔦は?直接じゃないけど、ダメなの?)」


「あれは感情による制御が必要になる。ただでさえ扱いが難しい魔法なのに、そんなの暴走するに決まって…………ヴィオローネを殺して、平然を保てるわけがない。」


「(そうね、あの子たちも、気を使ってか移動してしまったようだし。エピンが死にそうになっても止めてくれる人がいないわ。)」


「いいや、止めてくれる人は二人もいる……………まぁ本当は、三人いるはずだったんだが。」




エピンは、思い切ってヴィオローネの首に触れる。




「僕は非力だ。アリサ一人引き摺れなかったんだから、きっと時間がかかるし、相当苦しいと思う。」


「……………」


「今からでも刃物やチェーンソーに変えないか?そちらの方が絶対に楽だろう。」


「(血で羽が汚れるのも、首が飛ぶのも嫌。エピンの手でお願い、お互いの罰も含めてるの。)」


「………分かった。」




彼は、彼女の体を寝かせ、体重を手にかけた。

高反発のマットレスを利用して、できるだけ早めに終わらせようとしているのだろう。


ヴィオローネの苦しそうな掠れた甲高い声が、エピンの耳に入る。

エピンは思わず耳を塞ぎそうになるものの、彼女の首から手を動かす様子はない。


彼女は、更に苦しそうな声をあげた。

その瞬間、蔦が大量に出現する。

しかし…………エピンはその蔦にすら気づかないほど、気が動転していた。


蔦は、なんとエピン自身の首に巻き付く。

彼の自分を戒めたいという感情と、彼女の願いを叶えてあげたいという思いが互角だったからだ。

エピンは必死に全体重をかけているが、なかなかヴィオローネの願いは叶わない。




そしてようやく、エピンは蔦が出現していたことに気が付いた。

気は動転しているが、彼女の願いを叶えるために、彼は必死に思考を巡らせる。



彼は、勝手に動く蔦を人形に持たせ、彼女に近付けた。

そして彼女の首に、人形で蔦を巻き付ける。




エピンは、人形でその蔦を引っ張りながら、全力で体重をかけた。







エピンが正気に戻った時には、ヴィオローネはもう少しも動かなくなっていた。






















プルルルルルル…………



その日の夜遅く、エティノアンヌの元に電話があった。




「エレノアです、どちら様でしょうか?」




エティノアンヌは、こんな夜中に誰が電話したのか、全く見当もつかないでいる。

ちょうどこの真夜中の時間帯にこの部屋で、自分が本を読んでいることが多いと知っている人物なんて……………




「もしもし、兄上…………夜分遅くにごめん。今、前もって録音した声を使ってるんだけど、少し言いたいことがあるんだ。」


「…………エピンか。」




エティノアンヌは、少し緊張した。

もし………弟のことを聞かれたら、どうすれば良いのだろう。

流石に、死んだと信じるはずだが……




「僕、王政を立て直したい。だから、手伝ってくれないか?日程はまた今度、あと駄目なら電話はここで切る。」


「………あぁ、なんだ。全然良いよ。」


「ありがとう兄上。とりあえず今日はこれだけ、録音した音声のレパートリーがないから。じゃあ、また。」


「待って、それって、エピン家出るってこと?」


「……………?!」


「え、違う?」


「…………………」


「家出るの……って、あぁそっか。………肯定なら一回受話器を叩いて、否定なら二回。」




エピンは、兄の頭の良さに素直に感心する。

向こうから、一回だけコツンと音がした。




「じゃあいきなりだけど、今から迎えに行ってもいい?明日から三日、丁度空いてて…………返事はさっきと同じ方法でいいよ。」




……………しばらく間は空いたが、向こうから、再び一回だけコツンと音がする。

こんな夜遅く、突然ということもあり、エピンも少し迷ったのかもしれない。




「分かった、すぐ行くね。いや、善は急げっていうからさ。」


「………………」


「あれ……………泣いてた?」




彼がそう言った瞬間、すぐに二回、コツンコツンと音がした。




「あ、ごめん。多分ノア嫌なこと聞いた、ごめん。」


「…………………」


「とりあえず…………今のエピンの選んだ言葉で、文字のお話を聞かせて。すぐ迎えに行くから。」


「あ………あり、が………と。」


「ううん………一人になりたくなかったから、夜遅くに前もってとっておいた音声使ってまで、頑張ったんでしょ?」


「…………!」


「じゃあね、待ってて。」




電話が切れる。




次の瞬間、エピンは動かないヴィオローネを抱きしめ、声もあげずに泣き崩れた。

時間も歩くのも、止まった。

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