二歩目 「依頼?(I)」
エピンは、体の震えを止めることが出来なかった。
今日は依頼の手紙を送ってきた本人と会う。
エピンが一番苦手な分野は勿論、人と関係することである。
この致命的な苦手分野のせいで、彼はとても苦労してきた。
「あの……ローズさんですよね。」
「えっ?!えっと………あっ………」
エピンは、なんとか頷く。
「私は、依頼者のナンシーと申します。」
「あ、はい……………うーんと…………」
「本当に、どんな靴でも作れるんですか?」
エピンは、なんとか頷く。
「実は………うちの息子は足が悪くて………不便なく歩けるようになる靴をお願いします。最近は治安が悪いし、何かあった時に逃げられないと…………」
エピンは、なんとか頷く。
頷きすぎてもう首が痛い。
取り敢えず、この人の息子への思いを聞かなければ靴は作れない。
息子さんの目の前で話して貰った方が良いくらいだ。
その為に、連れてきて貰えるか聞く必要がある。
ただ、彼はコミュ障だ。
もしエピンが普通の人なら、息子さんを連れてきてくださいとあっさり言えただろう。
だが言えない。
まず目も合わせることが出来ない人間に、会話を強いることが酷というもの。
エピンは、コミュ障なりに必死に考える。
なんとかして会話しなければとぐるぐる考えたが、結局結果的には筆談になった。
【靴には人の思いが必要だ
ご子息を連れてきて貰えないか】
エピンは手帳の文字を見せて、返事を待つ。
しかし、ナンシーは悲しそうな顔で言った。
「すみません……私、義務教育を受けていなくて。それ、文字ですよね…?実は文字が読めないんです。」
彼女の予想外の返事に、エピンはどうすればいいのか分からなくなる。
仕方がないので、普通に対話を試みた。
「あ、あの…………えっと……………む、息子さ…………ん…………を…………」
「え?」
案の定、言葉が途切れ途切れでナンシーには伝わらない。
追い詰められたエピンは、となりのパン屋に駆け込んだ。
「ローズさん?!ど、どこへ………」
パン屋に駆け込むと、エピンはメイを見つけ、手帳を見せる。
メイは困惑しながらも、手帳を確認した。
【今すぐ靴屋に来てくれ】
「え?俺お店やんなきゃいけないんスけど。」
【僕が店のパン全部買うから】
「マジ?!なら行くッス!」
メイは店を閉めて、エピンに着いて行った。
【この人は字が読めないらしく、筆談ができない
相手に僕の書いたことを伝えてくれないか?】
「は、はぁ………俺は通訳ってことッスか。」
メイは、困惑しながらも通訳を始める。
酷く困惑した様子のナンシーを見て、メイは状況を大方察した。
「すいませんね、この人コミュ障なんスよ。で、ご要件は?」
「足が悪いうちの息子が歩けるようになる靴をお願いしに来ました。」
【息子さんをつれてきてもらえないかと聞いてくれないか】
「ええっと……息子さんの足の大きさを知りたいから息子さんをつれてきて、らしいっス。」
【違う、足のサイズなんてどうでもいい】
「はぁ?!アンタ靴屋でしょ?!」
「とりあえず息子を連れてくれば……ゲホッゲホッ!」
ビチャッ
床に血が飛び散った。
「だ、大丈夫ッスか?!」
「大丈夫です………少し、体が弱いだけです!で、靴はおいくらでしょうか。」
【服がボロボロだな
金がないなら最低限のお金で構わない
いくらなら払えるか聞いてくれ】
「いくら払えますか、だそうッス。」
「12000ブランシュ位なら!」
「え?!靴ってそんなに高いんスか?!ぼったくりな気が………」
【オーダーメイドだし、特別な魔法をかけているから、思いさえあれば大抵どんな願いも叶えられるんだ
僕はただ歩きやすい靴を作っているわけじゃない】
「靴屋さん…もしかして………お、怒ってる…………?」
【安心しろ、僕は寛容だ】
「いちいち偉そうだなぁ…………貴族みたいな人っスね。もしかしてモノホンの貴族サマ?」
【僕は貴族ではない!】
「は、はいはい。それより、12000ブランシュでいいんスか?」
【僕は問題ない
だが今は国が崩壊して皆お金がないらしい
大丈夫か?と聞いてくれないか】
「大丈夫だけど、奥さんは大丈夫か?だそうッス。」
「貯金したので大丈夫です。その辺の布を拾って服を作れば安く済むので。」
【言っていることがよく分からないが、10000ブランシュにしないかと聞いてくれないか】
「10000ブランシュだそうッス」
「えぇ?!そ、そんなにお安く………あの……息子をつれてきてほしいとのことでしたが………」
【靴には相手への思いが必要だ
可能ならば息子さんの前で思いを語って欲しい
無理なら構わないが】
「息子さんへの思いを息子さんの前で語って欲しい………けど無理ならいいそうです。」
「息子に直接思いなんて恥ずかしくて……む、無理です!なので、今ここで………言ってもいいですか?」
エピンは、こくりと頷く。
するとエピンはメモ用紙と小さいペン、そして木の実をひとつ机に置いた。
「か、帰って………………る……はず……………な、な、ななななななな名前……………………ちゃ………ちゃ、んと………………」
彼は、ルームメイトを呼ぼうとしている。
しかし勿論エピンは人前で喋れない。
仕方がないので、彼は大きなケースから弦楽器を取り出し、弾き始めた。
音色で呼ぶつもりなのだろう。
~♪
「まぁ、綺麗な音。」
「…………高そうッスね。」
「子供の頃、一度だけコンサートに言ったことがあるんです。その時にあったバイオリンって楽器にそっくり。それよりかはかなり大きいような気がするけれど。」
「やっぱり貴族でしょこの人………」
「え?ローズさん、貴族じゃないんですか。」
「ローズ……?」
「あら、ローズさんのお知り合いじゃないの?靴屋さんのお名前は、エピン・ローズさんでしょう?」
「(そういや名前聞いてねぇ………)」
「貴族じゃないってことは、華の王族の分家や名誉民の分家あたりかしら。」
「随分詳しいんスね。」
「これでも元貴族ですから。」
「元貴族でもそういう………っていうか………エピン・ローズ?!家名ある時点で貴族なんじゃ?!」
「家名があっても貴族とは限りませんよ、華の王族の分家や名誉民の分家なら家名があっても貴族にはならないので。」
「さっき言ってたのはそういうことか………」
「それにしてもお上手ね、なんで楽器を弾き出したのかは分からないけど。」
ナンシーとメイがその楽器に聞き惚れていると、小さな鼠のようなものが机にやってきた。
片手に乗ってしまうほどの大きさである。
白と茶色が混ざった色の、もふもふとした毛並み。
ちゃんとしっぽまでもふもふだ。
「ぴちゅ?」